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落第

「こんなものを回復薬と認める訳にはいかない」


 そう断じた教師は、サールの提出した薬瓶を逆さまにした。わざとゆっくり傾けられた瓶からは、細く糸を引きながら液体が零れ落ちていく。僅かに粘性のある濃い緑色の液体は、実験室の流しの排水口に吸い込まれていった。


 周囲からはくすくすと笑い声が起きた。

 サールは無表情のまま、嫌悪に歪む教師の顔を見ていた。


「初等科の生徒ですら最低ランクの回復薬を作れるというのに、何だこの濁った緑色は。回復薬は透明度を増す度に効能も増していく。そんな事すら知らずに試験の提出物として出してきたのか。授業で何を聞いていたのだ。恥を知りなさい」


 教師は「落第」と呟きながら手元の用紙に書き込むと、別の薬瓶を手に取って目の前に掲げた。


「それに比べてこちらの透明度は素晴らしい。上級回復薬と言っても遜色ない。これを作ったのは誰だ? シモン・ドロカンか。最終試験の最優秀者は君にするとしよう」


「ありがとうございます」


 誇らしげに胸を張って前に出て来た公爵令息に、クラスメイト達は惜しみない拍手を贈る。

 教師も一緒になって令息を褒めそやす時間がしばらく続き、授業終了の合図の鐘が鳴り響いた。


 生徒達がばらばらに実験室を出て行くのを眺めていたサールは、教師に引き留められる。


「サール・キリディングス、君は落第だ。中等部の最終試験なのに、こんなものしか作れない生徒には追試も必要ない。留年か退学か両親と相談して決めなさい。留年するにしても来年度は私の授業を取らないように。時間の無駄なので」


 吐き捨てるように言って、教師は出て行った。


 ふむ……。


 一人残ったサールは、中等部の教師は『鑑定』出来ないのかと首を捻る。


 サールには『鑑定』の特性がないので使えないが、教師には備わっていると勝手に思い込んでいた。でもどうやら違うらしい。

 それとも『鑑定』する手間を惜しんだのか。あの様子からすると、最初から公爵令息の提出物を最優秀にすると決めていたようだ。


 サールの『勘』ではあの公爵令息の瓶は上級回復薬ですらなく、中級程度の効能しかない。他の提出物にも透明度は高いものはあったが似たり寄ったりだったので、やはり公爵令息へのごますりの為に最終試験結果を利用したのだろう。


 あの教師は威丈高にサールに落第を宣告したが、サールにしてみれば、それならそれで構わない。あの教師から学ぶべきものはなさそうだ。薬学科の教本は役に立ったが、あの教師から教わったものは何一つなかった。

 中等部の教師がこのレベルなら、高等部も期待薄だ。退学になってもサールには何の問題ない。


 中等部薬学科の最終試験の課題は、自ら作れる最高の薬品の提出。種類は特定されていなかったので、毒消しや美容クリームを提出した生徒もいる。一番需要が高い回復薬は作りやすいので、提出した生徒が多かった。


 サールも回復薬が得意だったので自ら足を運び、薬草を採取しに行った。王都から出て野山を歩き回り、かなりの時間を費やした。もちろん調合も慎重に行った。


 そして完成したサールの回復薬は、サールの『勘』では上級回復薬よりも優れた物だと出ていた。そんな『気がして』いた。


 それを流しに捨てられた。


 だからサールは何の心残りもなく、さっさと学校を後にした。





 

 サールには『鑑定』の特性がないので、自ら調合した緑色の液体が『命の霊薬』という幻の回復薬で、ありとあらゆる病気と怪我を治し、失った四肢も復活させるほどの効能があると分からなかったのだった。

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