98 イザベラ様
(・・・遠慮がないわね)
アスター商会の正面入り口に、白地に金の模様で彩られた豪華な馬車が堂々と止めてあった。
よく見れば、メイファ公爵家の家紋だろうか。薔薇の文様が施してある。
これでは客は、アスター商会に入れないだろう。
馬車の横には、どこか疲れの滲む顔をしたフランシス隊長が立っていた。
「昨日はご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
「そんなことはないですよ。犯人逮捕にご協力いただき、ありがとうございました。おかげで助かりました」
(・・・・・・本当に?)
犯人の怪我や処遇について聞きたかったが、これ以上ここで昨夜のことについて聞いている時間はない。
まずは目の前の、不興を買ったイザベラ様の問題をどうにかしないといけないだろう。
「あの・・・、イザベラ様のことですが、私、何か気に障ることをしたのでしょうか?」
少しでも情報を集めようと、馬車に乗り込む前に聞いておく。
フランシス隊長はイザベラ様に聞こえないようにと、大きな体を丸めて声を潜め、そっと教えてくれた。
「そうですね。イザベラ様は元王族ですので、イザベラ様には、頭を垂れる方がほとんどです。陛下でさえ、頭が上がらない時もあります。そのイザベラ様に、あんな風に親し気に微笑まれながらドレスをお見せになったご令嬢は、アンナ様が初めてかと・・・」
「もしかして、私、イザベラ様に対して、慣れ慣れしかったかしら?」
「・・・アンナ様の振舞いを、イザベラ様は『王族への礼を欠いている』と受け取ったのかもしれません」
(だって、降嫁したんだから、王族じゃないでしょう!?)
どうやら私の認識は、間違っていたらしい。
考えてみれば、皆ひれ伏すように頭を下げていたのだから、権力意識の高い人だということはわかっていたのに、アルバート様のお姉様だと思って、つい油断してしまった。
自分の軽率な行動を悔やむが、後の祭りだ。
「そんなつもりはなかったんですけど。困ったわ。これ以上、イザベラ様の不興を買わずにするには、どう振舞えばいいかしら?」
「そうですね。イザベラ様のご意見に異を唱えるのは、やめておいたほうがいいと思います」
「え・・・、わ、わかりました」
(面倒っ!じゃあ、一緒にいる意味なくない?)
どうして私を昼食に誘ったのだろう。
別に私じゃなくても、ぬいぐるみでもテーブルに置いて、好き勝手にしゃべればいいだろうに。
イザベラ様の話に、ひたすら相槌を打てということか。
「それから、イザベラ様はご自分の審美眼に、絶対の自信がございます。先ほど、アスター商会にドレスを届けるよう頼んでいましたよね。イザベラ様からドレスを勧められたら、迷わずにお召しになることをお勧めします」
「・・・・・・わかりました。ありがとうございます」
(・・・やっぱりアスター商会から届けられたドレスを、買わないといけないのかしら)
だが、全力でお金がないと言って断りたい。
こんなことで、借金を増やしてたまるものか。
「そこで、ごちゃごちゃと話をしているようだけど、何をしているのかしら?」
どうしようかと考えていると、イザベラ様の苛々した声が飛び、慌ててフランシス隊長に頭を下げてから馬車に乗り込む。
イザベラ様に聞こえないように小さな声で話していたが、イザベラ様には、しっかり聞こえていたらしい。
足を組み、無言で扇子をあおぎながら私を睨みつけるイザベラ様の向かいに座った。
フランシス隊長が眉を八の字にして扉を閉めた途端、そこはイザベラ様と私だけの空間になってしまった。
不機嫌で、しかも何を言いだしてくるかわからない人と密室で二人きりとは、何て気まずいのだろう。
(・・・お願いだから、早く公爵邸に着くように馬車を出して!)
私の無言の祈りが届いたのか、蹄のカツンという音が聞こえ、車輪がギシギシと音を出しながら進みだしだ。
張りつめた空気の中、アスター商会が、ゆっくりと遠ざかっていく。
イザベラ様は、馬車がなかなか進まないのに苛立っているのか、眉を顰めながら、不機嫌そうに窓の外を見ている。
馬車の中の空気が重いのは、雨が降る前だからではなく、絶対にイザベラ様のせいである。
(すごく気まずいんだけど。これ、どうすればいいの?)
猛獣に会った時は、落ち着いて距離を取れとスタンリー先生に教わったが、狭い馬車の中に逃げ場はない。
逃げるのが無理なら、残る手段は「懐柔」だろうか。
ダニエル様は「相手を観察」することが重要だと言っていたはずだ。
これ以上失敗しないために、イザベラ様の人柄を把握する必要があるだろう。
(まずは、イザベラ様の情報をできる限り集めることが必要よね・・・)
王都の街並みに興味がある振りをして、イザベラ様と目を合わせないようにしつつ、イザベラ様の様子をそっと窺う。
(・・・高慢。自分勝手。自分に絶対の自信がある。人の意見は受け入れない。おまけに身分にうるさい)
正直お近づきになりたくない人物だ。
朗らかと称されていた陛下と優しいアルバート様が、このイザベラ様と血が繋がっているとは、とても思えない。
でも、ドレスを買わずに済むようにするためにイザベラ様の機嫌を取る必要がある。
私の印象はすでに悪いから、マイナスからのスタートだ。
ここは知恵を働かせて、なんとか乗り切らねばならない。
(・・・どうしようかしら)
ダニエル様の言葉の中に、役立つヒントはなかったかと必死で思い巡らせていると、ようやく馬車が速度を上げて走り出した。
その間もイザベラ様は、不機嫌そうに扇子で自分を扇いでいる。
やがて川沿いのヤナギが緑の帯となり、道行く人の顔もわからなくなると、イザベラ様は扇子を閉じ、姿勢を正して手を膝に揃えた。
「アンナ様」
「え、は、はい!」
「先ほどはあのような態度を取ってしまい、失礼いたしました。どうしても、アンナ様と二人で話をしたかったものですから、このような手段を取らせていただきました」
「え・・・、あの」
「本当に申し訳ありません」
「いえ、あの・・・」
「身分があると、いつも人の目があるので、本音を話すのは難しいんですよ。人前で、簡単に頭を下げるわけにはいきませんしね」
「・・・・・・・・・」
(これが本当のイザベラ様?)
あまりの違いようにびっくりする。
まず声が違う。話し方も違う。顔つきまで違う。
今、私の目の前にいるのは、気品があって慎み深い淑女だった。
驚いて固まる私に、イザベラ様は、あろうことか深々と頭を下げた。
「アンナ様。この度は、弟と姪を助けてくれて、ありがとうございました。心よりお礼申し上げます」
「え、いえ、あの・・・」
「王家一同、アンナ様には心から感謝していますの」
「いえ、そのようにお礼を言われることは何もしてませんので、どうか頭を上げてください」
(そんなに頭を下げられても、困るんだけど)
ベスを川の中に飛び込んで命を救ったのは、アルバート様だ。
私は二人を屋敷に連れ帰り、数日間一緒に過ごしただけで、特に何もしていない。
イザベラ様は、頭を上げて、ふうっと困ったようにため息をついた。
目元が優しく細まり、本当に先ほどと同一人物かと疑いたくなる。
「本当に。ベスときたら、思いもよらぬことをして。アルバートは勿論だけど、アンナ様にも迷惑をかけたわね。ベスの面倒を見るのは、大変だったでしょう?」
「いいえ、私は特に何もしていませんので」
「そんなことはないでしょう。最近のあの子は、よく癇癪を起していましたからね。よかったら、私からもお礼をさせてください。アンナ様の望むものを差し上げます」
「いいえ、本当に結構です」
イザベラ様が口元だけを柔らかく上げて、これが淑女の嗜みとでも言うようにゆっくりと微笑んだ。
だが、イザベラ様の表情は穏やかだが、目の奥の光はぎらついているような気もする。
「アンナ様が望むことは、全て叶えることができますよ。何がよろしいかしら?宝飾品でも、調度品でも、失礼でなければお金でも。何でもいいですよ。全てアンナ様の思いのままにいたしましょう」
「いいえ。特別なことはしていないので、私には必要ありません」
「どうか、ご遠慮なさらずに。本当になんでもいいのですよ」
「いえ、本当に結構です」
(・・・・・・イザベラ様は、何を考えているの?)
私と二人きりで話すために高慢な態度を取ったと言ったが、簡単に信用してはいけないだろう。
コロコロと態度を変える人ほど信用できないものはない。
頑なにお礼を断るが私が気に入らなかったのか、イザベラ様が眉を顰めながら、ゆっくりと首を傾けた。
誤字のご指摘ありがとうございました。
イザベラ様は「8 可愛さとは」に名前だけ登場しています。
お時間あればご覧いただけると嬉しいです。
明日も朝7時に更新予定です。
よかったら引き続きお楽しみください。




