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96 兄妹愛


イザベラ様がアンナ嬢を連れ去るように出て行くと、アルバート殿下も追いかけるように去っていった。


扉が閉まると同時に、腰が抜けたようにルーシーが床へ座り込む。

絨毯の上とはいえ、服が汚れるのを何より嫌うルーシーにしては珍しい。

社交界デビュー前のルーシーにとって、王族と会うのは初めてなのだから、驚くのも無理はない。


「嵐のように去っていったわね・・・」

「そうだな」


「噂では知っていたけど、本当に美形だったわ・・・」


ルーシーが言うのは、アルバート殿下のことだろう。

あの方の美貌は、見る者を平伏させる。

胸を押さえたまま、ルーシーはまだ立ち上がれずにいる。


「ほら、いつまでも座り込んでないで、ドレスを選びに2階へ行くぞ」

「え、ええ・・・」


ルーシーに手を差しだして引っ張り上げてやるが、ルーシーの力が抜けているからか、酷く重く感じた。


「お前がアンナ様のドレスを選ばないなら、全て俺が選ぶが?」

「ま、待って、お兄様。わ、わ、私も選びたい!アンナ様に似合うドレスでしょう?私にも選ばせて!!」


このお洒落にしか興味を持たない妹は、年がら年中、自分の身を飾る事ばかり考えていると思っていたが、どうやら他人を飾ることも好きだったらしい。

先に選んだ方が勝ちと言わんばかりに、スカートを捲り上げて階段を駆け上がっていく。



(・・・・・・まだまだ子どもだな)

あれで、もうすぐ成人になるのかと思うと、頭が痛い。


「お兄様、この緑のドレスはどうかしら!?」


痛む頭を押さえながら階段をゆっくり上ると、ルーシーはもうドレスを選び終えていた。

手にしていたのは、流行の緑地に金糸の刺繍が施された美しいドレスだった。


「いや、それはダメだ」

「どうして?緑は今年の流行色よ。それに深緑色で秋らしいわ。季節的にもいいんじゃないかしら?」


金髪に、緑の瞳のヘンリーを思い起こさせるものは、止めたほうがいいだろう。

だが、そんなことをルーシーに言う必要はない。


「・・・流行の色だと、皆同じ色を着るから目立たないだろう。『緑色』はなしだ。アンナ様の美しさを引き立たせるドレスにしろ。アンナ様が目立てば、その分うちの商品が売れるからな」


「・・・・・・お兄様の頭の中は、いかにうちの利益を上げるかだけね。つまらないわ」

「家の利益を考えて動くことの、どこが悪いんだ?」


「・・・そういうところです」

「ああ、そうか。お前の意見は後で聞こう。今は俺のことより、ドレスを選べ」


ルーシーは一瞬だけ口を引き結んで俺を見たが、すぐに真剣な眼差しでドレス選びに戻った。

服に賭ける情熱だけは、どうやら本物らしい。


(でも、まだまだ子どもだよな)

俺が稼いでいるおかげで、ルーシーは小遣いをたっぷりもらい、流行のドレスも化粧もカフェ巡りも楽しめるのに、不満を言う意味がわからない。

まだ学生のルーシーは、金を稼ぐということが、どれほど大変なことかわかっていない。


「お兄様、この赤のドレスはどうかしら?」


「・・・いいんじゃないか?アンナ様にも似合いそうだし、人目も引く」

「そうでしょう!?絶対に、このドレスはアンナ様に似合うわよね!!」


ルーシーが取り出したのは、深みのあるボルドーのドレスだ。

真っ赤な薔薇を思わせるこのドレスは、アンナ嬢をいっそう華やかに見せるだろう。


褒めたことで機嫌が良くなったのか、鼻歌混じりでドレス探すルーシーの隣に並んでドレスを選んでいく。

職人が心を込めて仕立てたドレスは、どれも美しく光り輝いていた。


(・・・・・・でも、美しいドレスもこうしてハンガーにかけてぎっしり並べていたら、カーテンにしか見えないな)

服飾品を扱う身でありながら、実のところ、俺は外見を飾ることに価値を見出せない。

いかに外見を美しく装っても、中身が伴わなければただの見せかけに過ぎず、誰の心も動かすことはできない。


だが、イザベラ様に気に入って貰えれば、うちの利益は、確実に大きく上がる。

自分の審美眼に自信を持つイザベラ様は、自分が認めたものには、お金を惜しみなく使う。

社交界のファッションリーダーでもあるイザベラ様が認めたとなれば、追随する貴族は、こぞってアスター商会の品を買っていくだろう。


それに、劇団のパトロンでもあるイザベラ様は、俳優の衣装も自分が認めた商会の物しか使わせない。

イザベラ様がうちの商品を気に入れば、間違いなく舞台で使われる。


舞台を観た大衆が、あの衣装はどこのものだと騒ぎ立てれば、うちの評判は爆上がりだ。

庶民にうちの商品は、高値で手が出ないかもしれないが、それがまた、憧れのブランドとしてアスター商会の価値を高めてくれる。


今後更に、アスター商会の商品は飛ぶように売れるはずだ。

イザベラ様の動き一つで、大きな金が動く。



(・・・・・・ここが正念場だな)


ドレスを選びながら自分の血が湧き立つのを感じていたが、ルーシーの放った言葉が、その熱を一気に心臓へと引き戻した。


「・・・・・・・・・どうしてアンナ様が求婚を断るように仕向けたんですの?」

「・・・急にどうしたんだ?」


真意を探ろうとルーシーに目を向ければ、ルーシーは、沢山かけてあるドレスから目を離さずに、アンナ嬢のためのドレスを探している。


だが、手だけ忙しく動かしているが、目が手の動きを追っていないのは一目瞭然だった。


「だって、私が帰った時は、『素』のお兄様だったでしょう?他人に絶対見せないのに」


「そうか?お前の勘違いじゃないか」

「そうかしら。じゃあ、どうしてアンナ様がお兄様の偽りの笑顔を見抜いていたのを知っていながら、あえてあの表情で迫ったの?」


ルーシーの問いに答えたくなくて、ドレスを探す振りをする。

自分でも、馬鹿なことをしたと思っている。


アンナ嬢がヘンリーたちの心ない言葉に耐える姿を見て、今まで感じたことのない怒りが湧き、本気でヘンリーを殴りたくなるのを必死で抑えた。

それでも彼女のことを考えれば上手くやり過ごすしかないとないと信じ、場を収めたつもりだったが、他人に迎合ばかりしている自分を、こんなにも情けなく感じたことは初めてだった。


あの時に、彼女を本気で愛している自分に気が付いた。


ゆっくり彼女と距離を詰めればいいものを、彼女がコウモリの話をした途端、どうしても気持ちが抑えれきれずに求婚してしまった。


「ねぇ、お兄様ったら答えてよ」


「・・・・・・俺が素に戻るのは、死ぬ時だけだ」

「またそんなこと言って。本気だったのでしょう?アンナ様に」


当たり前だ。

本気だったからこそ、できなかったのだ。


優しい彼女は、求婚を断ったことで俺に気を遣い、きっと距離を置くだろう。

気まずくなって関係が壊れるぐらいなら、友人のままでも側にいれたほうがいい。

だからこそ、あの求婚は演技で、本気ではなかったと思わせるために、作り笑いで迫り、彼女が断るように仕向けたのだ。


「変なこと言ってないで、ドレスを選べ。今からドレスをアンナ様の体型に合わせて補整しないといけないんだ。時間がないだろ」

「・・・・・・・・・わかったわよ。このドレスはどうかしら?」


ルーシーが取り出した、美しいロイヤルブルーのドレスに眩暈がする。

アルバート殿下の瞳の色だ。


「ああ、いいんじゃないか」


そう言いながら、わずかに震える手でルーシーから渡されたロイヤルブルーのドレスを手に取る。

このドレスの生地は、国内ではほとんど手に入らない、最高級のミカドシルクだ。

ロイヤルブルーに銀糸で刺繍が施された、この華やかなドレスは、アンナ嬢をひと際輝かせることだろう。


(・・・まさしく、王族に相応しいドレスだよな)

どんな縁があって知り合ったのかは知らないが、アルバート殿下はアンナ嬢に惚れている。


先ほどのアンナ嬢の驚きようを見る限り、アンナ嬢はアルバート殿下が来ることを予期していなかった。

ライアンは、アンナ嬢が嫌がったからアルバート殿下は同席せずに外で待っていたと言っていた。

どうやら、アルバート殿下はアンナ嬢の意思に反することをしたがらない。


(おかげで、昨夜のフランシスの謎の行動がわかった)

今考えると、全て合点がいく。


昨夜フランシスがアンナ嬢の顔を見て驚いたのは、貴族令嬢であるアンナ嬢が目潰しをしたからではない。

あれはきっと、フランシスがアンナ嬢を探していたところ、アンナ嬢が思わぬところにいたせいだ。


王族直属となる第一騎士団を動かせるのは、陛下かイザベラ様。

そして、王弟であるアルバート殿下だけだ。


陛下は真っ直ぐな気性だから、ややこしいことはしない。

イザベラ様なら、アンナ嬢を見つけ次第、自分の元に連れてくるように命じているだろう。

今日わざわざ店に来たことを考えても、アンナ嬢を探していたのはアルバート殿下だ。


フランシスが俺を引き留めたのは、アンナ嬢の宿を確認するのに、俺が邪魔だっただけだ。

フランシスが、ひったくり犯を多少痛めつけたぐらいで話があると言うなんておかしい。

しかもわざわざ俺を引き留めたくせに、急ぐような話はなかった。


(本当に面倒なことさせるよな・・・)

フランシスは、フレディに、わざわざ宿の名前と送った時間まで報告しろと念を押していた。

恐らくその後に指示を出し、アンナ嬢に悟られぬよう見守りをつけたに違いない。



(・・・・・・アルバート殿下は、アンナ嬢に相当惚れているな)


フランシスがエリオット団長に俺のことを聞かれたのも、きっとアンナ嬢と取引をする俺がどんな人物かを調べるためだ。

無表情な王弟は、意外にも嫉妬深いのかもしれない。


アルバート殿下に強く握りしめられたせいで、赤くなった左手をさする。

常に無表情で何を考えているかわからないアルバート殿下だが、あの時は明らかに腹を立てていた。

恐らく、俺がアンナ嬢に求婚していた現場を見たはずだ。



(・・・・・・これからどうするかな)

アルバート殿下と、アンナ嬢を賭けて争う気はない。

家の存続と繁栄が一番だ。

ただ、アルバート殿下が、アンナ嬢に求婚した俺のことをどう思うかが問題だ。



(・・・・・・・・・・・・・・・まあ、大丈夫か)

どうせアンナ嬢は俺の求婚を本気だと思っていないし、知らぬふりをして、友人だと言い張ればいいだろう。

大抵の男は好きな女に狭量な男と思われたくないから、内心はどうあれ、アルバート殿下だって、俺がアンナ嬢と友人でいることを容認するだろう。


ロイヤルブルーのドレスを握りしめながら、今後のことを考えていると、ルーシーが首を傾けながら話しかけてきた。


「じゃあ、最後の一着を選ばないといけませんわね。お兄様はどれがいいと思います?」



お読みいただき、ありがとうございました。

ブクマ、評価をしていただき、ありがとうございます。


「ミカドシルク」は、重厚感と光沢が特徴の最高級のシルク生地で、ウェディングドレスの素材としてよく使われているそうです。


明日も朝7時に更新予定です。引き続きお楽しみいただけたら嬉しいです。

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