83 ダニエル様の評価
「いやぁ~、お手柄でしたね」
フレディと呼ばれた騎士は、話好きなのか、気さくに話しかけてくる。
「あ、あの、ダニエル様が何か罪に問われるようなことは・・・?」
「いえ、ないですよ。正当防衛ですし」
「でも・・・」
「大丈夫ですよ。聞いたでしょ?ダニエルさんとフランシス隊長は、仲が良いんですよ。多分久しぶりに会ったから、ちょっと話をしたいだけじゃないですか?」
本当だろうか。
細くてひょろひょろしているせいか、どうもフレディ様は頼りなく見える。
「ダニエル様とフランシス隊長は、仲が良いんですか?」
フランシス隊長はダニエル様に会えて嬉しそうにしていたが、ダニエル様の対応はごく普通だった。
「昔、第五騎士団で一緒だったと聞きましたけどね」
「『第五騎士団』、とは何ですか?」
「ああ、第五は北の辺境を守ってるんですよ。第一が王族警護、第二が王宮や王都周辺警備、みたいに役割分担しているんです。ちなみにフランシス隊長は、今は第一です。出世頭ですよ」
「そうなんですね」
確かに仕事ができそうな、いや、頼りになりそうな風貌だった。
「二人で組んで、騎士の待遇を底上げしたって聞きましたよ。騎士は身体が資本ですからね。無料で医師に診察をしてもらえるようにしたり、傷病手当を貰えるようにしてくれたり。そうそう、一年に一回、無料で身体の検査もして貰えるようになったんですよ」
「それは、いいですね」
それなら騎士は安心して働けるだろう。
悪いところがあれば、早めに治療ができるし、騎士団としても、欠勤や長期療養者を減らせるから、仕事の効率や成果を上げやすい。
「そうなんですよ。特に北は、王都と違って寒いから体調を崩す奴が多かったみたいですしね」
「やっぱり、大変なお仕事なんですね。それにしても、騎士団の体制を変えるなんて、お二人とも若いのにすごいんですね」
「まあ、当時の上司が、えらく話のわかる人だったとは聞いていますけどね」
「そうなんですか」
うちの飴を販売するにあたって、ダニエル様は、騎士団長に話を通したと聞いている。
第五騎士団の団長のことだったのだろうか。
「フレディ様も、第五騎士団だったのですか?」
「いいえ、俺はずっと第二騎士団です。ダニエルさんが、第二騎士団に異動になってからのつきあいですね。ただダニエルさん、異動してすぐ辞めちゃったんで、付き合い自体は短いんですけどね」
「そうですか・・・」
(そういえば、ヘンリー様も第二騎士団だったわね)
ヘンリー様は、フレディ様と一緒に仕事をしたことはあったのだろうか。
(・・・・・・浮気をしたヘンリー様ばかり悪いと思ったけど、私だって悪かったのかもしれない)
三年も婚約していたのに、ヘンリー様のことをよく知らない自分に今更ながら気付いた。
私はヘンリー様の同僚も上司の方の名前も知らない。
ダニエル様だって、ダニエル様が『ヘンリーの同僚です』と言ったから、ああそうかと思っただけだった。
今考えると、私はヘンリー様に、ほとんど興味を持っていなかった。
(私、いくつ言えるかしら?)
ヘンリー様の好きな物。ヘンリー様の嫌いな物。
子どもの時の楽しかった思い出は?
友人の名前は?上司や同僚の名前は?
ヘンリー様が職場でどう過ごしているかなんて、自分から聞いたことがあっただろうか。
ヘンリー様に興味を持とうともしない私を、ヘンリー様だって、大事にしようとは思えないだろう。
自分ではヘンリー様に尽くしていたつもりだったが、一番肝心な「ヘンリー様の心」はおざなりにしていたかもしれない。
思わず考え込んだ私に、フレディ様は、首を傾げて私の顔を覗き込んできた。
「・・・・・・心配そうですね。そんなに心配するなんて、ダニエルさんと恋人ですか?」
「え?いいえ。とんでもありません。単なる取引先です」
「へぇ~、そうなんですか。ダニエルさん、モテるけど、アンナ様みたいなタイプは初めてだから、本命かと思ったんですけど」
「そんなことないですよ。でも、ダニエル様は、やっぱり女性に人気なんですね」
あの綺麗な顔と、気遣いの塊のような人だ。
相当モテるだろう。
「ええ!騎士団に居た時は、山ほどラブレターや贈り物を貰っていましたよ。本人は面倒だと嫌がってましたがね。やっぱり男は顔ですかねぇ~」
フレディ様は、悔しそうに目を瞑りながら口を尖らす。
「さぁ?どうでしょうね。顔もでしょうが、ダニエル様は、結局優しいですからね」
あの笑顔は怖いが、優しいことは間違いない。
劇場で目を瞑っていたダニエル様を思い出す。
疲れているのに、ルーシー様を心配して探しに来たあげく、私の観劇にも付き合って、尚且つ宿まで送ろうとしてくれた。
治安の悪さを心配して付き合ってくれただけなのに、勝手に裏があるなんて思ってしまって、本当に悪かった。
それに、私の杜撰な養蜂場の事業計画を冷たくあしらいながらも、最後まで見捨てずに指南してくれたのは、ダニエル様だ。
「おや、アンナ様は、ダニエルさんのことを、よくわかっているんですね?」
フレディ様がにやにやと笑って見てくるので、思わずイラッとしてしまう。
わざと目を細めて、抑揚のない声で怒っていることを伝えることにした。
「単なる取引先です」
他人に、色恋の詮索をされるのは好きではない。
ただでさえ自分の心がままならない時に、ずかずかと遠慮もなしに踏み込まれて、心を荒らされたくなかった。
冷たく言い放った私を、怒らせてまずいと思ったのか、フレディ様は焦ったように取り成してくる。
「ああ、すみません、怒らないでくださいよ。俺、実はダニエルさんのこと好きなんですよ」
「『好き』、とは?」
「俺、入団したばかりの時に、先輩に、使いっぱしりとか夜警を押し付けられて大変だったんですよ。まあ、新人虐めですよね」
(え?、何それ?)
ダニエル様の話の前に、その虐めの話の方が気になる。
セオドアは春から入団するのだ。
「騎士団に、虐めがあるんですか?」
「多少はありますね。いろんな人間が集まってますからね。それに俺、学院卒業後に入団したから、叩き上げの先輩から嫌われたみたいで。まあ、やっかみ?みたいな感じだったとは思うんですけど」
(見かけによらず、フレディ様はエリートコースなのね)
確かに学院を卒業して入団すれば、出世が早いとは聞いている。
それにしても、いずれ上司になるかもしれない人を虐めたら、立場が逆転した時には、どうするのだろうか。
平民のセオドアは妬まれる心配はないだろうが、正義感の強いセオドアは、虐められている人をみたら、必ず義憤に駆られて、考えもなしに行動しそうだ。
虐める先輩に真っ向から意見して、喧嘩しそうな気がする。
「あの、春から弟みたいに思っている子が騎士団に入るんです。そんなことを聞くと不安になるのですが、大丈夫でしょうか?」
「おや、何という子ですか?」
「セオドアといいます。小柄で黒髪で、瞳がわずかに紫がかった子なんですけど・・・」
頼りなさそうなフレディ様では当てにならないかもしれないが、少しでもセオドアのためになるなら、頼んでおきたい。
「ああ!あの短気で面白い子!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「知ってます、知ってます!」
(そんなに記憶に残るなんて、セオドアは何をやらかしたの・・・?)
フレディ様は、その時の様子を思い出したのか、可笑しそうに笑っている。
「最終テストが、受験者全員での乱打戦だったんですけど、一人ちょこまかと逃げ回る子がいて。そうか、アンナ様のお知り合いだったんですね」
「逃げ回るって・・・」
大勢で打ち合ってる最中に、セオドアは何をしていたのだ。
「いや、実際は逃げる振りですよ。気に入らない子たちの側に行って、煽りに煽って自分に注意を向けさせてましたよ。で、煽られた子が、一斉に向かってきたところを一人で打ち負かしていましたね」
「・・・・・・それって、ルール上いいんですか?」
(『煽る』って、実践ならまだしも、試合はダメじゃないの?)
しかも騎士団なんて、公明正大の代名詞にもなっているというのに、セオドアは何をやっているのか。
「まあ、明記してなかったので、セーフでしょう。それにセオドアが煽った子たちは、実家の権力を笠にきるような連中でしたからね。試験の最中、平民や爵位の低い子に嫌がらせをしてたみたいだし。試験中、監督官たちは何も言いませんが、受験生の動向は、しっかりわかっていますよ」
「そうですか。それならいいのですが・・・。あの、こんなことをお願いするのは申し訳ないのですが、少々短気ですが、真っ直ぐでいい子なんです。もしかしたら、先輩と摩擦があるかもしれませんが、どうかご指導よろしくお願いします」
セオドアは揉める。確実に揉める。
身分を笠にきた虐めや嫌がらせは、あの子の一番嫌うことだ。
もう揉める未来しか見えないので、頭を下げておく。
「ああ、勿論いいですよ。中にはセオドアを気に入らない人もいるでしょうけど、一部の上司は、セオドアを見所があるって気に入ってましたよ。すでに同じ受験生からも、絶大な人気を誇ってるから、大丈夫でしょう」
(でも、全員じゃないってことでしょう!?)
セオドアの先行きが不安になってきた。
揉める未来しか見えないが、セオドアがサウスビー家を離れれば、私が手出しできるものではない。
フレディ様に頼んだ今、あとはセオドアの負けん気の強さを信じるのみだ。
「それに、俺もダニエルさんに助けられたから、困っている後輩は助けてやろうと思ってて。あの人には本当に感謝してるんですよ」
(・・・・・・意外ね)
ダニエル様はいい人だが、そんな表立って人助けをするタイプには見えない。
「でもあの人、照れ屋だから、絶対に自分が助けたとわからないように助けてくれるんですよね。裏で色々画策する、みたいな」
(・・・あ、やっぱり裏で暗躍するタイプなのね)
妙に納得する。
(そして、照れ屋なのね・・・)
いつも余裕ぶった笑みを浮かべているくせに、照れ屋と聞くと少し笑えるような気がした。
ダニエル様は、どんな顔をして照れるのだろう。
一度くらい見てみたい気がした。
「だから他の先輩からも、ダニエルさんに直接お礼を言うなって言われてて。お礼を言うと、嫌がるみたいなんですよね、あの人。昔先輩がお礼を言ったら『お礼なんて言わずに、上からしてもらったことは、下に返せ』って怒られたそうですよ」
フレディは様は苦笑いだ。
「・・・・・・そうなんですね」
「でも、ちょっとカッコいいでしょ?」
何となくわかってはいたが、ダニエル様も面倒な人だった。
「だからせめてものお礼と思って、この間、彼女にプレゼントする指輪をアスター商会で買いましたよ!ちょっとでもアスター商会の売り上げに貢献しようと思って!!」
アスター商会からしたら、微々たる売り上げだろうが、胸を張って誇らしげに言うところが微笑ましい。
でも、ダニエル様が知ったら、隠れて喜びそうな気はする。
「まあ!それは彼女さんも喜んだことでしょうね」
「ええ!それはもう大喜びで!!でも俺、まだ入団して日が浅いから、実は給料が安くて。買う時は、本当に清水の舞台から飛び降りる気持ちでしたけどね。おかげで、当分節約生活です」
フレディ様は、情けなさそうに肩を落としているが、そんな様子が可愛く見えてくる。
「・・・彼女さんは、その気持ちだけで、嬉しいと思いますよ」
「それ!シャーロットにも言われたんですけど。でもねぇ、やっぱり喜ぶ顔を見たいじゃないですか。それにいくら口で言っても、愛情の大きさなんて、わからないでしょう?そう思ったら、やっぱり買いたくて」
(・・・ヘンリー様は、私の喜ぶ顔なんて、想像したことがあったのかしら?)
婚約していた三年間、手土産のお菓子以外貰ったことがないと思うと、やはり悲しくなってくる。
別に高価な物なんて要らない。
野に咲いてる花一本でも、ヘンリー様が私を想って摘んできてくれたら、それだけで良かった。
「シャーロット様は、愛情の大きさを金銭で測るような方ではないでしょう?」
「ま、まあ、そうなんですけどね。でもこの間、デートで金がないって言ったら、『指輪に使うより、結婚資金を貯めて』と怒られましたよ」
フレディ様は、照れながら「これって逆プロポーズですかね」と頭を掻いている。
「シャーロット様は幸せ者ですね」
一途にシャーロット様を想うフレディ様を見たら、二人の恋を応援したくなる。
こんな風に大事に想ってくれたなら、さぞかし幸せだろう。
見た目ではなく、自分を大事にしてくれる人と結婚するのが、一番幸せなのかもしれない。
そんなことを考えていたら、いつの間にか宿屋に着いていた。
王都に不慣れな私に、ノアが予約してくれた宿だ。
安くて清潔だと太鼓判を押してくれたから、安心して泊まれるだろう。
「あ、宿屋はここです。送っていただいて、ありがとうございました」
「いいえ。ダニエルさん、本当にいい人ですから!良かったら、考えてあげてくださいね!!!」
一体何を考えればいいのかわからなかったけど、ダニエル様の色々な面が知れた日であった。
フレディ様に頭を下げて、宿屋へ向かう。
(・・・・・・人の繋がりって大事よね)
宿を取ってくれたノア。
セオドアのことを快く引き受けてくれたフレディ様。
そして、王都を親切に案内してくれたルーシー様とダニエル様。
私も周りの人の縁を大事にしようと思いながら宿の扉を開ければ、女将さんがにこやかに迎えてくれた。
「いらっしゃい!お待ちしてましたよ」
「今日からお世話になります。よろしくお願いします」
その元気のいい声に、疲れた心が癒されて、ホームシックも治ったような気がする。
宿泊手続きの最中、女将さんに夕食の有無を尋ねられたが、断って部屋に入り、ベッドに倒れ込んだ。
疲れていないと思ったが、慣れない王都で緊張していたのか、やはり身体は疲れていた。
(今日はもう早めに寝た方がいいわね)
ダニエル様のことは心配だったが、明日話を聞くしかないだろう。
睡眠不足では碌なことにならないと身を持って知った私は、明日に備えて寝る準備を始めた。
お読みいただきありがとうございました。
補足ですが「フレディ」は「74 ダニエルの回想1」に。
「フランシス隊長」は、「12 ホランド伯爵家」に名前だけ登場しています。
明日も朝7時に更新予定です。
引き続きお楽しみいただけたら嬉しいです。




