77 ダニエルの回想4
騎士団を辞めた後、商売の話がしたいとアンナ嬢に連絡を取ったら、1か月もしないうちに、サンプルを持って上京してきた。
(・・・・・・・・・地味だな)
アンナ嬢は、飾り気のない黒のドレスに身を包んでアスター商会に現れた。
既婚者のように髪を結い上げ、アクセサリーも着けていないアンナ嬢は、どこか落ち着いた雰囲気を纏っていた。
手紙の文面から察したように、真面目な令嬢なのだろう。
俺の元に案内した従業員にも、礼儀正しく挨拶をしている。
年配者には好かれるが、ヘンリーのような、洒落っ気の強い見栄張り男には、見向きもされないタイプだ。
(ヘンリーの好みでないことだけは、よくわかった)
綺麗な顔をしているのだから、服装を少し改めれば、雰囲気も変わって見えるはずだ。
ヘンリーに、華やかなドレスをアンナ嬢に贈るよう勧めようかとも思ったが、あんなケチな男が金を出すわけないと思い直す。
それに、ヘンリーにドレス代を値引きするよう請われてはかなわない。
(・・・まぁ、俺には関係ないことだ)
ヘンリーと話すと、いつも苛立たされるから、あいつとは、極力関わりたくない。
女受けの良い笑顔を作り、丁寧に挨拶をする。
「アンナ様、この度は遠いところをお越しくださいまして、ありがとうございます」
「こちらこそ。アスター商会に声をかけていただけるなんて、光栄です」
だがアンナ嬢は、俺の笑みに一瞬怯えたように身をすくめ、あとは、しおらしく頭を下げただけだった。
(・・・俺の笑顔に反応しないなんて、よほどヘンリーに惚れているのか?)
珍しいこともあると思って視線を向けると、僅かにアンナ嬢の手が震えていた。
どうやら、かなり緊張しているようだ。
(この様子だと、商談はすぐに終わりそうだ)
飴の作り方を聞き、幾ばくかの金を渡せばいいだろう。
あの面倒なヘンリーの婚約者だ。
アンナ嬢は、男の言うことに素直に従うタイプだろう。
◇◇◇
だが、交渉は長引いた。
アンナ嬢が、飴の作り方は門外不出のため、領外では生産できないと言い張ったのだ。
じゃあ領内で生産された商品を納品してもらおうとしたが、納品するには養蜂場の拡大が必須だが、拡大するための資金がないと言う。
(・・・・・・完全に時間の無駄だったな)
これでは話が進まない。
さっさと話を切り上げてアンナ嬢を帰らそうとすると、アンナ嬢が切実な様子で訴えてきた。
「お待ちください、ダニエル様。私に、養蜂場を拡大する資金を提供してくれませんか?」
「・・・・・・・・・は?」
「アスター商会が資金を出してくだされば、飴を生産できます」
(なんで関係ないうちが、サウスビー家に金を貸さないといけないんだ?)
アンナ嬢の信じられない提案に、つい素が出てしまった。
いつもの微笑みの仮面が剥がれ、アンナ嬢を蔑むように見てしまう。
(とんだ世間知らずのお嬢様だな・・・)
どうしたらそんな発想になるのか。
足りない資金は、自分たちで金融業者から金を借りるのが当たり前だ。
「アンナ様は、おかしなことをおっしゃいますね。うちに資金を出せと?」
「ええ。その代わり、担保として、うちの土地を提供します」
「いや、そんなことをしても・・・」
「サイレニアでは、土地を担保にお金を借りることができると聞きました」
「いや、だからと言って、どうしてうちが、サウスビー家に資金をお貸ししなくてはならないのです?」
「ダニエル様のお兄様が、サイレニアで事業に成功していると聞きまして。国内の金融業者はわかってくれませんでしたが、ダニエル様なら、この仕組みをよくご存じだと思ったんです」
(・・・つまり、国内の金融業者からは、断られたというわけだな)
誰もアンナ嬢に金を貸さなかったに違いない。
複数の金融業者に断られて、うちを頼るしかないのだろう。
「養蜂場拡大にかかる費用や、今後の収益も試算してきました。これが事業計画書です。良かったら、目を通していただけませんか?」
アンナ嬢は、「どうかお願いします」と、無理やり作ってきた書類を渡してくる。
渡された紙には、ぎっしりと細かい文字と数字が書いてあった。
しかも何十枚もある。
そこまでされて無下に断るわけにもいかず、アンナ嬢から渡された書類に、しぶしぶと目を通す。
(・・・・・・まあまあかな)
連絡して1か月ほどで作ったにしては、事業計画は綿密に練られていた。
商品内容の特徴から、市場の分析や今後の納品に至るまでのスケジュールやリスク対策まで、どこにも抜けがないほど、細かく書いてある。
ただ、俺からすれば、収益の見積もりの数字が甘い。
経営のセンスはありそうだが、アンナ嬢は、一度も事業を起こしたことがない素人だろう。
契約を結ぶには、微妙なラインだ。
書類を読むふりをしながら、アンナ嬢を目を向ければ、唇をきゅっと結び、祈るように両手を組み合わせている。
(・・・ダメだな、これは)
ヘンリーがしっかりしているとは言っていたが、所詮お嬢様だ。
例え自信がなくても、商売相手を前には、堂々とした態度で挑まないといけない。
自信のない相手と、誰が一緒に事業を共にしようと思うだろうか。
(商品は良かったんだけどな。まあ、仕方がないか)
目をつけた商品全てが、上手くいくとは限らない。
種を撒いて、良く育ちそうな苗だけに投資しなければならない。
確かにアンナ嬢の飴は、騎士団で評判は良かったが、うちはどうしてもアンナ嬢の商品がないと困るというわけではないのだ。
ただ、服飾以外の分野を開拓するのに、試してみようと思っただけだ。
騎士団に卸す予定の商品は、他にも沢山ある。
うちが援助しなければ商品も生産できないようなら、体よく断るか、もしくはサウスビー家領主と直接話し合うしかないだろう。
小娘はおよびでない。
「アンナ様の熱心なお気持ちはわかりました。ただ、うちもお金をお貸しするとなると、話は違ってきます。お父上も同席の上で、お話がしたいのですが」
俺が追い出しにかかったのがわかったのか、アンナ嬢が内心の動揺を隠すように目を伏せた。
目の端が僅かに赤くなり、唇が震えている。
「・・・・・・父は1か月ほど前に亡くなりまして。私が、現サウスビー家領主です」
「・・・お父様は、お亡くなりになったのですか?」
「ええ。馬車の横転事故でした」
(ヘンリーの奴、何も言ってなかったぞ!)
騎士団をすでに辞めたとはいえ、こちらは義理を通すため、今日アンナ嬢と会うことはヘンリーに伝えていた。
俺に一言ぐらいあってもいいだろう。
そうすれば、会ってすぐお悔やみを言うこともできただろうし、商談の方針も違ってきたのに。
本当に気が利かない奴だ。
「存じ上げずに失礼いたしました。それは大変でしたね。ご愁傷様です」
「はい・・・、お気遣いありがとうございます」
「でも、お父様が亡くなられてまだ間がないのに、このような商談をすることは、アンナ様には大きな負担となるでしょう。どうかお父上を偲んでお過ごしください」
形ばかり弔意を表し、アンナ嬢に帰宅を促す。
冷たいかもしれないが、サウスビー子爵とは面識もないし、アンナ嬢に義理はない。
だが、アンナ嬢は、スカートを震える手できゅっと掴んだまま、立ち上がらなかった。
「いえ。私、ダニエル様からお手紙をいただいた時、父の功績が認められたようで嬉しかったんです。父のためにも、この事業を成功させたいんです」
「手紙?」
「ええ。褒めてくださったでしょう?美味しくて元気が出る、と。あの飴は、父が寝付いた母に、少しでも元気になってもらいたくて、改良を重ねて作った物なんです」
(・・・・・・褒めたのは、商売を円滑にするためだ)
取引先の商品を褒めるのは、商売の基本だ。
アンナ嬢は、そんなことも知らない世間知らずなのだろう。
だが、アンナ嬢は頬を上気させながら、話を止める様子はない。
「食べたら元気が出たでしょう?女王バチになる幼虫だけが食べる、希少なものなんです。性質上、大量生産はできませんから、それなりに価値はあります。それに、騎士団でも評判が良かったと聞いております」
自分でも騎士団に探りを入れて調べたのだろうか。
面倒くさがりのヘンリーが、アンナ嬢に協力するとは思えない。
何か騎士団に伝手を持っていたのか。
「だから、この飴の良さをわかってくださるダニエル様と、ぜひ取引がしたいんです。この飴には、どうしても譲れない思いがあるんです。全力でやり遂げます。必ず結果を出すので、どうかお考え下さい」
一生懸命俺から契約を取り付けようとする、アンナ嬢の耳が赤い。
目が潤み、心なしか、声も震えている。
熱意で説得しようとしたり、先ほどの事業計画書の内容といい、アンナ嬢は、世間をまだ知らない学生のようだ。
(・・・・・・もしかして、俺が思っているより若いのか?)
勝手にヘンリーより年上かと思っていたが、違うかもしれないとアンナ嬢を見直す。
透明感のある弾むような肌に、光沢のある艶やかな髪。
大きな目の周りには、表情じわさえ見当たらない。
何より、アンナ嬢には、人の裏側を読み取ろうとしない、純粋さが見て取れた。
見れば見るほど、アンナ嬢は、まだ子どもの域を出ていないような気がした。
(・・・・・・・・・この地味な装いは、わざとか?)
顔の印象と服装の年代がちぐはぐに見える。
何かが嚙み合っていない気がして、どうにも違和感が消えない。
心臓が、自分の想像を裏付けるように早鐘を打ち出した。
「・・・・・・アンナ様、失礼ですが、年齢をお伺いしてもよろしいですか?」
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ブクマ、評価をしていただき、ありがとうございました。
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