76 ダニエルの回想3
(・・・まずは、ヘンリーに荷物を開けさせて、飴を貰わないといけないな)
ヘンリーに捨てられる前に、アンナ嬢の荷物の中身をもう一度確認したい。
荷物の中に、あの飴が入っていたら、確かめたいことがあった。
レギーに聞いたところ、アンナ嬢の荷物は、ほぼ月末にくるらしい。
午前中の仕事を終え、昼食も取らずに寮の事務所へ急げば、事務所に居たのはレギーだった。
「よっ。最近冷えるけど、足の調子はどうかい?」
「ああ、ダニエルか。寒くなると、どうしても怪我した足が痛むんだよな。まあ、慣れたけどね」
「温めるといいらしいぜ。次の休みに実家に戻るから、痛みに効く薬を持ってきてやるよ」
「ああ、それは助かるな。いつも気を遣ってくれてありがとよ」
寮が古いせいで、隙間風が吹く。
仕事柄、座りっぱなしでほとんど動かないレギーにとっては、この冬の寒さは堪えるだろう。
もう残り少なくなったアンナ嬢の飴をレギーの前に置いてやれば、レギーは飴の包みを広げ、嬉しそうに口に放り込んだ。
「おや、蜂蜜入りの飴か?懐かしいな」
「ちょっと人から貰ったんだよ。俺は今まで食べたことなかったんだけど、こういうの、昔からあるのかい?」
「ああ。小さい頃は、露店で買ってよく食べたさ。俺は元々平民だしな」
父に手紙でこの飴のことを知らせたが、そんな物はどこにでも売っていると一蹴された。
確かに露店でも売っているから、珍しいものではないのだろう。
「だけど、これは味がいいねぇ」
「やっぱりそう思うかい?」
満足そうに目を細めるレギーに、思わず身を乗り出してしまった。
勤務中に食べるから美味しく感じるのかと思い、似たような飴を買って食べ比べてみたが、どうも違う。
しかもアンナ嬢の飴は、食べると妙に疲れが取れるような気がするのだ。
飴をわけてやった同僚も、同じような感想だった。
やはり何か、他の飴と違うのだろう。
「まあ、でも、こんなのは、家庭家庭で味が違うからねぇ」
「確かにそうだよな」
だが、アンナ嬢に、作り方を聞いてみる価値はあるだろう。
飴の作り方を聞き、安く作れる工場を探して騎士団に売ればいい。
金の匂いを嗅ぎつける嗅覚だけは、誰にも負けない自信があった。
「ところで、お前さん宛には何もないが、ヘンリーには荷物が届いてるよ。持っていくかい?」
(よしっ!それこそが狙いだったんだ)
自分の幸運に感謝しながら、ヘンリーの荷物を嫌そうに指さすレギーに、素知らぬ顔で頷く。
「ああ。ついでだし、持っていこうかな。サインは、ここでいいんだろ?じゃ、俺は昼からも仕事があるし、部屋に戻るわ」
受取書にサインをし、急いで荷物を抱えて部屋に戻ると、ヘンリーがすでに部屋のベッドに横になっていた。
(・・・こいつ、こんなに早く帰ってくるなんて、仕事をさぼってるんじゃないか?)
小狡いヘンリーは、規則違反にならないギリギリの範囲でサボり、後輩に仕事を押し付ける。
上司もわかってはいるのだろうが、明確な規則違反をしているわけではないので、注意しづらい。
腹立つ思いを抱えながらも、笑顔を保って荷物を掲げてみせる。
「また婚約者殿から、荷物が届いていたよ」
「お、すまんな。シャツを頼んだから、今回は新しいシャツが入ってるはずだ」
お目当てがあるからか、いそいそとベッドから起き出して、ヘンリーは箱を開けだした。
(・・・自分の欲しいものを要求したのか?それぐらい、自分で買えよ)
さすがにアンナ嬢に同情する。
アンナ嬢は、ヘンリーの頼みを断らないのだろうか。
もし妹の婚約者がこんな奴だったら、きっと殴っている。
「あった、あった。ちっ、2枚か。もう少し入れてくれてもいいのに」
(・・・こいつには、感謝の心ってものがないのか?)
人の好意に舌打ちをするヘンリーに、辟易する。
これだけアンナ嬢から良くしてもらっているのに、ヘンリーがお返しをしているのを見たことがない。
アンナ嬢への文句を聞いているだけで苛々するが、顔には出さず、にこやかに聞いてみる。
「他には、何が入っていたんだ?」
「あ、あぁ?何かな。うわっ、何だよこれ、毛糸の靴下!?・・・いや、いらねーわ!それに、また飴かよ!」
ヘンリーは、シャツだけ手に取り、馬鹿にしたように送られてきた荷物を床に投げた。
荷物は勢いよく床に投げられたため、箱の角がひしゃげて、無残な形になっている。
アンナ嬢に同情しつつ、投げられてへこんだ荷物を棚に置いてから、ヘンリーに声をかける。
「いや、この前食べたけど、その飴、美味しかったぜ?」
「そうかぁ?」
ヘンリーは、そんなものが美味いなんてと明らかに馬鹿にした態度だったが、気付かないふりをして微笑む。
「あんまり味がいいから、今度うちでも、取り扱おうと思って」
「へー!それはまた奇特なことで」
「サウスビー家で、作ったものなんだろう?アンナ嬢を紹介してもらえると嬉しいんだが」
こいつに頼むのは癪だが、これも礼儀だ。
婚約者の断りもなしに、女性に連絡を取るのはマナー違反になる。
毎月荷物を送ってくるあたり、アンナ嬢はヘンリーにべた惚れなのだろう。
こいつから連絡をしてもらえれば、アンナ嬢は、すぐに俺の商談に応じるはずだ。
「え、あ、あぁ、、・・・えっと、そうだなぁ」
だが、俺の申し出にヘンリーは、目を泳がしながら、断る口実を探している。
アンナ嬢に手紙を書くだけなのだが、それさえも面倒なのだろう。
「いやぁ、俺も、なかなか忙しくてさぁ」
(お前が忙しいのは、酒場で女の尻を追いかけているからだろ!)
心の中で毒づくが、顔には出さない。
こんな奴でも、ホランド伯爵家の三男だ。
伝統あるホランド伯爵家は、それなりに上位貴族と付き合いがある。
それに、ホランド家長男のボビーは、王立図書館職員でうだつが上がらないが、次男ヒューゴは、モイン商会で働いている。
ヒューゴの嫁の実家であるモイン商会は、手広く商売をやっているから、あちこちに顔が利くはずだ。
どこでどう有力者と繋がっているかわからない。
「そうだろうな。夜も忙しいようだしな」
「まぁな。モテる男は、辛いぜ」
それでもつい嫌味がでてしまったが、ヘンリーは気にするどころか、むしろ自慢げに金髪を掻き上げながら、嘯いている。
(酒場の女がお前を褒めるのは、お前が金を支払う客だからだよ!)
こいつを動かすのは、情ではなく金だ。
ヘンリーが、見返りもなしにアンナ嬢を紹介してくれることはないだろう。
だから、あらかじめ用意していた物で釣ることにする。
「そうだ、兄からブローチをもらってね。サンプル品だけど、良かったらアンナ嬢にどうだ?」
机の引き出しから、エメラルドに似た緑色のブローチを取り出して渡す。
アンナ嬢の機嫌も取れるし、一石二鳥だ。
途端にヘンリーの目が輝いた。
「なんだ?宝石か?」
「いや、イミテーションさ」
「イミテーション?」
「模造品だよ。本物の宝石に似せているのさ。本物より加工しやすいから、デザインも凝れる。それに軽いから、長時間着けていても疲れにくい」
(おまけに安い)
心の中で、こっそり付け加える。
カイロスで流行しているから、うちでも取り扱ったほうがいいかと兄から相談を受けたのだ。
だが、一見宝石のように見えても、やはり本物には見劣りする。
高級志向の貴族には向かないだろう。
平民の若い女性向けに置くことも考えたが、品質の高さを売りにするアスター商会には合わない。
結局話し合いの末、アスター商会では取り扱わないことにした品だ。
だが、挨拶代わりの手土産には丁度いい。
「へぇ。本物と変わらないように見えるな」
(それはお前の目が、節穴だからだよ)
ヘンリーが、ブローチを光に翳しながら不思議そうに見ているが、模造品は光りはしても、その輝きは鈍く、限定的だ。
酒場の女たちのお追従さえ見抜けないヘンリーには、宝石の真贋を見極めることなんて、絶対にできない。
「値段は、それなりにするんだけどね」
ダメ押しで言っておく。
サンプルだから、無料というわけではない。
本物ではないが、それ相応の値段はするのだ。
「じゃっ、もらっとくわ。ありがとな」
無造作にブローチをポケットに突っ込むヘンリーに、アンナ嬢に渡す気がないことを悟る。
もしかしたら、明日あたりには、質屋に売られているかもしれない。
どうやら婚約者の喜ぶ顔より、金を取るつもりらしい。
ポケットにブローチを入れたヘンリーは、アンナ嬢に手紙を書く素振りもなく、上機嫌で口笛を吹きながら自慢の髪を梳かす。
それどころか、顔に浮いたソバカスが気になるのか、薄く、白粉まではたき出した。
(・・・・・・おい、待てよ。手紙を書かないつもりか?)
こいつは、紹介もしないのに、ブローチだけ貰うつもりだろうか。
さすがに腹が立つ。
咄嗟に文句を言おうとしたが、家訓を思い出して慌てて言葉を飲み込んだ。
(・・・・・・こいつと喧嘩しても、一文の得にもならないからな)
おべっか使いのヘンリーは、上手く派閥に入りこんでいる。
ヘンリー自体は敵に回してもいいが、後々面倒になることは避けたい。
(やっぱり、裏から手を回すのが一番か)
姑息なヘンリーは、上司から目くじらを立てない程度に仕事の手を抜く。
すぐには使えないだろうが、『塵も積もれば山となる』だ。
証拠を集めて、派閥に外れた奴らに手土産として置いていってやるのが一番いいだろう。
(・・・・・・・仕事に戻るしかないな)
これ以上、鏡の前から動こうとしないヘンリーを見ていても仕方がないだろう。
アンナ嬢を紹介してもらえなかったし、ブローチも取られた。
時間も金も無駄にして、何の収穫もなかったと思うと、さすがに口から大きくため息がでた。
ため息をつく俺に、少しは悪いと思ったのか、ヘンリーがコロンを振りながら声をかけてきた。
「アンナのことだけど。勝手に連絡をとればいいさ。必要なら、俺の名前を出していいぜ。アンナはしっかりしてるし、問題ないだろうよ。あいつは商売の話なら、喜んで飛んでくるさ」
「はぁ?」
その言葉に、紹介者の有無でアンナ嬢の信用が違ってくるから、ブローチを渡してまでお前に頼んだんじゃないかと再び苛立つ。
先にヘンリーからアンナ嬢に連絡を取ってから、俺がアンナ嬢に連絡するのが礼儀だ。
急に見知らぬ男から連絡が来たら、アンナ嬢はどれだけ驚くことだろうか。
(・・・こいつ、本当に自分のことしか考えてないよな)
自分勝手で幼稚なヘンリーは、他人にも、自分と同じ感情があることがわからないのだろうか。
俺の腹立ちも、ぞんざいに扱われて傷つくアンナ嬢の心も、こいつにとってはどうでもよすぎて、目に入らないらしい。
だが、金になるなら一枚噛ませろと絡まれるよりいいかと思い直す。
「じゃあ、直接俺が、アンナ嬢に連絡を取っていいんだな」
「ああ。俺は商売のことはわからん。任せるわ」
(よし。言質は取った。お前は、今後一切アンナ嬢と俺の取引に関わるな)
これ以上ヘンリーと話すことはないと背を向ければ、ヘンリーは、信じがたいことを言ってきた。
「ああ、そうだ。アンナに連絡を取るんだったら、またシャツを送るように言っといてくれ。白じゃなくて、色がついてた方がいいな。その方が、お洒落に見えるだろう?」
(それくらい自分で言えよ!)
一度こいつの頭をしばいてやったら、スッキリするだろうなと心底思う。
いや、その自慢の金髪を全て抜いてやりたい。
「それから、もしアンナの荷物がいるなら、3000ゴールディでいいぞ」
(・・・・・・本当に金に汚い屑だな)
高価なブローチを貰っておきながら、俺に荷物を売りつけようとするのか。
だが、商売の種が、また入っているかもしれないし、飴の効果も確かめたい。
これも商売のためだと、ヘンリーに3000ゴールディを支払った。
どうせ、もうすぐ辞めるんだ。
辞めればヘンリーに腹を立てることもなくなるだろう。
さっさと上に話をつけて、商売に戻ろう。
お読みいただき、ありがとうございました。
ブクマや評価もありがとうございます。
作中ヘンリーは文句を言っていますが、毛糸の靴下を重ね履きすると、とても暖かいですよね。
明日も朝7時に更新予定です。
お時間ありましたら、お付き合いください。




