75 ダニエルの回想2
ヘンリーは前髪が気になるのか、顔の角度を変えながら、手で何度も撫でつけている。
「最近、俺の髪が令嬢たちに、『素敵』って言われてんだよ」
「ああ、そうなのか」
ヘンリーの金髪は、明るく柔らかい色合いで、光加減によっては、薄くピンクがかって見える。
男から見たら何とも思わないが、女は好きかもしれない。
「お前、赤毛だろ?」
ヘンリーが鏡越しに揶揄うように言ってきたが、俺は別に自分の髪色を何とも思っていない。
それに、何故赤毛を揶揄いの対象にするのかが、全くわからない。
金髪も赤毛も、色が違うだけで同じ髪だ。
それに、赤みがかっているかもしれないが、俺の髪は濃茶色だ。
だが否定すれば、いいネタを手に入れたとばかりに、こいつは俺を揶揄い続けるだろう。
面倒なので、肯定してやることにする。
「ああ、そうだな」
「やっぱり、モテる男は金髪だよなぁ~」
(・・・何が言いたかったのだろうか)
こいつの悪気がなさそうで、悪気しかない言動には、本当に腹が立つ。
俺の気持ちを察することなく、上機嫌で髪と服を整えたヘンリーは、財布の中身を確認して顔を顰めた。
「ちっくしょー。金ねーわ。給料日前だしなぁ。なぁ、ダニエル、その荷物、3000ゴールディでどうだ?」
「は?」
「そんなに言うなら、アンナの荷物、買ってくれよ。捨てるよりいいだろ?」
「はぁ?お前、捨てる気だったのかよ?」
「だって、使いもしない物なんて、置いてたって、邪魔になるだけじゃないか」
「いや・・・」
(こいつは、婚約者が愛情を込めて送った物を、そう簡単に捨てるのか!?)
ヘンリーが、自分で散らかした乱雑な部屋を見ながら、あっけらかんと言い放った。
信じられない思いでヘンリーを見れば、俺の批判を感じていないかのように、けろりとした顔で笑っている。
「俺、いつも捨ててるぜ?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
開いた口が塞がらないというのは、このことだろうか。
俺の中でヘンリーが、「馬鹿」から「屑」に格下げになった。
(本当に、「屑」の名が相応しいよな・・・)
結局馬鹿らしいとは思ったが、3000ゴールディをヘンリーに支払った。
金に余裕はあるが、無駄金を払うのは、大嫌いだ。
金を手に入れて上機嫌なヘンリーの後ろ姿を見送り、苛々しながら箱の中身を改めると、一番上に置かれた手紙が目に入った。
(・・・・・・どうするかな)
持ち主の、澄んだ心を表すかのように真っ白な封筒を手に取って、逡巡する。
当然アンナ嬢は、ヘンリー以外に手紙を読まれたくないだろう。
俺だって、ヘンリー宛の手紙なんて読みたくない。
ヘンリーへの愛が綴ってあると思うと、心底げんなりする。
逆にヘンリーの冷たさを嘆いて、ヘンリーのことを責めている内容かもしれない。
愛情のもつれは、俺が一番苦手とするところだ。
読まずに捨てたかったが、アンナ嬢の手紙の内容によっては、ヘンリーに返事を書かせる必要があるだろう。
(ちっ、面倒なことをさせやがって)
仕方なくアンナ嬢の書いた手紙を読めば、予想に反してあっさりしたものだった。
これからますます寒くなる季節だからと、ヘンリーの体調を案じていただけだった。
(・・・まるで、出来の悪い弟を心配する姉のようだな)
文面を見ると、アンナ嬢は、ヘンリーより随分年上のように感じた。
親の決めた婚約者だと言っていたから、親が未熟なヘンリーを心配して、しっかり者の姉さん女房を見つけてきたのかもしれない。
(・・・それにしても、健気というか、気の毒すぎるな)
まさか自分の贈り物が、捨てられていたとは思いもしないだろう。
読みやすいよう、一文字ずつ丁寧に書かれた字は、アンナ嬢の誠実な人柄を表していた。
手紙の最後には、寒さが厳しくなるから、騎士団の制服の時に着るベストと手袋を入れたと書いてあった。
(制服の下に着るベストって何だ?)
箱の中身をもう一度確認して、送られてきた物全てを、ベッドの上に丁寧に並べてみる。
俺がセーターだと思ったものは、襟ぐりを深めに編んだベストだった。
ベストにしたのは、袖がない方が動きやすいからと書いてある。
(・・・なるほどな。騎士団の仕事をよくわかっている)
騎士団の仕事は、王族の警護など一見華やかに見えるが、実際は泥臭い。
見た目重視で作られた騎士の制服は、はっきり言って寒い。
外で警護している時は、寒さで震える時もあるが、制服以外の物を身に着けるのはご法度だ。
この襟ぐりの深いベストなら、制服の下に着てもわからないだろう。
手袋は、屋外でも細かい作業がしやすいようにと指に穴が空いていた。
これなら騎士団支給の手袋の下に嵌めれば暖かいし、作業時だけ支給の手袋を外せば済む。
そんな令嬢がいるわけないとは思うが、アンナ嬢自身も、屋外で作業をすることがあるのかもしれない。
正直、寒がりの俺にはありがたい代物だった。
金も払ったことだし、遠慮なく使わせてもらうことにする。
それに小分けにされた焼き菓子と飴は、勤務中に口に入れるのに便利そうだ。
自分の婚約者に送る菓子に、変な物は入れていないだろう。
(意外にいい買い物になったかもしれないな)
ヘンリーに対してムカついていたが、少しだけ、気分が上向いた。
◇◇◇
意外にいい買い物どころか、大当たりだったと思うのに時間はかからなかった。
この年は寒波で雪が多かったこともあり、王都は極寒だった。
中央に位置する王都でさえ震えるような寒さだったから、北の辺境にいる同僚たちは、もっと酷い思いをしただろう。
あのベストが、どれほど役に立ったことか。
目ざとい同僚が、俺が制服の下にベストを着ているのを見つけ、同じものを売って欲しいと頼んできた。
一枚しかなかったため断ったが、父に連絡してサンプル品を作らせたのは言うまでもない。
小分けにされた菓子も、いい働きをした。
仕事が忙しい時は食事をとる暇もないから、腹が減った時用に、常にポケットに貰った菓子を忍ばせた。
同じく仕事で食いっぱぐれた同僚にも分けてやると、美味しいと大好評だった。
それどころか、売ってくれと請われる始末だ。
評判を聞いた他の隊の奴が、わざわざ飴を買いに来たこともある。
(・・・この飴は、商売になるな)
騎士団に商品を卸せば、多くの利益が見込まれる。
なんせ規模がでかい。
その上、国の買い上げになるから、代金を回収できなくなるなんてことはない。
それどころか、騎士団の上役の間に顔が広がれば、政治の中枢にも入りこめる。
需要を探るために騎士団に入団して、ある程度売り込む商品の目途はつけていたが、ここにきて新商品の需要を掘り起こせたかもしれない。
さりげなく話を向けて上司の反応も試みたが、感触は上々だ。
ヘンリーに頭を下げるのは癪だが、次にアンナ嬢から荷物が届いたら、紹介してもらおうと心に決めた。
お読みいただき、ありがとうございました。
誤字のご指摘ありがとうございます。
お手数をおかけしましたが、大変助かりました。
「指ぬき手袋」(フィンガーレスグローブ)は、防寒と操作性の両立ができるから便利ですよね。
明日、朝7時に更新します。
引き続き応援していただけたら嬉しいです。




