74 ダニエルの回想1
目を瞑れば、騎士団にいた頃のことが思い出されてくる。
「ダニエル、一階の事務所に行くのか?多分、俺宛に荷物が届いているから、持ってきてくれよ」
俺が大きな袋を片手に寮の部屋から出ようとした瞬間、ヘンリーがベッドに寝そべったまま声をかけてきた。
(またかよ・・・)
だが、苛つく思いを顔に出さず、にこやかに微笑んで振り返る。
「いいけど、誰から届く予定の荷物なんだ?」
「ああ、婚約者だよ。アンナから届く予定なんだ」
「わかったよ。だけど俺も、事務所に用があるからな。持って帰るのに少し時間がかかるが、それでもいいか?」
「別に急ぎじゃないからいいさ」
「・・・わかった」
遠回しに用事があるから嫌だと伝えたのに、鈍いのか、ヘンリーは気にすることなく、毛布を引き寄せて二度寝を試みようとしていた。
どうせ休みで暇なんだから、それくらい自分で行けという思いを飲み込みながら、気持ちが態度に出ないように、静かに扉を閉める。
「馬鹿が」
寮の古くてささくれだった木の階段を降りながら、誰にも聞こえないように小さく呟く。
王都への転属に伴い、同室になったのがヘンリーだった。
俺の実家が子爵。配属先が後方支援部隊と知った途端、軽んじていい相手と見なしたのだろう。
同室になって一か月も経たないうちに、こんな風に、俺を軽く顎で使うようになった。
確かに、うちの爵位は子爵だ。
平民だった曾祖父が、自分の足に合う靴がないからと始めた事業が波に乗った。
足の幅、甲の高さ、重さなど、履きやすさを重視した靴を開発し、客の要望にも細かく応じた。
どうやら世の中には、靴が足に合わない人間が沢山いたらしく、売れ行きは好調だったらしい。
そのうち10人いた息子たち全員が商才を発揮し、靴だけでなく服や宝飾にも手を広げ、この国を貿易で潤した。
その影響は大きく、国に莫大な利益をもたらしたと叙爵されたのだ。
今や、この国の服飾産業のほとんどをアスター商会がまわしていると言っても過言ではない。
力関係でいえば、名ばかりのホランド伯爵家より強い。
それに、裏方にいる俺を弱いと踏んでるようだが、別に腕に自信がないわけではない。
ヘンリー相手なら、余裕で勝てる。
俺が後方支援部を希望したのは、騎士団の物と金の流れを知り、今後の商売に生かすためだ。
そうでなければ、学院を卒業して実家の手伝いをしていたのに、わざわざ騎士団に入り直すわけがない。
(本当にヘンリーは、馬鹿だよな)
俺のことだけじゃない。
ヘンリーは、裏方の後方支援部隊をあからさまに馬鹿にしている。
後方支援の部隊がなければ、前線にいる騎士は、物資不足で戦わずして野たれ死ぬだけだ。
ヘンリーは、剣の腕に自信があるからか、自分を優秀だと勘違いしているが、裏方に嫌われた騎士の末路がどうなるか、歴史書を紐解いて読んでみろと言ってやりたい。
(・・・平和ボケしてるんだろうな)
王都に勤務しているヘンリーは気にしていないだろうが、辺境は常に緊張状態を強いられている。
だからこそ、実家の爵位が考慮されるのは、新人のうちだけだ。
命のやり取りもある騎士団は、5年、いや、3年も経てば実力主義になる。
上に媚びへつらい、下に威張り散らしているヘンリーは、そのうち馬鹿にしていた下の者たちに階級を抜かされるだろう。
(その時が見ものだな。お前が虐めた奴が上司になった時、どうするんだよ?)
だが、ヘンリーの後悔するアホ面を見る前に、俺は退団している。
この3年で、騎士団での必要物資も把握したし、人脈も作った。
そろそろ商売に戻る潮時だろう。
「敵を作るな」
アスター家の家訓を、口に出して呟く。
商売は、いつどんなヤツが客になるかわからない。
客にはならなくとも、思わぬ伝手やコネを持っている時がある。
だから、無闇に敵を作るべきではないのだ。
(無難に、にこやかに)
そう自分に言い聞かせて、笑顔を作ってから寮の事務所に顔を出す。
事務所に居たのは、古株のレギーだった。
そこまで年ではないらしいが、老けた容姿と言動が相まって、皆からはレギーじいさんと呼ばれていた。
「よぉ、レギーじいさん、寒いけど、今日も元気にやってるかい?」
「ああ、ダニエルか。お前宛に手紙が届いてるぜ」
「ありがとう。受け取りのサインをしておくよ。あとついでに、これも頼む」
手にしていた袋から、どさどさと菓子や手紙を受付台に出す。
貰った菓子類で、受付台が一気に狭くなる。
「よっ、色男は辛いね」
「揶揄うなよ。こっちは大変なんだよ」
ほとんど毎日、任務中に、女どもから大量に差し入れを貰う。
騎士団の規則で受け取れないと丁寧に断るのだが、無理やり押し付けてくる。
(あいつら、俺の話をちゃんと聞く気あるのかよ!)
俺の事情を理解しようともせず、自分の気持ちを押し付けて、尚且つ、受け入れるのが当然という女どもの態度には本当に腹が立つ。
騎士団の規則では、身内以外から物を貰うのは禁止だ。
賄賂を防ぐという意味もあるし、貰った飲食を口にして、任務に支障をきたしてはいけないという配慮だ。
過去には、睡眠薬入りの菓子を女に差し入れさせ、王宮に忍びこんだ賊もいるという。
規則上、受け取った物は事務所に届けないといけないので、かなり手間だ。
さすがに毎日届け出るのは面倒で、こうして休日にまとめて報告している。
「ダニエルは、顔に似合わず真面目だな」
「顔は関係ないだろ、信用を失うのは一瞬だからな」
貰った物や手紙を渡してきた人物の名前を思い出しながら、規定の用紙に書いていく。
僅かな手間を惜しんで、自分の首を絞めることはしたくない。
「しかし困ったものだね。お前さんが異動してきてから、こぞってご令嬢たちが、お前さん目当てに菓子や手紙を持ってくるようになったな。こんなに多いと業務に支障をきたすだろう?やっぱり、お前さんの顔が良すぎるからかな」
レギーの問いに、大きく首を振る。
俺が律儀に全部報告するから、数が増えたように感じるだけだ。
騎士の中には、女からの贈り物は報告せずに、そのまま自分の懐に入れる者が結構いる。
「俺のせいじゃないさ。ほら。『真実の愛』って、今流行の舞台があるだろ。あれで政略結婚じゃなくて、自由恋愛のブームがきてるんだよ」
王子と町娘とのラブロマンス。
身分を乗り越えて、愛する二人が結ばれる物語は、令嬢たちの心を熱くさせるものがあったらしい。
町娘が、手紙に手作りのクッキーを添えて王子に渡す場面が人気で、それを模倣して同じように渡してくる。
「なるほどなぁ。でもまあ、昔から、騎士にラブレターを渡す娘は、それなりにいたけどな」
「おや、その口ぶりだと、レギーじいさんも貰ったのか?」
「まあな。下位貴族の娘にしたら、貴族の子息が多い騎士は、結婚相手として優良物件だろうしね」
「それもそうか」
親の力で婚約が決まらない貴族令嬢にとっては、結婚相手がいないというのは、死活問題だ。
同情はするが、俺だって選ぶ権利はある。
「レギーじいさん、これ、よかったら食べてくれ。このピンクの包みは、食べても大丈夫だ。保証するよ」
申し訳ないが、何が盛られているかわからない手作り品は、規則上ゴミ箱行きだ。
既製品は食べてもお咎めはないが、俺は用心のために口にすることはない。
だが、レギーは勿体ないと言って食べたがる。
「・・・このクッキーも、手作りに見えるけどな。本当に食べてもいいのか?」
菓子の入ったピンクの包みをガサガサと雑に開けたレギーが、不審そうに眉を寄せる。
レギーは食べ物を粗末にするのは嫌がるが、さすがに元騎士だからか用心深い。
「いや、包装だけだ。中身の菓子は、町で売ってる『手作り風クッキー』だよ」
いつも俺に声をかけてくる令嬢の菓子だ。
渡される回数があんまり多いから、ついに菓子の中身まで覚えてしまった。
作れないなら、潔く既製品を渡してくればいいものを、どうして見栄を張るのだろう。
そもそも俺は、手作り品に価値を見出さない。
どうせ食べるなら、プロの作った美味しい菓子が食べたい。
「ま、顔もだけど、お前さんが、誰にでも優しくするからだと思うけどな」
「仕方がないだろ、そう冷たくもできないし」
「悪ぶっていても、お前さんは優しいよな。この前も、お前さんに助けてもらったとフレディが感謝してたぜ」
レギーの見透かしたような笑いが嫌で、話題を変える。
騎士団のような男社会では、優しさは舐められる要素にもなってくる。
「そうそう、ヘンリーにも、荷物が来てるか聞いてきてくれと頼まれたんだ。ヘンリー宛の荷物はあるかい?」
そう言いながら、レギーに支給品の煙草を渡してやる。
どうせ俺は、煙草を吸わない。
健康にも良くないと思うのだが、昔からの支給品目だ。
「あぁ?またヘンリーから頼まれたのか?」
煙草をポケットに入れたレギーが、「仕方ねぇ奴だ」と頭を振りながら、片足を引きずりながら、荷物を探しに行った。
「ヘンリーもいい加減にしろよなぁ。ダニエル、あいつと階級一緒だろ?一度ガツンと言ってやれよ」
「ああ、そうだけどね。でも、面倒は起こしたくないんでね」
うちの家訓は、『敵を作るな』だ。
馬鹿は、適当に相手するに限る。
それに、ごますり上手なヘンリーは、団長のベンジャミンに気に入られている。
「まーなー。喧嘩はご法度だしなぁ。前に同室だったトムも、ヘンリーにこき使われてさぁ。あいつ平民だっただろ。だから余計にな」
「それは気の毒に」
「だが、この前の異動で、トムは副隊長に出世だぜ。あの時のヘンリーの顔っ」
くくっと笑いを耐えきれないように、レギーが肩を震わす。
レギーは昔、辺境で小競り合いがあった際に傷を負い、寮の事務仕事になったと聞く。
ヘンリーは自分より格下と思った人間を見下すから、ヘンリーの態度に苛立つことが、多々あるのだろう。
「お前も出世しそうだけどな。その時はヘンリーも、態度を変えて、お前に媚びへつらうのかな」
楽しそうに笑いながら、レギーが荷物を渡してくる。
もう直ぐ辞める俺が、騎士団で出世することはない。
だがそれを言ってしまえば、レギーが残念がるのは目に見えていた。
レギーの寂しがる顔なんて見たくないから、辞めることを伝えるのはギリギリにしたかった。
話を誤魔化すために、さっと宛名に目を走らすふりをする。
「さぁな。よっぽど出世すれば別だろうけどな。えっと、サウスビー家アンナ、か。そういえば、先月も届いていたな」
「ああ。ヘンリーの婚約者だよ。毎月送ってくるのさ。勿体ないよな。あんな男に」
「へぇ。女心は、わからないもんだ」
「一度この寮にも挨拶に来たけど、美人だったぜ」
「世の中、謎だらけだな。ありがとう、またな」
世間話を切り上げ、部屋へ戻りがてら手紙の封を切る。
手紙は、案の定親父からだった。
そろそろ家に戻って、家の仕事を手伝うようにとの指示だった。
6人もいる兄たちが親父の手足となって働いているが、まだ手が足りないらしい。
「商売繁盛で、結構なことだ」
手紙をポケットに入れ、ドアを開けると、ヘンリーは、まだベッドに寝転がっていた。
片付けないヘンリーのせいで部屋が散らかっていて、それがまた俺の苛立ちを加速させる。
「荷物、棚に置いておくぞ」
「ああ、すまんな。だが、ついでに開けて持ってきてくれるか。俺、今日腰が痛くて起きられないんだ」
夜に遊びすぎただけだろうと嫌味の一つでも言いたかったが、胸の内に閉まっておく。
「ほら、開けたぜ」
「・・・・・・あー、またかぁ」
わざわざ開けて見せてやった箱を覗き込んだヘンリーが、眉を顰めて枕に顔を埋める。
気になって箱を覗き込めば、暖かそうなセーターとマフラーが入っていた。
それに、小分けにラッピングされた焼き菓子と飴。
「シャツが欲しかったんだよなぁ。入ってないだろ?」
「いや?入ってるようには、見えないけどな」
念のために箱の奥も見てみたが、シャツはなかった。
その代わり、手袋があるのを発見した。
「ないみたいだな。でも暖かそうなセーターが入ってるじゃないか。着てみたらどうだ?」
「そんな、手作りのだっせぇのなんか、着れるかよ。菓子は、どうせビスケットと飴だろ?ばーちゃんかよ。もっと気の利いた物を送れってんだよ」
・・・・・・商売柄、女の嫌なところばかり目にしてきた。
だから自分も裏で図々しい女を罵倒するが、気遣いのできる女性には、俺だって相応に扱う。
恐らくアンナ嬢は、後者だ。
「あ~、もう捨てといてくれ。目にするのも嫌だわ」
「だが、手紙も入ってるぜ」
「いらんわ。どうせ大したこと書いてないし」
見も知らないアンナという女性に肩入れすることはないが、さすがに気分が悪い。
きっとこの男のことを想って、手間と時間をかけて作ったに違いない。
俺だって手作り品に価値があるとは思わないが、頑張って作った気持ちだけは汲んでやりたい。
「せめて、少しは食べたらどうだ?婚約者が、お前のために一生懸命作ったんだろ?」
「婚約者って言っても、親の決めた婚約者だからな。それに、そんなに言うなら、お前が食べてやってくれよ。田舎臭い味がするぜ」
「でも、さすがに一口も食べないのは、あんまりじゃないか?」
「うっさいなぁ。いいんだよ。俺の婚約者が送ってきた物だぜ?俺が好きにしていいだろ」
「そう言っても・・・」
「あ~、もう、説教されて気分悪いわ。ちょっと気分転換に出てくる」
ヘンリーはベッドから飛び起き、上着を羽織ると、鏡に向かって自慢の金髪を梳きはじめた。
腰が痛くて寝てたんじゃないかと言いたかったが、家訓を思い出して黙った。
更新が遅くれてしまい、申し訳ありませんでした。
ご期待いただいていた皆様には、ご迷惑をおかけしたことを、心よりお詫び申し上げます。
アスター家の家訓は、「戦争より結婚」を戦略とした「ハプスブルグ家」からイメージしました。
明日は朝7時に更新予定です。




