表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/138

74 ダニエルの回想1


目を瞑れば、騎士団にいた頃のことが思い出されてくる。




「ダニエル、一階の事務所に行くのか?多分、俺宛に荷物が届いているから、持ってきてくれよ」


俺が大きな袋を片手に寮の部屋から出ようとした瞬間、ヘンリーがベッドに寝そべったまま声をかけてきた。


(またかよ・・・)

だが、苛つく思いを顔に出さず、にこやかに微笑んで振り返る。


「いいけど、誰から届く予定の荷物なんだ?」

「ああ、婚約者だよ。アンナから届く予定なんだ」


「わかったよ。だけど俺も、事務所に用があるからな。持って帰るのに少し時間がかかるが、それでもいいか?」

「別に急ぎじゃないからいいさ」


「・・・わかった」


遠回しに用事があるから嫌だと伝えたのに、鈍いのか、ヘンリーは気にすることなく、毛布を引き寄せて二度寝を試みようとしていた。

どうせ休みで暇なんだから、それくらい自分で行けという思いを飲み込みながら、気持ちが態度に出ないように、静かに扉を閉める。



「馬鹿が」


寮の古くてささくれだった木の階段を降りながら、誰にも聞こえないように小さく呟く。


王都への転属に伴い、同室になったのがヘンリーだった。

俺の実家が子爵。配属先が後方支援部隊と知った途端、軽んじていい相手と見なしたのだろう。

同室になって一か月も経たないうちに、こんな風に、俺を軽く顎で使うようになった。



確かに、うちの爵位は子爵だ。


平民だった曾祖父が、自分の足に合う靴がないからと始めた事業が波に乗った。

足の幅、甲の高さ、重さなど、履きやすさを重視した靴を開発し、客の要望にも細かく応じた。

どうやら世の中には、靴が足に合わない人間が沢山いたらしく、売れ行きは好調だったらしい。


そのうち10人いた息子たち全員が商才を発揮し、靴だけでなく服や宝飾にも手を広げ、この国を貿易で潤した。


その影響は大きく、国に莫大な利益をもたらしたと叙爵されたのだ。

今や、この国の服飾産業のほとんどをアスター商会がまわしていると言っても過言ではない。

力関係でいえば、名ばかりのホランド伯爵家より強い。


それに、裏方にいる俺を弱いと踏んでるようだが、別に腕に自信がないわけではない。

ヘンリー相手なら、余裕で勝てる。

俺が後方支援部を希望したのは、騎士団の物と金の流れを知り、今後の商売に生かすためだ。

そうでなければ、学院を卒業して実家の手伝いをしていたのに、わざわざ騎士団に入り直すわけがない。


(本当にヘンリーは、馬鹿だよな)

俺のことだけじゃない。

ヘンリーは、裏方の後方支援部隊をあからさまに馬鹿にしている。


後方支援の部隊がなければ、前線にいる騎士は、物資不足で戦わずして野たれ死ぬだけだ。

ヘンリーは、剣の腕に自信があるからか、自分を優秀だと勘違いしているが、裏方に嫌われた騎士の末路がどうなるか、歴史書を紐解いて読んでみろと言ってやりたい。



(・・・平和ボケしてるんだろうな)


王都に勤務しているヘンリーは気にしていないだろうが、辺境は常に緊張状態を強いられている。

だからこそ、実家の爵位が考慮されるのは、新人のうちだけだ。

命のやり取りもある騎士団は、5年、いや、3年も経てば実力主義になる。

上に媚びへつらい、下に威張り散らしているヘンリーは、そのうち馬鹿にしていた下の者たちに階級を抜かされるだろう。


(その時が見ものだな。お前が虐めた奴が上司になった時、どうするんだよ?)


だが、ヘンリーの後悔するアホ面を見る前に、俺は退団している。

この3年で、騎士団での必要物資も把握したし、人脈も作った。

そろそろ商売に戻る潮時だろう。


「敵を作るな」


アスター家の家訓を、口に出して呟く。

商売は、いつどんなヤツが客になるかわからない。

客にはならなくとも、思わぬ伝手やコネを持っている時がある。

だから、無闇に敵を作るべきではないのだ。


(無難に、にこやかに)


そう自分に言い聞かせて、笑顔を作ってから寮の事務所に顔を出す。


事務所に居たのは、古株のレギーだった。

そこまで年ではないらしいが、老けた容姿と言動が相まって、皆からはレギーじいさんと呼ばれていた。


「よぉ、レギーじいさん、寒いけど、今日も元気にやってるかい?」

「ああ、ダニエルか。お前宛に手紙が届いてるぜ」


「ありがとう。受け取りのサインをしておくよ。あとついでに、これも頼む」


手にしていた袋から、どさどさと菓子や手紙を受付台に出す。

貰った菓子類で、受付台が一気に狭くなる。


「よっ、色男は辛いね」

「揶揄うなよ。こっちは大変なんだよ」


ほとんど毎日、任務中に、女どもから大量に差し入れを貰う。

騎士団の規則で受け取れないと丁寧に断るのだが、無理やり押し付けてくる。


(あいつら、俺の話をちゃんと聞く気あるのかよ!)

俺の事情を理解しようともせず、自分の気持ちを押し付けて、尚且つ、受け入れるのが当然という女どもの態度には本当に腹が立つ。


騎士団の規則では、身内以外から物を貰うのは禁止だ。

賄賂を防ぐという意味もあるし、貰った飲食を口にして、任務に支障をきたしてはいけないという配慮だ。

過去には、睡眠薬入りの菓子を女に差し入れさせ、王宮に忍びこんだ賊もいるという。


規則上、受け取った物は事務所に届けないといけないので、かなり手間だ。

さすがに毎日届け出るのは面倒で、こうして休日にまとめて報告している。


「ダニエルは、顔に似合わず真面目だな」

「顔は関係ないだろ、信用を失うのは一瞬だからな」


貰った物や手紙を渡してきた人物の名前を思い出しながら、規定の用紙に書いていく。

僅かな手間を惜しんで、自分の首を絞めることはしたくない。


「しかし困ったものだね。お前さんが異動してきてから、こぞってご令嬢たちが、お前さん目当てに菓子や手紙を持ってくるようになったな。こんなに多いと業務に支障をきたすだろう?やっぱり、お前さんの顔が良すぎるからかな」


レギーの問いに、大きく首を振る。

俺が律儀に全部報告するから、数が増えたように感じるだけだ。

騎士の中には、女からの贈り物は報告せずに、そのまま自分の懐に入れる者が結構いる。


「俺のせいじゃないさ。ほら。『真実の愛』って、今流行の舞台があるだろ。あれで政略結婚じゃなくて、自由恋愛のブームがきてるんだよ」


王子と町娘とのラブロマンス。

身分を乗り越えて、愛する二人が結ばれる物語は、令嬢たちの心を熱くさせるものがあったらしい。

町娘が、手紙に手作りのクッキーを添えて王子に渡す場面が人気で、それを模倣して同じように渡してくる。


「なるほどなぁ。でもまあ、昔から、騎士にラブレターを渡す娘は、それなりにいたけどな」

「おや、その口ぶりだと、レギーじいさんも貰ったのか?」


「まあな。下位貴族の娘にしたら、貴族の子息が多い騎士は、結婚相手として優良物件だろうしね」

「それもそうか」


親の力で婚約が決まらない貴族令嬢にとっては、結婚相手がいないというのは、死活問題だ。 

同情はするが、俺だって選ぶ権利はある。


「レギーじいさん、これ、よかったら食べてくれ。このピンクの包みは、食べても大丈夫だ。保証するよ」


申し訳ないが、何が盛られているかわからない手作り品は、規則上ゴミ箱行きだ。

既製品は食べてもお咎めはないが、俺は用心のために口にすることはない。

だが、レギーは勿体ないと言って食べたがる。


「・・・このクッキーも、手作りに見えるけどな。本当に食べてもいいのか?」


菓子の入ったピンクの包みをガサガサと雑に開けたレギーが、不審そうに眉を寄せる。

レギーは食べ物を粗末にするのは嫌がるが、さすがに元騎士だからか用心深い。


「いや、包装だけだ。中身の菓子は、町で売ってる『手作り風クッキー』だよ」


いつも俺に声をかけてくる令嬢の菓子だ。

渡される回数があんまり多いから、ついに菓子の中身まで覚えてしまった。


作れないなら、潔く既製品を渡してくればいいものを、どうして見栄を張るのだろう。

そもそも俺は、手作り品に価値を見出さない。

どうせ食べるなら、プロの作った美味しい菓子が食べたい。


「ま、顔もだけど、お前さんが、誰にでも優しくするからだと思うけどな」

「仕方がないだろ、そう冷たくもできないし」


「悪ぶっていても、お前さんは優しいよな。この前も、お前さんに助けてもらったとフレディが感謝してたぜ」


レギーの見透かしたような笑いが嫌で、話題を変える。

騎士団のような男社会では、優しさは舐められる要素にもなってくる。


「そうそう、ヘンリーにも、荷物が来てるか聞いてきてくれと頼まれたんだ。ヘンリー宛の荷物はあるかい?」


そう言いながら、レギーに支給品の煙草を渡してやる。

どうせ俺は、煙草を吸わない。

健康にも良くないと思うのだが、昔からの支給品目だ。


「あぁ?またヘンリーから頼まれたのか?」


煙草をポケットに入れたレギーが、「仕方ねぇ奴だ」と頭を振りながら、片足を引きずりながら、荷物を探しに行った。


「ヘンリーもいい加減にしろよなぁ。ダニエル、あいつと階級一緒だろ?一度ガツンと言ってやれよ」

「ああ、そうだけどね。でも、面倒は起こしたくないんでね」


うちの家訓は、『敵を作るな』だ。

馬鹿は、適当に相手するに限る。

それに、ごますり上手なヘンリーは、団長のベンジャミンに気に入られている。


「まーなー。喧嘩はご法度だしなぁ。前に同室だったトムも、ヘンリーにこき使われてさぁ。あいつ平民だっただろ。だから余計にな」

「それは気の毒に」


「だが、この前の異動で、トムは副隊長に出世だぜ。あの時のヘンリーの顔っ」


くくっと笑いを耐えきれないように、レギーが肩を震わす。


レギーは昔、辺境で小競り合いがあった際に傷を負い、寮の事務仕事になったと聞く。

ヘンリーは自分より格下と思った人間を見下すから、ヘンリーの態度に苛立つことが、多々あるのだろう。


「お前も出世しそうだけどな。その時はヘンリーも、態度を変えて、お前に媚びへつらうのかな」


楽しそうに笑いながら、レギーが荷物を渡してくる。


もう直ぐ辞める俺が、騎士団で出世することはない。

だがそれを言ってしまえば、レギーが残念がるのは目に見えていた。


レギーの寂しがる顔なんて見たくないから、辞めることを伝えるのはギリギリにしたかった。

話を誤魔化すために、さっと宛名に目を走らすふりをする。


「さぁな。よっぽど出世すれば別だろうけどな。えっと、サウスビー家アンナ、か。そういえば、先月も届いていたな」

「ああ。ヘンリーの婚約者だよ。毎月送ってくるのさ。勿体ないよな。あんな男に」


「へぇ。女心は、わからないもんだ」

「一度この寮にも挨拶に来たけど、美人だったぜ」


「世の中、謎だらけだな。ありがとう、またな」


世間話を切り上げ、部屋へ戻りがてら手紙の封を切る。

手紙は、案の定親父からだった。

そろそろ家に戻って、家の仕事を手伝うようにとの指示だった。

6人もいる兄たちが親父の手足となって働いているが、まだ手が足りないらしい。


「商売繁盛で、結構なことだ」


手紙をポケットに入れ、ドアを開けると、ヘンリーは、まだベッドに寝転がっていた。

片付けないヘンリーのせいで部屋が散らかっていて、それがまた俺の苛立ちを加速させる。


「荷物、棚に置いておくぞ」

「ああ、すまんな。だが、ついでに開けて持ってきてくれるか。俺、今日腰が痛くて起きられないんだ」


夜に遊びすぎただけだろうと嫌味の一つでも言いたかったが、胸の内に閉まっておく。


「ほら、開けたぜ」


「・・・・・・あー、またかぁ」


わざわざ開けて見せてやった箱を覗き込んだヘンリーが、眉を顰めて枕に顔を埋める。

気になって箱を覗き込めば、暖かそうなセーターとマフラーが入っていた。

それに、小分けにラッピングされた焼き菓子と飴。


「シャツが欲しかったんだよなぁ。入ってないだろ?」

「いや?入ってるようには、見えないけどな」


念のために箱の奥も見てみたが、シャツはなかった。

その代わり、手袋があるのを発見した。


「ないみたいだな。でも暖かそうなセーターが入ってるじゃないか。着てみたらどうだ?」

「そんな、手作りのだっせぇのなんか、着れるかよ。菓子は、どうせビスケットと飴だろ?ばーちゃんかよ。もっと気の利いた物を送れってんだよ」


・・・・・・商売柄、女の嫌なところばかり目にしてきた。

だから自分も裏で図々しい女を罵倒するが、気遣いのできる女性には、俺だって相応に扱う。

恐らくアンナ嬢は、後者だ。


「あ~、もう捨てといてくれ。目にするのも嫌だわ」

「だが、手紙も入ってるぜ」


「いらんわ。どうせ大したこと書いてないし」


見も知らないアンナという女性に肩入れすることはないが、さすがに気分が悪い。

きっとこの男のことを想って、手間と時間をかけて作ったに違いない。

俺だって手作り品に価値があるとは思わないが、頑張って作った気持ちだけは汲んでやりたい。


「せめて、少しは食べたらどうだ?婚約者が、お前のために一生懸命作ったんだろ?」

「婚約者って言っても、親の決めた婚約者だからな。それに、そんなに言うなら、お前が食べてやってくれよ。田舎臭い味がするぜ」


「でも、さすがに一口も食べないのは、あんまりじゃないか?」

「うっさいなぁ。いいんだよ。俺の婚約者が送ってきた物だぜ?俺が好きにしていいだろ」


「そう言っても・・・」

「あ~、もう、説教されて気分悪いわ。ちょっと気分転換に出てくる」


ヘンリーはベッドから飛び起き、上着を羽織ると、鏡に向かって自慢の金髪を梳きはじめた。


腰が痛くて寝てたんじゃないかと言いたかったが、家訓を思い出して黙った。



更新が遅くれてしまい、申し訳ありませんでした。

ご期待いただいていた皆様には、ご迷惑をおかけしたことを、心よりお詫び申し上げます。


アスター家の家訓は、「戦争より結婚」を戦略とした「ハプスブルグ家」からイメージしました。


明日は朝7時に更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ