72 ダニエル様との友情?
「あ、でも、そんな、お付き合いさせるのは申し訳ないですし」
「いいえ、そんなことはないですよ」
にっこりと笑いながらチケットを見せつけて、じりじりと迫ってくるダニエル様から距離を取ろうと後ずさるが、ダニエル様は微笑んだまま距離を詰めてくる。
「お申し出は嬉しいのですが、ダニエル様は、ルーシー様のお勉強もみてあげないと・・・」
「いえいえ、レオがついていますから。大丈夫ですよ」
「でも、やはりお兄様であるダニエル様の方が・・・」
「レオは小さい頃からルーシーの面倒を見ていたから、あの子の扱いには慣れています」
何とか断ろうと、次々と断り文句を並べるが、ダニエル様に怯む様子はない。
「・・・ダニエル様は、お忙しいでしょうし」
「アンナ様は大事な取引先ですからね。ぜひお供させてください」
ついに私の前に立ち、チケットを見せつけるように翳しながら優しく微笑んでいる。
だが、その笑顔が怖い。
「あの、うちの取引きの規模は小さいですし、そんなに気を遣わなくていいので・・・」
何だかこのままダニエル様と一緒にいてはいけない気がして、必死に一緒に行かないで済む言い訳を考える。
「ああ、では言い直しましょう。サウスビー家は大事な取引先でもありますが、私はアンナ様と友人になりたいのです」
「・・・・・・・・・え?」
「アンナ様のことが、知りたくなりまして。ぜひ私と友人になってください」
・・・王都では、友情を求めることが流行っているのだろうか。
アルバート様と同じく、ダニエル様が握手を求めてきた。
ダニエル様の差し出された右手を見て、固まってしまう。
(これ、断ったら感じが悪いわよね・・・?)
さすがに「貴方とは、お友達にすらなりたくありません」とは言えないだろう。
なんだかダニエル様に裏があるような気もしたが、これは断れない。
「え、ええ、あの、私でよければ・・・」
怖々と手を差しだすと、宝石を扱うかのようにそっと繊細に握られた。
冷たく、細く長い指を持つダニエル様の手の平は、アルバート様と同じく分厚い剣だこができていた。
「さあ、これで私たちは友人ですね。さあ、一緒に観劇に行きましょう」
「え、あの・・・」
「王都に来てくれた友人を案内するのは、当然のことでしょう?」
(やられたわっ!)
ダニエル様は、策士だ。
何だかこのままでは、ダニエル様に上手いこと丸め込まれるような気がする。
焦っていると、ダニエル様は柔らかく微笑んだが、瞳は冷静に私を観察しているように思えた。
「では馬車を呼びますから、このままお待ちください」
ダニエル様の声はいつもより甘く感じるのに、どこかに僅かな苦みがあった。
このまま馬車に、二人きりで乗るのは、危険な気がする。
よくわからないが、私の野性の勘が赤信号を出していた。
「い、いえ、近いので、歩いて行きたいです!」
ダニエル様に何の意図もないだろうが、ここは自分の意見を通した方がいいような気がした。
山でよく遊んだ私は危険を避けるため、いつも音や匂い、それに風や地面の感触に敏感だった。
今日のダニエル様は、いや、カフェを出た辺りからだろうか。
明らかにいつもと違って、おかしいような気がする。
いつもと違うと感じた時は、いつでも逃げれるように退路を確保しておくべきだとスタンリー先生から習った。
ダニエル様が、探るように私の瞳の奥を覗き込んできたため、慌てて口実を探す。
「ほ、ほら、夕方涼しくなってきましたし、王都の街の風景を楽しみながらお散歩がしたいと思いまして」
「そうですか?劇場までは随分歩きますよ?」
「私、田舎育ちなので歩くのが好きなんです!」
「そうですか?でも・・・」
「いや、や、ヤナギ!そう!川沿いのヤナギが綺麗でしょう?私、ヤナギを見ながら劇場まで歩いて行きたいんです!!」
たまたま目についた川沿いに並ぶヤナギを指して言ったが、秋の初めのこの季節、ヤナギは緑の葉の先が黄色に変わりつつあって、残念ながら、到底綺麗には見えなかった。
むしろ葉が垂れ下がって風に揺れる様子が、物悲しさを倍増していた。
「ヤナギ・・・」
「ええ、ヤナギです!」
「・・・・・・・・・綺麗、ですか?」
「ええ!そうです!!」
「綺麗・・・」
「綺麗ですよね!!!」
(・・・・・・完璧に言い訳を失敗したような気がするわ)
だが、無理やり押し切った私にダニエル様は、何か言いたそうに口を開けたが、結局私の意見を通してくれた。
こういう時は、下手に誤魔化すより勢いで言い切ることが大切である。
「・・・・・・では、歩いて行きましょうか」
多少気まずいが何とかなったとホッとしたが、歩いて数分で後悔することになった。
ダニエル様の美貌で、すれ違う人すれ違う人、みんなが私たちを振り返る。
アルバート様のようにひれ伏したくなるほどの神々しい美貌ではないが、ダニエル様も十分美しい。
一緒に歩く私も注目され、ダニエル様と比較されているのではないかと思うと、恥ずかしくなってくる。
(やっぱり、新しい服ぐらい買えばよかったかしら・・・)
私の後悔など知るよしもなく、ダニエル様は注目されることに慣れているのか、人の視線を全く気にせずに話しかけてくる。
「そういえば、オリバー様はお元気ですか?ルーシーに勉強を教えていただいてるそうで、とでも感謝しているんですよ。お礼も兼ねて、ぜひうちに遊びに来てくださいと誘うのですが、お忙しいようで、全然来てくださらないんですよ」
それを聞いて、合点がいった。
オリバーも、きっとダニエル様が苦手なのだ。
私たちの人の好みは、よく似ている。
「ええ、おかげさまで。オリバーったら、折角ダニエル様が誘ってくださっているのに、お断りして申し訳ありません。ただ、オリバーは今忙しいようです」
「そうみたいですね。ルーシーからもそう聞いています」
嘘も方便だ。
ダニエル様も特に疑っていないようで、ホッとする。
「そうそう、オリバーが新しく手に塗るクリームを作ってくれたので、明日お持ちしますね。私も使っているのですが、これを塗ってから肌の調子が良くなったんですよ」
不意にダニエル様の綺麗な顔が、私の顔に近づいてきた。
「ああ、本当ですね。いつもお綺麗ですが、更に美しくなってますね」
「違います!手です!!手に塗るクリームです!!!」
慌てて手を上にあげて、ダニエル様と私の顔の間に挟む。
「おや、失礼しました。本当だ。手がすべすべしていますね」
今度はダニエル様が手を触ってこようとするので、慌てて引っ込める。
「ダニエル様、先程から、少し距離がおかしくないですか?」
「そうですか?アンナ様と友人になれたと思って、つい浮かれてしまいました。不快に思われたら、謝ります。申し訳ございません」
全然悪いとも思っていない顔でしれっとしている。
(おかしいわね。以前会った時は、こんな感じじゃなかったわ)
どうもダニエル様がよくわからない。
「友人になれたと思うと、つい嬉しくて。ルーシーもアンナ様が大好きみたいですね。あの子は人懐っこいでしょう?」
「・・・ルーシー様って、人懐っこい、ですか?」
「ええ。そうでしょう?」
「いえ、どちらかというと、人と距離を取るタイプだと思いましたが」
本屋で会った時のルーシー様は親切ではあったが、人に踏み込ませない壁があるように感じた。
笑っていても、どこか人を寄せ付けない。
それは、今隣にいるダニエル様にも同じことが言えるのだが。
(・・・でも、ルーシー様とは仲良くなれたような気がするのよね)
隣にいるダニエル様はどうだろう。
優しく見えるが、冷たいと思う時もあるし、面倒見が良くてありがたいと思う時もあれば、さっきみたいに何を考えているかわからなくて怖い時もある。
本質的にはいい方なのだろうが、本心を見せようとしないからか、不気味に感じる。
もう少しダニエル様の本音が知れれば、本当の友人になれるのにと思うと残念だった。
「そうですか?アンナ様は、人と違う物の見方をしますね」
「そんなことはないですよ。誰しも同じ意見だなんて、あり得ませんよ」
同じ人物を評しても、人が変われば見方は変わる。
私にとっては、辛い思い出しかないヘンリー様だって、ルナ様から見れば、一緒に未来へ進んで行く素敵な婚約者だろう。
「ああ、着きましたよ。ここが劇場です」
看板の真ん中には、美しい男女が抱き合って微笑んでいる姿が描かれていた。
背景には沢山薔薇が描いてあって、いかにもロマンチックだ。
『真実の愛』
一人で観るつもりが、何故だかダニエル様と観ることになってしまった。
王子様と町娘のロマンス。どんな話だろう。
自分がヘンリー様について考えたいのか、アルバート様について思いを馳せたいのか、わからなくなってくる。
(・・・・・・・・・・アルバート様!?)
どうしてアルバート様のことが思い浮かんだのかわからず、自分でも動揺して足が止まってしまった。
「アンナ様、どうかしましたか?さあ、行きましょう」
二度と会うことのないアルバート様だが、王都に来たことで、アルバート様と距離が近いように感じたのだろうか。
ダニエル様に優しく背中を押されながら、複雑な気持ちで劇場に足を踏み入れた。
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ヤナギはしなやかで丈夫な枝を持つため、昔から世界中でバスケット【カゴ】編みに使われてきたそうです。
明日は朝7時に「腹黒ダニエル」を更新予定です。
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