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70 続 ルーシーの思い


「それにしても、ダニエル様はお優しいですね」

「ええ?どこがですか?」


私の非難がましい反応に、アンナ様がきょとんとした顔を向けてくる。


「だって、ルーシー様を心配してわざわざ探しに来てくれたんでしょう?」

「いいえ、それは母がうるさいからで」


「でも、どこかで時間を潰すこともできたのに、ちゃんとルーシー様を探しに来てくれるなんて、優しいじゃないですか」


アンナ様の思考は、どうなっているのだろう。

兄が優しいなんて、あり得ない。

アスター家の利益を上げるのに、私が勉強ができたら都合がいいだけだ。


うちの家族は、私が学院でいい成績を取り、王宮で働くことを願っている。

王宮で働けば王族や高位貴族と親しくなれるから、その縁でうちの商品を宣伝して欲しいと思っているのだ。

もしくは、王宮でアスター家の利になる優秀な人と知り合って結婚。


家のために、好きでもない勉強を強制させられる私の身にもなって欲しい。


「ああ、ルーシーには、私の気持ちなんて伝わってないですから」

「そうですか?アスター家の長女が成績が悪いと恥ずかしいから、勉強するように言ってくるだけですよね?」


(何が『私』よ。カッコつけて。普段は『俺』って言ってるくせに)


腹が立って、紅茶をがぶ飲みしてやろうと、ティーポットにあるだけの紅茶をカップに注ぐ。

兄7人揃って成績が良かったのだ。

一人ぐらい成績が悪いのがいたっていいだろう。


「そんなことはない。お前の将来を心配してるからだ」

「いえ、別に大丈夫です。頭で勝負しようとは微塵も考えていませんから」


自分の向き、不向きぐらいはわかっている。

誰もが努力したらできると思っているとしたら、大間違いだ。

兄たちが地道に努力して今の能力を手に入れたことは認めるが、出来ないものは出来ないのだ。

努力で全てが賄えるというなら、じゃあ努力で目の前のアップルパイを克服してみろと言ってやりたい。


「ルーシー、では、お前は何で勝負するつもりなんだ?」

「ドレス作りで。私、デザイナーになろうと思っています」


呆れるように言ってくる兄に、わざと音を立てて紅茶を飲んでやった。

兄が途端に眉を顰めるが、アンナ様もいるし、大きな声で注意もできないだろう。

恥ずかしいだろうが、私の知ったことではない。



「・・・・・・そんなこと初めて聞いたが」

「そうでしょう。私も初めて言いましたから。この間ドレスを作ったら、とても楽しかったんです」


「いや、楽しいからといって、そんな簡単に仕事になるわけではない」

「いいじゃないですか。私、もう決めたんです。ドレスを作りたいから、卒業したら、どこか有名なデザイナーのところで修業します」


「・・・貴族令嬢が、デザイナーの下積みなんて聞いたことないが」

「別にいいではありませんか。私が第一号になればいいだけの話でしょう?」


通常ドレスを作るデザイナーは、平民だ。

デザイナーになるには、平民に教えを乞わなければならない。


だがそんなものがどうした。

見栄と、つまらないプライドを捨てればいいだけだ。


「ルーシー、私たちは、話し合う必要があるな」


お父様たちの希望は、私が有力な家に嫁ぐか、王宮で侍女になることだ。

そのために今まで私の教育にお金をかけてきたのであって、平民の仕事とされるデザイナーになるなど、もってのほかだろう。

それに外聞だって悪い。


兄が怒りを抑えようとしているのか、額に手をあてながら睨んでくる。

睨む兄が珍しくてたじろぐが、優しいアンナ様が助け舟を出してくれた。



「・・・・・・・あの、いいんじゃありませんか?デザイナーってお仕事も」

「・・・そうですか?私には、とてもそうは思えませんが」


兄としては余計なことに口を突っ込むなと言いたいのだろうが、アンナ様が取引先とあってか、表面上は穏やかに対応している。


(お兄様ってば、本当に外面がいいわよね!)

兄の態度の落差の激しさをアンナ様に暴露したくなってくる。


「先ほどお話した時に、ルーシー様は、何時間でも何日でもドレスを縫えると言ってましたよ。そんなに一つのことに時間をかけられるなんて、本当にドレスを作るのがお好きなんだと思いますよ」


「ですが、ただ好きなだけで仕事にするというのは無理があります」

「そうかもしれませんね。でも、好きな気持ちって、仕事をする上で大事なことですよね?」


「好きなことでも、仕事になるとまた違ってきますよ」

「そうですよね。長年お仕事をされてきたダニエル様が言うことはもっともです。でも、頭ごなしに叱らずに、本人の気持ちを聞いてから考えても遅くはないと思いますよ」


アンナ様は美味しそうに紅茶を飲みながら、私に微笑みかけてくる。

よくわからない研究ばかりしているオリバー様のことを容認しているアンナ様なら、きっと私の味方をしてくれるだろうと期待で胸が膨らむ。


「実は弟がルーシー様にお願いして、ルーシー様が私のドレスを作ってくださったんですよ。それはもう見事な出来栄えで。王妃様といえども、あんなに素敵なドレスはお持ちでないと思います」


(それは言い過ぎじゃない?アンナ様は、王妃様のドレスなんて見たことないわよね?)

だが、私のドレスを認めて、褒めてくれるアンナ様の気持ちが嬉しかった。


「しかしですね・・・」

「ルーシー様のお作りになったドレス、ご覧になったことはありまして?」


「・・・いいえ、ありませんが」

「では、明日私がそのドレスを着てまいりますので、それからご判断していただけたら嬉しいです」


「・・・ですが」

「そんなことおっしゃらずに。ね、どうかお願いします」



(ぶぶっ、ちょっと何それ!?)

思わず飲んでいた紅茶を吹きそうになった。


アンナ様が両手を合わせ、小首を傾げて兄にお願いをしたのだ。

だが、手の動きはぎこちないし、照れているのか頬がリンゴのように赤い。

笑顔も微妙に引き攣っている。


アンナ様は何とか兄にお願いを聞いてもらおうとしたのだろうが、あざとい仕草に慣れていないのが一目瞭然である。

頑張りは認めるが、これで騙される男性はいないだろう。


(私のためにしてくれたのはわかるけど、アンナ様にはちょっと無理があったと思うわ・・・)

自分でも失敗したと思っているのだろう。

アンナ様は、小さくなって恥ずかしそうに俯いている。

しまいには、涙目になりながら両手で頬を押さえて、自分の顔が赤くなったのを必死で誤魔化そうとしていて、正直見ていられない。


(・・・・・・でも、そんなところが可愛い)

完璧なお姉様に見えたアンナ様の意外な一面に、胸がときめく。

むしろ普段はアンナ様のこんな姿なんて見れないだろうと思うと、余計に可愛くて心臓を打ち抜かれそうになった。


だが女慣れしている兄は、素知らぬ顔で紅茶を飲みながら、しぶしぶと頷いているだけだ。


兄はまだ言いたいことがありそうだったが、紅茶で飲みくだすことに決めたらしい。

紅茶を飲み終わった後に大きくため息はついたが、それ以上は何も言ってこなかった。


テストが終われば家族会議が開かれるだろうが、この兄の様子だと、とりあえず今日は怒られずに済みそうだとホッとする。


「・・・では、そろそろ帰りましょうか。ルーシーも勉強があるし、アンナ様も遅くなるといけないでしょう」

「そうですね。ルーシー様、今日はお付き合いいただき、ありがとうございました」


その言葉を合図に、兄が勘定表を持ちながら席を立ってしまった。

まだカフェに居たかったが、すでに紅茶もアップルパイの載った皿も空だ。

居座る口実がない。


アンナ様も兄に続いて席を立ったし、このままこのカフェに粘るのは無理だと悟る。


(でもまあ、いい気分転換にはなったわね)


実は授業が終わった後、教室に残ってオリバー様に教わってきたのだ。

さすがに私も卒業はしたい。


でも残念ながら、一人で勉強する気にはならない。

どうせ夜には、また兄のうちの誰かが、私を勉強させようとうるさく言ってくるのだ。



(・・・もう少し逃げてもいいわよね)

外面のいい兄はアンナ様を宿屋まで送るだろうから、その隙にまた逃げればいい。

晴れやかな気分でカフェの扉を開けて外に出ると、兄の部下のレオがいた。


「お嬢様、お迎えに上がりました」

「え、ええ、どういうこと!?」


「ああ、お前が逃げるだろう思って、夕方までに私が戻らなければ、このカフェに来るようレオに言っておいた」


兄がしたり顔で告げてくる。


(やっぱり出来の良い兄はいらないわ!)

心の中で大きく叫んだが、さすがにもう逃げられないと悟った。



お読みいただきありがとうございます。

ブクマ、評価、誤字のご報告も本当に嬉しいです。ありがとうございます。


平民のデザイナーとして有名なのは、仏王妃マリーアントワネットに仕えた「ローズ・ベルタン」でしょうか。

王妃だけでなく、王侯貴族、各界の著名人がベルタンの顧客になったと言われています。


明日は朝7時に「ダニエル様と観劇?」を更新予定です。

よかったらお付き合いください。

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