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7 セオドア


(まだ明かりがついている)

上を見上げて、書斎から明かりが漏れているのを確認する。

いつもこうだ。アンナは昼間は俺たちの仕事を手伝い、領主としての仕事を夜に回している。

タイラーたちが何度か諫めたこともあるようだが、まるで聞きやしない。

(いつか倒れるぞ)

腹立ちまぎれに剣を振る。


通常業務に加え、嵐の後始末やあの二人を拾ったこともあり、アンナの仕事は山積みだ。

もちろんベスたちを見捨てるという選択はなかったが、こうも忙しいとアンナの身体のことが心配になってくる。


「くそっ」

何が腹立つって、アンナの力になれない自分に一番腹が立つ。

家族同然の扱いだが、使用人の俺は領主の仕事までは手が出せない。

農地の管理、税収、インフラ整備。治安の維持に教育。

アンナの仕事は多岐にわたる。

旦那様が亡くなった今、領地の管理はアンナの肩にずっしりと重くのしかかっている。

あの細い身体で、どれだけのものを抱えているかと思うと堪らなかった。


「随分荒れてるな」

振り向けば、元凶の男が立っていた。

暗闇でも光る銀髪に白い肌。誰もが見惚れる色男だ。


「いや、そんなことないさ」

あんまり顔を合わせたい相手ではない。

アンナは「悪い方ではなさそうよ」とこっそり耳打ちしてきたが、ヘンリーだって第一印象は良かった。

お人好しのアンナは、すぐに人を信頼してしまうきらいがある。


「体調、まだ良くないんだろ?部屋に戻って休んどけよ」

そう言って部屋に帰そうとしたが、アルバートは練習用の剣を手に取った。


「剣の練習をしていたんだろう?練習相手がいた方がいいだろう。相手になるよ」

剣を上にかざし、月明かりで刃を見ている。

「いや、あんた、右腕を骨折しているだろう。無理だよ」

「大丈夫だ。これでも腕に自信はある。動く分、そこにある打ち込み台よりマシだと思うよ」

(練習相手?そんなことはないだろう)


さっきアンナの前で罵倒した仕返しにきたのかもしれない。

(片腕一本で俺に勝てると思っているのか?)

小柄な俺は、侮られることが多い。特にこんな風にでかい奴に。

(こいつはよっぽど腕に自信があるのか、馬鹿なのか)

だが、川から引き揚げた時に見たこいつの身体は相当鍛えてあった。


「そんな事言っていいのかよ?俺、あんたが怪我人でも容赦しないぜ」

「ああ、別にいい。春から騎士団に入団するんだろう。仕事の合間に鍛錬するなんて偉いな。さすが合格しただけのことはある」

嫌味かと思いきや、至極真面目な顔だ。


「試験に合格なんて、大したことじゃねぇよ」

確かに平民の合格者は少ない。

騎士団のほとんどは、貴族の嫡子でない次男以下で構成されている。

だがそれは、平民が教育を受ける機会が少ないからに過ぎない。


「あんた、俺と手合わせしたいなんて、何が狙いだ?」

「いや、何も。それに手合わせとは言っていない。ただ助けてもらったお礼も兼ねて、練習台になろうと言っただけだ」

何を企んでいるのかと表情を探ろうとしたが、アルバートは無表情のままだ。

感情が読めない。


「いや、遠慮するわ。今日は疲れたし、もう寝る」

敵か味方かわからないような奴に、自分の太刀筋を見せるような真似はしたくない。

近づいて、アルバートの持っていた剣を乱暴に奪う。


「君はやけに私に突っかかるな。私は君に何かしてしまったかい?」

「・・・・・・いや、別に」

「理由を教えてくれないか?直せるところは直すし、気分を害させたなら謝りたい。私たちは、ここにしばらく滞在させてもらうのに、君がそんな態度ではアンナ嬢もベスも困るからね」

・・・・・・正論にぐうの音も出ない。

確かに俺の態度は、褒められたものではないだろう。


「・・・・・・態度が悪くてすまなかったな」

「もし良かったら、理由を教えてくれると嬉しいんだが」

「・・・・・・・・・あんた、貴族だろ」

「貴族は嫌いかい?」

不思議そうに聞かれた瞬間、頭が沸騰する。

咄嗟に顔を背ける。

(貴族が嫌いかって?ああ、嫌いだよ!)


アンナたちサウスビー家は別として、俺の知ってる貴族はホランド伯爵とヘンリーくらいだったが、あいつらは酷かった。

特にヘンリーは身分を笠に着て、ここでやりたい放題だった。


それに騎士団も実力主義と聞いていたが、試験では貴族出身の奴らが威張って幅を利かしていた。

ヘンリーの様子から、ある程度騎士団も身分差別があることは覚悟していた。

だが思っていた以上に平民の俺は見下され、試験の間中嫌な思いをさせられた。

勿論試験の場で、正当に打ち負かしてやったが。


「・・・ヘンリーとの決闘の原因は何だったんだい?」

「あんた、『雉も鳴かずば撃たれまい』って知ってるか?あんまり人の事情に首を突っ込むなよ」

「いや、君は多少短気みたいだけど、アンナ嬢が困ることをわかっていながら、喧嘩を売るような真似はしないと思ったものだからね」

「・・・・・・」


思わず唇を噛みしめる。


原因はアンナだ。

ヘンリーの奴、旦那様が亡くなったのを機に、この屋敷で好き放題やり始めた。

表向きは父親を亡くした傷心のアンナを慰めるために何度も訪問している体を装っていたが、実際は違う。


『俺が次期領主だ』

そう言って使用人や出入りの業者に勝手に指示を出し、無茶な要求を突きつける。

無理なら殴るときたもんだ。

しかもアンナに見つからないように、脅して口止めをしたりと上手いこと立ち回るから質が悪い。

女癖も悪く、若いメイドを強引に口説こうとしたところを何度も俺が止めた。

あげくにアンナにも婚前交渉を迫ろうとしていた。


ヘンリーとの婚約を決めた旦那様と納得しているアンナに、使用人の俺が口を出す権利はない。

だが、順番を違えるのは許せなかった。

ましてや本人の了承もなしに。

鈍いアンナは、自分が貞操の危機にされされているのをわかっていなかった。

本人に忠告することもできなかったから、使用人が一丸となって二人きりにならないよう阻止していた。


だが、蛮行はおさまるどころか、ますます酷くなる一方だった。

タイラーが何とかしようと裏で画策していたが、ヘンリーに我慢できなくなった俺がヘンリーに物申したことで決闘になった。


勿論俺が勝ったが、執念深いヘンリーが、俺意外の使用人に仕返ししてまわるのは目に見えていた。

結果、タイラーと相談して他の使用人たちには、安全のために辞めてもらうか通いに変更することになったのだ。


「俺はこの家の番犬だからな。家の者に手を出したら、お貴族様でも歯を剥くぜ」


こいつは悪い奴ではないとは思うが、一応脅しはかけておく。

(さっさと部屋へ戻ろう。こいつが部屋に戻ったら、またここで練習すればいい)

そう思って歩き出そうとした瞬間、首元に気配を感じて剣で振り捌いた。


シュッと首元に突きつけられた小枝が折れた。


どうやら、あいつが小枝を俺の首に当てようとしたのを切ったらしい。

これが小枝でなく真剣で、もし俺が気付かなかったら、俺の胴と頭は離れていた。

思わず気色ばむ。


「どういうつもりだ」

「いや、すまない。君の実力を試すような真似をして」

全然すまないとは思っていない顔だ。

無表情なのは、素なのかわざとなのか。


「現役騎士を簡単に打ち負かしたと聞いて、興味を持ったものだから」

(絶対に違う。そんな理由でこいつがわざわざ俺のとこに来るもんか)

睨む俺にアルバートは、悪かったともう一度頭を下げる。


「実は部屋から君が練習しているのが見えてね。しばらく観察していたんだ。随分綺麗な太刀筋だが、誰かに正式に習ったのか?」

無視しようと思ったが、少しでも俺を強く見せた方が今後のためには良いかもしれないと思い直す。


「ああ、嫡男オリバーの家庭教師の先生にね」

「でも君は使用人なんだろう?」

不思議そうに眉を顰めてやがる。

(嫡男の家庭教師が使用人に教えるなんて、まずありえないからな)


「アンナが口添えしてくれたんだよ」

「へぇ」

「正確には『うちには子どもが3人いるのに、どうしてオリバーだけに家庭教師がつくのっ!』って家宝の壺を割って抗議したんだけどな」

「それは、また」

「家宝の壺、手近にあったから割ったんじゃないぞ。手の届かない高さに置いてあるのをわざわざ持ってきて旦那様の目の前で割ったんだ」


アルバートが目を見開く。

無表情のこいつの表情が変わるのは愉快だった。


「母さんはアンナが俺まで数に加えたことに真っ青になって倒れるし、アンナはアンナで家出して帰ってこないし、まあすごい騒動だったよ」

くっくっくっと思い出して笑う。

「結局先生が、一人教えるのも三人教えるのも変わらないって言ってくれて、俺たち三人で同じ教育を受けることになったんだ」


「その先生は、今もここに?」

「いや。『老後は海の近くで大きな犬を飼って暮らしたい』って4年前に出て行ったよ。『もう教えることはないから大丈夫』って言ってね」

「君に才能があるって見抜いていたのかな。先生も、サウスビー子爵も慧眼だったね」

俺の機嫌を取るためか、アルバートが世辞を言ってきた。


「いや?先生は変人だったし、旦那様は研究が好きだから興味を持っただけだろ」

「興味?」

「貴族の男子・女子・平民。同じ教育を与えたらどうなるのか、ってとこじゃないか?」

研究好きの旦那様やオリバーがよくやってる、比較対象実験だ。


アルバートが一瞬考えるような顔をした。

「結果は?」

「えっ?」

「君たちは同じ教育を受けてどうだった?」

「さぁ?オリバーは旦那様と同じく研究大好きの学者気質だし、アンナは一人でも十分領主代行を務められるようになってる。俺は座学はイマイチだけど、剣の腕で食ってはいけそうだな」

「なるほど」

「ちなみにアンナの剣の腕は俺より劣るが、オリバーより強いぜ」


アンナの身を守るために嘘をつく。

さすがのアンナでも、力ではオリバーに負ける。

オリバーには、軟弱者扱いしてごめんと心の中で謝っておく。


「アンナ嬢も剣を習ったのか?」

「言ったろ?同じ教育を受けたって。先生が座学も武道も何でもござれの人だったしな」

「それはまた、すごいな」


油断はならないが、ヘンリーのような小悪党さは感じない。

片腕は使えないし、ベスもいる。こいつがアンナに何かしでかすことはないだろう。

腕を上げて身体を伸ばす。


「もういいだろ。夜も遅い。あんたが体調悪いとちびちゃんが泣くぜ。うろうろされたら敵わないからな。俺が部屋まで送るよ」

アルバートが頷きながら横に並ぶ。


そう、こいつは悪い奴ではない。

でも『念には念を』だ。

こいつを送ったら、ついでに書斎に寄って、アンナには部屋の鍵をかけるように言っておこう。



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