69 ルーシーの思い
(ついてないわね、全く!)
家に帰ったら勉強させられると思って、街をぶらついていたのに、兄に見つかるとは誤算だった。
恐らく母が、手の空いている兄全員に頼んだのであろう。迷惑な話だ。
しかも、一番厄介なダニエル兄様に捕まるとは。
目の前で優雅に紅茶を飲む兄を、恨みを込めてじろりと見る。
『眉目秀麗』
授業でこの言葉を習った時は、すぐに兄の顔が浮かんだ。
端正な顔立ちながら、甘く優しい雰囲気を常に漂わせている。
まるで物語に出てくる王子様のようだと友人たちから絶賛されている兄だ。
(中身は違うけどね)
兄は自分の顔の良さを十分に自覚して、女性を誑し込みながら、商売に繋げていっている。
おかげで兄が騎士団を辞めてアスター家の手伝いを始めた途端、業績は大きく上がった。
『お兄様って素敵ね。紹介して』
私がダニエル兄様の妹だとわかると、大抵の女性がそう言ってくる。
(本性を知らないから、そんなことが言えるのよ)
兄はいつも微笑んでいるから優しく見えるが、その実、誰にも心を許していないと思う。
むしろ、女嫌いだ。
誤解された方が都合がいいから、王子様の仮面を被っているだけだ。
でも顔がいいから、身内以外ダニエル兄様の性格の悪さを誰も見抜けない。
(顔がいいって、本当に得よね)
アップルパイを運んできた店員までもが、兄の顔に見惚れて頬を染めている。
よく見れば、兄に運ばれてきたアップルパイの方が若干大きい。
腹立ちまぎれに、自分の目の前にあるアップルパイにフォークをぐさりと突き刺す。
(本当に腹が立つわね)
この美貌の兄を知っている人全てに、残念な妹扱いをされる。
別に私が可愛くないわけではない。
むしろ可愛い方だ。
(道行く人が振り返るような美人ではないけど、クラスで中の上くらいには可愛いわよ!)
声を大にして言いたい。
私が可愛くないのではない。兄が美形すぎるのだ。
それなのに、この美貌の兄がいるせいで、期待外れだとがっかりされる身にもなってほしい。
小さい頃は自慢の兄だったが、今では目の上のたんこぶだ。
「本当に美味しいアップルパイですね」
「ええ、そうでしょう?私のお勧めなんですよ。秋になったら、ここで必ずアップルパイを食べないと気が済まないんです」
喧嘩中の兄と妹に挟まれて嫌だろうに、アンナ様は気にする素振りもなく、にこやかに話しかけてくれる。
本当はあと一か月ほど待つと、アップルパイ向きの品種が出回るのだが、それを差し引いてもこのカフェのアップルパイは絶品だ。
「本当に美味しいですよね」
兄も微笑みながら、美味しそうにアップルパイを口に運んでいる。
(この偽善者!嘘つき!いい顔ばっかりしようとして!!!)
兄がアップルパイが大嫌いなのを私は知っている。
甘い物は普通に食べるくせに、どうもリンゴを煮た食感が苦手らしく、アップルパイだけは絶対に手をつけない。
嫌いなら別の物を注文すればいいのに、アンナ様の好みを瞬時に見抜いて同じものを注文したのだろう。
兄の顧客獲得の手段だ。
客と同じ物を食べて、同じ空間にいるだけで、何故か皆、兄の虜になるのだ。
兄は商売のためなら、例え自分が死ぬほど嫌いな物でも口に入れる。
アンナ様は兄の言葉に、何か言いたげな顔をしつつも、黙って紅茶を飲んでいる。
(・・・もしかしてアンナ様は、兄の本性に気が付いているのかしら?)
あの美貌の兄に笑顔を向けられても、アンナ様は一切動じない。
むしろ嘘臭い笑顔の時には、たじろいでいるような気もする。
(・・・でも、そんなわけないわね)
兄の、女性が夢見る王子様へ擬態する能力は、天下一品だ。
「お二人共、紅茶のお代わりはいかかですか?」
「いいですね」
アンナ様がカップを空にした兄に紅茶を勧め、尚且つ私にも聞いてくれる。
こんな風に全員に気遣いができるアンナ様は、本当に素敵な方だ。
『お嬢さん美人だね』
さっきの道化師の言葉を苛々しながら思い出す。
女性が二人いて、片方の容姿だけを褒めるのは、たとえ本当だとしても失礼だと思う。
隣に私もいたのだから、せめて『お嬢さんたち』と言うべきだ。
ちょっとした気遣いで皆が幸せになれるのに、どうしてそんなことがわからないのかと言いたくなる。
「ルーシー様もいかがですか?」
「いえ、私はまだあるので大丈夫です」
ティーポットを私に見せながら紅茶を勧めてくるアンナ様は、誰が見ても美人だ。
最新流行の服を着て、お化粧も髪型もバッチリ決めた私より、ほぼスッピンで古臭い服を着ているアンナ様の方が綺麗なのはどうにも解せないが、こればかりは生まれ持ったものだから仕方がないと諦める。
(おまけにアンナ様は、スタイルもいいのよね)
ドレスを作るために、オリバー様にアンナ様の身体のサイズを聞いたら、とんでもないスタイルの良さだった。
そんな人間離れしたサイズなどあり得ないと、何度も本当かとオリバー様に確かめた。
オリバー様が嘘をつくわけないと思いつつも、こんなにスタイルのいい人間がいるのかと、半信半疑でドレスを作ったのだ。
気付かれないように、アンナ様の身体の線を観察するが、身体に沿わないゆったりとした服を着ているため体型がわからない。
勿論、オリバー様の勘違いということもある。
男性は女性の身体に夢を見すぎだ。
(オリバー様は、シスコン気味だしね・・・)
口の重いオリバー様だが、アンナ様の話になると口が滑らかに動く。
美人のアンナ様についやきもちを焼いてしまうが、確かにアンナ様は人を惹きつける不思議な魅力がある。
先ほど兄に怒られそうになった時も、案内を頼んだのは自分だと言って、私をさりげなく庇ってくれた。
そして何より、アンナ様にその気はなかったのだろうが、私のコンプレックスを払拭してくれた。
嬉しくて、頭の中で何度でもアンナ様の言葉を反芻してしまう。
『明るくて素敵な色ですよね。私、こんなに美しい髪を初めて見ました』
『揶揄う?それはルーシー様が羨ましかったんでしょう。だって、こんなに綺麗な髪なんですもの』
最初は揶揄っているかと思い、アンナ様の瞳を観察したが、アンナ様の瞳には賞賛しか見て取れなかった。
自分が人より美しいから。
人にないものを持っているから、他人に攻撃されるなんて考えもしなかった。
そう思うと嬉しくなって、自分の赤い髪に目を遣る。
だが、赤毛が目に入った瞬間、到底綺麗とは思えなくて、がっかりして冷めた紅茶を飲み干す。
(・・・アンナ様だって、褒めはしてくれたけど、実際に自分が赤毛じゃないから言えるのよね)
アンナ様は純粋に綺麗だと思って、自分も赤毛になってみたいと言ったのだろうが、この複雑な気持ちは、赤毛を持って生まれた人間じゃないとわからないだろう。
(・・・・・・アンナ様がいくら褒めてくれようと、やっぱりこの髪は嫌いだわ)
このせいで、子どもの頃から何度揶揄われてきたことか。
人と違うというだけで、なぜ関係ない他人が攻撃してくるのか、意味がわからない。
理不尽な攻撃に対処する方法は身に着いたが、元々人と同じ容姿で生まれて来れば、こんな苦労をすることもなかった。
(本当に忌々しい髪だわ)
自分の目に入らないよう、前に垂らした髪を背中に流す。
苛々した気持ちを抑えるために、もう一度アップルパイをフォークで刺してから正面に座る兄を見る。
兄の髪だって、赤みが強い栗色だ。
人によっては、赤毛と言うだろう。
なのに、美しい顔のせいか、誰も兄を「赤毛」と揶揄うことはない。
(外見が美しいって得よね)
美しい兄と綺麗なアンナ様を見ながら、ため息をつきたくなった。
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リンゴの旬は、8月下旬~翌年1月頃までと長く続きますが、種類によって味や香りが大きく変わります。アップルパイ向きの「紅玉」の旬は10月頃と言われています。
明日も朝7時に更新予定です。
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