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68 ダニエル様との遭遇


「ルーシー、探したんだぞ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・あ、お兄様」


振り向けば、物語に出てくる優しい王子様のような青年が立っていた。

ルーシー様のお兄様、そして私の取引先となるダニエル様が、顔を引き攣らせながらルーシー様を見下ろしている。

怒っているはずなのに、それでも顔に笑みを浮かべているところがダニエル様なのだと妙に納得する。


「あ、あら、お兄様、こんなところでどうしたのかしら?」


「『どうしたのかしら?』、ではないだろう?母上が、お前が午前中で授業が終わるはずなのに、戻ってこないと心配するから探しにきたまでだ。ほら、早く帰るぞ」


ダニエル様は、ルーシー様の腕を掴んで帰りを促そうとするが、ルーシー様は足に力を入れて、一歩も動かない。


「・・・・・・よく、この場所がわかりましたね」

「お前が行く場所は、服屋か、このカフェの二択だからな。このカフェを見張っていて正解だった。どうせ服を見た後に、小腹が空いてこのカフェに来たのだろう」


ダニエル様はルーシー様の行動を全てお見通しのようであるが、ルーシー様は、ムッとしたように言い返す。


「何でもわかるお兄様にも、わからないことがあるんですね。私は今日は服屋には行ってませんよ。本屋にいましたの」

「お前が?本屋に?」


信じられないという顔のダニエル様に、ルーシー様はふふんと微笑みながら、私の腕に手を絡めた。

同じ年頃の同性の友人がいない私には、ルーシー様のこんな何気ない仕草が嬉しい。


「ええ、アンナ様と一緒に。明日、お兄様はアンナ様と商談があるのでしょう?大事な取引先の方を、このまま立たせたままでいいのかしら?」


ダニエル様は、ようやくルーシー様の隣にいた私の姿を認めたようだ。

地味な私など、眼中になかったに違いない。

いや、もしかしたらルーシー様を探すのに必死なだけだったのかもしれないが。


「ああ、アンナ様。これは失礼しました。お久しぶりですね」


ダニエル様は、私に礼儀正しく挨拶をしてくれるが、手はルーシー様の腕を握ったままだ。

もしかして、ルーシー様が逃げるのを警戒しているのだろうか。


「お久しぶりです。ダニエル様も、お変わりないようで何よりですね」

「ありがとうございます。アンナ様もお元気そうで何よりです。それにしても取引は明日のはずですが、どうしたのですか?」


用事がないと、私が王都に泊まることがないと知っているような口ぶりだ。

確かにお金のない私は、宿代が惜しくて普段は日帰りである。

ダニエル様が、滅多に会わない私のことをよく見ていたことがわかり、ちょっと引く。


「実は他の用事もあったので、今日王都に来ましたの。王都の地理がよくわからないため、ついルーシー様の好意に甘えて案内を頼んでしまいました。誠に申し訳ありません」


私がダニエル様に頭を下げれば、ルーシー様が「ありがとうございます」と小声で伝えてきた。

ルーシー様は、私に庇ってもらったことがわかったのだろう。

別にこのくらい大したことではないが、お礼を言われるのは嬉しい。


おそらくダニエル様は、ルーシー様を勉強させるために連れ戻しにきたのだろう。

正直、私も保護者としての立場としては、ルーシー様には勉強して欲しい。


でも、ルーシー様にはドレスも作って貰ったし、本屋でも親切にしてもらった。

ついルーシー様の境遇を羨んでしまったが、ルーシー様が恵まれているのは、別にルーシー様のせいではない。

私の境遇と比べること自体間違っている。


第一、私は明るくて全然へこたれないルーシー様のことが好きになったのだ。

そんなに長い時間カフェにいるつもりもないし、ここはルーシー様に味方したい。


ダニエル様は、ルーシー様と私を見比べながら、どうしようかと考えあぐねているようだ。

ベスの助言を思い出し、上手くいくかどうかはわからなかったが、小首を傾げてダニエル様に笑顔でお願いをしてみる。


「・・・折角王都に来たものですから、お洒落なカフェで、美味しいと評判のアップルパイがどうしても食べたくて。ルーシー様には申し訳ないのですが、少しのお時間だけでもいただけませんか?」


「・・・・・・ルーシーを庇わなくて結構ですよ。カフェに行きたいなんて、絶対にルーシーから言いだしたことだ」


(・・・ダニエル様には、ベス直伝の私の「お願い」は効かなかったわね)


ベスの可愛い仕草を思い出しながら試しにやってみたが、全然効果はなかった。

この仕草で男性にお願いをしたら、何でも言うことを聞いてくれるとベスは言っていたのだが、ダニエル様は白けた瞳で私を見つめ返すだけだ。


(・・・・・・いや、元々誰にも効いたことはなかったわ)

セオドアには気持ち悪がられ、アルバート様には怒られた。

でも、『何事も挑戦』とイザベラおば様は言っていたみたいだし、もう一度くらいやってみてもいいだろう。

多少のことでは挫けないルーシー様にあてられて、私も前向きになっていた。


だが、ダニエル様は、無情にも私たちのカフェ行きを却下してくる。


「それに、アンナ様は、お洒落なカフェなんて全く興味ないですよね」

「そんなことありませんよ。私も甘いお菓子は大好物ですし、お洒落なカフェも大好きです。ちなみにダニエル様、私も普通の女性ですよ?」


(ダニエル様ったら、私に失礼なこと言ってない?)

何気に酷いことを言ったダニエル様に一応言い添えておく。

私を一体なんだと思っているのだ。


オリバーと同学年というなら、ルーシー様と私は一つ違いのはずだ。

私だってお金がないからできないだけで、女の子が好きなものは大抵好きだ。

ただ、欲しくても買えない自分が惨めだから、興味のないふりをしてきただけである。


「では、私がアンナ様をカフェに案内しよう。ルーシー、お前は今から家に帰って勉強しなさい」

「あら、そう?では、残念だけど、私は失礼してアンナ様はお兄様にお願いしようかしら」


ダニエル様は、どうしてもルーシー様を今すぐ家に帰して勉強させたいようだ。

だが、チャンスとばかりにダニエル様の手を振りほどいたルーシー様の腕を、ダニエル様がはっとしたようにもう一度掴んだ。


「いや、待ちなさい。ルーシー、お前は家に帰らずこのまま逃げるつもりだろう?」

「そんなことないですよ」


「嘘をつくな。明日はテストなんだから、大人しく家に帰るんだ」


さすがはダニエル様だ。

ルーシー様の考えていることが、瞬時にわかったらしい。

だけどいつも冷静なダニエル様が、珍しく焦っている。



(・・・本当にルーシー様のためを思うなら、家に帰した方がいいわね)


ダニエル様がこんなに必死ということは、ルーシー様は、よほど成績が悪くて卒業が危ういのだろうか。

学院「卒業」の有無で、周囲の扱いが全く違ってくる。

本当なら、もう少しルーシー様と一緒におしゃべりがしたかったが、私の我儘に付き合わせるわけにはいかない。

ここは僅かながらでも世間を知っている年長者として、帰りを促さないといけないだろう。


「あの、私のことはお気になさらずに。お二人で家へお帰り下さい。私は一人で食べるので、大丈夫ですよ」


「いえ!アンナ様!そんなことはおっしゃらずに!!どうせ家に帰って勉強させられるぐらいなら、せめてアップルパイを食べてからがいいです!!」

「アンナ様、ご令嬢が一人でカフェに入るのは、さすがにいけません」


私のことなど気にしなくていいのに、紳士的なダニエル様は私のことも放っておけないらしい。


「いえ、本当に大丈夫ですから」

「いいえ、アンナ様、ご令嬢がそんなことを言うものではありません。私がご一緒します。ルーシー、レオを迎えに来させるから、お前は帰って勉強しなさい」


「嫌です!なんでカフェを目の前にして帰らないと行けないんですか!私は意地でも、ここから動きませんよ!!嫌だと言ったら、嫌なんです!絶対に帰りません!」


「ルーシー!いい加減にしないか!!」


「嫌だと言ってるじゃないですか!食べさせてくれないんだったら、私、この場で叫びますよ!警備の騎士が来るまで大声で、連続で!!どうします?お兄様が悪くなくても、騎士がきたら、少なくとも事情を聴かれますよね!?その時間が惜しくありませんか?それに、兄妹喧嘩で騎士を呼んだなんて、アスター家の恥になるんじゃありません?」


成績は悪くとも、ルーシー様の知恵は回るようだ。

的確にダニエル様の嫌がるところを突いてくるルーシー様に、ついにダニエル様が諦めた。



「・・・・・では、三人でお茶をしましょう」


・・・正直この三人でお茶をしても話が弾むとは到底思えなかったが、この場合は仕方がない。


怒りを抑えつつ微笑んでいるダニエル様と、頬を膨らませ、明らかに機嫌の悪いルーシー様に挟まれながら裏通りを歩き、可愛らしく飾り付けされたカフェの扉を押した。



お読みいただき、ありがとうございました。

誤字のご報告、本当に助かります。ありがとうございました。


「負け惜しみ」として有名なイソップ寓話「すっぱいブドウ」では、手に入らなかった物を、初めから欲しくなかったかのように貶すキツネが出てきます。ただ、欲しくても手に入らなかったキツネ(作中アンナ)の悲しい気持ちもわかるような気がします。


明日も朝7時更新予定です。

よかったら応援をよろしくお願いします。

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