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65 赤毛


「何がいいかしらね・・・」


セオドアの入団祝いを考えながら、街を歩く。

オリバーが、折角ならいつでも私を思い出せるように、身に着ける物がいいと手紙に書いてあった。


騎士団でセオドアは、慣れない環境に身を置くことになる。

きっと辛いこともでてくるだろう。

その時に、サウスビー家を思い出すものがあれば、頑張れるに違いない。


(セオドアがいつも身に着ける物って、財布?時計?それともやっぱり剣の鞘や鍔とか?)

一応オリバーにセオドア用お勧めリストを送ってもらったのだが、本人の好みがわからないので、迷ってしまう。


(最近流行りの物の方が、嬉しいかしら・・・?)

うちは昔からあるものを大事に使うので、どうしても私とオリバーのセンスは古臭い。

オリバーは手紙に、今王都で流行している物の一覧表もつけてくれていた。

何を買うべきかと迷いながら店のショーウィンドウを覗きながら歩いて行くと、大きな本屋が目にとまった。


(こんな大きい本屋、うちの領にはないわよ!)

入口には、平積みの本が一面に広がっており、その奥には、高くそびえたつ本棚がぎっしりと所狭しと並べてあった。

店内は、ページをめくる音とわずかな足音しか聞こえないが、立ち読みをしている人や本を片手に迷っている人など、沢山のお客さんがいるのが見てとれた。

こんなに大きな本屋なら、きっとベスの言っていた図鑑もあるだろう。


(セオドアのお祝い品を買う前に、先にオリバーの図鑑を買わないと!)

オリバーと会うのは4日後だが、明日はアスター商会の取引もあるし、明後日はヘンリー様の披露宴だ。私も結構忙しい。

今のうちにオリバーへの手土産を買っておくべきだろう。


いそいそと店に入れば、眼鏡をかけた気難しい顔の店主が、見たこともないほど分厚い本を読んでいた。

むっつりと口をへの字にして本を読む姿は、どうにも声が掛けづらい。


(随分と分厚い本ね。読むのに何日くらいかかるのかしら?)

店主が何を読んでいるのか気になったが、それよりもオリバーの図鑑だ。


(こんなに店内が広いと、どこに図鑑があるかわからないわよね)

店内をゆっくり見て回るのも楽しいだろうが、他にも買わないといけない物が沢山ある。

先に店主に、図鑑のある場所を聞いた方が、時間の節約になるだろう。


声をかけたら読書の邪魔になるかとも思ったが、こちらは客だ。

遠慮することもないだろうと声をかけた。


「こんにちは。図鑑を探しているんだけど、あるかしら?」


「・・・・・・ああ、図鑑か。1階の奥に山ほどあるよ。ひたすら左奥に向かって進んで行くといい。うちは本が沢山あるからね。何かわからないことがあったら、教えてあげるから戻っておいで」


顔を上げ、私の姿を認めた店主は、田舎娘とでも思ったのだろう。

思いの外親切に教えてもらえた。


迷路みたいに所狭しと本が並んでいる店内の左奥を目指して進んで行けば、確かに図鑑が沢山あった。



(さすが王都ね!!品揃えが素晴らしいわ!!!)

天井まで届く本棚には、ぎっしりと図鑑が並べてあった。

並べてある図鑑は、大中小、色々なサイズが取り揃えてあるし、中身も植物や昆虫だけでなく、人体や天体といったものまで多岐にわたる。


(すごいわね。オリバーには、どれがいいのかしら?)

これだけ沢山図鑑の種類があると、どれを買えばいいか迷う。


花、樹木、薬草、野菜、果物、キノコ・・・植物好きのオリバーには、この辺りを買えば間違いないだろうか。

だがオリバーは虫も好きだし、鳥も好きだ。

いや、あの子は、生き物全てに興味を持っている。


(あぁぁ、もう、全部買ってしまいたい!!!)

目につく物全部買いたいが、全てを買うわけにはいかない。

お金に余裕のない私が使えるお金は限られている。


それに、お祝いが必要なのはセオドアだけじゃない。

オリバーだって成人するのだ。

二人分の成人のお祝いをすることを考えると、オリバーへの手土産に、そんな大盤振る舞いはできない。


ただ、図鑑の値段は、私が想像していたより高くなかった。

これなら私にも買えると思うと、ちょっとホッとする。


(最近は、人体についても興味がでてきたって、手紙に書いてたわよね。でも、オリバーなら、やっぱり植物かしら?)


棚の前で迷いに迷うが、とりあえず手にとって見てみようと花の図鑑に手を伸ばす。

だが、同じ図鑑を手に取ろうとした少女の手に当たってしまった。


「あ、すみません」

「いえ、こちらこそ。失礼しました」


謝りながら顔を見れば。長い髪をハーフアップにまとめている赤毛の少女がいた。

肩に流れるように垂らしてある艶のある赤毛が、ベスのドレスに刺繍した深紅の薔薇を思わせた。


(こんなに綺麗な髪の毛ってあるのね・・・)


思わず、燃えるような美しい赤毛に見惚れる。


赤毛は滅多にいないので珍しい。

私がこれまで見た赤毛といえば、ノアぐらいだ。

こんなに美しい髪があるとは信じがたくて、少女をじっと見てしまった。


私が見つめてしまったことで、赤毛の少女も、私を知り合いかと訝しんだのだろう。

私の顔をしげしげと見つめてから、両手をパチンと叩いた。


「ああ!オリバー様のお姉様ですね!!」

「えっと・・・?」


(どちら様かしら?)

私の疑問を余所に、赤毛の少女はにこにこと笑いながら挨拶を始めた。


「私、オリバー様と学院で同じクラスに在籍しているルーシー・アスターです。」

「あ、ああ、えっと、サウスビー家当主のアンナです」


「オリバー様には、いつもお世話になっているんですよ」

「いえいえ。こちらこそ、オリバーがお世話になっています」


明るくにこやかに挨拶してくれる姿に好感が持てる。

オリバーに学院でいい友人がいるのだと思うと嬉しかった。


「それにしても、アンナ様って、やっぱりオリバー様とお顔が似ていますね!私、すぐにオリバー様のお姉様ってわかりました。本当にそっくりですね!!」


(・・・そんなに似てるかしら?)


初対面のルーシー様に、オリバーと似ていると思いっきり断じられてしまった。

ルーシー様は、よっぽどオリバーと似ていると思ったのか、私の顔を見ながら納得するように頷いている。

姉弟そっくりだとよく言われていたが、初対面のルーシー様に、オリバーの姉と断言されるほど似ているのだろうか。

多少複雑な気分になる。


「そうですか?ところで、アスターというと、もしかしてアスター商会のダニエル様の・・・」

「ええ、妹です。兄をご存じですか?」


正直、ルーシー様とダニエル様は、顔も体型も全く似ていない。

ルーシー様が名乗らなければ、兄妹とは思わなかっただろう。

だが、王都広しといえども、アスターの家名は唯一無二だ。


「ええ。仕事でお世話になっています。滅多に顔を合わせることはありませんが、明日は商談があるので、ダニエル様にお会いする予定なんです」

「そうなんですね。兄にも、今日アンナ様にお会いしたことをお伝えしておきますね。今後とも長いお付き合いをお願いします」


柔らかな微笑みを浮かべながら頭を下げる仕草は、ダニエル様を思わせた。

それにしても、さすがは商売上手のアスター家の令嬢だ。

ルーシー様は私の手元を見ながら、如才なく会話を続けてくる。


「アンナ様も、本を買い来たんですか?」

「ええ、オリバーにどうかなと思って」


「あら、じゃあこの辺の本は、既に図書館で読みつくしていると思うので、3階に上がりましょうか。3階ならオリバー様のお好きな専門書が沢山ありますよ」


そう言いながら私の前に進み、手招きをしてきた。

どうやら親切に、オリバーの好きな専門書がある場所まで案内してくれる気らしい。


「あ、でも、ルーシー様の本はいいのですか?」


(ルーシー様も本を買いに来たのよね?)

先ほどの花の図鑑は買わなくていいのだろうか。


「ええ、刺繍のデザインの参考になる本を探しに来たんですけど、別に急がないので。それにこの本屋、すごく広いし、迷路みたいに本を並べてあるから、わかりにくいでしょう?初めての人は、結構迷うんですよ」


(・・・確かに、これは迷いそうね)

この本屋は、迷路のように本棚が配置してある。

しかもどの本棚も天井まで届くように高いせいで、周囲の様子がわからない。


きっと少しでも多くの本を店内に置こうとしたのだろう。

店主の心意気はわかるが、非常にわかりづらい。


ありがたいと思いながら、ルーシー様の後についていくと、人一人がようやく通れそうな狭い階段があった。しかも窓がないため、昼間だというのになんとなく薄暗い。


(この階段、太ってる人には無理じゃないのかしら?)

エルフィーみたいに横幅が大きい人には、この階段を上るのは無理だろう。

ルーシー様は小柄で華奢だが、それでも二人並んで階段を上ることはできない。

仕方なく、一列になってルーシー様の後をついて行く。


自然、前を歩く美しいルーシー様の長くて赤い髪が目に入り、思わず見惚れてしまう。



「・・・・・・気になります?私の髪?」


私が見惚れていたことに気付いたのだろうか。

後ろに目があるかのように、前を向いたままルーシー様が尋ねてきた。


「え、ええ。とても綺麗な髪ですよね。思わず見惚れてしまいました」


正直に答えると、ルーシー様が驚いたように振り返って、探るように私の顔を覗き込んできた。


「アンナ様、本気でおっしゃってます?」

「ええ。勿論。明るくて素敵な色ですよね。私、こんなに美しい髪を初めて見ました」


本心で褒めたのだが、何か気に障ったのかルーシー様は眉を寄せている。

学院をでていない私は、貴族令嬢との付き合い方はよくわからない。

無言で私を見つめてくるルーシー様に、髪を褒めることは失礼だったのかと心配になってくる。


「申し訳ありません。私、もしかして失礼なことを言ってしまいましたか?」


自分の失言を悟って私が謝った途端、ルーシー様は笑い出した。


「うふ、うふふ。いいんですよ。アンナ様ったら可笑しい方ですね。普通は、こんな髪色で可哀そうって言うんですよ」


「そうなのですか?私はとても綺麗だと思いますけど。まるで本の挿絵にあるお姫様みたいです。先ほど初めてお会いした時も、薔薇のように美しいと思って見惚れてしまいました」


正直な感想だ。

こんなに華やかな髪なんて、本の挿絵でしか見たことがない。


「え?そうなんですか?私、小さい頃は、よくこの髪のせいで揶揄われて嫌だったんですけど」

「・・・揶揄う?それはルーシー様が羨ましかったんでしょう。だって、こんなに綺麗な髪なんですもの」


「え?この髪が羨ましい?」

「ええ。子どもは、自分が持っていない綺麗な物を持っている子が羨ましくて、つい意地悪したりしますよね」


領内の学校に通う小さな子どもたちにも小競り合いがあるが、大抵そんな理由だ。

可愛いリボンをつけている子に「似合わない」と言ったり、綺麗な瞳の色が羨ましくて「変な色」と言ったり。


言う方は特に気にしていないし、言ったことも忘れているのだろうが、言われた方はずっと傷ついたままだ。


「私も、ルーシー様の明るくて華やかな髪が羨ましいです。一度でいいから、私もルーシー様のような髪色になってみたいです」


私の髪色は、この国のほとんどの人と同じ茶色だ。

アルバート様たちみたいに銀色とはいわないまでも、もう少し個性のある髪色だったらと思うことがある。


「・・・あら、そんなことを言っていただけるなんて、嬉しいです。でも、私は茶色の髪の方が羨ましいですけどね」


だが、明るく笑うルーシー様の顔が曇っているように見えたのは、この暗い階段のせいではないような気がした。



(・・・私、ルーシー様に酷いことを言ったかもしれない)


つい何も考えずにルーシー様に髪の色のことを言ったのは、やはり失言だったと後悔する。

ルーシー様は、私が思う以上に、髪のせいで今まで嫌な思いを沢山したかもしれない。


人と違うということは、「羨望」と「侮蔑」の両方の感情を呼び起こす。

アルバート様のような人の髪色が「銀色」なら羨望でも、私のように、身分もお金も美貌も何も持たない娘の髪色が「銀色」だったなら、もしかしたら侮蔑の対象となったかもしれない。


だが、言ってしまった言葉は取り消せない。


「さあ、3階に着きましたよ」

「え、ええ。ありがとうございます」


動揺しながら3階のフロアに足を踏み入れる私に、ルーシー様が黒く縁取られたまぶたを半ば閉じて、かすかに笑みを浮かべた。

ダニエル様とルーシー様は似ていないと思っていたが、笑い方がそっくりなことに初めて気が付いた。



お読みいただき、ありがとうございます。

ブクマ、評価、本当にありがとうございます。

支えてくださる皆様に、心から感謝しています。


赤毛の割合は地域によって違いますが、世界的に見れば人口の2%と言われています。


明日も朝7時に更新予定です。

引き続きお楽しみいただけたら嬉しいです。

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