62 宣伝
「お約束していた、サウスビー家当主のアンナです」
下町にあるノアの事務所は、中に入ると思ったよりも広かった。
多くの人が、忙しそうに働いている。
受付に声をかけると、話が通っていたのか、すぐにノアは出てきてくれた。
「アンナお嬢様!よく来てくださいました!!」
「ノア!正式に工事の発注に来たわよ。よろしく頼むわね」
ノアとはこの間会ったばかりなのに、妙に懐かしく感じる。
ノアが事務所の応接室に通してくれると、事務員さんがすぐに飲み物を持ってきてくれた。
考えてみれば、家を出てからまだ何一つ口にしていなかった。
喉が渇いていたので、ありがたいと早速コップに口をつける。
「あら・・・」
「レモネードですよ。お気に召しましたか?」
ノアが悪戯っぽく笑う。
「ええ。これ、蜂蜜を入れてくれているのね」
飲んだレモネードの甘味は、砂糖ではなく、蜂蜜だった。
レモネードの甘味に蜂蜜を使うと、レモンの酸味がやわらぐし、まろやかで深みのある味になる。
「お客様に好評なんですよ。ちなみに冬は温かくしてだしてます。身体も温まりますしね。亡くなった旦那様への恩返しのつもりで、サウスビー家の蜂蜜を宣伝してるんですよ」
「ありがたいわ。私も何かあれば、必ずノアの事務所を宣伝するわね」
「ええ、是非お願いします」
ノアがうちの商品の広報活動をしてくれていたとは、本当にありがたい。
私も機会があれば、必ずノアの事務所を宣伝しようと心に刻む。
きっとこうしてお互い宣伝しあうことで、商売は成り立っている。
「さあ、それでは工事のお話に入りましょうか。工事の流れを簡単に説明しますね」
「ええ、お願い」
にこやかに笑っていたノアが、真剣な表情になった。
「まずは土壌の現状確認をさせてもらいますね。私も行きますが、現地に調査員を派遣します。地形や地質、水はけの確認をします。立ち合いはお嬢様がされますか?」
「・・・そうね。私もするけど、マシューを同行してもいいかしら」
「勿論ですよ。最初から一緒に行動した方が勉強になりますしね」
(やっぱりずっと一緒にいた方が学べるわよね・・・)
頭ではわかっているが、ついお金の計算をしてしまう。
仕事をせずにノアの側にいて、学ぶだけのマシューの給金を払わないといけない。
だが、私の懐は痛くとも、やはり最初の工事の段階からノアと一緒にいた方が、マシューも学べることが多いだろう。
「土壌の確認が終わったら、斜面の整形や排水対策をしていきます。ただ、現状を見てから、工法や補強工事に使う材料のグレードを確認することになります。工期や工事代金がわかるのは、土壌確認後になりますがよろしいですか?」
「わかったわ」
「他に要望はございますか?」
ノアの問いかけに、少しためらったがお願いをする。
「実は少しお金に余裕ができたのよ。あの崩れた箇所だけじゃなくて、もう少し広い範囲も一緒に見てもらえるかしら?」
「そうですね。その方がいいでしょう。一度にした方が安く済みますしね」
(予算もあるけど、目先にとらわれない方がいいわよね)
マシューにも相談したのだ。
ちまちま工事を頼むよりも、一気に広範囲を工事した方が安く済む。
出ていくお金は大きいが、長い目で見れば王道を整備することで利益が見込まれる。
「ええ、勿論よ」
「・・・では、契約書にサインを」
お互いサインをして握手を交わせば、これで契約成立だ。
細かい金額は現場の調査が済んでからになるが、多分高額になるだろう。
勿論また借金もしないといけないが、補助金も出ると思えば、前ほど契約書を交わすことも怖くない。
「もし何か不明な点がありましたら、遠慮なくご連絡ください。マシューのことですが、マシューさえ良ければ、私とずっと一緒にいてもらって構いませんよ」
「ありがとう。マシューが聞いたら喜ぶわ。どうかよろしくね」
メモ用紙を片手に、熱心にノアの仕事を学ぶマシューの姿が浮かぶ。
若い人も連れて行くと言ってたから、いい勉強になるだろう。
(どうか得た知識と技術を、サウスビー領に還元してね)
浅ましいかもしれないが、マシューの研修費用と工事代金のことを考えると、そう願わずにはいられなかった。
◇◇◇
「えっと、セオドアはどこにいるかしら?」
ノアの事務所を出てセオドアを探せば、セオドアは馬預所で花売り娘と話をしていた。
花売り娘が、頬を染めてセオドアと楽しそうに話をしている。
普段見慣れているから何も思わなかったが、こうして外でセオドアを見ると、セオドアは綺麗な顔をしていた。
通りを行きかう人たちは、可愛い花売り娘とちょっと照れたように話すセオドアを微笑ましそうに見ている。
セオドアは、口は悪いが優しいから、騎士団に入ったらすぐに可愛い恋人ができるかもしれない。
今までのような関係ではいられなくなる日も、そう遠くないのかもしれない。
(・・・少し寂しい気もするけど、セオドアも誕生日が来れば成人だしね)
成人のお祝いも兼ねて、セオドアの入団祝いを奮発しようと心に決め、セオドアの元に駈け寄る。
「遅くなってごめんね、セオドア。お昼ご飯にしない?」
「ああ、そうだな。もうとっくに昼過ぎだ」
朝早く家を出てきたものの、ノアの事務所をでたら、もう昼はとうに過ぎていた。
いつも持ち歩いている飴も全てイーライにあげたから、空腹をしのぐ物は何も持っていない。
商店街から流れてくる美味しそうな匂いにつられて、私とセオドアのお腹も、ぐぅ~っと鳴った。
「どこかいいお店はないかしら?セオドアは、何が食べたい?」
「あ、俺、絶対に肉!肉がいい!肉がたくさん食べたい!!」
「またお肉!?」
「だって、俺、本当に腹が減ってんだよ。腹と背中がくっつきそうだ」
「そうね。確かに私もお腹が空いたわ。今すぐ食堂を探しにいきましょう」
「うふふっ。二人共そんなにお腹が空いてるんですね。お昼を食べるなら、この道をずっと真っ直ぐに行って、パン屋を左に曲がった先の斜め前の食堂がお勧めですよ」
お腹を空かせた私たちの様子が可笑しかったのか、花売り娘が笑いながら教えてくれた。
親切な花売り娘にお礼を言ってセオドアと食堂を探せば、確かにパン屋の近くに美味しそうな匂いがしてくる小さな食堂があった。
「おっ、ここだ、入ろうぜ!」
「いい匂いがするわね。もうお腹が空いてペコペコだわ」
もう昼の時間帯はとうに過ぎていたはずだが、店の中は沢山のお客で混んでいた。
どうやら人気店だったらしい。
幸いなことに2階の席が空いていたらしく、店員がすぐに案内してくれた。
「ご注文は何にいたしましょうか?」
「何かお勧めはあるのかしら?」
「今日のお勧めは、カツレツセットですね。ボリュームもあって、美味しいですよ」
「じゃあ、俺はそれで。アンナはどうする?」
「私もカツレツセットでお願いします」
メニュー表を見るのももどかしくて店員のお勧めを注文したら、カツレツがすぐに運ばれてきた。
どうやら大盛りが売りの店だったらしく、運ばれてきた食事の量は、目を見張るものがあった。
カツレツにキャベツのサラダ。パンとスープに紅茶。
メニュー的には普通だが、どれもがうちで出す量の2倍だ。
なんとカツレツの大きさが、私の顔ぐらいある。
「・・・すごい量ね。これ、全部食べきれるかしら」
「いや、いけるだろ。腹減ったしな」
お腹はすごく空いていたが、あまりの量に食べきれる自信がない。
「セオドア、まだ手を付けてないから、私の分を少し食べてくれない?」
「ああ、いいよ」
セオドアは、小柄な身体のどこに入るのかと思うほど、モリモリと食べていく
私の分のカツレツを半分ほど切り分けてセオドアの皿に移したのに、カツレツがあっという間に消えていった。
まだ手をつけてないパンも半分ちぎって置いてやれば、それも手品のようにセオドアの口の中に消えていく。
見ているだけで胸やけがしてくるが、セオドアは平気らしい。
(そういえば、クララが多めに食事を作っても、セオドアが全部食べてしまうと言っていたわね・・・)
もしかしたら、うちのご飯はセオドアには足りなかったのかもしれない。
(クララに言って、セオドアの食事の量を増やしてもらわないといけないわね)
よく食べる子は、背が高くなると聞いたことがある。
クララが小柄だからセオドアの背も低いと思っていたが、もしかしたらセオドアは背が高くなるかもしれない。
(背の低さを気にするセオドアのためにも、これからはもっと沢山食べさせないとね!)
野菜も食べた方がいいだろうと、付け合わせのサラダもセオドアのお皿に載せてやる。
だが私の優しい気遣いを、有難迷惑のようにセオドアは眉を顰めながら文句を言ってくる。
「サラダはいらねーよ。俺、キャベツ嫌いなんだよ。普段母さんから、山ほど食べさせられてるからな」
「クララは、セオドアの健康を気遣ってるのよ。キャベツくらい食べなさいよ」
「それはわかってるけど。でもなんか、千切りされたキャベツって、草食べてる気がするんだよ」
「『草』って何よ、『草』って・・・」
「それよりアンナも早く食べろよ。食べないなら、俺が食べるぞ」
食欲旺盛なセオドアに食べられたら困るので、急いでカツレツに口をつける。
まだ食べている私を尻目に、あのとんでもない量をぺろりと食べ終えたセオドアは、ようやくお腹が落ち着いたのか、紅茶を片手に窓から通りを見渡し始めた。
「さすが王都だな。人が多いし、すごく賑やかだ」
「そうね、活気があるわね」
通りでは、売り子が元気にお客さんを呼び込んでいる様子が見える。
しかも街角から小太鼓にカスタネットを持った鮮やかな衣装の道化師たちが、旗を振りながら踊るように練り歩いてきていた。
「ねぇ、セオドア、あの道化師たちは何をしているのかしら?」
「ああ、何かの宣伝じゃないか?」
「そうね。ああ、本当だわ、何かチラシを渡してるわ」
道化師たちは、集まってきた人たちを滑稽な踊りで笑わせては、次々とチラシを渡している。
通りにいる人たちは、余程楽しいのか、道化師を指さしながら大笑いしている。
「全然うちと違うわね。道化師を見ることなんて、うちだとお祭りの時ぐらいじゃない?」
「そりゃそうだろ。王都だからな。国王のお膝元だぜ」
そのまま二人で道化師たちを眺めていたが、集まっている人たちの中に知った顔を見つけて、思わず席を立った。
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キャベツにはビタミンU【キャベジン】が含まれているため、胃の消化を助けてくれます。
揚げ物は胃に負担がかかりやすいので、是非ともセオドアには食べて欲しいですよね。
明日も朝7時に更新予定です。
引き続きお楽しみいただけたら、嬉しいです。




