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6 慰め


「何をしているの?」

食事を終え、裁縫をする私に後ろからベスが声をかけてきた。

「洋服を繕っているのよ。ベスの着ていたドレスも綺麗になったわよ」

見やすいように繕っている洋服をベスに向けてやる。


ベスたちの着ていた洋服は洗濯したものの、所々破れていた。

なのでベスには、私が昔着ていた子供服を。

アルバート様には、弟オリバーが屋敷に置いていた服を着てもらっている。


正直着せるものがあって、良かったと胸を撫でおろす。我が家に余分な物はない。

(貧乏性で捨てられないことが思わぬとこで役に立ったわ)

捨てずに取っておいて本当に良かった。


だけどアルバート様は背が高いため、うちで一番背の高いオリバーの服でも丈が短い。

アルバート様は細身だから着られてはいるが、上下ともにサイズの合っていない服はさすがに目に余る。

だからといって買いに行こうにも、あの背の高さに合うような服は、うちの領では売っていない。


(多分、王都でも特注じゃないかしら)

そんなわけで、一番マシと思われるオリバーの服の糸を解き、裾を長くしているのだ。

それでも短いような気もするが、何もしないよりはマシだろう。

アルバート様の明日着る洋服だけでも、今のうちに用意しておかねばならない。


勿論、元々着ていた服も修繕する。

さすがに丈の短い服では、王都に戻る時にみっともない。

(今夜もまた寝るのが遅くなりそう)

欠伸をかみ殺す。


「このドレス、お気に入りだったの。ありがとう」

繕い終わった自分のドレスを抱きしめながら、ベスが嬉しそうに微笑む。

「可愛いドレスよね。私も好きだわ」


正直7歳の子どもに、真っ白な絹のドレスを着せるなんてどうかと思わないでもないが、確かにドレープがついていて可愛かった。

(洗濯の大変さは、全く考えていないわね)

いや、そもそも貴族令嬢は、汚れることはないのかもしれないと思い直す。


「お母様がとっても似合ってるって褒めてくださったの」

大事そうにドレスを撫でる。絹の光沢が美しい。


ベスは、目を細めて嬉しそうにドレスを眺めていたが

「あっ、でも、シミが・・・」

ショックを受けたように俯いた。


(ごめんね・・・)

これでも精一杯綺麗にしたのだが、胸の辺りと裾についた泥は落ちなかったのだ。

白だから余計に目立つ。


ベスのがっかりした様子に心が痛む。せめてもと思い、提案する。

「もし良かったら、シミのところに刺繍をしようか?」

「刺繍?」

「そう。可愛いお花とか」


昔、母がよくそうしてくれた。

お転婆だった私は、外に遊びに行くと、かぎ裂きだの植物のシミだのをつけて帰宅するのが常だった。

母は、その度に叱りはするもののきちんと繕ってくれた。


「なら、赤い薔薇がいいな」

ベスが嬉しそうに両手をぱちんと合わせる。

「赤い薔薇?」

「そう、私のお花なの。お父様がベスにぴったりだからって」


確かにこの華やかな美少女には赤い薔薇がよく似合う。

「わかったわ。じゃあ、赤い薔薇を刺繍するわね」

(徹夜になるかもしれないけど、可愛いベスのためよ。頑張ろう)


すると上から低い声が降ってきた。

「ベス、我儘を言ってはいけないよ」

アルバート様だ。

体調もまだ万全ではないだろうから、寝室に行くよう提言したのだが、ベスの様子が気になるらしく、ずっとベスに付いてまわっている。


「はー・・・い」

再びベスの萎れる様子に、慌てて言い添える。

「大丈夫ですよ、すぐに出来ますから」

「いや、そんなことはないだろう。ただでさえ私たちがいることで面倒をかけているのに。薔薇の刺繍をするなんて手間がかかりすぎる」


(この方、よく人のこと見てるわね)

ちょっと感心する。

ヘンリー様なんて「頼む」の一言だけで、すぐに用意できるものだと思っていた節があるのに。


「でも、ベスにとって大事なドレスみたいだから」

尚も言い募る私に気を遣ったのか

「いいの。我儘言ってごめんなさい」

ベスが涙目でドレスから手を放す。

(こんな小さい子を泣かして)


思わずアルバート様を非難するように見てしまった。

アルバート様の私への心遣いも嬉しいが、何よりベスを優先したい。

両親と離れて心細いだろうに、家にしばらく帰れないと伝えた時も何一つ文句も言わなかった。

私のもやもやした気持ちが伝わったのか、アルバート様が仕方がないと言わんばかりにため息をついた。


「ではせめて、私の分の洋服は私が直そう」

アルバート様が、テーブルに山積みしてあった服を取る。

「えっ、いや、右腕、骨折してますよね?」


アルバート様の右腕は包帯で固定された上、三角巾で吊っている状態だ。

それに、それ以前に貴族の男性に刺繍ができるものなのか。


「私は左利きだから問題ない。ベス、私の側に来て手伝ってくれ」

向かいのソファに座るとベスを呼び寄せた。

「糸は通せるか?よしよし、上手いじゃないか。じゃあ玉結びは?」

ベスが目を細めながら糸を通し、何とか玉結びをする。

「それではこの後は私がしよう。ベスは布を押さえてくれ」

そう言いながら、片手で器用に縫い始めた。


「おじ様、上手」

「昔騎士団に居たことがあるからね。騎士団では全て自分でしないといけないから、否が応でもできるようになる」

感心するベスに、見本を見せるように針を動かしていく。


「それに繕うだけじゃない。刺繍もできなくてはな。騎士団では洗濯係に洗濯を頼むんだが、皆同じ制服だ。返す時に誰のかわからなくなるだろう?だから自分の名前ぐらいは、皆刺繍できるようになる」

(本当に?皆できるのかしら?)


アルバート様のその言葉に驚く。

ヘンリー様は刺繍どころか、ボタンが取れただけでもうちに送ってくるような人だった。

騎士の方たちは、自分でしていたのだろうか。


またもや心に、もやもやとしたものが湧いてくる。

(ヘンリー様にとって、私は何だったのだろう)


婚約者?母親?

いや、便利なメイドぐらいに思っていたのかもしれない。

頼めば何でも無料でしてくれる、みたいな。


(ヘンリー様は、ルナ様にも私と同じように雑務を頼むのかしら?)

ヘンリー様は、ルナ様のことをべた褒めしていた。料理上手とも言っていた。

私もさっきお世辞かもしれないけど、ポタージュが美味しいと褒められたのに。

(ルナ様と私、何が違ったんだろう?)

手を止め物思いに耽っていたら、ベスの高い声が聞こえた。


「あら、この服、ヘンリーって刺繍がしてあるわ。だぁれ?」

「えっ、えっ、えっ、あ、ああ、その服、その服ね。それ、私の元婚約者の服だわ」

急な問いにびっくりして、思わず正直に答えてしまった。


その途端、部屋に気まずい沈黙が流れる。

二人とも微妙な表情だ。

(しまった。やらかしたかしら)

着丈を伸ばしたら着れるかもしれないと、ヘンリー様に用意していたシャツも出していたのだ。


「あ、それ、新しいシャツなんです。弟の古いシャツより良いかと思って。でも着丈を伸ばしても、やっぱりアルバート様には短いですよね。アルバート様、背が高いから、なかなか合う服がなくて。その、えっと、嫌だったかしら、すみません」


(ああ、我ながら何を言っているのだろう)

この場をどうにかしたくて、べらべらと意味のないことまで話してしまう。


「・・・その方は亡くなったの?」

ベスが気遣かわしげに聞いてくる。

この様子だと、きっと不幸な事故で亡くなって婚約解消になったと思っているに違いない。

残念ながら、ヘンリー様はピンピンしている。

単に振られただけだが、どう言えばこの場が上手くおさまるかわからない。

結局、どう言えばよいかわからず、正直に答えた。


「いいえ、単に私が振られただけよ。他に好きな人ができたんですって」

首をすくめながら、努めて明るく伝える。

だが二人とも、またまた黙り込んでしまった。

(ど、どうしよう。こんなこと言われても反応に困るわよね)


「ちょうどね、昨日婚約破棄してくれって言われたのよ。だからシャツがあるだけであって。その、大事にしていたとか思い出深いとか、そういうのじゃないから、だから、えっと、」

焦っていると、不意にベスがソファから立ち上がり。私に抱きついてきた。


「ベ、ベス?」

「私、アンナのこと大好きよ。優しいし。美味しいポタージュも作れるし、刺繍もできるし」

きっと精一杯慰めてくれているんだろう。

ベスの優しさが嬉しかった。


「ありがとう」

ぎゅと抱きしめ返すと、子ども特有の温かい体温を感じる。

(ああ、こんな風に誰かと触れ合うなんていつぶりだろう)

亡くなった両親は、いつだって悲しい時はこうやって黙って抱きしめてくれた。


今の私を見たら、お母様はどう思うだろう。

娘をこんな目に遭わせてと泣いただろうか。それとも私にしっかりしなさいと叱咤激励しただろうか。

お父様は、ヘンリー様に怒ってくれたかもしれない。

意外と血の気が多いところもあったから手が出たりして、私が止めに入ったかもしれない。

でも二人とも、今のベスと同じようにきっと私を抱きしめてくれただろう。


(会いたいな・・・)

ベスの体温と優しさに、思わず涙がこぼれ落ちた。


その時、不意に扉が開いた。

「お嬢様、子どもが起きているにはもう遅い時間ですよ」

クララだ。手には絵本を数冊持っている。

「アルバート様も。具合もまだ良くないでしょうし、今夜はもうお休みになられては」

にこにこ笑いながらクララがアルバート様を促す。


クララに見られないよう、慌てて手の甲で涙を拭う。

泣いたなんてわかれば、クララは心配するに決まっている。

精一杯明るい声を出す。


「そうね、お裁縫はまた明日にしましょう」

「え~、明日?」

「ベスが帰る前には必ず仕上げるから大丈夫。それに、もし良かったら、明日ベスも一緒に刺繍をする?」


途端にベスの目が輝く。

「いいの?私ハンカチに刺繍をしたい!お父様たちに差し上げたいの!」

「わかったわ、じゃあ、明日一緒に刺繍をしましょう」

ベスと指切りをしてから、クララから絵本を受け取る。


「さぁ、寝る前の絵本はどれがいいかしら?」

ベスの前に広げてみせる。

どの絵本も私が小さい頃気に入っていた絵本ばかりだ。

何度も繰り返し読んでいたから、擦り切れているし手垢で黒ずんでいる。

懐かしい思いで、色あせた表紙を撫でる。


だが、すぐにアルバート様が遮った。

「いや、この子は自分で読めるから大丈夫だ」

「あら、いいじゃないですか。自分で読むのと人から読んでもらうのはまた違いますよ」

実際、ベスは目を輝かせながら絵本を選んでいる。


「そうかもしれないが、ベスはもう赤ん坊ではない」

「あら、私はこのくらいの時でも読んでもらうのが好きでしたわ」


寝る前に、母に読んでもらうのが楽しみだった。

母の側にはいつも弟がいたが、眠りにつくこの時間だけは、私だけの母だった。

例え母に怒られて落ち込んでも、この時間で全て帳消しになった。

何度同じ本を読んでとせがんだことだろう。それでも母は嫌な顔をしたことはなかった。


「そうかもしれないが、アンナ嬢、何より貴女に負担がかかりすぎているだろう」

(私に気を遣ってくれたのね。見かけは冷たいけど、いい人だわ)

でも久しぶりに私も読みたい。

お母様が私にしてくれた、あの幸せの時間をベスにもわけてあげたい。

いや、自分があの頃に戻りたいだけかもしれない。


「ベスには私が読もう」

だから、そんなアルバート様の申し出をにっこり笑って断った。

「私が読みたいだけですので。是非、私に読ませてください」


◇◇◇


やはり疲れていたのだろう。

ベッドで横になり3冊ほど読んだところで、ベスは眠った。

毛布をベスにかけ直し、起こさないように絵本を持って立つ。

ソファに腰掛けて、読み聞かせの様子を見ていたアルバート様が、半開きの扉をそっと大きく開けてくれた。


小声で挨拶をして部屋を出ようとすると、アルバート様がじっと私の顔を見てくる。

(何か言いたいことでも?)

首を傾げた私に、ベスを起こさないようにするためか、アルバート様が耳元で囁く。

「・・・・・・ベスが、色々すまない」

男性にそんなことをされたことがないから、ちょっとだけ焦る。

(あぁ!ベスがヘンリー様のことを聞いてきたことね!)


「ああ、えっと、気にしないでください。ヘンリー様とは婚約していましたが、特にお慕いしていたわけではないので。ベスに聞かれたから、思い出して悲しいとかいうこともないです」

先ほど、不覚にも涙を見られたのかもしれない。

(別に、本当に気にしてないから、泣いたことは忘れてほしい)


アルバート様は、無表情のまま左手をあげる。

「あ、いや、そのことではなくて。ベスの身の回りの世話だけでなく、しなくてもいい刺繍も引き受けてくれただろう。何冊も読み聞かせをして疲れただろうし。私たちが迷惑をかけてすまない」

(うわっ、私ったら恥ずかしい。アルバート様はさっきの婚約破棄の話なんて気にしてないわよね、自意識過剰だわ)

顔に血が上るのがわかる。


「そ、そんなことはないです。私がベスにしたかっただけですので」

作り笑顔をして逃げるように部屋から出ようとしたら、手首を握られた。


「えっ・・・」

びっくりして振り向くと、アルバート様も自分の左手を見てびっくりしている。


そしてゆっくりと私の手を放し、そのまま徐々に肩まで手をあげた。

「いや、すまない。貴女に、何かしようと、したわけでは、ない」

ぎこちなく、どこか区切るようなおかしな言い方に、思わず吹き出す。


「何ですか、それ」

「いや、自分でもよくわからない。手に触れてしまってすまない。ただ、貴女はとても素敵な女性だと私も思う」

「へっ?」

「それが伝えたかっただけだ。今日はありがとう。おやすみ」

わけのわからない私を残し、部屋の扉がゆっくりと閉まった。


そのまま扉の前で立ち尽くす。

(多分、慰めようとしてくれた、のよね?)

あんなに女性に慣れていそうな方なのに。

もしかして顔だけイケメンで、アルバート様の中身は不器用なのかもしれないと思うと、ちょっと笑ってしまった。



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