59 タンザナイト
「二人共、わざわざ見送りをするために待っててくれたの?」
タイラーとクララが私が来るのを待っていたのか、玄関周りをうろうろしていた。
たった数日王都に行くだけなのに、二人揃って見送りだなんて、なんだか仰々しい。
(別にそんなに心配しなくても、大丈夫なんだけどね・・・)
王都には仕事で何度も行っているし、ヘンリー様のことについても、もう気にしていない。
アスター商会の契約だって、アルバート様に太鼓判を貰ったから大丈夫だ。
でもこの二人にしたら、私が虎の穴に飛び込んでいくように見えるのだろう。
「忙しいのに来てくれてありがとう。でも大丈夫よ。ちょっと王都に行ってくるだけだから。二人共、留守の間をよろしくね」
二人の気遣いが面映ゆくて、セオドアの待つ馬車に急いで向かおうとする私を、慌ててタイラーが呼び止めた。
「お嬢様!お待ちくださいませ!良かったら、こちらをお持ちください」
「え?、何?」
「『何?』ではございません。どうかご自身の手で、開けてくださいませ」
(何が入ってるのかしら・・・?)
よくわからないままにタイラーが差し出した綺麗な箱を開けてみると、美しい青紫色のネックレスが入っていた。
ネックレスには、青紫の花をあしらった繊細な装飾が施されている。
「まあ!すごく綺麗ね。これはどうしたの?」
「亡くなった奥様からでございます。お嬢様が結婚する時にお渡しするよう、頼まれていたものでございます」
「・・・・・・・・・結婚って」
(むしろ婚約を破棄された身ですけど?しかも、婚約破棄された相手の披露宴に行くんだけど?)
私の戸惑いが顔に出ていたのか、クララが額に手を当てながら解説する。
「お嬢様、オリバー様からドレスはいただきましたが、お嬢様はアクセサリーをお持ちではないですよね?」
「ま、まあ、そうね」
「王都で新しく購入する気もありませんよね」
クララが、じっとりとした目で私を見る。
ヘンリー様の披露宴のために、新しくアクセサリーを買うなんてあるわけがない。
ただでさえお金を節約したいのに、そんな勿体ないことは絶対にしない。
「理論武装は勿論ですが、外見も武装してくださいませ」
「ええ、そうですよ。今のお嬢様に一番必要な物ですから、どうぞお持ち下さい」
タイラーたちがにこやかに笑って箱を押し付けてくるが、よく見れば、クララもタイラーも目が笑っていない。
・・・披露宴では、誰も私を注目することなんてないだろうし、壁の花でいるつもりだった。
美しいアクセサリーなんて全く必要ないと思ったが、二人の圧が怖い。
仕方なくネックレスを手に取ってみれば、光を受けて柔らかく煌めいている。
「・・・本当に綺麗ね」
「タンザナイトという、希少な宝石でございます」
ネックレスを光に翳すと、光の角度が変わるたびに青にも紫にも色を変えていく。
まるで夜明け前の空のようであった。
「なお、モチーフは奥様のお好きなお花である桔梗でございます」
「そうね、確かにこれは桔梗の花弁の形だわ。星のように見えて綺麗ね」
「ええ。奥様は、ご自分のお気持ちを桔梗の花に託したのでしょう」
しみじみと呟くタイラーだが、何を言っているのかわからない。
「・・・・・・ごめんなさい、意味がわからないんだけど」
「・・・お嬢様、桔梗の花言葉をご存知ないのですか?」
私がまさかそんなことを言うとは思ってもいなかったらしく、タイラーが青筋を立てている。
花言葉は、手紙に花を添える習慣がある貴族令嬢の基本だ。
だが使う機会がなかった私は、すっかり忘れている。
なんせ私の淑女教育は、お母様が亡くなった12歳で止まっているのだ。
「だって、ほら、ヘンリー様の手紙に花を添えることなんてなかったし」
王都とサウスビー領は近いとはいえ、それなりに距離がある。
たとえ手紙に花を添えても、手紙が着く頃には花は枯れてしまう。
花を添えようにも、距離的に無理だったのだ。
タイラーが、やれやれとため息をつく。
「『気品、誠実。そして、変わらぬ愛』ですよ。奥様は、お嬢様を心底愛していらっしゃいました」
「・・・・・・そう、そうね」
そう言われると、このネックレスにお母様の気持ちがこもっているようで嬉しく、ゆっくりとネックレスを撫でる。
そんな私にクララが寄り添うように声をかけてきた。
「奥様が昔おっしゃってましたよ。『アンナは強そうに見えて、どこか脆いところがある。だけど人のためには、どこまでも強くなれるから大丈夫だ』と。お辛いでしょうが、どうか私たちのためと思って頑張ってください」
さすが母だ。
私の性格をよくわかっている。
今度はタイラーが励ますように、私の手にネックレスの入った箱を載せる。
「ですからお嬢様、ヘンリー様の披露宴の最中はお辛いでしょうが、どうかこらえてください」
「・・・大丈夫よ。心配しないで」
「ええ、わかっております。私たちはお嬢様を信頼してますから」
大丈夫。
ホランド伯爵もヘンリー様も、もう怖くない。
誰に何を言われても、披露宴なんてたかだか数時間だ。
耐えて、踏ん張ってみせる。
「おーい、まだかよ」
「セオドアったら、そう急かさないでよ。もう少し待って」
いつまでも来ない私を待ちかねたのか、セオドアが叫んでいる。
まだ玄関から動こうとしない私を急かすためか、セオドアが迎えに来ようと足を進め始めた。
(セオドアったら、せっかちなんだから!)
だが遅いと文句を言われてもたまらない。
ネックレスを手にセオドアに向かって駆け出そうとしたが、タイラーからもう一度呼び止められた。
「お嬢様、お待ちください。お嬢様に言っておくことがございます」
「え?、まだあるの?」
「ええ。お嬢様がお帰りになりましたら、私と一緒に花言葉のお勉強をしましょう」
「え、いいわよ、そんなことしなくても。花言葉なんて使うことないし」
正直面倒くさい。
使わない花言葉を勉強するぐらいだったら、いかに養蜂場の利益を上げるかを考える方がいいに決まっている。
「・・・お嬢様がヘンリー様のハンカチに刺繍された月桂樹の花言葉は『栄光』ですが、花には『裏切り』という意味がございます。お嬢様、確かハンカチには花も刺繍されてましたよね?」
タイラーの言葉を聞いて、玄関まで迎えに来ていたセオドアの足が止まる。
「べ、別に葉も刺繍してたし、問題はないわよ」
月桂樹全体を刺繍したのだ。
問題はないはずだ。
「そんなうろ覚えの知識では、いつか足元を掬われましょう。お嬢様が大きくなられたと思って、口出しすることは避けてきましたが、まだまだということがわかりました。今後は口煩く注意させていただきます」
タイラーがニヤッと笑いながら片目を瞑ると同時にヒヨドリが鳴き、セオドアが爆笑した。
お読みいただき、ありがとうございました。
月桂樹の花言葉は「栄光・勝利・栄誉」といった華やかな意味がありますが、花には「裏切り」、葉には「私は死ぬまで変わらない」といった少し怖い意味の花言葉もあるそうです。
明日も、朝7時に更新予定です。
よかったら、お付き合いください。




