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57 ホランド伯爵の計画

本作には「家」に対する考え方が、現代の価値観とは異なる描写が含まれます。

ご不快に思われる方は、どうかご容赦ください。


「初めまして、ルナ・ぺラムです」


可憐に親戚の前で挨拶するのは、ヘンリーの新しい婚約者だ。

今日は披露宴の前に親戚を招いて、顔合わせを兼ねた食事会だ。


(こいつが息子を誑かしたのか・・・)

苦々しい思いでルナを観察する。


妊娠し、ヘンリーに婚約を破棄させてまで妻の座を掴んだ女はどんなあばずれかと思いきや、清純な雰囲気を漂わせていた。


「どうか皆さま、よろしくお願いします」


頭を下げるルナの腹に、この場にいる全員が注目しているのがわかる。

心の中では、皆考えることは同じだ。

ルナの腹の出具合を探っているに違いない。


(・・・本当にヘンリーの子なんだろうな?)


女はわからん。

男の手を握ったこともないような顔で、裏で何をしているかわかったものではない。

現に調べさせたら、学院に在籍していた当時、恋人がいたらしい。

馬鹿なヘンリーは、そんなことは露とも思っていないに違いない。


(腹の子がそいつの子だったら、どうなるか覚えていろ)


ルナの腹を睨みながら、苦々しい思いを目の前にあった酒で飲み下す。


ヘンリーがおたふく風邪に罹ったのは10歳の時だった。

単なる風邪だと思い、無理やりボビーの結婚式に出席させたのがまずかった。

近くにいたボビー、ヒューゴが共に罹患した。


『大人になっておたふく風邪に罹ると、不妊になる場合があります』

そう告げた医者に、金も払わず叩き出した。


おたふく風邪に罹って不妊になるのは、たかだか数パーセントの確率だ。

気にすることはないと思っていたが、結婚して何年も経つのに、ボビーにも、ヒューゴにも子はできないままだ。


だからこそ、まだ当時子どもだったヘンリーに望みをかけ、丈夫そうなアンナに目をつけたのだ。



アンナ・サウスビー。

出会った時の、あの意志の強そうな瞳を思い出す。


ぬかるんだ道で馬車が立ち往生して困っていたところ、アンナはすぐさま助けに入ってきた。

泥を掻き出すスコップを積み忘れたと慌てる御者とパニックになっている馬を落ち着かせ、冷静に周囲のぬかるみ具合を観察してから、御者に馬車の荷物を全て降ろすように命じた。

大人が何もできずに右往左往する中、あの娘は一人で馬車を動かしたのだ。


年齢を聞けば、まだ14歳だった。

こんなにしっかりした娘は、どこを探してもいないだろう。


ヘンリーは末っ子ということもあり、妻が甘やかしたせいで、人に頼るばかりのとんだ甘ったれだ。

先の見通しが甘くて一人では何もできないくせに、自分は優秀だと自惚れ、口だけ達者だ。

ヘンリーの先行きが心配でならなかった。


だからこそアンナを見つけた時は、僥倖だと喜んだ。

アンナこそ、ヘンリーにぴったりの嫁だと確信したのだ。


14歳ながら大人びた姿をしたアンナなら、十分に子も産めるだろう。

そう思ってヘンリーの婚約者にしたのに、あのルナとかいう女のせいで儂の計画が台無しだ。


ヘンリーがアンナに関心がないのはわかっていたが、結婚すれば何とかなるだろうと思っていた。

男と女なんて、そんなものだ。

一緒にいる時間が長ければ、お互い情が湧いてきて上手くいく。

ヘンリーだって、儂の判断に感謝する時が来ると思っていた。


それがまさか別の女を妊娠させ、勝手に婚約を破棄するとは夢にも思わなかった。


再びルナを観察する。


ルナは、ボビーの嫁のナンシーと楽しそうに隣国サイレニアの話をしている。

父親のぺラム男爵は、引退するまで外交官をしていた。

そのためルナも、サイレニアの事情に詳しいのかもしれない。


あんな小さい国について何を語り合うことがあるのか、ボビーとぺラム男爵を交えて、四人でサイレニアについて語り、大いに盛り上がっている。

ルナとの会話が弾んで楽しいのか、いつもは食の細いナンシーが珍しく食欲を見せていた。

ボビーはそんなナンシーを、愛おしそうに見ている。


(だが、ナンシーはだめだな。病弱だし、身体の線も細い。あれではこれから先も、子は望めないだろうな)

ナンシーを眺めながら、乾いた唇を酒で湿らす。

家柄も人柄もいいナンシーは、穏やかなボビーと似合いだと思ったが、この結婚は失敗だった。


ナンシーは身体の調子が悪いと頻繁に寝込み、社交界にもほとんど顔を出さない。

妻は内助の功として社交界で夫に有益な情報を集めてくるのが仕事だが、家から出ないナンシーでは、ボビーの出世は望めそうになかった。

実家のタウンゼンド家も、伝統があるだけだ。

特に事業に力を入れることもしないので、金もなければ人脈も力もない。


(もう一人の嫁もだめだな・・・)

ホランド伯爵家の、もう一人の嫁であるサマーの姿を探す。


ヒューゴの嫁サマーは、会話に加わることもせずに、つまらなそうに髪の毛をいじっている。

今日もサマーは、首や耳にごてごてとしたアクセサリーをつけている。

おまけに指輪やブレスレットまでいくつも身に着けて、まるで羽を広げたクジャクだ。

ドレスにも、これみよがしに大きなブローチをつけている。

実家が取り扱う商品の広告のためだと本人は言っているが、あれはただ単に、自分が着飾りたいだけだ。


それによく見れば、着けているアクセサリーは本物の宝石ではなく、模造品だ。

価格が手頃だからと今流行中だが、儂のように目の肥えた人間からすると、ちゃちなおもちゃにしか見えない。

おかげでサマーは、安っぽく見える。


(金遣いが荒いし、儂の言うことにも反発して、言うことなど聞きやしない)

とんだ跳ねっ返りだ。

実家の商売が最近上手くいっているらしく、儂に対しても随分態度がでかい。


つい最近も、子どもが出来ないことに嫌味を言ったら、むしろヒューゴに問題があると当て擦りやがった。

世間に漏れないようにしていたが、どうやらヒューゴが昔おたふく風邪に罹ったことを、サマーはどこかで知ったらしい。

生意気なサマーを怒鳴りつけてやりたかったが、サマーの実家のモイン商会から金を借りている手前、何も言えなかった。


(くそっ!!!)

もう一杯酒をあおる。

アンナは完璧な嫁になるはずだったのに。


酒に酔った目で、再度ルナの腹を観察する。

ゆったりしたドレスを着ているからか、そんなに腹が目立っているわけでもない。

妊娠初期かもしれない。


(だが、こればかりはわからん)

腹が出ないタイプの妊婦もいる。

3人産んだ妻も、腹は目立たないタイプだった。


(万が一、ヘンリーと付き合う前の週数で産まれてみろ)

その時はルナは早産だと言い張るだろうが、無一文で追い出してやる。

いや、ヘンリーはルナに騙されて結婚したと訴えて、ルナに慰謝料を払わせてやる。


(ああ、金の問題もあったな・・・)

考えなしの馬鹿なヘンリーに頭を抱えたくなる。

ヘンリーが契約書まで交わして、相場以上の慰謝料を払ったおかげでうちも借金だ。

アンナから慰謝料を取り戻さないといけない。


(どうしてくれようか・・・)

アンナに渡してしまった慰謝料は、法律的にはつけ入る隙はない。

だが、しっかりしてるとはいえ小娘だ。

いかようにも言い含めて、慰謝料を返させることはできるだろう。


(それに、少しぐらい脅してもいいしな)

サウスビー家が金を借りているケッペル商会のサイラスは、儂と懇意にしている。

慰謝料を返さなければ、金融業者を使って、サウスビー家の借金を今すぐ返済するよう迫ってもいい。


慰謝料を返せなかったら、うちで侍女としてこき使おう。

アンナは聡明だし健康だ。何よりよく働く。


どうせオリバーが領主として戻れば、サウスビー家にアンナの居場所はない。

一生飼い殺しにして、うちで働かせればいい。

機転が利き、気の利くアンナは、ホランド伯爵家の役に立ってくれるだろう。



(・・・・・・いや、もっといい方法があるな)

あの娘を手放すのは惜しい。

賢く美しいアンナなら、生まれてくる子もきっと優秀だろう。


先祖代々受け継いできた爵位だ。

息子の代で途絶えさせるわけにはいかないのだ。

由緒あるホランド家の血をここで絶やしたら、先祖に顔向けができない。

本当にヘンリーの子かも怪しいのに、ルナの子をホランド伯爵家の後継ぎにしたくない。



(・・・あと10年儂が若ければ、儂でも良かったが、さすがに無理だしな)

苦々しい思いで、白髪だらけになった自分の髪を触る。

齢を取ればとるほど、子どものいない息子たちの行く末が気になってくる。



(ボビー・・・は、無理だな)


ぺラム男爵とルナに飲み物を勧めてやっているボビーを見る。

高齢のぺラム男爵と妊婦のルナに気遣ってか、アルコールのないものをわざわざ用意させたようだ。

優しく、清廉潔白なボビーは、儂の考えにはついてこれないだろう。



(・・・そうなるとヒューゴだな)

儂に似て、清濁合わせ飲むことのできるのはヒューゴしかいない。


ヒューゴに目を遣れば、ヒューゴは、ここぞとばかりに酒を飲んでいる。

サマーの実家のモイン商会を手伝っているヒューゴは、サマーに頭が上がらない。

妻の尻に敷かれて、日頃の鬱憤が溜まっているのだろう。


ヒューゴだって、おたふく風邪に罹った時は、まだ成人していなかったんだ。

畑が変われば、また違うかもしれない。


子のいない王族に側室が認められるように、貴族も子がいなければ、愛人を持つことはままある。

アンナは首を縦に振らないだろうが、慰謝料返済を盾に愛人にすればいい。



(・・・・・・いや、アンナのことだから、慰謝料を返さずに済むよう対策を立てて、披露宴に出席するかもしれないな)

あの娘は、賢いし、何より慎重だ。

そう簡単に儂の計画には乗らないかもしれない。


思案しながら酒の入ったグラスを傾けると、深紅の液体がかすかな光を飲み込んだ。

グラスの底は、闇を溶かしたようなほの暗い赤に見えた。



(・・・なに、アンナが断れないようにすればいいだけの話だ)


アンナには、簡単に逃げれないように披露宴に呼び寄せてある。

誰もアンナに味方する者がいない、内輪だけの披露宴。


儂が親しくしているサイラスも呼んである。

あいつは知恵が回るから、多少知識をつけてきたアンナぐらいなら、簡単に丸め込めるはずだ。

サウスビー家の借金を持ち出せば、アンナは儂の要求に頷くことしかできないはずだろう。


自分の素晴らしい思いつきに、つい笑いが出る。


いい気分になって、酒をなみなみと注いで煽る。

高いだけあっていい酒だ。喉に気持ちよく入る。



「おい、ヒューゴ、話がある。ちょっとこっちへ来い」


自分によく似たヒューゴなら、この計画の良さをわかってくれるだろう。

そう思いながら、ヒューゴを手招きした。



お読みいただき、ありがとうございます。

面白かったら、ブクマ、評価をしていただけると嬉しいです。


明日も朝7時更新予定です。

引き続きお楽しみいただけたら幸いです。

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