56 謝罪
「お疲れ様。大変だろうけど、よろしくね」
屋敷の玄関で、書類の束を抱えて帰ろうとする地区長たちを見送る。
先ほど見舞金申請の説明はしたが、つい心配で声をかけてしまう。
「領民たちのサインまでもらったら、うちに持ってきて。ある程度揃ったら、私が王都の役所に出してくるからね。そうしたら、お見舞金が貰えるから」
私一人で領民たちの見舞金申請書類を作るのは無理だと判断し、見舞金の申請書類の作成を、各地区長たちにお願いしたのだ。
地区長たちに申請書類の書き方の説明をし、うちが被害補償金を出した時にもらった見積書や領収書を返している。
後は地区長たちが書類を起こし、領民はサインをすればいいだけだ。
「急がなくてもいいけど、期限があるからできるだけ早めにね」
何度も声をかける私に、地区長たちが、苦笑いしながら私を振り返る。
「お嬢様、お金を払う時は、皆払いたくないから行動は遅いですが、貰う時は早いですよ」
「そうなの?」
「ええ、そうですよ。セオドアが儂らを集める時に見舞金が出ると言ったもんだから、皆儂らが帰るのを、今か今かと待ち構えてますよ」
「あら!じゃあ、あっという間に集まりそうね。お見舞金の申請書類が集まったら、すぐ役所に提出するわね」
「ええ、どうかよろしくお願いしますね」
「お嬢様に期待してますよ。本当にありがとうございます」
皆、笑顔だ。
現金収入の少ない彼らにとって、この見舞金は大きい。
まだ4年前の嵐で背負った借金を払い終わっていない家庭もあるだろう。
大いに助かるのだ。
(アルバート様、本当にありがとうございます)
アルバート様に、心の中で手を合わせる。
西の空が朱から灰色になろうとしていたが、心は明るかった。
喜んでいる地区長たちを送り出して部屋に戻ろうとすると、タイラーとセオドアが書斎の前で私を待っていた。
「あら?二人揃ってどうしたの?」
「・・・お嬢様、お時間を取っていただいてよろしいでしょうか」
私を見つめるタイラーの顔が暗い。
何かあったのだろうか。
「ええ、勿論よ。さぁ、入って、入って」
書斎の扉を開けて、タイラーたちを招き入れる。
いつもふてぶてしい態度のセオドアまでが、しおらしくしている。
「さて、と。どうしたのかしら」
書斎の椅子に座り、手で椅子を示して座るよう勧めるが、二人は立ったままだ。
「・・・・・・お嬢様、人事のこと、大変申し訳ありませんでした」
「ああ。そのことね。聞こうと思っていたのよ。何でみんな急に戻ってきてくれることになったの?」
色々あって、すっかり忘れていたが、アルバート様からもタイラーに話を聞くように言われていた。
「・・・いえ。元々、誰も辞めるつもりはなかったのです」
「えぇ?どういうこと?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
タイラーが言いにくそうに下唇を噛みしめ、セオドアもそんなタイラーを横目で見ながら、同じくきつく下唇を噛んでいる。
「え、何?どうしたの?タイラー、私に言いにくいことなの?」
謝りに来ていながら、理由を言えないとは、どういうことだろう。
私に聞かれても、タイラーは視線を逸らしたままだ。
「別に、私、どんな理由でも怒らないわよ?教えてくれる?」
いつも淀みなく私の質問に答えるタイラーが、黙ったままだ。
隣のセオドアを見れば、セオドアも視線を床に落としたまま動かない。
「大丈夫よ、何を聞いても驚かないし、ねぇ、言ってよ」
理由もわからずに、許す、許さないもあったものではないだろう。
どうしようかと困っていると、セオドアが何か決意したように顔を上げて、頭を掻きながら謝ってきた。
「・・・あー、ごめん。俺、原因は俺」
「セオドア?」
「そうそう、ほら、俺、ヘンリーと決闘しただろ?」
「ああ、そういえば決闘したって聞いてたわ。原因は何だったの?」
「ヘンリーの奴、旦那様が亡くなってから、うちの領主気取りでさ。何かあればすぐに『俺はアンナの婚約者だ』ってお前の名前を出してきて、みんなに無理難題を言って困らせてたんだよ。みんなだけじゃなくて、出入りの業者にも勝手に指示を出すから、タイラーも困ってたんだ」
「セオドア、お嬢様にそのようなことを・・・」
「言った方が、アンナも理由がわかってスッキリするだろ?あいつ、俺たちが言うこと聞かなきゃ、手を出そうとするしで、最悪だったんだ。みんな横暴なヘンリーにどうしていいかわからずに、困っていたんだ」
「・・・・・・そんなことが」
全然気がつかなかった。
「タイラーもみんなも悪くないさ。何とかヘンリーのことは自分たちで処理して、穏便にやり過ごそうとしてたんだけど、俺、短気だろ?我慢できなくてヘンリーに物申して怒らせたんだよ。で、決闘になったんだ」
自分の鈍さに愕然とする。
ヘンリー様とセオドアが決闘としたと聞いた時も、ちょっとした喧嘩程度に考えていた。
「で、ヘンリーの奴が、負けた腹いせに、俺たち使用人全員に嫌がらせするだろうと思って。まあ、みんなもヘンリーの態度に腹を立ててたから、ちょっとヘンリーの邪魔をするようなこともしてたし。元々ヘンリーの不興は買ってたんだよ。・・・それでみんな、一旦辞めてもらうか、通いに代えてもらったんだ。ヘンリーと顔を合わす機会が少なければ、まあ、なんとかなるだろ?あいつ、俺のいないところで手を出すような奴だからさ、守る人数、少しでも減らしたかったんだ」
「・・・・・・考えなしに、決闘なんかしてして悪かったよ。俺が短気なせいで、アンナには余計な不安を抱かせたし、でっけー負担をかけちまったし、本当に反省してる。ごめん」
セオドアの声が段々小さくなり、視線も説明するごとに下がってきている。
セオドアは、もう床しか見えていないだろう。
「・・・・・・・・・・ごめんね。セオドア。私、気がつかなくて」
全然悪くないのに謝るセオドアに申し訳なさすぎて、私の方こそセオドアの顔が見れない。
私が領主失格だったのだ。
いや、それどころの話ではない。
あれほどセオドアたちを家族のように思っていたのに、全然セオドアたちのことを見ていなかった。
「別にアンナのせいじゃねーよ。あの時アンナ、旦那様を亡くしたばかりで落ち込んでるのに、周りのことなんて見れるかよ。悪いのはヘンリーさ」
「それでも、私が悪いわ。私がヘンリー様のことをちゃんと見ていなかったから」
「そんなことないさ。俺もヘンリーの横暴さを言わなかったし、同罪だよ」
「いいえ。お嬢様もセオドアも悪くありません。お嬢様の判断を仰がずに、勝手に使用人たちを辞めさせた私が悪いのです」
私の知らないところで、他にも色々あったのだろう。
そうでなければ、この二人が私に内緒で勝手に使用人たちを辞めさせるなんてするはずがない。
「・・・・・・・・・・どうして言ってくれなかったの?そんなに私、頼りないかしら?」
それもこれも、私が領主として信頼できなかったからだろう。
今も、そうなのだろうか。
つい不安になって聞いてしまう。
「そんなことはございません。旦那様を亡くしたばかりのお嬢様に、これ以上ご負担をかけたくなかったのでございます」
お父様が亡くなった時は、皆の前では、平気であるかのように振舞っていた。
むしろ、新領主として頼りにしてもらえるよう、肩肘を張って過ごしていた。
でも、時間があれば、部屋に籠って泣いてばかりいたような気もする。
そして、頻繁にうちを訪ねてくるようになったヘンリー様を頼りにしていた。
お父様を亡くした私を慰めに来てくれているのだと思って、ヘンリー様の来訪を心待ちにしていたし、仕事のことを相談できる唯一の相手だと思っていた。
そんな私を、みんなはどういう思いで見ていたのだろう。
「・・・辞めた人たちは、私が嫌で辞めたんじゃないの?」
「勿論でございます。皆、お嬢様が大好きだからこそ辞めたのです。ヘンリー様の不興を買った自分たちがいることで、お嬢様の足枷になってはいけないと申しておりました」
ヘンリー様を信頼していたあの時に、ヘンリー様の皆に対する横暴な態度を聞いていたら、私はどうしただろう。
婚約していた時は、常にヘンリー様の機嫌を損ねないようにしていた。
ヘンリー様に気を遣って、家族同然の皆に、我慢を強いただろうか。
それとも、セオドアのようにヘンリー様に意見できただろうか。
「・・・・・・結局は、私が悪いわ」
ヘンリー様の横暴な態度を聞いても、どんな選択をしたかはわからないが、知らなかったら何もできない。
私が辞める理由を聞けば良かっただけだ。
それを勝手に、自分の頼りなさを指摘されるのを怖がって、何も聞けなかった私が悪いに決まっている。
「お嬢様!そのようなことはありません!」
「そうだよ、アンナ。悪いのは俺だって!!」
「ううん。自分を否定されるのが怖くて、みんなに辞める理由を聞かなかった私が悪いわ。・・・でも、これからはみんなを信用して、何でも言うし、どんなことでも聞くわ。そして、みんなを頼るわ」
ベスに、自分の気持ちは言わないと伝わらないと偉そうに言ったのだ。
私だって言えるようにならないと、ベスに合わせる顔がない。
「お嬢様・・・」
「だからタイラーたちも、私を信用して何でも話してね。約束よ?」
信頼してほしかったら、まずは自分が先に相手を信頼すべきだ。
子どもの時は何の迷いもなく皆を信頼していたのに、いつの間にか私の頭と心は、ガチガチに固くなっていたらしい。
固くなった頭をほぐそうと、両手を上に伸ばして身体をほぐせば、体中の血液がまわったような気がして気持ちが良かった。
「みんなが辞めたのも誤解だってわかってスッキリしたわ。みんなが戻ってきたら、謝らないとね」
そして、この話はもう終わりだと知らせるために席を立つ。
いつまでも、ぐじぐじと謝罪を繰り返していても始まらない。
タイラーとセオドアは納得したのか、横目で視線を合わせて頷いている。
「まあ、そうだな。あんまり一人で突っ走るなよ」
「・・・・・・セオドアには言われたくないわね。あんた、ベスを叩いたでしょう?調べたら、王族に対する不敬罪って、結構重罪だったわよ」
ベスは国王様の第一王女だった。
その王女様の頬を、セオドアは思いっきり叩いたのだ。
本来なら何か音沙汰があってもおかしくない。
「ああ。大丈夫だろ。アルバート様がいるさ。あいつがいたら何とかするだろ」
セオドアも、大きく伸びをしながら答える。
「大した心臓ね。少しは自分の身を心配したら?」
「いや?あいつを信頼してるだけだ」
「信頼・・・」
「まあな、あいつ、俺たちを見捨てるような真似はしないだろ」
「そう、そうね。私もアルバート様を信頼してるわ」
アルバート様に対する自分の気持ちに、整理がついたような気がした。
私はアルバート様を信頼していたのだ。
現に不敬罪が重罪とわかっても、セオドア同様怖くない。
「だろ。それより俺たちどうする?王弟と友人だぜ?その内王宮に招かれて、食事でもご馳走されるんじゃないか?」
「それはないわよ。あまりにも、私たちと身分が違うわ」
「ま、そうだろうな。もう会うことはないだろうけど、ベスたちがいて楽しかったな」
「そうね」
本当に夢のような数日間だった。
たとえベスが忘れたとしても、私たちはずっと忘れない。
「お嬢様、こればかりはわかりませんよ。その内お会いになれるかもしれません」
「・・・・・・そうね。会えたらいいけどね。遠くからでも、姿だけでもいいから見たいわね」
王宮のバルコニーから、国民に向かって手を振るアルバート様とベスを想像する。
確か新年には、国王が新年の挨拶を国民に述べ、王族が集まった国民に手を振る行事があったような気がする。
平民に近い私がベスたちを直接見れる機会なんて、この時ぐらいだろう。
大きくなったベスを一目でも見てみたい。
ベスは、きっと輝くばかりに美しい女性に成長するだろう。
財政に余裕ができたら、一度くらいタイラーたちを連れて、みんなで王都まで観光旅行に行ってもいいかもしれない。
「まずは、稼がないとね」
手始めに、養蜂事業の拡大だ。
アスター商会と契約して養蜂場を拡大すれば、今よりお金が稼げるだろう。
そして稼いだお金を貯めて、みんなでベスたちを見に行こう。
「ああ、でも稼ぐのもいいけど、その前に夕食を頼むぜ。もう腹ペコだ」
「はいはい」
「俺、肉が食べたい。でっかい肉」
「セオドアったら、毎日同じこと言ってない?大丈夫よ、セオドアには一番大きいお肉をあげるから」
「お嬢様、あまりセオドアを甘やかさないようにしてくださいませ。セオドアには、野菜を沢山食べさせれば十分でございます」
先のわからない将来のことより、目の前の空腹だ。
セオドアたちといつもの会話を繰り広げながら台所に向かえば、クララが夕食を作っている音が聞こえてきた。
力をつけるために、沢山食べて元気を出さねばならない。
ホランド伯爵が今、何を考えているかなんて知ろうともせず、楽しい未来を想像していた。
お読みいただき、ありがとうございます。
ブクマ、評価も本当にありがとうございます。
明日朝7時に「ホランド伯爵の計画」を更新予定です。
ホランド伯爵の「家」に対する考え方は、現代の価値観とは異なります。
苦手な方は、どうぞ無理なさらず読み流してください。
よろしくお願いします。




