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55 慰謝料返還?


「お嬢様。ホランド伯爵からお手紙が来ております」


『えっ!?』

「それから、ヘンリー様からも」


青ざめているタイラーから手紙を受けとり、その場で手紙を慌てて開く。

タイラーとセオドアが、心配そうに私の周りに集まってきた。


「お嬢様、何と書いてあるのですか?」


「・・・ヘンリー様からは、披露宴に絶対に出席して欲しいって。ご丁寧に結婚式の招待状も入っていたわ。ホランド伯爵からの手紙も、ヘンリー様の披露宴に、必ず出席するようにと書いてあるわ」


「・・・それ、断ればいいんじゃないか?だって元婚約者が、振られた相手の披露宴に出席するなんて、聞いたことないぜ?」


「そうなんだけど。でもホランド伯爵からも、必ず出席するようにって手紙が来てるから断れないわよ。力関係でいえば、ホランド伯爵家の方が上だしね。別に出席する義理はないけど、ホランド家から睨まれたくないわ」

「だからといって、あんまりだろ。何のためにアンナをわざわざ披露宴に呼ぶんだよ」


伝統あるホランド伯爵家は、それなりに人脈を持っている。

うちの仕事の取引先やお金を借りている金融業者にも顔が利くから、ホランド伯爵の機嫌を損ねるのは得策ではない。


「・・・ホランド伯爵が、私に何か言いたいことがあるのかも」

「言いたいことって何だよ?」


「・・・・・・例えば、婚約破棄を承諾したことに対する文句、とか?」

「文句だけなら、うちに来ればいいだけの話だろ。わざわざ人前に呼び出すか?」


「・・・お嬢様、僭越ながら申し上げます。ホランド伯爵に何も言わせないために、お式にだけ顔を出せばよろしいのではないでしょうか。式の始まる直前に参列し、終わると同時にすぐ帰る。それなら出席したと言えます。また、参列者同士ほとんど会話することもないかと思われます」


「・・・それが『結婚式』じゃなくて、『披露宴』に出席するよう書いてあるのよ」


「・・・・・・何か目的があるんだろうな」


セオドアもタイラーも怪しいと思ったのか、眉を顰めている。

文句を言いたいだけなら、ホランド伯爵が、直接うちに乗り込んでくればいいだけの話だ。


「私に恥をかかせるのが目的かしら?」


浮気されて、婚約を破棄された私が被害者だと思うのだが、ホランド伯爵にとっては違うのかもしれない。

なんせ自分中心に世界が回っていると考えているような人だ。

ヘンリー様がルナ様に心を移したことは、私に原因があると思っているかもしれない。


「困ったわ」

「あ~、執念深いよな、ホランド伯爵」

「お金にも汚いですしね」



『・・・・・・お金!?』


思い当たる節があり、3人で顔を見合わせる。


「お嬢様、失礼ですが、慰謝料はいくらいただいたのでしょうか?」

「・・・1千万ゴールディよ」

「1千万ゴールディ!?そんなに貰ったのかよ!?」


セオドアは金額の高さに驚いている。


「だって、くれるって言うし。それにショックで、慰謝料の金額が高いか低いかなんて気が回らないわよ。あの時は、慰謝料の相場なんて知らなかったし」


婚約破棄の慰謝料の相場を知っている令嬢なんて、そうそういないだろう。


「・・・お嬢様、『あの時は』ということは、今はご存じなんですね」


タイラーの目が光る。


「え、ええ、そうよ。でも調べたのは一昨日よ。ほら、補助金を申請するために、書庫で必要な書類を探したでしょ。あの時に法律書を見つけたから、ちょっと気になって調べたのよ」


あの乱雑な書庫に、法律書と判例集もあったから、ついでに気になって調べたのだ。


「それで、相場はいくらでしたか?」

「えっとね、普通は50万ゴールディぐらいだったわ」

「おい・・・お前、貰いすぎだろ」


「あ、でも、私は婚約期間が長いし、お相手が妊娠しているから、精神的苦痛を受けたとかで300万ゴールデイくらいにはなるみたい」


「・・・それでも相場より多いですな」


「でもでもでもね、もしルナ様が、私という婚約者がいることを知ってるのに、ヘンリー様に近づいたなら、ルナ様からも200万ゴールディぐらいは貰えるみたい」


ただし、上限いっぱい貰える金額で200万ゴールディだが。

この金額が安いと思うのは、私だけだろうか。


「結婚する二人合わせても、相場は500万ゴールディか・・・」


何だか私を見る二人の視線が冷たい。


「ちょっと!私をまるで守銭奴のように見ないでよ!知らなかったんだし、仕方がないでしょう?でも1千万ゴールディは確かに大金だけど、私が60歳まで生きると仮定したときに、月に約2万よ?食費の足しにしかならないじゃない!?」


「いや、お前、そんな計算するなよ・・・」

「私も同感でございます。お嬢様、あの時そんなことを考えていらっしゃったのですか?」


男性陣には、私の気持ちはわからないらしい。


「いや、だって、オリバーが領主として戻ってくるのよ?私がこの屋敷にずっといたら邪魔でしょう?このまま独身街道まっしぐら、一人で外に出て暮らしていかないといけないのに、お金もないのにどうしろっていうのよ?」


ただでさえ貧乏領なのだ。

しかも小姑付きとなれば、喜んでお嫁さんに来てくれる令嬢がいるとは到底思えない。

サウスビー家の経営が安定したら、私はどこか違う場所で暮らさないといけないだろう。


「あー・・・・・・最悪、俺が拾ってやるわ」

「何よ!そんな人を粗大ごみのように言わないでよ!」


私をまるでゴミのように見るセオドアと喧嘩しそうになったら、タイラーが止めに入った。


「お嬢様。お嬢様の将来設計は後から考えましょう。その前にヘンリー様の披露宴でございます」

「・・・そうね。ホランド伯爵から手紙もきてるし、これは出席しないといけないわね」


「おそらく、その時に慰謝料返還を求められるのでは?」

「披露宴で?おめでたい席でわざわざ?」


「だからこそでございます。ルナ様が妊娠されていますから、内輪だけでお祝いする披露宴だと思いますよ。ホランド伯爵の身内しかいないなら、お嬢様は孤立無援。それこそ吊るし上げ放題ではございませんか?」


招待された私と一緒に披露宴に出席できるのは、婚約者か身内だけだ。

一人で出席するしかない私に、味方はいない。


「・・・ただ双方の合意があるし、書面でもきちんと契約を交わしてるから、法律的には問題はないのよ」


そこは自分でも気になったから、きちんと調べた。

あの貰った慰謝料については、問題はないはずだ。


「慰謝料の返還が認められるケースはないのですか?」

「・・・・・・あるわよ。私がヘンリー様を脅かして慰謝料を貰ってたら、慰謝料を返さないといけないわ。でも、私はルナ様の妊娠を盾に、ヘンリー様を脅す真似はしていないから大丈夫よ」


私がもしヘンリー様を脅して慰謝料を貰った場合は、返還事由に相当する。


平民もそうかもしれないが、貴族は世間体をかなり気にする。

結婚前に妊娠することは恥ずべきこととされ、妊娠がわかった場合は、花嫁は永遠に後ろ指をさされる。

だから、ヘンリー様を脅すことも、やろうと思えばできた。


だが、私がルナ様が妊娠したことを公表すると脅して慰謝料をもらったわけではない。

むしろヘンリー様から渡してきた慰謝料だ。


「他にはないのかよ。でないと、わざわざホランド伯爵がお前を呼びつけやしないだろ」


「・・・・・・ヘンリー様が慰謝料の意味すら理解していなかった、とか。精神的に追い詰められていた、とか。あとあまりにも高額だった、とか・・・」


「あるじゃないかよ!返還理由!!ヘンリー、馬鹿だぜ!?」

「そこはせめて、金額が高額だと言ってあげてくださいませ」


タイラーが憐れむように言う。


「・・・・・・そうね。慰謝料を返すよう言ってくるかもしれないわね」


確かに相場から考えると、かなり高額だ。

こんなことなら、もう少し貰った慰謝料が安くても良かったのにと思ってしまう。


「どうすんだよ?」

「大丈夫よ。もう使って返せないって言うわよ」 


実際、王道の整備で使っている。

ついでに今までの借金の繰上げ返済に使うから、全て使い切る予定だ。


「・・・・・・お嬢様。せめてオリバー様をご同伴されてはいかがでしょう?」


「ダメよ。タイラーわかってる?空気を読まないことに定評のあるオリバーよ?」

「あいつ、ホント『火に油を注ぐ』どころか、燃料追加したついでに風まで送り込んで炎上させるからな」


オリバーは、怒らせるためにわざと言っているのかと疑いたくなるほど空気を読まない。

到底ホランド伯爵と会わせることはできない。


「それでも、黙らせておけば、風よけくらいにはなるかと・・・」


(タイラーもまあまあ酷いこと言うわね。一応嫡男よ?)

ベスがうちに来たことで、私たちが子どもだった時のタイラーが戻ってきたのか、どうも口が悪い。


「そうかもしれないけど、あの子、披露宴の日はテストなのよ」


アスター商会に行くついでに会う約束をしていたのだ。

オリバーのスケジュールは把握済みだ。


「いいんじゃないか。入学の時は次席。その後はずっと主席だろ?オリバーなら、テストの一つぐらい受けなくても大丈夫なんじゃないか?」

「そんな訳にはいかないわよ。科目を一つでも落としたら、卒業できなくなるのよ。そんなことになったら、お父様に面目立たないわ」


それにもしオリバーが卒業できなかったら、あと1年卒業が延びてしまう。

その分の学費・生活費を考えたら、私一人で出席したほうがマシだ。


「とりあえず、法律の専門家に相談ね。タイラー、民事事件に詳しい法律家を知らない?」

「・・・でしたら、チャーリーですな。ただ、裁判所が近い方が仕事上便利だからか、住まいは北のはずれにありますが」


「・・・・・・・・・・・・・わかったわ」


北のはずれとは、これはまた遠い。

ほとんど王都だ。

チャーリーの家まで行くのには、相当時間がかかるだろう。

だが、披露宴には理論武装してから行く必要があるから、チャーリーには必ず相談しないといけない。


「でもチャーリーに会う前に、まだやることがあるわ。領民たちの被害見舞金の申請もまだ終わっていないのよ。セオドア、今から悪いけど各地区長たちを呼んでくれるかしら?あとそれが終わったら、郵便を出してくれる?速達でお願いしたいのよ」


「いいけど。お前、かなり人使い荒いな」

「悪いわね。でも必要なことなんだもの。オリバーに手紙を書かないと。婚約破棄のことと、披露宴に招待されたこと。あの子の知恵も借りたいし」


もう婚約破棄のことは吹っ切れた。雨でも槍でも、何でもどんとこいだ。

とりあえず、やるべきことをやらねばならない。


セオドアが私の晴れ晴れした顔を見て、何か感じたのか、笑い出した。


「ははっ、そうだな。オリバーにも知らせないと。こんなすごい状況になってるのに、仲間はずれにされたって怒るぜ」


タイラーが苦笑いし、セオドアも笑っている。

やることは盛り沢山だ。

泣いている暇などなかった。


「よっしゃ、働くか。俺たち常に『貧乏暇なし』だな」


一難去ってまた一難。

目の前のことを、一つずつ片付けていくしかないだろう。


でも、一人じゃない。

みんなで力を合わせれば、何とかなるような気がしてきた。



ここまで読んでくださってありがとうございます。

ブクマ、評価、誤字の指摘、本当にありがとうございます。

少しでも面白いと思っていただけたら、感想などいただけると嬉しいです。


明日も朝7時に更新予定です。

これからも応援よろしくお願いします。

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