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53 陛下


どうしようと考える間もなく、すごい速さで馬車が近づいてきた。

騎士たちが一斉に横に分かれて膝をつき、馬車を迎える。


目の前に現れたのは、意外にも飾りも何もついていない簡素な馬車だった。

とても国王夫妻が乗っているとは思えない。

もしかしたら見栄えではなく、速さを重視したのかもしれない。


騎士が扉を開く前に、中から水色の美しいドレスを着た女性が転がるように飛び出してきた。


「ベス!!!」


ベスのお母様である、王妃様だろう。

豪華な美しいドレスが汚れるのも気にせずに、両手を広げてベスの元に向かって走ってくる。

ドレスの裾を手に持たないから、走るたびに裾が土でどろどろになっていく。

続いて陛下も馬車から走り出てきて、ベスに向かって走っていく。


「お母様!」

ベスもセオドアの腕の中から飛び出し、思いっきり王妃様に抱きつきにいった。


「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


王妃様が、直接地面に座り込んでベスを抱きしめている。

汚れも気にせず地面に座りこみベスを抱きしめる姿は、王妃としての威厳もなにもない。

子どもの身を案じて、心身ともにボロボロになった、一人の母親だ。


ベスの大きな泣き声が周りを震わす中、王妃様は一言も発せず、ただただ涙を流している。

ベスを抱きしめるその手は、震えたままだ。

陛下は泣いている二人を上から抱きしめ、ベスの身体を、髪を、怪我がないかを確認するように、必死に触っている。


「無事で、無事でよかった・・・!」


陛下の涙混じりのかすれた声を聞くだけで、どれだけ陛下がベスを案じていたかがよくわかる。

これだけ人が大勢いるのに、誰も、一言も発しなかった。



(良かったわね。ベス)


弟ばかり可愛がると口を尖らせていたが、そんなことは全くない。

こんなにもベスは愛され、大事にされている。


王妃様はきっと寝ていないのだろう。

美しい顔には目の下にクマがくっきり浮き出ているし、顔色だって悪い。

食事もろくに摂っていないのか、頬がこけてやつれていた。


エリオット団長が朗らかと称した陛下は、目が落ちくぼみ、肌が荒れ、唇はカサカサだ。

おまけに不精髭まで生やしている。


髪はボサボサ、身なりにも気を遣わないこの二人を見て、誰が国王夫妻だとわかるだろうか。




(さぞかしご心配で、胸を痛めたんでしょうね・・・)


随分長い時間がかかったが、少しずつベスの泣き声が小さくなり、王妃様も落ち着いてきたようだ。

それでもベスを二度と離すまいと、しっかり抱きしめている。

何度も、何度も、ベスが自分の腕の中にいるかを確認するように顔を見ては抱きしめている。

ベスだって王妃様の首に手を回したまま離れようともしない。



「兄上・・・」

アルバート様の小さく呟く声が聞こえ、陛下がこちらに歩いてきたのに気が付き、慌てて臣下の礼をとる。


子どもの時にお母様に習ったカーテシー。

最上級の敬意を表すこのお辞儀のやり方は、貴族令嬢として必須事項だからと厳しく躾けられた。

だが、なにせ一度も使う機会がなかったから、これで合っているか心許ない。


不安を抱えながら頭を下げている視線の先に、陛下の足が見えた。


「サウスビー家当主アンナだな。娘と弟が世話になった」

「勿体ないお言葉をありがとうございます」

「そう畏まらずによい。面をあげよ」


緊張しながら顔を上げると、やつれてはいるものの、優しい瞳をした陛下が微笑んでいた。


(あんまりアルバート様と似てないのね・・・)


アルバート様のお兄様というから、超絶美形を想像していたが、髪と瞳の色が同じだけで、陛下は普通の人だった。

身長も一般男性からしたら高いのだろうが、アルバート様と比べると頭半分くらい小さい。


「お嬢様!」


タイラーの小声の呼びかけに、思わずハッとする。

陛下の容貌が意外すぎて、陛下の顔をついまじまじと見てしまっていた。


(しまった!陛下だわ。国内最高権力者!!)

慌てて目を伏せる私に、陛下は笑って許してくれた。


「そう緊張しなくていい。ベスとアルバートを助けてくれてありがとう。私の大事な娘と弟だ。何でも良い、褒美をとらそう」

「・・・そのお言葉だけで、十分でございます」


一瞬、借金返済の言葉が頭に浮かんだが、すぐに消えた。

お金が欲しくて助けたわけではない。

アルバート様たちと出会えたこの数日間を、そんなものに換算したくない。


「何も気にすることはない。好きな物を言え。全て叶えよう」

「本当に、何も欲しいものはございません」


本当に何も要らない。

後から褒美を強請れば良かったと後悔することも、絶対にない。


「・・・・・・そうか。それではまた後日、こちらから礼をしよう」

「ありがたきお言葉、幸せでございます」


陛下は、緊張のあまり口から定型文しか出てこない私から目を横に向け、アルバート様に向き直った。


「アルバート、心配したんだぞ」

「兄上。心配かけて申し訳ない。ベスを危険な目に遭わせてしまいました。この責は必ず・・・」


アルバート様が申し訳なさそうに謝る言葉を遮るように、突然陛下がアルバート様の頭に両手を回して顔を下げさせ、自分と目線を合わさせた。


「違う。何を言っているんだ。お前がいたから、ベスが助かったんだ。ありがとう」


アルバート様にお礼を言う陛下の目が、悲しそうに潤んでいた。

陛下はベスもだが、きっとアルバート様のことも心配していたに違いない。


「ベスも心配だったが、アルバート、お前のことも心配だったんだ。私がこの数日間、どんな思いをしたと思っているんだ。・・・本当に、本当に、お前が無事で良かった」

「兄上・・・」


「この馬鹿が。腕も怪我しているじゃないか」


陛下は唇を噛みながら、アルバート様の骨折した右腕を見る。


「こんなの、かすり傷です」

「大馬鹿者め。お前に何かあったら、私はどうすればいいんだ」


文句を言いながら陛下は、アルバート様の骨折した右腕に当たらないように、そっと抱きしめた。

アルバート様は、陛下の背中を抱きしめるべきかと迷ってるように左手を宙に彷徨わせている。

アルバート様の瞳は、戸惑いながらも潤んでいた。


本当に仲の良い兄弟だ。

陛下を尊敬していると言った時のアルバート様の顔を思い出す。

きっとアルバート様と陛下にしかわからない絆があるのだろう。


しばらくして、目の端を赤くさせた陛下が、私の方に向き直る。


「アンナ嬢。悪いが今日はこのまま失礼させてくれ。今は、私たち家族でゆっくり過ごしたい」

「勿論でございます」

「では、失礼する」


陛下が右手を上げると同時に、騎士団が直立不動のまま一斉に敬礼する。

馬車の扉が開けられ、陛下と王妃様に抱かれたベスが馬車へと進んで行く。


アルバート様はその場を動かずに、何か言いたげに私を見たが、陛下がアルバート様が付いてこないことに気がつき振り返った。


「アルバート。お前も今日は私たちと一緒に馬車に乗ってくれ。馬車の中で、ベスがいなくなった、この数日間のことを私たちに是非教えてほしい」


王妃様も、陛下の隣でベスを抱えながら頷いている。

ベスは王妃様の首に手を回して、そのまま王妃様の胸に顔をうずめている。

ほんの少しでもベスの顔が見たかったが、悲しいことにそれは叶わなかった。


「わかりました。ではアンナ嬢、私はこれで失礼するよ。本当に世話になった」


別れの挨拶をするアルバート様の顔が、少し切なげに見えたのは私の願望だろうか。


「・・・・・・いいえ。お元気で」


何か他にも伝えたい言葉があったが、陛下たちのいる前では、頭に浮かんだ言葉が泡のように消えていく。



「出立!!」


騎士たちは無言のまま整然と隊列を組み、来た時と同じように土埃を上げながら遠ざかっていった。



お読みいただき、ありがとうございました。

ブクマ、評価も本当にありがとうございます。


補足ですが、カーテシーは、西洋文化における女性の礼儀作法の一つで、舞踏会や王族への礼、舞台挨拶などで行われますが、実は足に負担がかかる動作でもあります。


明日は朝7時に「涙とセオドア」を更新予定です。

引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。

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