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49 ベスの告白


「ベス・・・・・・!!!」


養蜂場に向かう途中でベスの姿を見つけ、声にならない声が出た。

あんなに死ぬ思いで馬を走らせたが、ベスは林の一歩手前にある池の側にいた。

ロバが池に口をつけて水を飲んでいる横で、ベスが困ったようにロバを見ている。


(よ、よかった。ベスが無事でいてくれて)


安堵のあまり、身体中の力が抜けていく。

固まって動かなくなっていた体中の血が、ようやく巡りだしたのが自分でもわかる。

ベスの姿を見たら安心して、気が緩んで馬から落ちそうになってしまい、慌てて体勢を整える。


なんでこう、子どもは水辺が好きなのだろう。

それとも、ロバが水を飲みたいと要求したのか。


いや、用心深いロバのことだ。

いつもと違うことを察知して、前に進むことをやめたのだろう。


(賢いロバに感謝だわ!)

後でご褒美に、ロバに好物のリンゴを沢山あげようと心に決める。

ベスが乗っていたのがロバじゃなければ、最悪の事態だってあり得たのだ。



「見つかって、本当によかったです。アルバート様、ベスのところに行きましょう」


早速アルバート様を促すが、アルバート様は眉間に皺を寄せたまま動かない。


「どうしました?行きましょうよ?」

「いや、私はここにいるから、悪いがベスを連れて来てもらえないか」


どういうことだろう。

折角ベスを見つけたのに、どうしてアルバート様は迎えに行かないのか。


「え、どうしたんです?」

「あ、いや。私が迎えに行って、ベスが嫌がるといけないから」

「そんなことあるわけないでしょう。何言ってるんですか、ほら、行きますよ」

「いや、だめだ。私はここに残る」

「だめって、そんな・・・」


全く意味が分からない。

ここまで来てアルバート様は、何を言っているのか。

いぶかしげにアルバート様を見つめれば、私が話を聞くまで動かないと判断したのか、アルバート様がしぶしぶと口を開く。


「・・・・・・ここに来た時、川に落ちて流されたと言っただろう?」

「ああ、そうでしたね」

「実はあの嵐の晩に、ベスが家から出ていくのが見えて追いかけたんだ。川の近くで追いついたのだが、私の顔を見て、ベスが逃げるように川に飛び込んだ」


「えぇ?そんなことってあります?」


「いや、本当のところはわからない。単に足を滑らせただけかもしれない。ただ私は、普段から口うるさくベスに注意しているから、嫌われていたのかもしれない。万が一ベスが私の顔を見て、また逃げ出したらどうする?今の私では、ベスが池に落ちたら助けることはできない。だから、アンナ嬢がベスを捕まえてきてくれないか」


アルバート様が、骨折している右腕をこれ見よがしに見せてくる。

ベスがアルバート様を嫌うなんてあり得ないと思うが、アルバート様は真剣だった。


「勿論私も、後ろからこっそり近づいて、ベスが逃げるようなら取り押さえるようにする」


(それって、動物の捕獲作戦じゃない!?)


ベスは野山を逃げ回るウサギだろうか。

だが、ベスが誤って池に落ちたら、私だって助ける自信はない。

私は泳げないのだ。

アルバート様はそれだけ言い残すと、ベスに見つからないように木の陰に移動してしまった。



ベスと池の距離は近い。

池には柵なんてないから、ベスが身体のバランスを崩したら、池に落ちてしまう。

私の声に驚いて、ベスが池に落ちでもしたら大変だ。

ベスを脅かさないように、そうっと馬を降りて、そろそろと静かにベスに近づく。


幸いベスは、私に気がついていない。

ベスの身体を掴める距離まで近づいたら、ベスに声をかけよう。

そこまでしなくても大丈夫だろうが、万が一のことだってある。ベスの安全が一番だ。




だが、見つからないように気をつけていたのに、気配を察したベスが、後ろを振り向いてしまった。

私とベスの距離は、先ほどよりも近いが、まだベスに手は届かない。


(お願いだから、逃げても池の方向にだけは走らないでね!)

ベスを脅かさないよう、優しく聞こえるように気を配って声をかける。


「ベス、探したのよ。ロバを連れてどこに行こうとしたの?」

「・・・・・・アンナ」


幸いなことに、ベスは困ったように私を見上げるだけで、逃げようとはしなかった。


「無事で本当に良かったわ」


そっと近づき、繊細なガラスでも扱うように、ベスを抱きしめる。

同時に、ベスがどこにも怪我をしてないかと素早く目を走らせ、怪我がないことを確認する。


(良かった、大丈夫そうね)

特にベスに怪我がないことに安心して、その場にへたり込んでしまった。

しばらく動けそうにない。


(もう、どこにも行かせないからね)

二度と離すまいとベスの手を握りしめれば、いかに自分の手が冷たくなっていたことがわかる。


本当なら、このまますぐ有無を言わさずにベスを連れて、アルバート様の元へ戻らないといけないのだろう。


だが、今はベスの気持ちが聞きたかった。


「急に黙っていなくなるから心配したのよ、どうしたの?」


理由が聞きたいのに、ベスは立ったまま俯いて口を結んでいる。


立ったまましたい話ではない。

ベスの隣にしゃがみ、ベスにも座るように手で地面を叩いて促す。

これで少しはゆっくり話もできるだろう。


「養蜂場に行きたかったの?」


ベスは私を見もしないで、池に飛び交っているトンボを見ながら、こくんと頷いた。


トンボが連結して、池の水面に腹の先をチョンチョンとつけて卵を産んでいる。

産卵するトンボが珍しいのか、それともベスの話を聞こうともしなかった私と目を合わせたくないのか。

前者であることを切に願う。


「行きたいって前にも言ってたわね。どうして行きたかったの?蜂を見たかったのかしら?」

「・・・ううん。リンゴの蜂蜜。まだ見てなかったから、帰る前に見たいなと思って」

「ああ、リンゴの蜂蜜ね!」


確かに昨日、リンゴの蜂蜜がないことを残念がっていた。


「だって養蜂場にはあるんでしょう?」


・・・・・・どこをどうしたら、リンゴの蜂蜜が養蜂場にあると思ったのか。

ベスの思考がわからない。


「いいえ、ないわよ」

「でも養蜂場には、蜂蜜が沢山あるってアンナが言ってたじゃない。どうしても気になったから、見てみたかったの」


(黙って出て言った理由がそれ!?こんなに心配したのに!?)


思わず頭を抱えたくなるが、ここで怒っても仕方がない。

ベスにしたら、とても大事なことだったのだ。


「言ってくれれば良かったのに・・・」

「・・・だって、すぐに帰るって言ってたし。ちょっと行って、蜂蜜を見たら、すぐに帰ってくるつもりだったの」


子どもの考えることは、大人の想像の斜め上をいく。


養蜂場に行けば、リンゴの蜂蜜が並んでいると思ったのか。

屋敷のすぐ近くに、養蜂場があると思ったのか。

なぜ自分一人で行けると思ったのか。


大人にとっては何でそうなるのかと不思議に思うが、経験の少ない子どもからしたら、至極真面目にできるものだと思ったのだろう。

小一時間ぐらいベスを問い詰めて説教したい気分だが、一番悪いのは私だ。


私がベスの言葉をちゃんと聞こうとしていたら、防げたことだった。

日頃からもっとベスの話に耳を傾け、ベスが自分の気持ちを言いやすいようにしておくべきだったのだ。

私に言っても無駄とベスは判断したのだ。

反省すべきは、ベスの信頼を勝ち取れなかった大人の私である。


「ごめんね、ベス。勝手にベスの家に帰る日にちを決めてしまって。それに養蜂場のことも。ベスは養蜂場に行きたかったのよね。話を聞いてあげなくて、本当に悪かったわ」

「ううん、私の方こそ、黙っていなくなってしまってごめんなさい」


優しいベスは、謝れば何でも許してくれる。

大人は子どもが謝っても簡単に許さないのに、この差は何なのだろう。

大人の方が、子どもの優しさに甘えているような気がする。


「ただね、本当に養蜂場には、リンゴの蜂蜜を置いてないのよ」

「そうなの?」

「この周辺に、リンゴの木はないからね」


ミツバチが蜜を集める範囲は、大体半径2キロだ。

残念ながら、近辺にリンゴの果樹園はない。


心底がっかりしているベスの手を握り、立ち上がらせる。


ベスが戻ってくるのを待ちかねているのだろう。

木の陰でそわそわしているアルバート様の気配を感じる。


ベスの気持ちが知りたくて、ついゆっくり話をしてしまったが、早く帰らないと、みんなが心配している。


「さあ、帰りましょう。みんな心配しているわ」

「・・・・・・・帰りたくないわ」


だが、ベスはイヤイヤと首を振っている。


「・・・・・・え、どうして?」

「だってみんな、怒ってるでしょう?」

「・・・心配はしたけど、怒ってはないわよ」


怒るどころか、心配のしすぎで心臓が止まって倒れそうになった。

クララが屋敷で倒れていないことを祈る。


「・・・やっぱり、帰りたくないわ」

「大丈夫よ。私も一緒に謝るから。みんな心配してるから帰りましょう」


ただ、確実にアルバート様からは叱られるだろう。

だが、皆にこれだけ心配をかけたのだから、多少は仕方ないだろう。

でもベスも深く反省しているし、ベスが内緒で出て行った責任は、私だってある。

一緒に謝って、許してもらおう。


「でも、帰りたくないわ」

「みんなには、私からも怒らないように言っておくわ。勿論、アルバート様にもね」


安心させるように何度言っても、ベスはまだ不安なのか、躊躇って足を動かそうともしない。


ベスもなかなか頑固だ。

隣のロバといい勝負ではないだろうか。


「・・・・・・ううん、だって帰ったら、今度は私のお家に帰らないといけないでしょう?」

「お家ってベスのお家?」

「うん」

「どうして?お母様たちが待ってるわよ」


死ぬほど心配しているに違いない。

もしかしたら、心配のあまり倒れるか、発狂しているかもしれない。

ほんの少しベスの姿が見えなかっただけでも、心臓が止まりそうだったのに、ベスは何日ここにいると思っているのか。


「・・・・・・だって、お父様も、お母様も怒ってるわ」

「勝手に夜に外へ出たこと?」


ベスは言うか言うまいか、迷ってるように視線を彷徨わす。


「・・・・・・それもあるけど、前にリチャードがご本を破ったって言ったでしょう?」

「ええ、大切な図鑑だったのよね」

「・・・あの時、リチャードに言っちゃったの。『死んじゃえ』って」


「そしたら、お父様もお母様もすごく怖い顔をして『そんなこと言う子は、もううちの子じゃありません』って」


ベスが私の手を払い、膝を抱えて座り込む。


「・・・それは」

「すごく悲しくて、部屋に閉じこもって泣いていたら、いつの間にか夜になってて。酷い嵐だから鳥の巣が気になったんだけど、もう遅いし、ミリーにも言えなくて」

「鳥の巣?」

「うん。お父様が教えてくれたの。カワセミの巣が土手にあって、お父様とよく見ていたから」

「もしかして、それでお外に出たの?」

「そう。秘密の抜け道を通って、川まで見に行ったの」


ベスが夜に抜け出した理由に、またびっくりする。

例え鳥が嵐でどうなろうとも、行ったところでベスにはどうしようもできないだろうに。

それでも見に行くところが子どもだ。


「それで川に落ちたのね?」

「そう。おじ様が追いかけてきたんだけど、おじ様の顔を見たらどうしていいかわからなくて。逃げようとしたら足が滑っちゃった」


「ベスったら、どうしてアルバート様から逃げようとしたの?」


焦って追いかけてくるアルバート様の顔が怖かったのか、それとも家を抜け出したことで、また怒られると思ったのか。


「あの図鑑、お父様とおじ様が、子どもの時に大事にしていた図鑑だったから。『おじ様との思い出の図鑑だ』って、お父様が言ってたの。だからおじ様が知ったら、きっと悲しむと思ったの」


(そんな理由で・・・)

後ろで私たちの会話を聞いているであろう、アルバート様の安心する顔が、目に浮かぶようだ。


「だからみんな怒ってる。お家に帰りたくないの」


ベスは膝に顔をうずめてる。

大人から見れば大したことないことが、子どものベスにとっては、一大事だ。


「もう誰も怒ってないわよ。ベスのお父様もお母様も、ただただベスを心配しているわ」

「・・・だって、お母様が、『もううちの子じゃない』って言ったし、約束破って、勝手にお外に行ったし。どうしよう、アンナ。私、もう、お家に帰れない」


ベスはこの世の終わりのような顔で、目に涙を溜めて私を見てくる。

子どもは、大人の何気ない言葉を真に受けて、思い悩む。


どうして子どもの心は、こうも純真なんだろう。

大人だって昔は子どもだったのに、子どもの頃の気持ちを忘れていくのはなぜだろう。


「大丈夫よ、そんなことないわよ」


少しでもベスを安心させるように、ベスの細く小さな肩を抱く。



お読みいただき、ありがとうございました。


美しい羽色から「飛ぶ宝石」とも呼ばれるカワセミですが、実はその巣は土手に穴を掘った質素なものです。

カワセミは、くちばしの形が新幹線の先頭部分のデザインに活かされたことでも有名ですよね。


明日も朝7時に更新予定です。

引き続きお楽しみいただけたら嬉しいです。

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