46 出発の朝
「おはよう、ベス。よく眠れたかしら?」
部屋から廊下に出てきたベスと会い、声をかける。
今日も私の古びたワンピースを着ているが、それでも驚くほどの美少女ぶりだ。
「ええ。今日も元気いっぱいよ」
ベスはそう言いながら、力こぶを作って見せる。
こんな可愛いベスと離れるのかと思うと、本当に寂しい。
「そうそう、刺繍ができたから、今日はあのワンピースを着ましょうね」
「えっ、本当に!?」
ベスが両手をあげて嬉しそうに跳ねる。
大雑把な私にしては珍しく、丁寧に細かく刺繍をしたし、デザインも凝ったから、絶対に喜ぶはずだ。
ワンピースを見せた時のベスの反応が楽しみで仕方がない。
「すぐに持ってくるわね。もう着替えてもいいし」
だが、心浮きたつ私に、驚いたことにベスは首を傾げる。
「・・・う~ん、でも着なくてもいいかな」
「えっ?どうしたの?出来上がるのを楽しみにしていたでしょう?」
「だって、汚れたらお洗濯が大変だし」
・・・・・・よっぽど昨日クララに、洗濯の仕方を厳しく仕込まれたに違いない。
どうやら洗濯の大変さがわかったようだ。
本当は今すぐ着せて反応を見たかったが、朝食で汚してしまう可能性も考え、出発間際に着替えさせたほうがいいと思い直す。
「じゃあ、またあとでお着替えしましょうね」
「は~い。じゃあ、また食堂でね」
食堂までスキップで行くベスについて行こうとすれば、アルバート様も部屋から出てきた。
アルバート様は、すでに寸法のあった自分の服を着ている。
元着ていた服は、所々に泥汚れのシミは残っていたものの、やはり身体に合っているためか、いつもよりアルバート様が数段美しく見える。
もう、この輝かしい光景も見納めだ。
「アルバート様、おはようございます。いよいよ今日ですね」
「ああ。おはよう。世話になったな」
「いいえ。お礼を言われるようなことは、何もしていませんよ。アルバート様は、もう準備できました?何かあるなら、今のうちにセオドアに運ばせますけど?」
「いや、特にないよ」
アルバート様は苦笑いだ。
身一つで川から流れてきたのだから、荷物もなにもないだろうに、当たり前のことを聞いてしまった。
馬車には、アルバート様たちに持たせるお土産を大量に詰め込んでいる。
クララの焼き菓子に、大量の蜂蜜。
セオドアが「ベスに店でも開かせるつもりかよ」とぼやきながら運んでいたが、二人に喜んでもらいたいと思ったら、どうしても量が多くなってしまったのだ。
「あ、そうそう、これ、良かったらポケットに入れて持って帰ってください」
ポケットから蜂蜜飴をいくつか取り出して手渡す。
「本当に君は、いつでもこの飴を持ち歩くな」
「あら、だって万が一の時に助かるでしょう?」
「万が一?」
「お腹が空いて倒れそう、とか?」
「・・・そういう経験はあまりないのだが」
私を心配そうな目で見てくるが、私だって、そこまでひもじくなったことはない。どれだけうちを貧乏だと思っているのか。
「冗談ですよ。まぁ、道中長いですし、ベスが退屈した時にでもあげてください」
「・・・子どもの機嫌を食べ物で取るのは感心しないが」
(また出た!アルバート様の子育て論は、理想が高すぎるのよ!)
だが、私もアルバート様の言うことは大体わかっているので、文句を言われないように対策もしている。
「そう言うと思って、絵本も馬車にいれておきました」
「そうか、ありがとう」
口うるさいアルバート様ではあるが、本当にいなくなると思うと、胸が切なくなってくる。
食堂がもっと遠かったらいいのにと思いながら、なるべくゆっくり歩いた。
◇◇◇
「わぁ!美味しそう!!」
食堂に着けば、ベスが目をきらきらさせてテーブルを覗き込んでいた。
テーブルの上には、ベスの好きなパンケーキが載っている。
「嬉しいわ。昨日クララにパンケーキがまた食べたいって言ったけど、『甘い物はおやつの時だけです』って言われたのに。今日はどうしたの?」
「うふふ、どうしてかしらね?」
昨夜ベスに今日帰れることを話そうとしたが、興奮して眠れなくなったらいけないと思い直し、まだベスには話していないのだ。
クララは、ベスが帰ってしまうならと好物を用意したのだろう。
口では色々言うが、結局クララもベスに甘い。
そういう私も、先日ベスがおかわりしたポトフを用意した。
ベスから指摘されたから、今日は食材を小さめに切った。
だが私が用意したのはポトフだし、野菜を沢山入れている。
食事のバランスはとれているはずだ。
そう思いながらも、ついついベスには多めに蜂蜜をかけてしまう。
早速ベスが席に着いて、美味しそうにパンケーキを頬張っている横で、アルバート様が複雑そうに食事を見ている。
「・・・アンナ嬢、なぜ最後の日まで、私にニンジンを出してくるのだ?」
アルバート様は、ポトフの中のニンジンを微妙な顔で見ている。
「ニンジン、お嫌いですか?」
「いや、別に。ただ何故こうも食卓に上るのかな」
「クララが、栄養バランスを取るようにうるさいからですよ」
どうやら毎回食事にニンジンを出されているのが、気に入らないらしい。
栄養バランスにうるさいクララは、必ず食事にニンジンを入れたがる。
赤いから食事が華やかに見えるし、栄養があるというのがクララの持論だ。
「・・・そうか」
「私、別にアルバート様にニンジンを食べさせようとしていたわけじゃないですよ?」
「・・・・・・・・・・自意識過剰だった」
恥ずかしそうに頭を抱えるアルバート様が、おかしくて笑う。
アルバート様は、私がアルバート様の好き嫌いを直そうと、無理にニンジンを食卓に出していると思っていたのか。
「本当は、ニンジンがお嫌いなんでしょう?」
「・・・・・・好んでは食べない」
「それを嫌いって言うんですよ」
「いや、苦手なだけだ」
(同じことじゃない!?)
「嫌いだったのは昔のことだ。それこそ小さく切ったり、他の食材に混ぜられたりした。ポタージュにもされたな。でも、今は平気だ」
アルバート様はもう平気だと言わんばかりに、ニンジンを口に入れている。
「うふふ、アルバート様、愛されてたんですね」
「え、愛されて・・・」
「だって小さく切ったり、ポタージュにしたりって手間がかかりますから」
「・・・そうか」
アルバート様が、もう一度ニンジンを口に運ぶ。
「いつも残さずに召し上がってるから、好き嫌いなんてないと思っていました」
「・・・作ってくれた者に対しての礼儀だからな」
別に嫌いなものがあっても構わないだろうが、沢山ありすぎると、日々の食事に困るだろう。
きっとアルバート様は、幼い時に食事を工夫してもらったおかげで、色々な食材を食べられるようになったのだ。
だからこそ、アルバート様は食事の場で人を不快にすることはない。
「食事に工夫して、好き嫌いを減らしてくれたお母様に感謝ですね」
「・・・ああ、そうだな」
ベスもどうやら、好き嫌いはないらしい。
ポトフの野菜を口に入れながら、思いついたように話しかけてきた。
「ねぇねぇ、アンナ。ポトフも美味しいけど、キノコのシチューとかはどうかしら?」
「え?キノコ?」
「ええ。ほら、おとといセオドアと光るキノコを見に行ったでしょう?あの時、他のキノコも沢山あったのよ」
「ああ、そうなのね」
「でもセオドアが、『夜暗い時にキノコなんか採ったら、毒キノコと区別がつかないから採るもんじゃない』って」
当たり前だ。
素人には判別のつかない毒キノコもある。
まして、視界の悪い夜に採るなんて自殺行為だ。
それこそベスが見た光るキノコ「ツキヨタケ」と食用のシイタケはそっくりである。
ツキヨタケなんか食事に入れられたら、一家全員お陀仏だ。
「だから今日は、明るいうちにキノコを採りに行きたいわ」
「えっと、あのね、ベス。言ってなかったけど、今日お家に帰れるようになったのよ」
「え・・・そうなの?」
突然のことにびっくりしたのか、ベスがぽかんと口を開けている。
「昨夜マシューが来て、王都までの道が復旧したと教えてくれたの」
「そうなのね・・・」
「良かったな、ベス。もうすぐお母様たちに会えるから、安心するといい」
アルバート様も優しくベスの頭を撫でるが、ベスは放心したように動かない。
「う、うん。嬉しいわ」
「沢山食べていってくださいね」
クララも寂しいのか、もうすでに涙が滲んでいる。
「あ、でも、養蜂場に行ってないわ」
「ああ、そうね。でもまた遊びに来ればいいわよ。いつでも待ってるから」
「そうですな。その時は、私がまた別のマジックを教えてさしあげます」
みんなベスと離れたくなくて、ベスの周りに集まってくる。
こんな可愛い子、ずっとうちにいて欲しいぐらいだ。
「・・・うん、ありがとう」
「今セオドアが、馬車の準備をしに馬小屋に行ってるから。ベスも食べ終わったら、帰る準備をしましょうね」
不審者を見たとマシューが言っていたから、明るいうちに王都に着きたい。
馬だと王都までそう時間もかからないが、馬車だと、どうしてもスピードが落ちる。
出発は少しでも早い方がいいだろう。
先ほどまで驚き固まっていたベスだが、ようやく食事の残りを食べ始めた。
何かまだ気になることがあるのか、口をもぐもぐさせながらクララたちに話しかけ、アルバート様に注意されている。
いつもと同じ光景だ。
「朝ご飯を食べ終えたら、ベスは食堂で待っていて。ドレスを取ってくるからね」
もうこの可愛い姿を見ることはないと思うと、寂しさが押し寄せて涙が出てきそうになり、部屋に逃げることにした。
お読みいただき、ありがとうございました。
夜になるとぼんやりと光る「ツキヨタケ」ですが、食用である「シイタケ」や「ムキタケ」と似ているため、誤って食べられてしまうことが多いようです。
実際、毒キノコによる食中毒の原因として最も多いのが、この「ツキヨタケ」だそうです。
明日も、朝7時に更新予定です。
引き続きお楽しみいただけたら、嬉しいです。




