45 契約確認
「ど、どうですか」
ベスを寝かしつけた後に、書斎に戻ってきた。
アルバート様にアスター商会との仮契約書を見てもらっているが、アルバート様が眉を寄せているのが気になって仕方がない。
だが予想に反して、アルバート様の口から出たのは、肯定の言葉だった。
「いや、問題ないよ。養蜂場を拡大するのに、アスター商会から金を借りるんだろう?」
「ええ、資金に余裕がなくて」
飴の生産量を上げるには、養蜂場を拡大するしかない。
だが、拡大するにもお金がなかったので、苦肉の策でアスター商会からお金を借りることにしたのだ。
でも問題ないと言いいながら、アルバート様が仮契約書を見て首を傾げている。
そんな風にされると、やっぱり何かあるのかと不安になる。
「ただ疑問なんだが、どうして金融業者からではなく、アスター商会から借りるのだ?」
「ああ、うちは借金だらけで、もう金融業者からは借りられなかったんです」
「・・・・・・本当に首が回らない状態だったんだな」
呆れるようにアルバート様が言うが、ないものはないのだ。
最初からお金がないと言っていたはずだが、ここまで酷いとは思っていなかったのかもしれない。
ただ言わせてもらえば、借金は沢山あったが、別に返済が滞っていたわけではない。
金融業者も貸してくれる可能性はあったのだ。
でも、小娘の私が起こす新規事業にお金を貸したら、返ってこない可能性が高いと踏んだのだろう。
金融業者にどんなに頭を下げても、貸してくれなかった。
「それにうちの国は、借りると金利が高いでしょう?でも、サイレニアやカイロスでは、土地を担保にすれば安くでお金を借りられると聞いて。それで、土地を担保にするから、お金を貸してくれるようダニエル様に提案したんです」
「・・・それを誰に聞いたんだ?」
「ほら、ラバを買ってくれと泣きついてきた馬喰さんです。あちこち渡り歩いてるから、色々な国の事情をよく知ってるんですよ」
ロズモンド王国の金融業者は担保を取らないため、その分金利が高い。
しかも保証金も支払わないといけないし、なにより借入金の限度額が低い。
だが他国では、土地を担保にすれば安く借りられると聞いたのだ。
勿論、借金を返せなければ土地を奪われてしまうので、どちらがいいかはわからない。
「・・・君は、すぐ人と仲良くなるな」
「そうですか?」
人と話をするのは、色々と面白いことが聞けるから好きなのだ。
「だが、よくダニエルが承諾したな。うちの国にはない仕組みだが」
「ああ、ダニエル様のお兄様が、今サイレニアに拠点を移しているからご存じだったみたいです」
ダニエル様に提案した時、最初は嫌そうな顔をしたが、最終的には頷いてくれた。
それにしても、さすがサイレニアに留学していたアルバート様だ。
わざわざ説明しなくても仕組みをよくわかっているらしく、アルバート様は、今度は仮契約書と土地調査書を見比べている。
「なるほどな。さすがアスター商会だ。土地の調査に専門家を入れている。融資額と土地価格を照らし合わせたが、問題はない。借入額も正常な範囲だ」
「・・・やっぱりそうなんですね」
安心したような、悔しいような、複雑な気分だった。
「やっぱり、とは?」
「うちの土地価格、随分安く算出されているから、騙されたかなとも思ったんですけど・・・」
私のがっかりした様子がおかしかったのか、アルバート様が吹き出した。
「大丈夫だよ。資格を持った専門家が調査しているからね。もしかして、王都の土地価格と比べたのか?」
「・・・はい」
ダニエル様から依頼を受けた土地調査士は、うちの土地に随分安い値段をつけた。
おかげで借入額から考えると、かなりの土地を担保にすることになってしまった。
借金返済できれば問題ないが、できなければ、うちは唯一の財産である土地まで失ってしまう。
「安心していいよ。私が保証する。正当な評価だ」
だが、アルバート様はそう言いながらも、眉を寄せて仮契約書を見るから気になって仕方がない。
「じゃあどうしてそんなに難しい顔をしてるんですか?脅かさないで下さいよ」
「いや、問題はないよ。むしろサウスビー家に有利になっている。いや、有利すぎて、そこが気になる」
アルバート様が仮契約書を指でトントンと叩く。
「普通融資を受けるとなれば、それ相応の利子が発生するが、どうして無利子なんだ?」
「そこはダニエル様からの提案だったんです。私たちが何か面白い物を考案したら、必ずダニエル様に知らせれば無利子でいいって」
私もあまりの好条件にびっくりしたが、お金に余裕のないうちとしては万々歳だったのだ。
「・・・アイディアを教えるということか」
「ええ。この前ベスに塗ってあげたクリームを覚えていますか?オリバーは研究したり、物を作るのが好きなんです。ダニエル様は、そのことに興味を示されて。だからアイディアを教えることを条件に、無利子でお金を貸してくれることになったんです」
「・・・自分たちで作って売ったほうが、儲かるんじゃないか」
「残念ながら、私とオリバーには、全く資金がありません。それに原材料を調達する伝手やコネもないですし、商品を販売する知識や方法も持っていませんからね」
所詮「餅屋は餅屋」だ。プロに任せるのが1番だ。
ダニエル様に会って、そのことがよくわかった。
「だからオリバーと相談して、アスター商会にアイディアをお話しして、無利子でお金を貸してもらう方がいいと決めたんです」
アルバート様は、それでも難しい顔だ。
自分たちで作って売るのが一番いいことはわかっているが、私たち姉弟には無理だ。
「別にアスター商会に搾取されるわけではないですよ。教えたアイディアが商品化されたら、売り上げにつき数パーセントの使用料をいただくことになっています」
「そうなのか!?」
「まあ、商品化されたら、の話ですけどね」
うちに商品化できるものがあるかは怪しいが、ダニエル様がそれでいいと言ったのだから、いいのだろう。
「・・・この仮契約書には、使用料について書かれていないが」
「ああ、そういえば確かにそうですね」
そんなこと考えてもみなかった。
やはり私は領主として、まだまだ甘いのかもしれない。
「ダニエルは信頼できるとは思うが、やはりここは文書にきちんと記しておくべきだな。そうでないと、後で揉めることになるかもしれない」
「ありがとうございます。そうします」
やはりアルバート様に聞いて良かった。
確かにアスター商会の担当が変わったらおしまいだ。
使用料のことだって、ダニエル様の気が変わったら約束を反故にされるかもしれない。
アイディアだけ盗られる可能性もある。
「それから、飴についてなんだが」
アルバート様は、自分の書いたメモ用紙を取り出している。
横から覗き見れば、疑問点や言うべきことを箇条書きにしている。
華やかな容姿とは裏腹に、感心するくらい真面目だ。
「はい、飴に何かありましたか?」
「ああ。アスター商会は、主に高級服飾品を取り扱っているだろう?」
「ええ」
「一体ダニエルはどこに売るつもりだ?アスター商会といえども、畑違いの物を簡単に売り捌けるものではないだろう」
そうなのだ。顧客層が違いすぎる。
そこは私も不思議に思って、ダニエル様に聞いたのだ。
「騎士団だそうです」
「騎士団?」
「ええ。ダニエル様が在籍していた時にお世話になった上司の方が、全て買い取ってくれると言っていました。ただし期間は3年間の限定ですが」
つまりは3年間は売り上げも安泰だが、それ以降はわからないということだ。
もしそれ以降安定して飴が売れなければ借金返済が出来ず、土地をアスター商会に取られる。
アルバート様が難しい顔で考えている。
「騎士団の担当者はわかるかい?」
「えっと、お名前まではわかりませんが、団長さんだと言っていました」
「・・・ベンジャミンか?それとも、カーターか?」
「そこまではちょっと。・・・アルバート様のお知り合いですか?」
アルバート様は、騎士団にいたから騎士の知り合いは多いのだろう。
もしかしたら、色々情報を探ってくれるつもりかもしれない。
「いや、大丈夫だ。こちらでも確認しておこう。それより私は食べたから効果はわかるが、この飴は見た目は普通の飴と変わらないだろう?」
「ええ、そうですね」
「だから特許を取る気はないか?」
「・・・特許?」
聞いたこともない。
「新しい発明をした人が、その発明を一定期間独占して使える制度だ」
「そんなのがあるんですね」
「この飴は元気が出るという特別な成分の発見でもあるし、製造方法もお父上が考えたんだろう?特許を取れる可能性が十分にある。国に申請して認められたら、他人が勝手に真似したり販売できなくなる制度だ」
そんなすごい制度があるなら、ぜひ申請したい。
「特許が取れれば、真似されることもないし、何より国からの保証付きだと大手を振って言える」
「・・・それは売れますね!」
「勿論先ほど君がアスター商会とアイディア契約したように、他人にその技術を使わせる時は、使用料も取れる」
「いいことばかりじゃないですか!!」
アルバート様の知識は本当に頼りになる。
やはり相談してよかった。
「ああ。特許が取れれば、騎士団も契約を延長してくれるかもしれないしな」
「じゃあ、早速特許を申請しますね」
慌ててペンと紙を取り出そうとする私に、アルバート様は苦笑いだ。
「まずは王立研究所に成分検査を依頼してみるのが先だ。いくら私たちが効果があると言っても、裏付けがなければ役所にはわからないからね」
「・・・確かにそうですね」
また王都でする用事が増えた。
どれだけやることが増えるのだろうとがっかりする私に、アルバート様が笑いながら申し出てくれた。
「私は明日王都に戻るから、ついでに王立研究所へ依頼してあげよう」
「ええ!いいんですか?」
「ああ、勿論だ」
なんていい人なんだろう、アルバート様は。
もう人生が開けてきた気がして嬉しくて仕方がない。
ただ、喜ぶ私にアルバート様が困ったような顔で言った。
「ただし20年後には、君が申請した内容を皆が使えるようになる」
「え?」
「それが特許を取る条件だ。いつまでも一人に技術を独占させるわけにはいかないからね。・・・どうする?アンナ嬢」
しばし考える。製法を秘密にしてこのまま売る?
でも勝手に真似されたり、粗悪品が出てくるのは避けたい。
少なくとも特許を取れば、騎士団は有効性を認めて継続して購入してくれるかもしれない。
「特許を取るために、王立研究所に成分検査をお願いできますか?」
「ああ、いいよ。オリバーに相談しなくていいのかい?」
「オリバーは、技術は日々進化するものだと言っていました。きっとその頃には、もっといい製品が出てくることでしょう。それに、下手に真似されて偽物が出回る方が大打撃です。だから、特許を取りたいと思います」
アルバート様に深々と頭を下げる。
おかげで借金だらけのサウスビー家に光明が見えてきた。
もう感謝の気持ちでいっぱいだ。
「わかったよ。・・・さあ、これで問題は解決だな」
「はい、アルバート様のおかげです。本当にありがとうございました」
数日前、婚約破棄された上に領地経営も上手くいかないと絶望していたのが嘘のようだ。
こんなにも人生上向くとは。
嬉しくて、喜びを分かち合おうとアルバート様の顔を見れば、いつもの無表情だ。
美しすぎて、彫像みたいで気持ち悪いと思ったこともあったけど、明日帰ってしまうと思うと寂しい。
「・・・・・・アルバート様。春になったら、また遊びに来てください。うち、春になるとレンゲが一面に咲いて綺麗なんですよ」
「え、ああ、そうだな」
「お愛想でもないし、アルバート様に商売しようと企んでるとかでもないですよ?」
「ああ、わかっている」
大して話が盛り上げるわけでもないが、アルバート様の側にいるのは心地よかった。
お読みいただき、ありがとうございます。
融資とは、金融機関からお金を借りることを意味します。
アンナにとっては、厳しい現実かもしれませんが、金融業者も慈善事業ではありませんからね。
明日も朝7時に投稿予定です。
引き続きお楽しみいただけると嬉しいです。




