42 お粥
「どう?美味しい?」
ベスが私の隣で両手を頬に当てながら、目をきらきらさせて聞いてくる。
目の前には、多分お粥であろう、ドロドロの謎の物体が置かれていた。
お米の粒が崩れて、ドロドロのベチャベチャになったお粥を掬う。
「ええ、美味しいわ」
そうは言ったものの、残念ながら全くもって味がしない。
でも一所懸命にベスが作ってくれたと思うと、美味しく感じるから不思議だ。
「アンナ嬢、無理をしたらいけない」
小声でアルバート様が、気遣わしげに囁いてくる。
「お嬢様、申し訳ございません。私が買い物に行ってる間に作られたようで・・・」
クララも小さくなって、謝ってくる。
ベスの手前、クララが作ってくれていた夕食は台所に置いてある。
おかげで明日の朝食が豪華になりそうだ。
「そんなことはないわよ?・・・でも、そうね、お塩を取ってくれるとありがたいわ」
別に食べられないことはない。
ただ見た目が気持ち悪くて、味がないだけだ。
塩を多めに振りかけて食べる。
「アンナに喜んでもらえて良かったわ。帰ったらお父様にも作ってあげるの。きっと驚くわよね」
お父様はさぞかし驚くことだろう、二重の意味で。
貴族令嬢が料理をすることに。
そして、この謎の料理に。
アルバート様は、ベスのお父様に同情したのか、何ともいえない顔をしている。
(戻った時のことまでは知りません。後はお願いします)
心の中で、ベスのお父様に合掌しながら、水っぽいお粥をもう一口食べる。
「ベス、ありがとう。とても美味しいわ。・・・だけど、お父様に作る時は、お塩を入れてもいいかもね」
一応、悪いかなと思って、ベスのお父様のために言い添えておくことにした。
それなら食べられないことはないだろう。
「お嬢様、リンゴもありますので、ぜひ・・・」
クララが悪いと思ったのか、お粥の横にそっとリンゴを出してくれる。
リンゴは私の好物だ。
きっと私を喜ばそうと、リンゴを買いに出かけてくれたに違いない。
(多分、その間にベスがお粥を作ったのね)
不可抗力だ。クララに責任はない。
責任があるとすれば、ベスと一緒にいたタイラーだろうが、勢いづいたベスを止めるのは至難の業だろう。
(気にしなくていいから。私は大丈夫よ)
私がお粥を口に運ぶごとにハラハラしているタイラーに目配せしながら、もう一匙掬う。
ふと気が付けば、隣でベスが、私に出されたリンゴを美味しそうに口をもぐもぐさせながら食べていた。
クララは手を口に当て、タイラーは「あちゃー」と言わんばかりに、額を手で押さえながら天井を見ている。
勿論ベスに、悪気は一切ない。
きっとリンゴが目の前にあったから、自分に出されたものだと思って、手を出しただけだろう。
大人だったら注意されるところだが、そこは子どもだ。
(それでも可愛いから、不思議よね)
横から見ると、リンゴを口に入れすぎたためか、頬が膨らんでるのがよくわかる。
そんなところも、また可愛い。
普段はお小言を言うアルバート様も、もう言う気力もなかったのか、仕方がないという目で見ているだけだ。
何だか平和でホッとする。
「そういえばベス、お馬さんに乗る練習をしたんですって?」
「ええ!そうなのよ。でもお馬さんは大きいから、ロバさんに乗ったの」
「ロバ・・・」
ラバを増やそうと繁殖用のロバを飼ってはいたが、今まで荷物しか載せたことがなかった。
「『小さいから丁度いいだろ』ってセオドアが」
「あ、ああ、そうね。確かにベスにはロバの方がいいかもね」
確かにロバは小さいが、50キロぐらいまでなら余裕で運ぶ。
ベスなら身長・体重的に、大きい馬よりロバの方が扱いやすいに違いない。
「最初はね、セオドアがずっとロバさんを引いてくれたんだけど、私、一人でもお散歩できるようになったのよ」
「え、もしかして、一人で手綱を握って乗ったの?」
「ええ、そうよ。セオドアが『ベスはロバの上でもバランスが取れてるから大丈夫』って」
アルバート様が眉を寄せ、口を結んでいる。
多分、セオドアが、そこまでさせるとは想定していなかったのだろう。
(アルバート様は、セオドアがロバを引く前提で許可したんですよね!?)
恐らくアルバート様は、私の仕事を代わりにする間、ベスをセオドアたちに預かってもらったのだろう。
アルバート様から頼んだ手前、文句は言いにくいのだろうが、アルバート様の顔は、明らかに怒っている。
子どものいないセオドアは、子どもと遊ぶことに長けていても、安全管理の意識は低い。
ロバが暴走したり、ベスがロバから落ちたら、どうするつもりだったのだろうか。
例えどんなに上手であろうとも、まだ小さな子どもであるベスを一人でロバに乗せるべきではなかった。
無事だったとはいえ、ベスにどんな状況だったのか確認しないといけないだろう。
「ベス、大丈夫だった?怪我はしてない?」
「ええ。勿論よ。ずっと練習してたから、ちょっとお尻は痛くなったけど大丈夫。私、本当に上手になったのよ。最後はロバを走らせることもできたの。筋がいいってセオドアも褒めてくれたわ」
自慢げにベスが胸を張る。
手先は不器用なベスだけど、運動神経は抜群にいい。
だが、アルバート様の眉間の皺は、深まるばかりだ。
大事なベスを預かっていたのだから、無事だったからいいという問題ではない。
怪我でもさせたら、一大事だった。
(申し訳ありませんでした。私からもセオドアに注意しておきます)
後でアルバート様に、セオドアと二人で謝罪する必要があるだろう。
本当に申し訳ない。
「そう、さすがベスね」
「乗せてくれたお礼に、ロバさんにリンゴもあげたのよ」
ベスが自分もリンゴを食べようと、皿に手を伸ばした瞬間、動きが止まった。
ゆっくりとテーブルの上を確認して、私の綺麗に空になったお粥の皿に目をやる。
「・・・・・・あ」
「どうしたの?ベス?」
「これ、もしかしてアンナのだった?ごめんなさい。私、何も思わないで食べちゃった」
今更ながらに気付いたらしい。
「いいわよ、別に。美味しかったんでしょう?良かったら食べて」
「ううん、いいの。美味しかったから、アンナが食べて」
残りのリンゴが載ったお皿をベスの方に手渡すが、ごめんなさいと様子を窺うように、ベスが私にお皿を返してくる。
お互い譲らないので、二人の間で何度もリンゴが載った皿が行き来するはめになってしまった。
「じゃあ、私がいただくわね」
押し問答の末、結局、私が食べることになった。
ベスから渡されたリンゴを見れば、蜜が入っていて、いかにも美味しそうだった。
「まあ、なんて美味しそう!今日のリンゴは蜜入りね!」
「蜜入り?」
「ええ、ほら、ここに透明に見えるものがあるでしょう?」
リンゴの蜜の部分をわかりやすいように指してやる。
「この薄黄色っぽいとこ?」
「そうそう。この部分が特に甘くて美味しいのよ」
そう言いながら一口齧ると、リンゴ特有の爽やかな甘さが口に広がる。
まだ旬の走りではあるが、十分に美味しい。
「美味しい?」
「ええ、とっても」
優しい果汁が、喉を潤してくれて、自然と笑顔になる。
「良かった」
ベスも私が笑うと嬉しいのか、にこにこと笑顔を返してくれる。
ベスが笑うと、それだけで心が満たされてくるから不思議だ。
「ねぇねぇ、リンゴの蜂蜜もあるの?」
蜜繋がりで思い出したのだろうか。
ベスはうちに来た日に蜂蜜を食べてから、すっかり蜂蜜に魅せられている。
「ああ、あるわよ。でもリンゴは花が咲く期間が短いから、あんまり採れないのよね」
だからこそ、リンゴ単花蜜の蜂蜜は希少品で値段が高い。
「ねぇ、アンナのお家には、リンゴの蜂蜜はある?」
ベスの問いに、貯蔵庫に並べてある蜂蜜の瓶を思い浮かべてみるが、残念ながら、見た記憶がない。
「う~ん、どうだったかしら。でもお父様のことだから、手に入れていたかもしれないけど」
研究材料となるものは、とことん収集していた父だ。
探せばあるのかもしれない。
「ねぇ、探しに行ってもいいかしら?」
ベスがうずうずと身体を動かしている。
(ホント、興味を持ったら、とことんやらないと気が済まないとこが、お父様やオリバーそっくりだわ)
もしかしたら、ベスは研究者に向いているかもしれない。
「・・・いいわよ。一緒に行きましょう」
今食べ終わったばかりだが、立ち上がろうとすると、クララが止めに来た。
「お嬢様、ベス様は私がお連れしますから。お嬢様はゆっくり食後の紅茶をお飲みください」
・・・そう言えば、まだ食後の紅茶を飲んでいない。
食後の紅茶は、私の数少ない楽しみだ。
タイラーが、紅茶のポットをこれ見よがしに掲げてみせる。
「じゃあ、ベスをお願いするわ」
嬉しそうに駆け出して行くベスと慌ててついて行くクララの後ろ姿を見送りながら紅茶を飲めば、これ以上ないぐらい幸せな気持ちになってくる。不安から解放されて、こんなに落ち着いた気分になったのは、いつぶりだろう。
「アルバート様、本当に・・・」
「お~い!マシューだ!マシューが来てるぞぉ!!」
言いかけた途端、外からセオドアが大声で叫んでいるのが聞こえた。
「え?マシューがわざわざ?」
一体どうしたのだろう。
(工事現場で何かあった?もしかして、もう一度土砂崩れが起こった?)
嫌な思いを抱えながら、階段を走り降りた。
お読みいただき、ありがとうございました。
映画「風と共に去りぬ」では、主人公の幼い愛娘が乗馬事故で亡くなるシーンがありましたよね。
やはりどんな時も、油断は禁物だと感じさせられます。
明日はいつもと同じく、朝7時に投稿いたします。
引き続きお楽しみいただけたら嬉しいです。




