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40 スタンリー先生


「どうして、それを・・・」

私たち3人を教えてくださった、スタンリー先生の言葉だ。


「ああ、君たちの先生、私も知っているんだ。いや、正確には、私も11歳までスタンリー先生に教わったからね」

「え、ええ!?」

(スタンリー先生が!?アルバート様を!?)


「え、どういうことですか?セオドアから聞いたんですか?」


「いいや。助けてもらった日に、セオドアが庭で剣の稽古をしていたのを偶然見てね。驚いたよ。鍛錬の内容がスタンリー先生と一緒だったからね。気になって、セオドアと話をして確信したんだ。君たちを教えたのは、スタンリー先生だとね」


驚く私に、アルバート様が苦笑いで付け加える。


「なかなかクセが強い人だっただろう?」


確かにクセの強い先生でもあった。


でなければ、嫡男と子女、使用人とカテゴリーの違う3人をまとめて教えるような人はいないだろう。

フィールドワークと称して野山に連れて行ったり、女の私に剣を教えたりと、貴族の子弟の一般教育からはかけ離れたことも沢山した。


でも、物事の道筋を立てるよう習ったことで、一人で考えて生きていけるようにはなっている。


「確かにクセの強い先生でした。でも、とてもいい先生でした」

「そうだな。破天荒な先生だったけど、楽しかったよ」


「合理的かと思えば、時々変に感情論に走るし。直感で行動しているように見えるのに、論理的で。それに、いつ使うかもわからないような知識を沢山詰め込まれました」

「そうだろう?だが、いつか役に立つ時が来るかもしれないよ。私も片腕が使えない時の身体の動かし方を教わったよ。それが今になって、役に立った」


お互い場所は違うのに、同じ経験をしていると思うと、なんだか可笑しくなって、二人で顔を見合わせて笑う。


「今頃、何していらっしゃるんでしょうね」

「多分、海の近くで大きな犬を飼って暮らしているよ」

「・・・それ、アルバート様にも言ってたんですか?」


スタンリー先生が、アルバート様にも同じことを話していたなんて驚く。


「ああ。海の側で犬を飼うのが、よっぽど夢だったのかな。しかし、そう言ってうちを辞めたのに、どうして君のところにいたんだろうな」


「・・・・・・」

「ん?どうしたんだ?」

「・・・・・・・・・多分、アルバート様の家を出てから、すぐうちに来たんだと思います」

「お父上と知り合いだったのか?」


王都の南に位置するサウスビー家。

海へ向かうには、うちの領地を必ず通らないといけない。

おそらく先生は、アルバート様の家を出たその足で、南の海まで行こうとしていたに違いない。


「いえ、その、昔、私たち、山に落とし穴を掘りまして・・・」

「落とし穴!?」

「すごく大きいのを作ったんです。イノシシでもかかればいいなと思って」


オリバーが、イノシシを落とすなら深さが1メートル以上必要だと言ったから、随分と深く掘った。

勿論幅も大きくとったし、落とし穴の上には、穴があると悟られないように、葉っぱや枝、草などでしっかりカモフラージュした。

あの落とし穴は、私たちの最高傑作だった。


「イノシシ!?」

「ええ。イノシシは走ってる時は足元を気にしないから、落ちるんじゃないかと・・・。まあ、イノシシだけを狙ったわけではないんですが」


アルバート様は呆れ顔だが、子どもの時の話だ。

そんな人を信じがたい目で見るのはやめて欲しい。


「何がかかるか、毎日楽しみに見に行ってたら、ある日、野犬が落とし穴の側で吠えているのに気がつきまして。それで何かなと思ったら・・・」

「まさか先生が落ちていた、とか?」

「ええ、そのまさかです」


落とし穴から、助けを求める叫び声があがっているのを聞いて、3人で慌てに慌てた。

だけど穴の周りには、野犬がいるから容易に近づけなかったため、もう必死で野犬に石を投げつけて、先生を救出したのだ。


セオドアは、今でもあの時のことを笑いのネタにするが、私は野犬に追いかけられ、本当に怖い思いをした。

そのせいで、今も犬は苦手だ。


アルバート様の肩が震えている。


「で、野犬を何とか石で追い払って、先生を救出したんです」

「そ、それで?」


多分笑いたいのを必死に我慢しているのだろうが、抑えきれずに、口元がピクピクと震えている。


「落とし穴を掘ったのはいけないことだけど、よくぞ頑張って助けてくれたって言ってくださって」


スタンリー先生は、助けだした私たち3人の頭を大きな手でわしわしと撫でてくれた。

深い穴に落ちたにも関わらず、そのまま力強い足取りで、誰の助けを借りることもなく屋敷までついてきた。今考えると、先生はかなりの高齢だったから、大変だったに違いない。


「それで、そのまま住み込みで家庭教師をしてくださることになったんです」


アルバート様は、ベッドに突っ伏して笑っている。


「な、なんで君の周りは、そんなに面白いことが起こるのかな?」

「・・・さあ?そう言われても」


ただ、あの時落とし穴を掘ろうと言い出したのは、セオドアだったような気がする。

獲物が落とし穴から這い上がれないよう綿密に計画を立てたのはオリバーだ。


「両親は、最初はオリバーにだけ家庭教師をお願いするつもりだったみたいですけど」

「・・・そこを君が家宝の壺を割って抗議したんだろ?」

「・・・・・・まあ、そうですね」


アルバート様は、もう私に遠慮することもなく、腹を抱えて笑っている。


「でも君は本当にいい拾い物をしたよ。先生は王都でも高名な先生なんだ。貴族が三顧の礼をもってしても、なかなか首を縦に振らない。どんなに金を積んでも、スタンリー先生に教えを受けれるものではないのだ。セオドアじゃないけど、本当に『情けは人のためならず』だな」


「・・・・・・いえ、ホランド伯爵を助けて、ヘンリー様と婚約することになったので、どちらかというと『塞翁が馬』です」

「・・・・・・『ホランド伯爵を助けて』とは?」

アルバート様が笑うのを止めて、急に真顔になった。


「ああ、言ってませんでしたっけ?ヘンリー様との婚約のきっかけは、馬車がぬかるみに嵌って立ち往生したホランド伯爵を助けたことがきっかけだったんです」

「それは、また・・・」


アルバート様が、何とも言えない顔をしているが、もういいのだ。

吹っ切れた。


「でも、いいんです。おかげで慰謝料として1千万ゴールディ貰えました。借金返済の足しになりましたよ」

「ふ、ふふ、そうか。そうだな。君は本当に逞しいよ」


今度は目に涙を溜めて、アルバート様が可笑しそうに笑っている。

いつの間にこの人は、こんなに笑うようになったのだろう。

笑われているのに、不思議と心が安らぐのを感じた。


「・・・・・・いえ、でもやっぱり『情けは人のためならず』でした」

「どうしてだ?」


「アルバート様を拾えました」



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