38 アルバートの思い
よほど疲れていたのだろう。
支えるようにアンナ嬢を部屋に運び、アンナ嬢をベッドに横たえた瞬間、そのまま意識がなくなるように眠ってしまった。
涙の跡が痛々しい。
眠って表情が消えると、彼女がどれだけ疲れていたかがよくわかる。
「17歳か・・・」
自分が17歳の時、何をしていただろうか。
一端の大人になったつもりでいたが、アンナ嬢と比べると全くの子どもだった。
婚約者に駆け落ちされて傷つきはしたが、父と兄の庇護下で何一つ不自由なく暮らしていた。
民のためにと理想を燃やしていたが、それは自分の生活が心配ないからできたことだ。
私のしてきたことは、ただ命じるだけ。
実行する大変さをわかっていなかった。
(アンナ嬢には、教えられてばかりだな)
眠るアンナ嬢の髪についた葉に気付き、取り除く。
髪にはおが屑も沢山ついているし、頬は泣いた時に汚れた手で拭ったのか土がついている。
とても令嬢の姿とは思えない。
『俺たちの生活がかかってるから、令嬢らしく『できない』んだよ!!』
あの時のセオドアの言葉が胸に突き刺さる。
私は彼女の何を見てきたのか。表面的なところしか見ていなかったに違いない。
ベッドの側の椅子に腰かけ、アンナ嬢の頬の汚れを拭こうとしたが、折角眠った彼女を起こしてしまうことを懸念し、思いとどまって手を引く。
こうしてアンナ嬢の寝顔を見ていると、彼女への思いが次々と湧いてくる。
アンナ嬢に会った時の第一印象は、「お人好し」だ。
『あ、言いたくないならいいですよ、言わなくて』
一目で高位貴族とわかる私たち。
命を助けたのだから、恩を売るなり利用するなりすればいいものを。
(アホなのか、それとも底抜けのお人好しなのか)
もしかしたら、関わり合いにならない方がいいと判断したのかもしれないが、それにしたって家名も名乗らない人間をよくぞ泊めようとしたものだ。
私が悪人だったら、どうするつもりだったのだろう。
そう思いながらも、気さくに明るく話す彼女に心惹かれた。
他人といると気疲れするが、彼女とのおしゃべりは心地よかった。
彼女はどこまでも優しい。
疲れているだろうに、自分の労を厭わず、ベスのために刺繍や読み聞かせを引き受けてくれた。
口や金を出すのは簡単だ。でも自らの労を惜しまず差し出すのは案外難しい。
もしかしたら、最初からそんな彼女に心惹かれていたのかもしれない。
だからなのか、気が付けば彼女の手を握っていた。
『貴女はとても素敵な女性だと私も思う』
自分と同じ境遇に同情して慰めたかったのか、もう少し話をしたかったのか。
あの時の行動は、自分でもわからない。
アンナ嬢の驚く顔に、そう言うのが精一杯だった。
その後は、アンナ嬢に気持ち悪いと思われたに違いないと後悔することしきりだった。
『お願い?アルバート様?』
急にアンナ嬢の可愛い笑顔が浮かんできて、慌てて打ち消す。
(違う!断じて違う!あの笑顔に惚れたのではない!)
そう、私は彼女の中身が好きになったのだ。
いつもベスを気にかけてくれる優しさ。
あの人見知りのベスが、アンナ嬢に驚くほど懐いていた。
アンナ嬢も愛しくてたまらないと言わんばかりに可愛がっていた。
あまりにアンナ嬢がベスばかり構うものだから、思わずベスに嫉妬しそうになったほどだ。
だからこそアンナ嬢に友人になってくれと頼んだ。
少しでも彼女の「特別」になりたくて、私を見て欲しくて勇気をふり絞った。
「キチキチキチ・・・」
外からは、先ほども鳴いていたモズの声が聞こえる。
子ども時代、厳しい大人たちの過度な要求に疲れると、兄と一緒に鳥を観察した。
兄と一緒に窓から見る鳥が、唯一の楽しみだった。
『ベスに厳しすぎるのではありませんか』
自分が辛かったくせに、ベスにも同じように大人と同じような振る舞いを強いていた。
だからといって、彼女の意見が全面的に正解ではない。
でも、彼女の言葉にも一理あったことは確かだ。
自分の視野は、いつの間にかこんなにも狭くなっていた。
きっと彼女の見ている世界は、私とは全然違う。
広い視野で物事を見よう。
そう決めたのに、視察の時も彼女の事情を知ろうともせずに意見してしまった。
酷い言葉で傷つけた。
『別にアルバート様に悪気があったわけではないですし』
それなのに、彼女は何でもないことのように許してくれた。
彼女にふさわしい男になりたいと願った。
アンナ嬢の寝顔をもう一度見る。
寝顔は可哀そうなぐらい、疲れきってやつれていた。
『本当におじ様って、アンナたちといるとよく笑うわよね』
ベスの言葉が頭を過る。
彼女といると楽しくて、気がつけばいつも笑っていた。
だからこそいつも明るくて、時に逞しささえ感じる彼女が、時折見せる疲れた表情が気になって仕方がなかった。彼女のことが気になって、つい口を出して彼女を不安にさせ、パニックに陥れた。
それなのに、そんな彼女に慰めの言葉一つ上手くかけれない。
(私は本当にだめだな・・・)
彼女のサウスビー家を守ろうとする頑張り、努力、悲しみ。
明るく見えた彼女は、どれだけの物を抱えて守ろうとしていたのだろう。
強くみせかけていただけで、不安な毎日を送っていた。
彼女を守ってやりたい。
全て手助けして、私の庇護下におきたい。
そうできたら、どんなにいいだろう。
思わずため息が出る。
でも、そんなことは誇り高い彼女は嫌がるだろう。
何があろうと自分の足で立ち、身を挺して大好きなサウスビー家のために働き続けるはずだ。
きっとどれだけ諭しても、私の意見に耳を貸すことはないだろう。
でも、だからこそ、そんな彼女が愛しくてならない。
・・・私にできることは、彼女が望むことを手助けするだけだ。
(このままこうしていても仕方あるまい)
名残惜しい気持ちでベットの側から離れ、少しでもゆっくり眠れるようにカーテンを閉める。
ふと気が付くと、半開きの扉から心配そうに様子を窺うタイラーとクララがいた。
彼女を害する者がいたら、この非力な二人は鍋窯を持ってでも挑んでくるだろう。
「タイラー、クララ、少し話をしてもいいかな?」
私が彼女にできること。
それを知るには、まず情報を集めることだ。




