37 アルバート様の告白
「私も婚約破棄されたからね」
リヤカーが止まり、アルバート様が近づく気配がして慌てて起き上がる。
目の前に、少しだけ悲しそうな顔をしたアルバート様がいた。
「あ、あの・・・」
「婚約したのは12歳の時だったよ。同い年だったが、相手は顔も知らない令嬢だった。でも兄上も姉上も政略結婚だったが、夫婦仲が良くてね。だからエミリー嬢とも仲良くなれるものだと思っていた。二人で兄上を支えようと何の疑問もなく信じていたよ」
アルバート様が寂しそうに笑う。
「・・・でも彼女は違ったらしい。何が不満だったのか、身勝手な振る舞いが多くてね。一緒にいると周囲から冷たい視線を浴びるものだから、私は常に彼女を諫めたり宥めたりしていたんだ。正直彼女にどう接していいのかわからず、疲労困憊だった。たまに会うだけでもきついのに、学院に入学したら毎日顔を合わせるのかと思うと逃げ出したくなった」
「・・・・・・・」
「兄上が私の様子を見かねてね。隣国サイレニアに留学を勧めてくれたんだ。私はこれで彼女と顔を合わせなくてすむと、心底ホッとしたよ。でも一応儀礼的ではあるが、定期的に手紙と贈り物は届けた。若かったこともあって、私にはこれで精一杯だったんだ」
それはそうだろう。
誰も嫌いな相手にわざわざ連絡を取ったり、贈り物なんてしたくない。
アルバート様は、少なくとも誠実に対応しようとしていた。
「ある日、父が倒れて慌てて帰国したんだ。幸い持ち直したし、久しぶりに彼女の顔を見ようと会いに行ったら、好きな人が出来たから婚約を破棄してくれと頼まれたよ。どうやら学院で恋人ができたらしい」
「そんな、酷い・・・」
それは酷い。
婚約者がいるのに恋人を作ることは勿論だが、何も親が倒れた時に言いださなくてもいいではないか。
「彼女にも言い分はあるんだろうけどね。ただ、私より彼女の方が身分が低かったんだ。自分から婚約破棄を申し出ることができないから、私の方から婚約を破棄してくれと言われたのさ」
「・・・それで、婚約を破棄したんですね」
アルバート様が俯き、しばらくして顔を上げた。
「いや。情けないことに、婚約破棄を頼まれたことを父上たちに言えなくてね。自分だって婚約破棄を望んでいたのにな。病身の父上に心労をかけたくなかった。・・・・・・いや、それは言い訳だな。正直に言うと、どうしていいかわからなかった。それに、彼女から婚約破棄を言いだされたものだから、つまらない見栄とプライドが邪魔をしたんだ」
アルバート様は鳥の鳴き声を耳にしたのか、目を逸らして遠くを見る。
視線の先にいるのは、先ほど鳴いていたモズだろうか。
「言いだせないうちに、留学先に戻る日が来てしまって。情けないことに、このまま何も言わずにサイレニアに戻ろうとしたんだよ。少し考える時間が欲しかったんだ。・・・勿論父が全快したら、婚約破棄のことを言うつもりではいたが、彼女はそんな私を見限ったんだろうね。私がサイレニアに戻るその日に駆け落ちしたよ」
「そんな・・・」
「な、情けないだろう?しかも卒業した後も王都に帰りたくなくて、騎士として辺境で働いたよ。駆け落ちした彼女はすでに王都にいなかったが、王都の仕事から逃れる口実にした。兄上に呼び戻されるまで、ずっと王都から逃げ回っていた」
アルバート様が視線を下に落として唇を噛む。
「・・・婚約破棄を頼まれた時は、自分を全否定されたみたいに感じたよ。これでも自分では関係を良くしようと頑張っていたつもりだったからね。・・・それに仕事についても、君は逃げたいと言うだけだが、私は兄上に任せて辺境に逃げた。こんな情けない男もなかなかいないだろう?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、私、知らなくて・・・」
アルバート様の顔を見れなくて、手で顔を覆う。
こんなこと、アルバート様だって、人に言いたくなかっただろうに。
「今でも私が行動を変えていたら、違う未来もあったんじゃないかと考える時もある。あの時のことを引き摺ったままさ。自分の不甲斐なさを糧に、仕事に励んでいるだけだ」
「アルバート様に、こんなこと言わせるつもりはなかったんです・・・」
アルバート様の傷ついた心を晒させることになってしまった。
私が言わせてしまったと思うと、胸が苦しくて涙が止まらなかった。
「いや、いいよ。だからこそ君の婚約破棄された時の気持ちも、責任から逃げ出したくなる気持ちもわかる」
「本当に、本当にごめんなさい」
アルバート様のことを知りもしないのに、勝手に決めつけて酷いことを言ってしまった。
「気にすることはないよ。それに私も、視察の時に君たちに酷いことを言っただろう?」
「そんなこと・・・・・・」
「アンナ嬢より俺の方が情けない。君は立派だよ」
「いえ、そんなことはないです、アルバート様の方が・・・」
言いかけた私の口に、人差し指を当てられる。
「な?だからもう、この話はおしまいにしよう。お互い様だ」
それからそっと目元にハンカチを当てられる。
もう今日は泣いてばかりだ。
お父様の葬儀の時でさえ、人前では泣かなかった。
あんまり泣く自分が子どもみたいで恥ずかしく、アルバート様からハンカチを奪い取って後ろを向く。
本当に今日はどうかしている。
涙を止めようと、ハンカチで溢れ出る涙をひたすら拭けば、奪ったハンカチが新しいことに気が付く。
(こんなの私、アルバート様に用意したかしら?)
不思議に思ってハンカチをよく見れば、見覚えがあるものだった。
婚約破棄された日にヘンリー様に渡そうと、何枚か用意したうちの一枚だ。
ヘンリー様が「栄光」を意味するから、縁起がいいと好んだ月桂樹をモチーフにした刺繍がしてある。
「これ、ヘンリー様のハンカチ・・・」
「・・・・・・何だって!?そうなのか!?」
アルバート様が目を見開いて弾かれたように立ち上がった。
アルバート様もびっくりだろうが、私も驚いた。
まさかこんなところで、ヘンリー様の縁の物に出会うとは。
「も、申し訳ない。知らなかったんだ。先日クララがハサミでハンカチを切り刻んでいるところに遭遇してね。ベスのお手本にと無理言って一枚譲ってもらったんだ。・・・そうか、これはヘンリーに贈る用だったんだね。・・・本当に申し訳ない」
アルバート様は平謝りだ。
(本当に、何てタイミングの悪い・・・)
婚約破棄されたことが辛いと泣いている時に、まさかヘンリー様に渡す予定だったハンカチで慰めてくるなんて。こんなこと、狙っても出来ない。
・・・・・・でも、何だか笑えてくる。
姿形は神様の作り上げた芸術作品のように美しいのに、イマイチ決まらないのがアルバート様だ。
(それにしてもクララったら、何も切り刻まなくても・・・)
ヘンリー様憎しと思ったのか。
それとも私に内緒で処分しようとしたのか。
婚約破棄された日を思い出し、思わずハンカチを握りしめる。
(婚約破棄されるまで、ヘンリー様に喜んでもらおうと必死だった・・・)
ヘンリー様が、まさか婚約破棄をしに来るとは思ってもおらず、夜遅くまで眠い目を擦りながら刺繍をしていた。
張り切って、ヘンリー様の好きな焼き菓子を沢山焼いた。
浮気されているとも知らず、ヘンリー様に尽くした私は、本当に馬鹿だった。
アルバート様が、心底情けない顔で私に謝ってくる。
「自分のタイミングの悪さに嫌気が差すよ。本当に申し訳ない」
謝りながらアルバート様は、再び座り込み、ハンカチを握りしめた私の手を片手でそっと包んでくる。
「・・・・・・なぁ、アンナ嬢。さっき君は、ヘンリーへの贈り物を打算的だと言ったが、私はそうは思わないよ。こんなに丁寧な刺繍、どれだけ時間がかることか。ただ贈るだけなら、何でもいいからね。きっと君なりにヘンリーのことを気にかけてたんだろう?」
「うっ・・・・」
なんだか自分の努力を認められたようで嬉しくて、先ほど止まりかけた涙がまた溢れてくる。
「・・・・・・すみません、もう、涙が止まらなくて」
「好きなだけ泣けばいいさ」
ぎこちなくアルバート様が片手で抱きしめてくれる。
「情けないです・・・」
「情けなくなんてないさ。君はそう言って、自分を卑下するけど、本当に立派だ。私は何度でも言うよ。私は君を尊敬してるんだ」
今度は優しく髪を撫でてくれる。
それが父の撫で方に似ていて、余計に涙が溢れてくる。
どれくらいそうしていただろう。
嗚咽が治まったところで、アルバート様が髪を撫でる手を止めた。
「・・・・・・・それに、情けないと泣く君も可愛い」
「・・・・・・・・・何ですか、それ?」
「鼻が赤くなってて、こんな君なんて滅多に見れるものじゃないと思うと、余計可愛い」
「・・・・・・はぁ?」
「髪に落ち葉やおが屑を沢山つけているところも、可愛い」
「・・・・・・もしかして馬鹿にしています?」
「いや?本気だよ。君の全てが私には、とてつもなく可愛くみえるよ」
「・・・・・・・・・そんなの、信じられません」
揶揄っているのかと思って、パッと身体を離せば、アルバート様は苦笑いで自分の首に手を当てている。
(この人、普通に慰めることはできないの?)
思わず文句を言いたくなる。
「信じてもらえないとは困ったな。じゃあ聞くけど、君、ベスをいつも可愛い可愛いと言ってるじゃないか?」
「それは・・・ベスだから」
「でもベスは完全無欠のお人形さんじゃないだろう?拗ねるし、怒るし、泣くし」
「・・・・・・」
「それと一緒だ。私には、君の全てが可愛く見えるよ」
どう返答していいのかわからなくて、黙ってしまう。
アルバート様が、もう一度ぎこちなく手を伸ばして髪を撫でてくる。
「きっとタイラーたちも同じさ。君が何をしても可愛いんだ。情けなくったっていいじゃないか。肩ひじ張らず、君が頼ってくれたら喜ぶよ」
「・・・・・・大人と子どもは違います。そんなみっともないとこ、見せれません」
「同じだよ。君もセオドアが気が短いとか口が悪いとか言うけど嫌か?タイラーの寝ぐせは?それも含めてセオドアだしタイラーだ」
・・・その通りだ。だからこそ、愛しい。
「・・・・・・・そうですね」
不承不承頷く私に、アルバート様が、子どもにするように私の頭をポンポンと叩く。
「さぁ、君の家へ帰ろう。そしてゆっくり眠るんだ」
「・・・・・・・・・・はい」
またアルバート様がリヤカーを引きだした。
相変わらず錆びた音がしているが、前より進むスピードが速くなっているような気がする。
「眠ったらなにもかも良くなる。前に君が教えてくれただろう?アリは力を温存して非常時に備えるって。元気がないと何もできないよ」
「アリって・・・・・・」
(そこ、人に例える?しかも泣いてた女子に『アリ』って何よ?)
本当にアルバート様は、慰めるのが下手だ。
「な?それこそ君に元気がなかったら、この家は崩壊するよ」
アルバート様は、人を気遣う気持ちはあっても、表に出すことは苦手に違いない。
それでもアルバート様なりに、精一杯励まそうとしてくれたのだろう。
私のために、不器用ながら言葉を紡いでくれたと思うと、元気が出るような気がした。
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該当箇所を修正いたしました。
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