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33 アスター商会


梟の鳴き声が聞こえ、顔をあげた。

もう夜も更けてきた。


「そろそろ今日はおしまいにしませんか?」


ずっと補助金申請の書類を作っていたが、さすがに疲れてきた。

資料作りに追われて、気が付かないうちにもうすっかり夜だ。

そろそろベスたちも帰ってくるだろう。


「え、ああ、私はまだ平気だが」

「いえ、さすがに私が限界です」


朝からお菓子作りに視察、書類仕事ともうへとへとだ。

平気な顔をして仕事をしているアルバート様の方がおかしいのだ。


私の疲れを察したのか、アルバート様が腰を上げた。


「すまない、つい夢中になってしまった」


アルバート様の机の横には、仕上げた書類の山ができていた。


「もしかして、その机の横にあるのは・・・」

「ああ。できた。でもこちらの箱は手が付けられていない」

「いえ、それだけでもう十分です」


(それにしてもすごいスピードね)

でも正確でなかったら意味をなさない。

役所に突き返されるのがオチだ。


果たして本当にできているのかと疑いながら、アルバート様の作った申請書を一組取ってみたところ、完璧だった。

(本当に何でもできるのね・・・)


「あとはそれぞれ領民に被害内容を確認してもらって、サインをもらえば大丈夫だ」


作り終わった申請書をポンポンと叩く。

これにサインをして役所に提出すれば、領民たちは見舞金が貰える。

どんなに喜ぶことだろう。


「わかりました。地区長たちにそう伝えます」

「もし文字が書けない場合は、代筆でも構わない。だがその時は、代筆者のサインや住所もあわせてもらわないといけないから気をつけるように。続柄や性別も忘れないようにな。それから責任者として地区長のサインも必要だ」


詐欺を防ぐためだろう。

うちだけでなく、国もしっかりしていた。


「大丈夫ですよ。本人がサインできます。うちの識字率を舐めないで下さい」

「そうなのか」

「ええ、うちの領の数少ない自慢です」


お父様の施策だ。

学校を作り、子どもたちを無料で通わせた。

仕事のある大人たちのために、夜間も解放して学びたい者は学べるようにした。

その分費用は嵩んだが、識字率は飛躍的に伸びた。


簡単な読み書きや計算ができるだけで、仕事の幅が広がる。

騙される者も減る。

その結果が、ようやく出てきているのだ。


「そうか。ならいい」

そう言いながら、アルバート様が柔らかい表情で微笑んだ。

最近笑うようになったが、それでも普段無表情なだけにドキッとしてしまう。


アルバート様が立ち上がって帰り支度を始める。


「では、私はこれで失礼しよう」

「あ、いや、良かったらお茶を入れますよ」


さすがに何もしないでこのまま帰すのは気が引ける。

こんなに仕事をしてもらった手前、お茶ぐらい出すのが礼儀だろう。


「いや、アンナ嬢も疲れているだろう?お茶はいいよ。私のことはいいから、君も休憩するといい」

「そう言われても、さすがに・・・あっ、飴、飴がありました。良かったら、飴でも食べます?」

「飴?」

「今日のは『特別な』飴ですからね。疲れが取れますよ」


持ってて良かった。

ポケットからいそいそと飴を取り出してアルバート様に手渡す。

お茶もないが、なにもないよりマシだろう。


飴を前に、アルバート様はしばらく何かを考えていたようだが、ソファに来て座り直した。

もしかしたら呆れているのかもしれないが、まあ本人がお茶はいらないと言ったからいいだろう。

最近はもうアルバート様に気を遣わないようになった。


「ベスがアンナ嬢のポケットは何でも出てくると言っていたが、本当だな」

「うふふ、非常時に備えて、常に持ち歩いているんですよ」


なぜなら仕事にかまけて、つい食事を抜いてしまうからだ。

クララには怒られるが、こんなに忙しいのだから仕方がない。


飴を口に入れてからアルバート様を見れば、片手で飴の包みを開こうとしているところだった。

なので、飴を取り上げて剥いてやる。

そのまま包みを持って、半分剥いた状態の飴をアルバート様の口に近づける。


「はい、どうぞ」

「えっ?」

「だから飴です。入れてあげるから、口を開けてください」


途端にアルバート様が後ずさる。

「い、いや、いい!自分で食べられる!」

「えっ、だってもう剝いてしまいましたし」


何故だかアルバート様の顔が赤い。

「君が食べればいいだろう?」

「もう私の分は口に入っています。早く口を開けてください」


「い、いや、そんなことは・・・」

「何か?今日ベスは喜んで口を開けていましたよ?」

「ベス・・・」

「ええ」


観念したのか、ようやくアルバート様が口を開けたので、放り込んでおく。

「どうですか?」

「あ・・・いや・・・うん、美味いよ」

下を向きながら小さい声で言っている。

そしてまた何やら考え込んでいる。

・・・こうなると嫌な予感しかしない。


「・・・・・・アンナ嬢。君は教育を受けたことはないのか?」

「え?ありますよ。4年前まで家庭教師の先生に教えていただいてましたよ」


一緒に習ったオリバーは、学院に次席合格だ。

私もオリバーには及ばないが、先生は褒めてくれてたし出来は良かったはずだ。


「いや、淑女教育とか、その、大人の女性に教えてもらったことは・・・」

アルバート様が言いにくそうに、ぼそぼそと呟く。


お茶も出さずに飴を渡したことが気に入らなかったのだろうか。

「ありますよ。母が亡くなる12歳までしっかりと教育されましたよ。それもなかなか厳しく」

「・・・そうか」


厳しく教育を受けたと強調してみたが、アルバート様はまだ納得がいかないような顔をしている。

ここで説教でもされたら嫌なので、すかさず話題を変える。


「前にもお話しましたが、アスター商会と取引するのが、この飴なんですよ」


アスター家は爵位こそ子爵だが、商売上手で大富豪だ。

アスター商会と取引があるというだけで、一種のステータスにもなる。


「アスター商会が飴を!?」

アルバート様が驚くように声をあげる。

「ええ。そうですよ」

「いや、アスター商会は基本ドレスや宝飾といったものしか取り扱わないのでは?」


アルバート様の言うように、アスター商会は主に高級服飾品を取り扱っている。

食品なんて門外漢だろう。


「そうなんですけどね。でもダニエル様が、今後は違う分野に手を広げていきたいと言っていました。アスター家はご兄弟が多いですものね」


アスター家は多産なのか、ダニエル様は兄6人、妹1人の8人兄弟と言っていた。

国内外で手広くやっているアスター商会といえど、全員で服飾業を営むのは、市場の奪い合いになってしまうはずだ。もうすでに何人かの兄は違う分野に進出しているらしい。


「だからこの飴を気に入ったダニエル様が声をかけてくださって」

「ダニエルというと、アスター家7男の?」

「ええ。ご存じですか」


「ああ。以前騎士団に所属していた。優秀な男だと聞いている」

(やっぱりそうなのね。ダニエル様はいかにも頭の回転が速そうな方だもの)

柔らかい雰囲気のダニエル様だが、仕事の時は怖いぐらい冷静で的確な判断をくだしている。


「どこで知り合ったんだ?君と彼は接点がないだろう?」


アルバート様が、どこか焦ったように尋ねてくる。


「ええ、そうなんですけど。実は私、ヘンリー様に毎月必要そうな物を寮に送っていたんです」

「毎月?」

「ええ。ヘンリー様に頼まれたシャツとかお菓子を入れて送っていたんです。その時にヘンリー様と同室だったのがダニエル様で。ダニエル様はヘンリー様からこの飴を貰って気に入ったそうです。それでアスター商会が取り扱ってくれることになったんですよ」


「・・・・・・・・・」

どうしたことかアルバート様の顔が浮かない。


「どうしました?」

「あ、いや、その、美味しいとは思うのだが、アスター商会が取り扱うとは・・・」


アルバート様が不安気だ。

確かにあの高級志向のアスター商会に取り扱ってもらえるとは私も思ってもみなかった。

所詮は露天でも売られているような飴だ。


でも、実は中身が違う。


「ただ、この飴、少し他の飴と違うんですよ」

「違うとは?」

「さっき『特別』っていったでしょう?蜂蜜だけでなく元気が出るものも入っているんです」

「『元気が出るもの』とはなんだ?」

「企業秘密なので言えません」


うふふ、と笑って誤魔化せば、アルバート様はまだ心配そうにしている。

仕方がないので、安心させるために説明することにした。


「ヒントは『ハチ』です。アルバート様、同じ卵から生まれてくるのに、働きバチと女王バチって寿命や大きさが随分違うんですよ。何故だかご存じですか?」

女王バチの寿命は3年だが、働きバチは1か月だ。


「・・・いや、わからない」

「実は女王バチになる幼虫にだけ、特別に与えられるエサがあるからです」


「・・・・・・つまり、この飴の中には女王バチしか与えられない栄養価の高いものが入っているということか」

「ご明察です」


「薬ではないのか?」

「ええ。薬ほど効きません。まあ、足りない栄養を補助するようなものだと思っていただければ」

「なるほどな」


アルバート様が、机に置いてあったもう中身の入っていない包み紙を触る。

もしかしたら中身を観察したかったのかもしれないが、すでに食べたために見ることができない。


「父が、寝付いて食欲のなかった母のために作った物です。少しでも栄養が取れるようにって」

「そうなのか」


飴なら横になっていても、すぐ口に入れることができる。

常温で保存が可能だから、いつも枕元に置いていた。

母は食欲がない日に、時々口にしていた。


「食べるとちょっと元気がでるでしょう?少しですが疲れも取れますしね」

「そういえばそう・・・か?」

「そんなにすぐに効果がでたら大変ですよ」


思わず突っ込んでしまった。

食べてすぐ効果が出るなんて、それは劇薬に決まっている。

アルバート様は、今食べたばかりだ。


「ええ。気に入ったのであれば、お土産として用意しておきますね」

もし家族も気に入ってくれたら、継続して購入してくれるかもしれない。

沢山買ってくれるなら、配送してもいい。


「・・・・・・・・・」

なぜかアルバート様の動きが止まっている。

(抜け目なく商売をしようとしたのがバレたかしら?)

浅ましさが透けて見えただろうか。


「ど、どうされました?」

「ああ、いや、私たちは帰るんだな、と思って」

「何言ってるんです?もうすぐ道も復旧しますよ」


喜ぶかと思ったのに、アルバート様はなぜか微妙な顔をしている。

(家に帰るのが嬉しくないのかしら?)



「ただいま〜!」

玄関から元気のいい声が聞こえてきた。


「あら、ベスですよ。帰ってきましたね」

アルバート様と一緒に走って迎えに行けば、ご機嫌なベスとぐったりしているセオドアがいた。


セオドアはベスを馬に乗せて長時間走った挙句、夜は森まで散歩だ。

さぞかし疲れたことだろう。

アルバート様を「お父さん」呼ばわりしていたが、セオドアも立派に「保父さん」している。


「悪いけど、俺、もう寝るわ」


挨拶もそこそこに、さすがのセオドアも自室に消えていった。




・・・・・・この日、私も早く寝れば良かったと後悔することになる。



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