31 大物ベス
帰路を大して進んでないうちに、セオドアが後ろからアルバート様を呼び止める。
「おい、お父さん、お父さん、おいっ、保護者ってば!」
不機嫌そうに、前にいたアルバート様が振り向いた。
「・・・誰がお父さんだ」
「えっ、だって振り向いている時点でもうお父さんだろ。お父さん確定でいいじゃないか。俺も呼びやすいし」
セオドアは頑なにアルバート様に敬称をつけない。
本人も今更どう呼んでいいのかもわからないのかもしれない。
「私は君のお父さんじゃない。それに保護者と呼ばれたから振り向いただけだ」
「まぁ、細かいことは気にすんな。それよりどうよ、お父さん、これ」
頭を振って腕の中のベスを見るようジェスチャーする。
見れば、セオドアの腕の中でベスが大きく船を漕いでいる。
「・・・あら、まあ」
「・・・・・・・大物だな」
残暑の残る中、長時間外にいたので疲れも出たのだろう。
大人だって疲れるのに、体力のない子どもが疲れないはずがない。
「ちびちゃん、寝ちまったよ。このままどこかで休憩するか?」
「休憩するぐらいなら、宿でもとった方がいいかしら?」
「いや、まだ日は高い。それに宿をとるほど距離は離れてないしな」
セオドアの腕の中で、ベスはすうすうと寝息をたてている。
試しにセオドアが、ベスの柔らかい頬をつんつんと突いてみたが、起きる気配はない。
できれば屋敷に戻りたい。
少しでも早く補助金の申請書類を作りたい。
でも、寝ているベスを馬に乗せたまま走るのはセオドアの負担が大きい。
重心が安定しないベスを後ろで支え続けなければならないし、常にベスが落ちないように気を配る必要がある。
勿論ベスだって危険だ。
「すまないな、ベスが迷惑をかけて」
アルバート様が頭を下げる。
「いえ、そんなことはないですよ。ベスが起きるまで、木陰で休憩しましょう。遅くなれば宿をとればいいだけの話ですし」
「ああ。俺も別に何とも思ってないよ。それにもしあんたさえ良ければ、俺がこのまま抱いて馬を走らせていいか?腕には自信があるぜ」
アルバート様が驚いたように顔を上げた。
「いいのか?」
「勿論だ。あんたがベスの保護者だから確認したまでさ。危ないしな。でも俺、馬の扱いには慣れてるし、いつも鍛えてるからベスぐらいなら大丈夫だ」
セオドアは舟を漕いでいるベスをそっと自分の方に寄せる。
「でも、少しスピードは落としてくれ。このお嬢ちゃん、意外と寝相は悪そうだ」
そんなことを言われてるとも知らず、ベスはセオドアに全体重を預けて幸せそうに微笑んだ。
◇◇◇
ようやく見慣れた道が出てきた頃に、ベスが目を覚ました。
「おっ、ちびちゃんがお目覚めだ」
「あら、良かった。ベス、もうすぐお家に着くからね」
ここまで来れば、屋敷はもうすぐだ。
ベスがきょろきょろと周囲を見渡す。
「あ、本当だわ。私、この道を知ってるわ」
「屋敷に戻ったら、レモネードでも飲もうぜ!実は俺も飲み損ねてるんだ」
(・・・セオドアも飲めなかったのね)
それでは余計に疲れたことだろう。
何だかんだと言いながら、自分のことは我慢するセオドアだ。
レモネードで思い出したのか、ベスが私に聞いてきた。
「そういえば、蜂蜜を作ってる場所はどこにあるの?」
「養蜂場のこと?養蜂場はこの林の先にあるのよ」
林に阻まれて見えないが、実は大きな養蜂場があるのだ。
サウスビー家の貴重な収入源でもある。
「ねぇねぇ、アンナ。私、養蜂場に行ってみたい!」
移動中にぐっすり睡眠をとったベスはすっかり元気になったらしい。
でも悪いが、大人はぐったりだ。
「ごめんね、もう遅いし戻らないと」
「でも、まだ明るいわよ」
季節柄明るく見えるだけで、もう時間は遅い。
すぐに暗くなるだろう。
何より疲れたし、補助金申請の書類も作りたい。
その前に、クララがやってくれたかもしれないが夕食作りもある。
「どうしても、ダメ?」
「どうしてもだめよ。今日はもう沢山外に出たわ。ベス、いい子だから帰りましょうね」
「はぁ~い」
ベスは名残惜しそうに林を見ている。
ようやく屋敷に着くと、クララが笑顔で出迎えてくれたが、何となく疲れているように見えた。
私が視察に行っている間、一人で家のことをやっていたのだ。
疲れて当たり前だ。
「今夜の夕食はオムライスですよ。たくさん食べてくださいね」
・・・きっと少しでも野菜を摂らせようと、小さく刻んだ玉ねぎやニンジンが山ほど入っているに違いない。
私たちが幼い時も、クララはよくこうしていた。
「ありがとう、クララ」
心から感謝を込めてクララにお礼を言う。
いかに自分が手間暇かけて育ててもらったのかを実感する。
(子どもがいるっていいものね・・・)
自分の子ども時代に戻って懐かしんだり、当時の大人の気持ちを理解できるようになったり。
大変だけど、ベスを拾って良かった。
そして、アルバート様も。
隣にいるアルバート様を見上げる。
相変わらずの無表情ではあるが、何だかアルバート様の隣にいると安心する。
これから、何もかも上手くいくような気がしてきた。
誤字のご報告、ありがとうございます。
該当箇所、確認して修正させていただきました。
お読みいただいたうえに、丁寧なご報告までいただき、大変助かりました。
今後も何か気になる点があれば、遠慮なく教えていただけると嬉しいです。
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