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30 笑顔


「では、帰って申請の手続きをしよう」

アルバート様に言われて、急いでベスを呼び戻す。


「ベス、ベス~。帰るから戻ってきて~」


早く申請すれば、それだけ早く補助金が貰える。

利子だって馬鹿にならないから、早く返せるに越したことはない。

(目指せ!繰り上げ返済よ!!)


ベスが私の声に反応して笑顔で駆け寄ってきた。

だが花を摘みにいったはずなのに、両手が空だ。


「あれ、お花はどうしたの?」

あんなにお花を摘むのを楽しみにしていたのに、摘まなかったのだろうか。


「ああ、お花ならここにあるわよ」

ベスが膨らんだポケットをにこにこしながらパンパンと叩く。


「・・・・・・!!」


きっと花の汁で、ポケットの中は大惨事であろう。

いや、中だけでなくポケットから汁が漏れ出て、外にもシミを作ってるような気もする。

よく見れば、ワンピースのあちこちに草花の汁がついている。


(ああ、洗濯が・・・)

だがそんなベスの姿は、過去の自分でもある。

がっくりと肩が落ちる。


「あ、明日、一緒にお洗濯してくれる?」

こうなれば、洗濯の大変さをベスにも実感してもらおう。

草花の汁は、なかなか取れないのだ!


「ええ。勿論いいわよ」

素直なベスは、洗濯の大変さをわからせるために、私がベスを鍛え上げる計画をしていることなど夢にも思っていないだろう。

(明日、クララと一緒にしごくわよ!!)


「さあ、もう帰りましょうね」

花の汁でべたべたになったベスの手をハンカチで拭いてやり、馬に誘導しようと試みた。


「え~、まだお日様がでてるわよ?」

「オシロイバナが咲いてたでしょう?オシロイバナは夕方に咲くのよ。だから帰らないとね」


山で遊んでいた時の目印だった。

この花が咲いたら、夕方だ。

時計を持たない子どもたちの知恵だ。


「本当に~?」

まだ遊びたいのか、ベスの目は疑わし気だ。

「ああ、本当だ」

アルバート様も加勢にきてくれた。


「それにほら、ヒヨドリがうるさく鳴いている」

ピーヨロロロと騒がしい声をする方をみれば、よく知っている灰色の鳥が3羽甲高い声で鳴いていた。

この鳥は朝から常にうるさいが、言われてみれば夕方に賑やかに鳴いている印象がある。


「ああ、あいつ、ヒヨドリっていうのか」

「知らなかったわ」


セオドアと二人で感心する。

身近な生き物でも、結構知らない名前は多い。


「・・・君たちはヒヨドリを知らなかったのか」

「いや、知ってるよ」

「ただ名前がわからなかっただけですよ?」


もしかしたらオリバーは知っていたのかもしれないが。


「俺たち、『頭ぽよぽよ鳥』って呼んでたよ、なぁ?」

「ええ、そうね」


ヒヨドリの頭の毛は微妙に逆立っている。

それが寝ぐせみたい跳ねているから、ずっとこう呼んでいたのだ。


「頭、ぽよぽよ・・・」

アルバート様が笑いを堪えるように震えている。

よっぽどおかしかったのだろうか。でも言い得て妙だと思うのだが。


「もしくは、タイラーって呼んでたよな」

「・・・なぜ、タイラーなんだ?」

笑いを堪えながら、不思議そうにアルバート様が聞いてくる。


・・・・・・これは言ってもいいのだろうか。


「だって、ねぇ?」

「ああ。あいつの頬、赤いだろ?あのほわほわとした毛の感じといい、頬といい、寝起きのタイラーそっくりなんだ。子どもの時は口うるさく注意されたしな」


ヒヨドリは、かなり鳴き声がうるさい。


「ぶっ!!」


アルバート様が、普段のタイラーの執事然とした態度を思い出したのか堪らずに吹き出した。

あの寝起きのタイラーとのギャップは、見た者にしかわからないだろう。


寝ぐせを気にするのか、タイラーの頭は基本ポマードべったりだ。


「そんな笑わなくてもいいじゃないですか」

「そうそう、子どもの時の話だ」

(ヒヨドリを見つけた時は、心の中でこっそり『タイラー』って呼んでるけどね)


ツボに入ったのか、アルバート様は身体を曲げてまだ笑っている。

そんなアルバート様をベスが不思議そうに見ている。


「本当におじ様って、アンナたちといるとよく笑うわよね」


「えっ!」

「これでか?」


思わず声をあげてしまう。

アルバート様は、基本無表情もいいとこだ。


「ええ、そうよ。私、笑っているの、ほとんど見たことがなかったもの。大抵こんな感じで顔を顰めているし」

そう言いながら、ベスは眉を寄せて難しい顔をして見せた。

(に、似てる!!)


「ぶっ、に、似てるぞ、ベス、お前、物真似の才能があるなぁ!」

セオドアが手を叩いて大受けだ。


「こんなのもできるわよ」


今度は目を細めて、顎をあげてみせる。

たまにアルバート様が見せる、見下すような表情だ。

本人は意図してないのだろうが、かなりの圧がある。


ベスが大げさに真似しているのが、また一段とおかしい。


「ふふっ、お、お、おかしいわ」

「な、似てる」

「本当に、似てるわ」


「あいつの見下し感が、すごい出てるな」

「良く言えば威厳?」

「いや、威圧感だろ。俺だって怖ぇー時あるもん」


思わず二人で笑い転げていると


「私はいつもそんな顔をしているのか?」


アルバート様は自覚がないのか、憮然とした表情で質問してくる。


「いや、あんた、自分の顔を見たことあるか?大抵無表情か、顰めっ面だぜ」

「申し訳ないけど、確かに、そうかも」

「でかい分、ちょっと目線を下に向けただけで無言の圧力を感じるし」


「・・・・・・そうなのか」


つい笑ってしまったが、アルバート様はショックを受けたようだった。


セオドアと顔を見合わせる。

なんとなくしょんぼりしているアルバート様が可哀想になって、慰めるように二人で肩を叩く。


「俺はいいと思うぜ。なんか王者の風格って感じでカッコいいよ」

「私はアルバート様の笑った顔が好きですよ。だから、沢山笑って下さいね」

(無表情だと、本当に歩く彫像だものね)


落ち込んでいたようにみえたが、しばらくして振り返ったアルバート様はいい笑顔だった。


「・・・・・・そうか。アンナ嬢がそう言うなら笑おう」


笑顔のアルバート様は不意打ちで、思わずときめいてしまった。

(イケメンってすごいわ・・・)


そんな私を冷たい目で見ながらセオドアが急かした。

「ほらっ、急げ!帰るぞ!!」


誰のせいで遅くなったのかと言いたかったが、ここで喧嘩したらまた遅くなるので、とりあえず帰路を急ぐことにする。



お読みいただき、ありがとうございます。


オシロイバナは、夕方4時頃から開花するため「夕化粧」という別名があります。

夕方開花し、翌朝にはしぼんでしまう性質のため、花言葉は「臆病」「内気」「恋を疑う」だそうです。


毎朝7時に更新しています。

引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。

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