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28 ハチ


「アルバート様、ごめんなさい、一人にして」

「あ、いや、別に戻ってこなくてよかったのに」


私が戻ってきても、アルバート様は落ち込んだままだ。

セオドアが言うように、一人反省会でもしていたのだろうか。

眉間の皺がますます深くなっている。


「そんな寂しいこと言わないでくださいよ。顔が暗いですよ」

「いや、本当に君にもセオドアにも大変失礼なことを言った。謝っても謝りたりないぐらいだ」

「アルバート様は、領民のことを一番に考えてくれただけでしょう?もう気にしないで下さい」


慰めてみるが、それでもまだ顔が暗い。


「・・・自分が情けなくて。ベスに注意していたことが、全て私にはね返ってきたよ。私こそ人の気持ちを考えずに行動していた。ベスにも会わせる顔がない」

「別にアルバート様に悪気があったわけではないですし」

「いや、そういう問題ではない」


何を言っても、落ち込むばかりだ。

(ダメだわ、これは。下手すれば奈落の底まで落ちそうな顔になってるし)


この状況をどうしていいかわからず、ため息を一つつく。


「道の整備の重要性は、私も重々わかっていますよ。父が馬車の横転事故で亡くなったので、私にとっても道の整備は悲願です」


父はぬかるんだ道で、馬車の片輪を取られて転倒した。

あの時ほど道の整備をしていればと悔やんだことはない。


アルバート様の頬が強張り、血の気が引いて真っ青になっている。


「だから、先ほどノアに山の斜面の補強工事を頼みました」

「・・・ノア?」

「王都で最新技術を学んだ技師です。今日会えたので補強工事を頼んできました。多少時間はかかりますが、これでもうあの道は安心です」


「しかし、金がないとさっき・・・」

「ヘンリー様の慰謝料があります!・・・まぁ、足りない分はまた借金ですけど、何とかなりそうです」

「それはまた・・・」


「貧乏人を舐めないで下さい。サウスビー家の人間は、転んでもタダでは起きませんよ。それにセオドアは、ヘンリー様との婚約をまるで人身御供のように言いましたが、私は平気でしたよ」


「・・・・・・そうなのか?」

「だって、貧乏でも貴族ですもの。政略結婚は当たり前でしょう?そのために税金で食べさせてもらってるんです」

明るく言ってみたが、それでもアルバート様の顔は晴れない。

むしろ何か深く考え込みはじめた。


貴族にとって政略結婚は当たり前だ。

その辺のことはアルバート様もわかっているだろうに。


そして跡継ぎのことを言われるのも。

跡継ぎがいなければ爵位返上・領地返還だ。

貴族は一夫一婦制だが、子がいなければ隠れて愛人を持つ者も多いし、王族はまだ側室制度を存続させている。


(もうっ、いい加減に浮上してよ!)


ふっと目の前をハチが通り過ぎた。

足の長さから推測するに、アシナガバチだろうか。

狩りに成功したのか獲物を掴んでいる。

これから巣に帰り、弟妹たちに食べさせるのだろう。



「・・・・・・アルバート様、ハチって不思議だと思いません?」

「ハチ?」

「ええ、ハチです。虫は基本卵を産みっぱなしでしょう?でもハチは、家族で子どもを育てるんです」


「・・・ああ、そうだな」


「普通虫は自分の子孫を残すことだけを考えて行動するはずなのに、働きバチは自分の子どもじゃない弟妹や母のために働くんですよ」

「そう言われたら、そうだな」


「家族を大事にしてるんですよ、きっと」

オリバーは単なる生存戦略だと言うだろうが、多少夢見たっていいじゃないか。


「例え自分が死にそうになっても、家族のために戦い続けるそうですよ。うちの家名のサウスビー家の『ビー』は『bee』。つまり『蜂』です。私は家族のためならどこまでも戦えます」



「・・・・・・君は逞しいな」


「ええ。でも私だけじゃないですよ。サウスビー家の皆そうです」


卓越した知識で家族を守るオリバー。

さりげなく私を補佐してくれるタイラー、常に気遣ってくれるクララ。

そして何があっても側にいてくれるセオドア。


私の家族は、皆、強い。

一丸となって、サウスビー家を守っている。


「ミツバチは、集団で天敵のオオスズメバチにだって勝ちますよ」

勿論負けることもあるが、それは言わなくてもいいだろう。


「オオスズメバチ?」

「ご存じないですか?」

「ああ」


「大きさはミツバチの3倍くらいですね。黒とオレンジの縞模様で、いかにも硬そうな体の・・・」

「ああ。あれか。太くて大きいハチだな。知っている」

「そう、それです。ミツバチの巣はご馳走の山だから襲ってくるんですよ」


巣には蜜もだが、オオスズメバチの幼虫のエサとなるミツバチの幼虫、サナギがある。

勿論、働きバチだっていいエサだ。


「オオスズメバチは力も強いし、針も何度だって刺せますからね。人間だってオオスズメバチに刺されて死ぬこともありますし」


オオスズメバチの毒は強力である。

何か所も刺されたら、人だって死ぬ。

領内でもオオスズメハチに刺されて死んだ者がいるのだ。虫だからと侮ってはいけない。


「・・・そんなに強いオオスズメバチにどうやって勝つのだ?」


(おっ、興味を持ってきたわね)

アリの話をした時に思ったのだが、アルバート様は多分生き物が好きだ。


「集団でね、スズメバチを包み込んで羽ばたくんですよ。そうすると温度が上がるから、中のオオスズメバチは蒸し焼きになって死んでしまいます」

「蒸し焼き・・・」


「ミツバチの方が熱に強いからできる技ですけど、ミツバチだって自分たちがギリギリ耐えられる温度だそうですよ」

オオスズメバチが大勢で来たら無理だが、偵察に来た者ぐらいならこれで殺す。


「オリバーが言うには、『熱殺蜂球』って言うんですって」

「・・・・・・ねっさつほうきゅう?」

「ええ。ちょっとカッコいい必殺技みたいでしょう?」

「・・・ああ、そうだな」

アルバート様が少しだけ微笑んだ、ような気がする。


「まあ、オオスズメバチはオオスズメバチで、自分たちの弟妹を食べさせないといけませんしね。どちらも必死なんですけどね」

ただ養蜂場を営む身としては、ミツバチに軍配を上げたい。


「あ、でもハチのオスは、一切働きませんよ。役立たずです」

アルバート様に、にやりと笑って見せる。


オスは繁殖のためだけに生きるから、何もしない。

大人になっても、ただ姉たちから世話をされるだけだ。


「・・・・・・そうか」

「ええ、人間はどうでしょうね?」


「・・・・・・・・・わかったよ。君に少しでも認めてもらえるよう、動くとしよう」


ようやくアルバート様が前を向いてくれた。


「さ、行きましょう。セオドアが待っていますよ」

「彼は、許してくれるだろうか?」

「勿論ですよ。短気で口は悪いですが、あの子はさっぱりとした気性です」


「・・・・・・セオドアを信頼してるのだな」


「ええ!私の自慢の弟分です」


胸を張って答えた。



お読みいただき、ありがとうございます。


二ホンミツバチはオオスズメバチを「蒸し殺す」ことができますが、セイヨウミツバチはできません。

そのため、オオスズメバチに襲われると、セイヨウミツバチはほぼ全滅します。


毎朝7時に更新中です。

引き続きお楽しみいただけたら嬉しいです。

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