26 セオドアの思い
(またやっちまった・・・)
後悔が胸に押し寄せてきて、唇をきつく噛みしめる。
どうも気が短くていけない。
自分でもわかっているが、一度スイッチが入ると止められない。
(俺があいつに怒れば、アンナが困ることはわかっていたのにな・・・)
アルバートに、あれほど怒鳴ることはなかった。
あいつはただ、正論を言っただけだ。
「領主としてやるべきことをやれ」と。
それができていなかったから、防げたはずの土砂崩れをおこしてしまったことはわかっている。
あいつは正しい。
正しいとわかっているからこそ、アンナも強く反論しなかった。
(それでもムカつくけどな。正論で人を殴るのが楽しいかよ。アンナにあんな顔させやがって・・・)
一番悔やんでいるのはアンナだ。
俺たちだって、できる限りのことを精一杯やってたんだ。
でもあいつに言わせれば、結果が全て。
わかっている。
わかってはいるが、わかっていることと実行できることは違う。
あの口ぶりなら、あいつだったら未然に防ぐことができたのだろうし、実際そうしてきたのだろう。
あいつは自分のことより、領民のことを一番に考えるいい奴ということはわかる。
俺たちだって、できるものならやりたい。
だが、俺たちには金も力もない。
自分の力のなさが悔しくて、再び拳を握りしめる。
「大丈夫?」
ハッと気が付いて腕の中を見れば、ベスが下から心配そうに見上げてくる。
(こんな小さい子にまで心配かけて、本当に俺はダメだな)
「ああ、ごめん。怖い思いさせたよな」
「うん。セオドア、とっても怖かった。もう二度と怒鳴らないで」
胸がチクンと痛む。
こんな小さい子の目の前で喧嘩して、揚げ句に馬を走らせた。
きっと怖かったに違いない。
「悪かったよ」
「お約束、できる?」
「ああ、できるさ。ごめんよ」
ベスが、小さな手を俺に向けて出してきた。
「ああ、指切りか」
小指が立ってることで、ベスの意図に気付く。
「『男子に二言はない』でしょう?」
「一度破ってるけどな」
ベスと馬の餌やりをするという約束を反故にしてしまったことを思い出し、苦笑いする。
「あれはもういいわ。結局守ってくれたし。でも、もうダメよ。『仏の顔も三度まで』よ」
「・・・それ、誰から習ったんだよ。俺、教えてないぞ」
「お母様よ。自分でよく言ってるわ。でも絶対3回じゃないけど。許されるのはせいぜい2回までね」
(母さんも俺が子どもの時はよく怒ってたな。どこの家も一緒か)
きっと平民も貴族も、家族の形は変わらないのだろう。
「じゃあ、俺はあと二回は約束を破れるわけか」
妙におかしくて、くっくっくっと笑いながら言えば、ベスが目を剥いた。
「何てこと言うのよ!約束したんだから、絶対よ!もう!セオドアったら嫌い!」
ぷんぷんと怒りながらベスがそっぽを向くが、そんな様子もただ可愛いだけだ。
「悪かったよ。だから代わりにいいこと教えてやるよ。ほら、あそこにある赤い花、見えるだろう?」
「あの赤いの?白いのもあるけど」
ちょうどオシロイバナが群れ咲いていた。
子どもの頃、アンナたちとよく遊んだものだ。
「両方だ。あれ、オシロイバナっていうんだよ。種の中が白いから、おしろいが作れるぞ」
「えっ、本当なの?」
「嘘なんてつくかよ。ほら、行ってみようぜ」
馬を止めてベスを降ろしてやれば、ベスは花を目指して一目散に走りだした。
馬を木に繋ぎ、その後ろをゆっくりと歩いていく。
アンナのおさがりを着ているせいか、ベスの走る後ろ姿が子どもの頃のアンナと重なって、切ない気持ちになる。
「ほら、これだ。丸くて黒いのが種だ」
「わぁ」
ベスが取ろうとすると、上手く掴めなかったのか種が滑って転がり落ちた。
(ホント、この子不器用だな)
前に自信満々で見せにきた刺繍も、酷い出来だった。
紫の薔薇を刺繍したと言っていたが、どう見てもサツマイモにしか見えなかった。
(アルバートが横で何ともいえない顔してたっけ)
笑いを堪えながら、こうやって取ればいい、と見本を見せながら種を摘んでみせる。
「沢山取らないと、おしろいはできないぞ。なんせ種自体が小さいからな」
「わかったわ」
ベスが真剣な表情で種を取り始める。
一つ取っては観察するように眺め、また一つ取っては観察し、ポケットに入れていく。
何か思うところがあるのか、時々ポケットの中の種を取り出しては、新しく取った種と見比べている。
しまいには匂いまで嗅いでいる。
(ホント、こんなとこがオリバーに似てるよな)
オリバーも何でも観察する奴だった。
(俺とオリバーは、アンナの後をいつもついて回ったな)
タイラーに『まるで金魚の糞みたいですな』と揶揄われたものだ。
他に子どものいない屋敷で、1つ違いということもあり俺たちはいつも一緒だった。
姉と慕うアンナに恋心を抱いていることを自覚したのは、ヘンリーとの婚約を聞いた時だった。
動揺し、どうしていいかわからず、馬に飛び乗った。
そのまま野山を夜まで叫びながら駆けまわった。
使用人の俺が、領主の娘であるアンナとは天地がひっくり返ろうとも結婚できるわけはない。
そんなことは最初からわかっていた。
わかっていたけど、どうしようもなく胸が苦しかった。
せめて、せめてアンナが幸せそうにしていたら、この恋心は断ち切れただろう。
なのにヘンリーたち親子は、最低だった。
父親であるホランド伯爵は、まるで馬でも買うかのようにアンナを値踏みし、ヘンリーは紳士ぶっていたものの、親父そっくりで損得勘定でしか動かない奴だった。
ヘンリーは呆れるほどケチだ。
屋敷に来ればアンナたちから歓待を受けて手土産まで持たせてもらうのに、ヘンリーの手土産はいつも王都の流行りの菓子を少しだけ。
婚約して1年も経った頃は、母さんもヘンリーの正体に気付いていた。
「お嬢様に今度作らせるつもりで買ってくるのよ」
そう言いながら、裏でヘンリーの土産の菓子をぶん投げていた。
アンナはそのチンケな土産の菓子を研究し、次にヘンリーが訪ねて来た時には、似たような菓子を作って
持たせてやっていた。
婚約していた3年間、ヘンリーは一度だってドレスもアクセサリーもアンナに贈ったことはない。
普通、婚約者には季節ごとにドレスやアクセサリーを贈る。
そんなことは平民の俺でも知っていた。
金のない平民だって、祭りの時は自分の好きな娘に花や髪飾りを贈る。
好きな娘の喜ぶ顔が見たい、ただその一心で贈るのだ。
祭りの時にアンナが、恋人から花を贈られる平民の娘を寂しそうに見ていた。
アンナは物欲がある方ではない。
ヘンリーがアンナを想って贈ってくるなら、きっとその辺の露店の物でも喜んだだろうに。
アンナの気持ちを想像すると、どうしようもなく切なかった。
腹に据えかねたオリバーが、わざわざヘンリーの前でアンナに話しかけたことがあった。
『もうすぐ姉さんの誕生日だね。王都の流行りのドレスとかどうかな?』
ヘンリーにアンナの誕生日が近いことを暗に伝えたが、あいつは聞こえないふりをしやがった。
菓子を頬張りながら、何も珍しいものなどないのに窓の外を熱心に眺めてやり過ごそうとした。
『ヘンリー様。今年王都では、緑色のドレスが流行しているそうですね?』
反応のないヘンリーに痺れをきらしたオリバーがドレスの話題をヘンリーに振った。
だがオリバーに追撃されたヘンリーは、目を細めて嫌そうにアンナを見て一言で終わらせた。
『アンナに緑色は似合わないからな』
あの時のアンナの取り繕った悲しそうな笑顔を忘れることは出来ない。
思いっきりヘンリーを殴りたかった。
俺に金さえあれば、アンナにとびっきりのドレスを贈り、着飾らせたかった。
笑ってもらいたかった。
新しいドレスを着たアンナは何と言うだろう?
「セオドア、どう?」
「婚約破棄されたら幸せを拾いました」をお読みいただき、ありがとうございました。
誤字のご報告をいただき、該当箇所を修正いたしました。とても助かりました。
今後もお気づきの点がありましたら、気軽に教えていただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。




