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22 父の思い出


「少し、お話をよろしいかしら?サウスビー家のアンナです」

「あ、ああ。アンナお嬢様ですね。初めまして」


難しい顔をして斜面を睨んでいたノアだが、声をかけるとにこやかに笑いながら手を差し出してきた。

細い身体とは対照的に、差し出された手は意外にも厚みがあった。


「この度は、工事に協力していただき、ありがとうございました。おかげで工期が早く終わりそうです」

「・・・いいえ。お役に立てて良かったです」


ノアは、何故か私の顔をじっと見ている。

(顔に何かついているかしら?)

ささっと手で顔を触れるが、何かついている様子はない。


「あの・・・」

「あ、いえ。お父様のことを祖父から聞きました。心よりお悔やみ申し上げます」

「お心遣い、感謝します」

(葬儀にはいらっしゃらなかったけど、もしかしたらお父様と顔見知りだったのかしら)


聞いてみたい気もしたが、先に気になることを質問してみる。


「マシューから聞きました。王都で最新技術を学んだそうですね。もしかして、こちらにお戻りになることを考えているのですか?」


良い人材は、早めに確保したい。

下心満載で聞いてみる。


「いいえ。休みが取れたもので、祖父の顔を見に来ただけです。王都に戻らなければならないのですが、この嵐で道が塞がったせいで足止めされている状態です」

「あら、そうなのですね。それはご家族が心配されているでしょうね。早く復旧するといいのですが」

「まぁ、家族には祖父の家にいることを言っているので大丈夫でしょう。王都も、この道が使えないことがそろそろわかる頃だろうし、早めに帰れることにはなると思いますよ」


ノアに、特段急ぐ様子はない。

アルバート様は職人たちに何か話しかけているし、ベスは作業の様子を興味深げに見ている。

(まだ、ノアと話す時間はあるわね)


「良かったら、この道、どうすれば水害に遭いにくくなるかアドバイスをいただけませんか?」

「いや、もうすぐ復旧できますよ」

「そうではなくて。一度壊れると脆くなるとも聞きますし。もし予防策があるなら、お聞きしたいと思いまして」

無料でアドバイスを請うなんて図々しいかもしれないが、こんなチャンスは滅多にない。


「・・・まずは排水ですね。それから植林も。それに石を斜面に積み上げるといいでしょうね」

「なるほど」

「土壌の調査をしてみないとわかりませんが、一度崩れると崩れやすくなることは確かです。私は王都の土木事務所で働いているので、良かったら補強工事の見積もりを出しましょうか」


「いいのですか?」

「ただ調査には時間もかかりますし、こちらも商売です。見積もりも無料というわけにはいかないのですが、いかかでしょうか」


悪いと思っているのか、少し言いにくそうに伝えられた。

当たり前だ。人の時間と労力は無償ではない。


「勿論、工事を発注してもらえれば、見積もりは無料になります」

「ありがとうございます。ちなみに、図々しくて申し訳ないのですが、ぱっと見た感じの概算を教えていただけることはできますか?」


(すみません、お金を少しでも節約したいんです。ある程度の金額がわからないと、見積もりを出してもらっても無駄になるんです)


ない袖は振れない。

あまりに高ければ、補強工事は見送りだ。


「ああ、いいですよ。大体で良ければ」

事情を察したのか、口に手をあて、耳元で金額を教えてくれた。


・・・思わずひゅっと喉が鳴る。

(ごめん、オリバー、やっぱり図鑑は買えないわ)

ヘンリー様の慰謝料でも足りない。また借金だ。


「どうします?」


でも、崩れたらまた今回と同じだけのお金はかかる。

今回は人命に影響がなかったから良かったものの、次はわからない。


「・・・専門家の目で見て、どう思われます?」

「確実に補強工事をしたほうがいいですね。お嬢様から言われなければ、私の方から補強工事を提言しようと思っていたのですよ」


お金をどう工面しようと一瞬考えたが、次また土砂崩れを起こすことだけは阻止したい。


「わかりました。では、お願いします」


潔く、頭を下げる。

(値段が高くても構わない。できることをしよう)


「私にとっても故郷です。精一杯お勉強させてもらいますよ」

ノアが事情を鑑みてるのか、優しく伝えてくれる。


「いえ、値引きはしてもらわなくて大丈夫です。ただ、工事の際には、マシューたちを下請けでもいいので使ってもらえませんか」


「・・・・・・それは、また、どうしてですか」


姿勢を正して、ノアの目を真っ直ぐに見てから頭を下げる。


「王都の最新技術をマシューたちに教えてください。いえ、教えてもらわなくても構いませんが、間近で見せてもらえませんか」


勉強熱心なマシューだ。

新たな技術があるなら、教えてもらわなくとも、間近で見ればきっと覚えてくる。


ただ、見せる方は嫌だろう。

自分が時間とお金を使って習得した技術を盗られるようなものだ。

下手すれば、今後の自分の仕事もとられかねない。

職人たちの口が重いのにも、理由があるのだ。



ノアは黙ったままだ。

(やっぱり無理よね。むしろそんなことできるかと怒鳴られなくて良かったと思わないと)



ふいにノアが、私の顔を見て目を細める。


「・・・お嬢様は、お父様そっくりですね」

「え、ええ?そうですか?母に似ていると言われますが・・・」

私の顔は、母と瓜二つだ。


「そっくりですよ。お父様も、人を大事にする方でした」

「父を、ご存じで?」


「ええ。子どもの時に森で会いまして。お父様、本を片手に何か調べ物をしていて」


思わず苦笑いする。

(お父様ったら、小さい頃から変わってなかったのね・・・)


「面白そうな本だから私が見せてくれと頼んだら、すぐに貸してくれましてね」


ふふっとノアが笑う。


「高価な本のはずなのに、そのまま借りていいよっておっしゃってくれて」


「・・・父らしいです」

あまりお金や物に頓着しない人だった。

だから金銭面の管理はずっと母がしていた。


「面白い本でしたよ。・・・何度も何度も読み返して。暗記するほど読みました。だけど、どうしても返したくなくてですね。悪いと思いつつ、ずっと返さずに持っていたんです」


俯きながら首の後ろに手をやる。

きっとずっと悪いことをしたと心に残っているのだろう。


「最低ですよね・・・」とノアが小さく呟く。


「そしたらお父様がうちを訪ねてきて。親父も領主様の息子が訪ねて来たって震え上がっちゃって。大事な本を盗んだようなものでしょう?絶対怒られると思ったら『次を持ってきた』って言って、新たな本を貸してくれたんですよ。それも2週間ほどおきにお勧めの本を持ってみえるんです」


「父ったら・・・」


「それがずっと続くものだから、ある日気になって、どうしてこんなにしてくれるのかと聞いたんですよ。そうしたら『学びたい人に手を貸すのは当たり前だ』って」


「・・・・・・・」

「結局お父様が学院に行くまで、本を借り続けましたよ。私もそれからすぐに王都へ出たんで、お父様とはそれきりでしたが、今の私があるのはお父様のおかげです」


「・・・いえ、ご自分の努力の賜物ですわ」



ノアが晴れ晴れとした顔で私を見てきた。


「いいでしょう!承りました。私が教えられることは、全てマシューたちにお教えしますよ」

「まあ!ありがとうございます」

(良かった!きっとマシューたちも喜ぶわ!!)


「こちらが私の連絡先です。どうかよろしくお願いします。」

ノアが、ポケットから名刺を出して渡してくれる。

それを無くさないように、大事にハンカチに包んでからポケットにしまい込む。


「こちらこそ、よろしくお願いします!」


◇◇◇


ノアから離れて、一人空を見上げる。

(お父様、良かったわね。お父様のことをあんなに認めてくれる人がいたわよ)


わけのわからない研究にしか興味のない、浮世離れした父。

頼りない領主だと陰口を叩かれたこともある父。

世間からは軽んじられていた父。


だけど、こんなにも父に感謝してくれる人がいたのだ。

(何より、お父様のことを覚えていてくれたことが嬉しい)


久しぶりに父の話ができたことで、心がじんわりと温かくなる。



借金がなんだ!

絶対返して見せる!!

お父様、見ていてください!!


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