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20 令嬢らしさ


「ベス、大丈夫?暑くない?」


もうすぐ秋がこようとしているが、昼間はまだまだ日差しがきつい。

たまに涼しい風が吹いてくるが、今日は日差しがあるせいでその恩恵は感じられない。

体温の高い子どものベスは、暑さに弱いだろう。

途中で具合が悪くならないか心配だ。


「大丈夫よ。ほら、帽子もあるし」

ベスは元気に自分の被っている麦わら帽子に手をあてる。

庇が大きいので、日の当たりが大分マシなのだろうか。


「そう?ならいいのだけど。喉が渇いたら早めに教えてね」


暑さを考慮して、ベスの今日の服装は綿のワンピースだ。


(だけど、どうにも解せないわね・・・)


私のお古のワンピースに、これまた古い麦わら帽子。

それなのにベスが身に着けると、ものすごく可愛くみえるから不思議だ。

そして誰がどう見ても、高貴な令嬢にしか見えない。


昔、私がこのワンピースを着て外にいた時は、誰も私を領主の娘とは気が付かなかった。

(やっぱり顔?それともベスは育ちの良さが滲み出てるからかしら?)


何が違うのだろうとじっと見つめれば、私に気が付いてにっこりしながら手を振ってくれる。


(あっ、わかった。きっと中身の差ね)


人を疑うことのない素直さ、きっとこれが貴族令嬢の証なのかもしれない。

自分の中身と比べて、ついいじけてしまう。


「それにしても見事な風景だな」

馬を走らせながら、アルバート様が感嘆する。


アルバート様の眼前には、手入れされた畑が広がっている。

青空の下、畑がまるで緑の海のようにみえて目に眩しい。

遠くにある山と緑の畑が調和して、美しい景色を作っていた。


「そうでしょう?うちは皆、熱心に整備してくれますからね。おかげで作物の出来も上々、景勝地として旅行先に選んでくれる方も多いのですよ」


「あ、いや・・・」

「あれ?アルバート様、もしかしてこの景色、自然にできたものだと思っています?」


人の手が入っているからこその、この美しい景色だ。

自然のままに任せていたら、荒れ放題になってしまう。


「おいっ、アンナ、違う。多分、そういう返しがくるとは思ってなかったんだよ、お前、ちょっと最近猫が剥がれてきてるから気をつけろ」


セオドアが小声で教えてくれたつもりなのだろうが、残念ながら馬に乗っているので基本筒抜けだ。

(しまったわ・・・。いつも一緒にいるからつい気が緩んでしまったわ)

一応アルバート様の前では気を遣って、貴族令嬢らしくしていたつもりだ。


「すみません、私、あまり令嬢らしい言葉が返せなくて」

素早く猫を被り直して、しおらしくして見せたのに、すかさずセオドアが突っ込みを入れてくる。


「『あまり』じゃない、『全然』だ!」


(もう、セオドアったら、うるさいっ!!)


心の中でセオドアに文句を言っていたら、アルバート様がフォロー(?)してくれた。


「いや、私もその方が気楽でいい」

「気楽って・・・」


アルバート様が私の顔を見て、ふわりと笑う。


「アンナ嬢は令嬢らしくないからな」

(それは、褒めているのだろうか・・・?)


私の複雑な顔を見て、アルバート様が声を上げて笑いながら手綱を握り直す。


「ありのままの君でいてくれ。その方が素敵だ」


(本当にアルバート様は、私の欲しい言葉をくれるわ)

本心なのか気を遣っているのかはわからないが、アルバート様の言葉は私を優しくさせる。

自分らしく振舞って認めてもらえるなら、どんなに嬉しいことだろう。


セオドアがさっと近づいてきて、耳元で囁いてきた。

「アンナ、良かったな。でもこれ以上本性晒すと、さすがに呆れられるぞ」

「ちょっと!いい加減にしてよ。私、そんなに酷くないわよ」


揶揄い続けるセオドアの腕の中から、ベスが顔をひょっこりと出す。

アルバート様に馬に乗せてもらった経験があるからか、馬に乗っても特段怖くはないようだ。


「ねぇねぇアンナ。アンナのお馬さんはちょっと小さいけど、仔馬さんなの?」

「そうだな。そう言われれば少し小さめだな。でも耳が違うように見える。もしかして馬の種類が違うのか?」


さすがアルバート様だ。よく見ている。


「ご名答です。この子はラバよ」

「ラバ?」


「お父さんがロバで、お母さんが馬なの」

「ほう、珍しいな」

「でしょう?珍しいから売れるだろうと思って馬喰さんが連れてきたら、王都では見目の良いサラブレットが人気だから売れなかったんですって。連れて帰っても運び賃にもならないから、買ってくれって泣きつかれて昨年買ったんですよ」

「なるほど」


うふふ、と笑う。


「それが買ってみたら大正解で!丈夫で忍耐強くて力も強いから、重い物を運んでもらうのにぴったりなんですよ」


ラバにくくりつけた差し入れを叩いてみせる。

お菓子は軽いが、飲み物が結構重くなってしまったので、スタミナのあるラバにしたのだ。


本当にいい買い物だった。


「そうか、それはいいな」


アルバート様の口元がなぜか緩んでいる。

が、私の視線に気が付くと、いつもの無表情になってしまった。


「でしょう!?足場の悪い道でも安定して走れるし、何より無茶をしない性格なので安全です」

「・・・そう聞くと、私も一頭欲しくなってくるな」

(やっぱり見た目より、実用性ですよね!)


「残念ながらラバ自体は繁殖はできないみたいですけどね」


(こんなこと聞くと、ますますアルバート様も欲しくなるわよね)

うふふっ、ともう一度笑う。


「だから、繁殖させてみようかと思って先月ロバを買ったんですよ。繁殖に成功したらお知らせしますね」

(そして買ってください!)


人が手をつけていない分野に投資する。商売の基本だ。

もし王都でラバが流行れば、一儲けすることができるかもしれない。


興味を持ったアルバート様が観察しようとラバに近づくと、ラバが歯をカチカチと鳴らした。

どうやら見慣れないアルバート様を警戒しているらしい。

ラバは臆病で用心深い。


「あっ、この子の嫌がることは絶対にしないでくださいね。頑固なんで、てこでも動かなくなりますよ」

馬喰さんが言うには、ラバはロバの頑固さを受け継ぐらしい。

ちなみに賢いため、危険を感じると自分で判断して動かなくなる。


「それは、さっきのベスのようにか?」


「ぶぶっ」


セオドアが盛大に吹いてしまった。


睨むベスに、必死でセオドアが謝る。

「ごめん、ごめん、ちょっとさっきのちびちゃんを思い出してしまったから。別にラバに似てるなんて思ってねぇよ。・・・・・・あっ、ほら、土砂が崩れたのはあそこだ」


セオドアの指を辿って見てみれば、土砂が崩れているのが見えた。

山の斜面が無残に裂けていて、土が一気に押し流された跡が残っている。

はっきりとはわからないが、沢山の人が土砂を運び出している様子が窺える。


「ああ、本当だな」


一旦馬を止め、アルバート様はそう言ったきり黙っている。


セオドアも真面目な顔つきになる。


「マシューのとこに案内するよ。進捗状況がわかるはずだ」

「そうね。お願いするわ。でも道が悪いだろうし、ゆっくり行きましょう」


連日の晴天で、ここの土はもう乾いている。でも現場はどうだろう?

私たちは、静かに、慎重に進んで行った。


 

お読みいただき、ありがとうございました。


ナポレオンの肖像画として有名な「サン=ベルナール峠を越えるボナパルト」は白馬に乗っていますが、実際この時は、ラバに乗っていたと言われています。

「ラバ」・・・実はかなり優秀です。


毎日更新中ですので、引き続きお楽しみいただけたら嬉しいです。


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