19 馬に乗る
普段の様子からは想像もつかないが、セオドアは几帳面だ。
時間をきっちり守る。
馬小屋に行けば、すでに視察のための馬に鞍をつけた状態で待っていてくれていた。
準備は万端。あとはもう、馬に乗って行くだけだ。
なのに、ベスがセオドアの足にしっかりとしがみついている。
「ベス、どうしたの?クララとお花を摘みに行ったんじゃなかったの?」
横ではクララが困り顔で頬に手をあてている。
「いえ、それが、お花を摘みに外に出たんですけど、ベス様はなぜかどんどん馬小屋の方へ走っていかれまして。セオドアの姿を見つけた途端、こうしてしがみついて離れないんですよ」
まるで木に止まったセミである。
「いや、俺も離れないから理由を聞いたんだけど、この通りだんまりで」
セオドアが両手でちょっとベスを揺すぶってみるが、ベスは動かない。
放すものかと両腕を抱きつけ、ぷうっと頬を膨らませて下を向いたままだ。
アルバート様の眉は、かなり吊り上がっている。
(ああ、またお説教が始まるわね・・・)
「ベス、どうしたんだ。そんな真似をして。セオドアだって困るだろう。理由を言いなさい」
だけど先ほどの台所での会話で、少し考えることがあったのだろうか。
頭ごなしに叱らずに、ベスに理由を聞いくれている。
そのためか、いつもはすぐ謝って折れるベスが今回は負けていない。
顔を上げて、アルバート様をしっかりと見据えている。
「・・・・・だって、私を置いていくんでしょ?」
アルバート様がやれやれと空を見上げる。
「昼に説明しただろう?長時間馬に乗るから、ベスを連れては行けないって。ベスも納得してクララと待つと約束したじゃないか」
「私だって、馬に乗れるわ」
「ベス、それは私が一緒に乗せてあげたからだろう。私は腕を骨折しているから、ベスと一緒に乗ることはできないんだ。わかるだろう?」
アルバート様が折れた右腕を上げてみせる。
「でも、おじ様は馬の扱いが上手だわ」
「いいか、一緒に乗るということは、もしもの時のために片手でベスを支え、もう片方の手で手綱を握らなきゃいけないんだ。見てごらん。おじ様の使える手は、今一本しかないだろう。無理なものは無理だ」
だが、ベスも粘る。
「・・・昨日、4人でお友達になったのに、私だけ仲間外れにするの?」
「それとこれとは話が違うだろう?いい加減にセオドアから離れなさい」
いつもはすぐ引き下がるベスが、今日は譲らない。
(珍しいこともあるものね。よっぽど行きたいのかしら)
先ほどベスの我儘を聞いてあげてとお願いした手前、本当なら私が乗せるべきだろう。
(だけど、私は乗馬はそんなに上手じゃないのよね)
一人で乗るのが精一杯だ。
無理してベスを一緒に乗せて、怪我でもさせたら本末転倒だ。
アルバート様も、先ほどの話が頭にあるのか強くは言えないようだ。
ベスは足までセオドアの足に絡めはじめ、てこでも動きそうにない。
終止符を打ったのはセオドアだった。
「あ~、もう仕方がないなぁ。俺が乗せればいいんだろう?」
セオドアが苦笑いしている。
「『情けは人のためならず』ってな。その内、俺にも何かいいこと巡ってくるだろ」
しがみついているベスの頭をぽんぽんと優しく叩く。
「それにこのちびちゃんが俺のとこまで来るってことは、最初から俺に乗せてもらうつもりできたんだろうし」
「まぁっ」とクララが驚く横で、ベスが、えへへっと舌を出す。
「いいさ。俺が乗せる。ただ俺の馬は気性が荒いから二人は無理だ。おじ様が乗ってくれ。俺たちはこっちの栗毛にするわ」
ベスを抱えて鞍に乗せ、自分も馬に跨る。
「セオドア、ちょっと無理じゃない?他の馬にしましょうよ」
慌ててセオドアの側に行き、小声で囁く。
なぜならセオドアの乗る黒毛は、乗る人を選ぶ。
私はかろうじて乗せてくれるが、馬丁のジョージはこんなに世話をしているのに、一度も乗せてくれないと嘆いていた。自分が認めた人間しか乗せないプライドの高い馬だ。
「だって、今から鞍取り替えるの面倒じゃん。大丈夫だよ。あの人、馬の扱い慣れているし」
「いや、でも片手しか使えないし」
「いけるだろ、仮にも騎士だったんだろ」
二人でこそこそと言い合っていると
「大丈夫だ」
ひらりとアルバート様が馬に跨る。
そして黒毛を撫でれば、黒毛はブルルッと鼻を鳴らしたがそのまま大人しくしている。
(私の時と態度が違う!!)
クララが後ろで小さく「素敵!」と叫ぶのが聞こえた。




