17 お願い
これでひとまず差し入れの準備はできた。
ここまで準備すれば、あとはセオドアが馬に載せておいてくれる。
「さて、私たちも準備しておきましょうか。アルバート様は着替えられますか?」
「いや、私はもうこのままでいいだろう。どうせ汚れるだろうし」
思わず、洗濯する手間が省けたと心の中でガッツポーズを取る。
「わかりました。でも、本当にアルバート様もお見えになるんですか?」
今日の視察には、アルバート様も行くことになっている。
「ああ、勿論だ」
「道中結構長いですよ。その腕で馬に乗るのは危なくないですか?」
アルバート様が普通に生活しているから忘れがちになるが、右腕は骨折中だ。
「問題ない。昔もこうして馬に乗った」
「骨折してて、ですか?」
「ああ。昔兄上と川で遊んでいてな。足だけ水につけて遊ぶつもりだったが、藻に足を取られて勢いよく滑ってしまったのだ。手のつき方が悪かったのか、それで骨折した」
「・・・・・・意外と鈍くさかったんですね」
「だから、子どもの時の話だ」
恥ずかしかったのか、コホンと咳ばらいをする。
「家を黙って抜け出して行ったものだから、骨折したとは言いだしにくくてな」
「でも服が濡れている時点でバレたのでは?」
「ああ。だが川に入ったのはバレてもいいが、怪我までこしらえたとあっては、もっと怒られるだろう?」
「で、秘密にした、と」
「ああ。骨折したことを隠すために普段通りの生活をしたからね。当然馬にも乗った」
「まあ!それは大変だったでしょう」
骨折したことを見抜かれないようにしたということは、当然骨折した腕も固定しなかっただろう。
生活するのも大変だっただろうが、何より痛かったに違いない。
「ただ何故か家庭教師の先生にだけはバレたんだが、『片腕だけで生活するいい機会だ!』って、むしろ色々やらされたよ。さすがに片腕だけで剣の稽古をさせられた時はきつかったな」
当時を思い出したのか、アルバート様は苦笑いだ。
「それはまた、なかなか豪気な性格の先生ですね。でもそんなにまでして、どうして骨折してると言わなかったのです?」
「川に無理やり誘ったのも私なら、転んだのも私。兄上は痛くて泣いている俺をおんぶして連れ帰ってくれたよ。兄上は何も悪くない。なのに兄上だけが『お前がついていながら』と怒られてな。兄上は一言も弁明しなかったよ。勿論私を責めることもなかった。だからこれ以上、兄上の怒られる姿を見たくなかったんだ」
「素敵なお兄様ですね」
「ああ、尊敬している」
アルバート様は、お兄様が本当に好きなんだろう。
いつになく目が優しかった。
何となく言うなら今かな、と思い、話を切り出す。
「ところでアルバート様。少しベスに厳しくありませんか?」
「そうかな?」
「まだ7歳の子どもですよ。あんなちょっとした言葉尻を取らなくてもいいのではありませんか?」
「・・・アンナ嬢。私たちはある程度身分がある者なのだ。自然、注意をしてくれる者は少ない」
「そうかもしれませんが・・・」
「甘やかすのは簡単だが、その結果あの子が傍若無人に振舞うようになったらどうするのだ?人に嫌われ、足元を掬われるようなことになったら?君は責任が取れるのか?」
「・・・・・・・・・」
「私はあの子が大事だからこそ、注意しているんだ」
「・・・・・・そうですね、私が浅はかでした。すみません」
アルバート様が静かに淡々と話すので、余計に自分の短慮が恥ずかしくなった。
ベスのことを本当に思うのであれば、確かにアルバート様の言うことは正しい。
(正しいのよ、確かに正しいのよ。でも、やっぱり厳しすぎるような気がするのよね)
叱られてしょんぼりするベスのことを思い、もう少しだけ言ってみる。
「ただ、私が以前、孤児院に慰問に行った時に、シスターが言っていたんですよね」
「・・・何をだ?」
「『聞き分けのいい子ほど注意しなさい』って。我儘な子の方が心配ないんですって。それだけ自分が受け入れられている自信があるから我儘も言えるそうですよ。それに我儘を言う分、注目もされやすいし、大人にも構われるでしょう?」
「ああ、そうかもしれないな」
「でも、聞き分けのいい子は誰にも注目されません。だって、手がかからないから。どうしても手のかかる他の子が優先されますよね。だけどその内、我慢を重ねたことで心がいつか死んでしまうそうです」
「それは・・・」
「ベスは、我儘を言わないでしょう?」
アルバート様を見上げて聞いてみる。
「・・・いや、結構言っているように思えるが」
「でも、アルバート様が諫めたら、すぐに言うことをききますよ」
「・・・・・・・それもそうだな」
「安心できる状況でないと、子どもは我儘を言わないそうです。勿論ベスがそうだとは言っていません。でも、今は両親から離れて不安だと思うんです。アルバート様の言うことはもっともですが、ここにいる間、少しぐらいベスのお願いや我儘も聞いてあげませんか?」
「そうだな。アンナ嬢の言うことも一理ある。考えてみよう」
良かった。
アルバート様は、ガチガチに頭が固そうにみえるが、こんな風に人からの意見を柔軟に受け入れてくれる。少しだけホッとする。
「私、昔、我慢に我慢を重ねたことがあったので、何となく見ていられなくて。ただ、私の場合は感情を爆発させて、元の我儘な子どもに戻りましたけど」
「・・・もしかして、家宝の壺を割ったことか?」
(セオドアめ!しゃべったわね!!!)
「え、ええ。そうですよ」
「わざわざ持ってきたらしいな?」
(ええ、わざわざ椅子の上に乗って壺を取りましたよ!?)
「その後、家出したのも本当か?」
自分でも、顔が赤くなるのがわかる。
「もうっ、そうですよ。子どもの時の話です。そんなに言わないで下さい!」
アルバート様が笑い声をあげる。
「ああ、そうだな。ベスに家出されては大変だ。少し大目にみようと思う」
「すみません。偉そうなことを言ってしまって」
「いや、こちらこそ。でも私も気を付けるよ。頭ごなしに叱らないようにしよう。ついベスが可愛くてね。大人になって困らないようにと先々を心配してしまうものだから」
「・・・・・・まるでお父さんですね」
「頼むから、それ、言わないでくれ。セオドアにも言われたし、結構気にしているんだ」
アルバート様ががっくりと肩を落とす。
そんなアルバート様がおかしくて、私もつい笑った。




