144 その後のヘンリー
今日は初めての人事考課面接だ。
閉鎖的な騎士団に改革が必要だと、ようやく上が判断したのだろう。
上司が俺たちの業績や行動を点数で評価し、その結果や今後の課題を本人に伝えるらしい。
もちろん、下からも上司に意見が直接伝えられる、貴重な場でもある。
長年勤めてきた俺には、そろそろ隊長の声がかかってもいいはずだ。
だが現実は、同期どころかと後輩にまで階級を抜かされていく一方だ。
ここで黙っていては何も変わらない。
ガツンと文句を言うべきだろう。
(・・・いや、今度こそ俺の正当な評価をもらえるのかもしれないな)
出世する奴は、フランシスのように家柄のいい奴や、学院出身の頭でっかちな奴ばかりだ。
公正な評価制度ができたことで、ようやく俺にも出世の道が開けたのかもしれない。
出世すれば、貰える給料も増える。
酒場のツケも溜まっているし、借金の返済があるせいで俺の懐はいつも寒い。
長年勤めてきた俺に最高評価を、いや、もしかしたら隊長昇進の打診があるかもしれないと、高鳴る胸を押さえながら扉を開けた。
(・・・ちっ、こいつが面接するのかよ)
扉を開けると、気取った口髭が相変わらず鼻につくカーター団長が、正面に座っていた。
厳格な面持ちで俺に席を勧めてくるその態度からして、俺に好意を抱いていないことは、見え見えだった。
昨年、ベンジャミン団長が降格し、第五騎士団から異動してきたこの団長は、どうにも俺の苦手なタイプだ。
隣には、今や隊長となったギネス家のトムが、冷ややかな目つきでじっと控えていた。
(子爵家コンビかよ!下位貴族が偉っそうに!)
カーターはおもむろに手を組み、気障ったらしい口調で俺に告げた。
その態度に、思わず眉を顰めた。
「ヘンリー、率直に言うよ。君の評価は、最低ランクだ」
「・・・・・・・・・は?」
「君の能力、勤務態度等を総合して加味した結果だ。何か言いたいことはあるか?」
「大ありですよ!なんで、俺が最低ランクなんですか?そんなの、新人と一緒ですよね!?」
あまりのことに、目の前の机を叩き割りたい衝動に駆られる。
最低ランクなんて、使えない新人と同じ扱いだ。
「それがどうしてなのか、君はわからないのかね?」
目の前のカーターは、気障ったらし口調のまま、冷たく俺を見据えている。
まるで、その視線の一つひとつが俺を断罪するかのようだ。
「俺が、何年騎士団にいると思っているんですか!?」
「年数は関係ない。いや、年数に応じて、それ相応の役割や責任が出てくるのは当然だろう。いつまでも新人気分でいてもらっては困る」
「そんなことありません!それに俺には、剣の腕だってある!」
「ああ、そうだね。でも、君より強い騎士はいくらでもいる。それに、長年在籍しているからといって、騎士団に貢献できなければ意味がない。むしろ、素直な分だけ、新人の方がまだ使いやすい」
「は?」
「わからないのか?君は、新人以下と言っているんだ」
「どういう意味ですか!?」
やれやれ、と呆れたようにカーターが首を振る。
俺は、このこいつの演技じみた態度が本当に大嫌いだ。
「ヘンリー、君は、今月の夜の歩哨に何回勤務した?」
「えっ?」
カーターの突然の言葉に、一瞬表情が固まる。
もしかして、カーターは全部知っているのだろうか。
「歩哨はベテランと新人が警戒・監視を二人一組で行う大事な任務だ。だが君は理由をつけ、後輩たちに押し付けていたそうだな」
「あ、いや、それは」
後輩に押し付けていたことが露見したのか。
誰が告げ口をしたのかと唇を噛み、視線を落とす。
後で締め上げてやる、と後輩たちの顔を一人ひとり思い浮かべた。
「本来君が入るはずだった夜の歩哨を、複数回にわたって後輩に回しているのを、私はすでに確認している」
「あの、でも・・・・・・」
「君が歩哨当番をしたのは、今月中、一度もないよな。通常の団員であれば、5日に一度は必ず割り当てられる」
「た、体調が悪くて・・・!」
「体調不良の際は、他の団員と交代するよう、規則に定められているはずだ」
「え、ええ。ですから、こ、交代していました!」
「交代というのは、代わりにやることを言うのだろう?君はただ、新人や後輩に自分の役目を押し付けていただけじゃないか。交代してもらった後輩の代わりに、君が歩哨に立ったことなんて、一度もないだろう?」
「そ、そうですが・・・」
「何より、経験の浅い者だけで歩哨なんて、あり得ない」
「あ、いや、でも、これまで一度も不測の事態ありませんでしたし、新人でも問題ないと思ったものですから・・・」
「不測の事態が起きなかった?これまでなかったからといって、これからも起きないとは限らない。だからこそ、歩哨が必要なのだ。そんなことも言われないとわからないのか」
「で、でも・・・」
「だからこその、この評価だ」
「あ、あの、待ってください!これには、理由があるんです!!」
こうなれば、恥も外聞もない。
理由を説明し、無罪放免してもらおう。
だが、カーターはにべもなく、俺の懇願を切り捨てた。
口髭の下でわずかに笑みを浮かべ、細い目でじっと見据える。
「理由?どんな理由があろうとも、許されるわけない」
「あ、あ、あの、聞いてください!俺、実は借金があって!!」
「借金?」
目の奥の鋭さは変わらない。
だが、ほんのわずかに、カーターの視線が揺れた気がした。
(よし、しめた!同情を引いて許してもらおう!!)
うちは、俺が思っていたよりも裕福ではなかった。
俺の慰謝料は、羽振りの良かったモイン家から借りて支払ったらしい。
しかしモイン家の不正が発覚すると、そこから借金していたうちも同罪だと世間で噂された。
ホランド家の名誉を守るため、親父はモイン家から借りた1千万ゴールディをただちに返済せざる得なかった。
だが、懇意にしていたケッペル商会のサイラスも捕まり、高齢の親父に金を借す金融業者はいなかった。
金なんていつでも貸してもらえるのが当然だと思っていたが、審査で落とされることがあるのだと初めて知った。
結局、俺が金融業者から借りて支払うことになったのだ。
「は、はい。その、婚約を破棄したときに渡した慰謝料のせいで、借金があり、生活はかなり苦しい状況です。そのため、夜は別の仕事をせざるを得ず、歩哨に入れなかったのです」
夜の歩哨を押し付けた最大の理由。
それは、アンナに払った慰謝料の返済だ。
毎日ではないが、金を稼ぐために酒場の用心棒をしていた。
眠くて歩哨なんてやっている場合ではなかった。
「個人的な理由の借金じゃないか。それが、仕事に何の関係があるのだ?」
「いや、しかしですね・・・」
「しかも、騎士団では副業を禁止している」
「あ、でも、そうかもしれませんが・・・」
「自分で規則違反を申告するとは、救いがたい馬鹿だな。君の処分については、後で言い渡す」
「ちょっと待ってください。処分って、どういうことですか?まさか首ですか?」
「・・・君のこれまでの行いも含めて、総合的に判断させてもらおう」
(俺の価値を、子爵家ごときのお前が決めるのか!?)
その上から目線の言葉に、思わずカッと頭に血が上り、全身が熱くなるのを感じた。
「判断って・・・!俺はそんなに悪いことはしていないはずだ!!」
「そんなに?これだけ違反していれば十分だろう。お前が見張りを怠ったせいで、何か起きていたらどうするつもりだった?責任は取れるのか?」
「それにしたって、ちょっとサボったくらいで、あんまりだ!」
「ちょっと?記録を見る限り、君はずいぶん昔から仕事に手を抜いていたようだが?」
カーター団長は机の引き出しから書類を取り出して、俺の目の前に置いた。
その綺麗な字には、どこか見覚えがあるような気がしたが、思い出せなかった。
「記録?」
「君の態度がよほど目に余ったんだろう。克明に記録をつけていた者がいたんだ」
(誰だよ!そんな陰湿なことをしやがったのは!!)
出世しそうな俺を妬み、足を引っ張ろうとしたに違いない。
その執念深い手口に、怒りが収まらなかった。
「これだけでは処分に足りなかったが、今回の件が加わった。君は、規則違反にならずに済むよう、上手く立ち回っていたようだ。だが、これだけ多いと、さすがに目に余る」
「そんな・・・」
「今のうちに、身辺の整理をしておけ」
(首ってことかよ!)
カーターを思い切り睨むが、表情筋ひとつ動かさず座っている。
こいつの下で働くのはごめんだ。
それでも、生活がかかっている以上、首になるわけにはいかない。
「ま、待てよ!い、いや、待ってください!!それだけで首なんて、あんまりです!」
「私には、十分だと思うがな。それに、君は訓練と称して、新人に稽古をつけていたな。救護担当のガブリエル隊長がひどく怒っていた。最近、怪我をする新人が多いので調べたら、君の名前が出てきた」
「いえ、それは先輩として、新人を鍛えようとしていただけです」
憂さ晴らしに新人を叩きのめしていたのは、事実だ。
だが、カーターの目を真っ直ぐに見つめ、潔白を装って必死に訴える。
うるさいセオドアに見つからないようこっそりやっていたのに、どうやら知られてしまったらしい。
だが、先輩が後輩を鍛えることはよくあることだ。
この件に関しては、俺にお咎めはないはずだ、と自分に言い聞かせる。
カーターは口髭の下で薄く笑い、俺を見下ろすように目を細めた。
冷たく、計算された視線が胸に突き刺さる。
「新人教育は、第七騎士団が受け持っている。君の所属はどこだ?」
「・・・・・・第二騎士団です」
「君は、第二騎士団の仕事を放り出して、わざわざ新人の訓練棟まで行き、稽古をつけていたわけだな」
(くっそ、この嫌味な言い方!)
こいつの気障な口髭を一本ずつ引き抜いてやれたら、どんなに気持ちがすっとするだろうか。
せめて、こいつの慌てふためく顔が見たい。
もう、これは最後の切り札を出すしかないだろう。
「・・・カーター団長。お忘れかもしれませんが、俺の実家は歴史ある伯爵家です」
「それがどうかしたのか?」
そんなことは当然知っているとばかりに、カーターが聞き返す。
トムは軽蔑した視線を向けてきた。
まさかそんな反応が返ってくるとは思わず、俺は呆然とした。
「まさか騎士団で身分の差を持ち出すつもりじゃないだろうな。騎士は完全なる実力主義だと、新人の頃に教わったはずだろう?」
(いや、それは建前じゃないか!)
身分のある者は、それなりの地位について、扱いも当然違う。
俺も新人の頃は、周囲がやたら気を遣って声をかけてきたものだ。
「え、いや、第一騎士団のエリオット団長は侯爵ですし・・・」
「それを言うなら、私は子爵家出身だ。第三騎士団長のオークリーは叙爵されて伯爵だが、元は平民だ。ここにいるトムだって、実家は子爵家だったはずだ。なあ、そうだったな?」
「はい。私はしがない子爵の三男坊です」
「いいか、騎士はひとたび有事に臨めば、命を互いに預け合うのだ。身分で昇進を忖度することなどありえない。ましてや、君みたいな信用ならない人間は不要だ」
(こいつ、自分だって大して偉くもないくせに!)
ぶん殴ってやりたい気持ちを抑え、ぎゅっと拳を握り締める。
腕に自信はあるが、二対一では勝ち目がないことは、目に見えていた。
「処分が決まったら連絡する。今日からお前は謹慎だ」
「そんな勝手に・・・!!!」
「こちらは君の勤務態度や証言など、証拠はいくらでもある。不満があるなら、申し立てをすればいい」
反論を許さない冷たい視線。
カーターの威圧に押され、俺は重い足取りで部屋を後にした。
お読みいただきありがとうございます。
また、ブクマ、評価をしていただき、ありがとうございました。
作中の「トム」は、「12 ホランド伯爵家」に登場しています。
また、「カーター団長」は、「82 理不尽」「114 続 ライアン様」に登場しています。
よかったら、ご覧ください。




