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婚約破棄されたら幸せを拾いました  作者: 夏つばき


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144/153

144 その後のヘンリー


今日は初めての人事考課面接だ。

閉鎖的な騎士団に改革が必要だと、ようやく上が判断したのだろう。

上司が俺たちの業績や行動を点数で評価し、その結果や今後の課題を本人に伝えるらしい。

もちろん、下からも上司に意見が直接伝えられる、貴重な場でもある。


長年勤めてきた俺には、そろそろ隊長の声がかかってもいいはずだ。

だが現実は、同期どころかと後輩にまで階級を抜かされていく一方だ。

ここで黙っていては何も変わらない。

ガツンと文句を言うべきだろう。


(・・・いや、今度こそ俺の正当な評価をもらえるのかもしれないな)

出世する奴は、フランシスのように家柄のいい奴や、学院出身の頭でっかちな奴ばかりだ。

公正な評価制度ができたことで、ようやく俺にも出世の道が開けたのかもしれない。

出世すれば、貰える給料も増える。

酒場のツケも溜まっているし、借金の返済があるせいで俺の懐はいつも寒い。


長年勤めてきた俺に最高評価を、いや、もしかしたら隊長昇進の打診があるかもしれないと、高鳴る胸を押さえながら扉を開けた。


(・・・ちっ、こいつが面接するのかよ)

扉を開けると、気取った口髭が相変わらず鼻につくカーター団長が、正面に座っていた。

厳格な面持ちで俺に席を勧めてくるその態度からして、俺に好意を抱いていないことは、見え見えだった。

昨年、ベンジャミン団長が降格し、第五騎士団から異動してきたこの団長は、どうにも俺の苦手なタイプだ。

隣には、今や隊長となったギネス家のトムが、冷ややかな目つきでじっと控えていた。


(子爵家コンビかよ!下位貴族が偉っそうに!)

カーターはおもむろに手を組み、気障ったらしい口調で俺に告げた。

その態度に、思わず眉を顰めた。


「ヘンリー、率直に言うよ。君の評価は、最低ランクだ」


「・・・・・・・・・は?」

「君の能力、勤務態度等を総合して加味した結果だ。何か言いたいことはあるか?」

「大ありですよ!なんで、俺が最低ランクなんですか?そんなの、新人と一緒ですよね!?」


あまりのことに、目の前の机を叩き割りたい衝動に駆られる。

最低ランクなんて、使えない新人と同じ扱いだ。


「それがどうしてなのか、君はわからないのかね?」


目の前のカーターは、気障ったらし口調のまま、冷たく俺を見据えている。

まるで、その視線の一つひとつが俺を断罪するかのようだ。


「俺が、何年騎士団にいると思っているんですか!?」

「年数は関係ない。いや、年数に応じて、それ相応の役割や責任が出てくるのは当然だろう。いつまでも新人気分でいてもらっては困る」

「そんなことありません!それに俺には、剣の腕だってある!」

「ああ、そうだね。でも、君より強い騎士はいくらでもいる。それに、長年在籍しているからといって、騎士団に貢献できなければ意味がない。むしろ、素直な分だけ、新人の方がまだ使いやすい」


「は?」

「わからないのか?君は、新人以下と言っているんだ」

「どういう意味ですか!?」


やれやれ、と呆れたようにカーターが首を振る。

俺は、このこいつの演技じみた態度が本当に大嫌いだ。


「ヘンリー、君は、今月の夜の歩哨に何回勤務した?」

「えっ?」


カーターの突然の言葉に、一瞬表情が固まる。

もしかして、カーターは全部知っているのだろうか。


「歩哨はベテランと新人が警戒・監視を二人一組で行う大事な任務だ。だが君は理由をつけ、後輩たちに押し付けていたそうだな」

「あ、いや、それは」


後輩に押し付けていたことが露見したのか。

誰が告げ口をしたのかと唇を噛み、視線を落とす。

後で締め上げてやる、と後輩たちの顔を一人ひとり思い浮かべた。


「本来君が入るはずだった夜の歩哨を、複数回にわたって後輩に回しているのを、私はすでに確認している」

「あの、でも・・・・・・」

「君が歩哨当番をしたのは、今月中、一度もないよな。通常の団員であれば、5日に一度は必ず割り当てられる」

「た、体調が悪くて・・・!」

「体調不良の際は、他の団員と交代するよう、規則に定められているはずだ」

「え、ええ。ですから、こ、交代していました!」

「交代というのは、代わりにやることを言うのだろう?君はただ、新人や後輩に自分の役目を押し付けていただけじゃないか。交代してもらった後輩の代わりに、君が歩哨に立ったことなんて、一度もないだろう?」

「そ、そうですが・・・」

「何より、経験の浅い者だけで歩哨なんて、あり得ない」

「あ、いや、でも、これまで一度も不測の事態ありませんでしたし、新人でも問題ないと思ったものですから・・・」


「不測の事態が起きなかった?これまでなかったからといって、これからも起きないとは限らない。だからこそ、歩哨が必要なのだ。そんなことも言われないとわからないのか」

「で、でも・・・」

「だからこその、この評価だ」


「あ、あの、待ってください!これには、理由があるんです!!」


こうなれば、恥も外聞もない。

理由を説明し、無罪放免してもらおう。


だが、カーターはにべもなく、俺の懇願を切り捨てた。

口髭の下でわずかに笑みを浮かべ、細い目でじっと見据える。


「理由?どんな理由があろうとも、許されるわけない」

「あ、あ、あの、聞いてください!俺、実は借金があって!!」

「借金?」


目の奥の鋭さは変わらない。

だが、ほんのわずかに、カーターの視線が揺れた気がした。


(よし、しめた!同情を引いて許してもらおう!!)

うちは、俺が思っていたよりも裕福ではなかった。

俺の慰謝料は、羽振りの良かったモイン家から借りて支払ったらしい。


しかしモイン家の不正が発覚すると、そこから借金していたうちも同罪だと世間で噂された。

ホランド家の名誉を守るため、親父はモイン家から借りた1千万ゴールディをただちに返済せざる得なかった。


だが、懇意にしていたケッペル商会のサイラスも捕まり、高齢の親父に金を借す金融業者はいなかった。

金なんていつでも貸してもらえるのが当然だと思っていたが、審査で落とされることがあるのだと初めて知った。

結局、俺が金融業者から借りて支払うことになったのだ。


「は、はい。その、婚約を破棄したときに渡した慰謝料のせいで、借金があり、生活はかなり苦しい状況です。そのため、夜は別の仕事をせざるを得ず、歩哨に入れなかったのです」


夜の歩哨を押し付けた最大の理由。

それは、アンナに払った慰謝料の返済だ。

毎日ではないが、金を稼ぐために酒場の用心棒をしていた。

眠くて歩哨なんてやっている場合ではなかった。


「個人的な理由の借金じゃないか。それが、仕事に何の関係があるのだ?」


「いや、しかしですね・・・」

「しかも、騎士団では副業を禁止している」


「あ、でも、そうかもしれませんが・・・」

「自分で規則違反を申告するとは、救いがたい馬鹿だな。君の処分については、後で言い渡す」

「ちょっと待ってください。処分って、どういうことですか?まさか首ですか?」


「・・・君のこれまでの行いも含めて、総合的に判断させてもらおう」


(俺の価値を、子爵家ごときのお前が決めるのか!?)

その上から目線の言葉に、思わずカッと頭に血が上り、全身が熱くなるのを感じた。


「判断って・・・!俺はそんなに悪いことはしていないはずだ!!」

「そんなに?これだけ違反していれば十分だろう。お前が見張りを怠ったせいで、何か起きていたらどうするつもりだった?責任は取れるのか?」

「それにしたって、ちょっとサボったくらいで、あんまりだ!」


「ちょっと?記録を見る限り、君はずいぶん昔から仕事に手を抜いていたようだが?」


カーター団長は机の引き出しから書類を取り出して、俺の目の前に置いた。

その綺麗な字には、どこか見覚えがあるような気がしたが、思い出せなかった。


「記録?」

「君の態度がよほど目に余ったんだろう。克明に記録をつけていた者がいたんだ」


(誰だよ!そんな陰湿なことをしやがったのは!!)

出世しそうな俺を妬み、足を引っ張ろうとしたに違いない。

その執念深い手口に、怒りが収まらなかった。


「これだけでは処分に足りなかったが、今回の件が加わった。君は、規則違反にならずに済むよう、上手く立ち回っていたようだ。だが、これだけ多いと、さすがに目に余る」

「そんな・・・」

「今のうちに、身辺の整理をしておけ」


(首ってことかよ!)

カーターを思い切り睨むが、表情筋ひとつ動かさず座っている。

こいつの下で働くのはごめんだ。

それでも、生活がかかっている以上、首になるわけにはいかない。


「ま、待てよ!い、いや、待ってください!!それだけで首なんて、あんまりです!」


「私には、十分だと思うがな。それに、君は訓練と称して、新人に稽古をつけていたな。救護担当のガブリエル隊長がひどく怒っていた。最近、怪我をする新人が多いので調べたら、君の名前が出てきた」

「いえ、それは先輩として、新人を鍛えようとしていただけです」


憂さ晴らしに新人を叩きのめしていたのは、事実だ。

だが、カーターの目を真っ直ぐに見つめ、潔白を装って必死に訴える。

うるさいセオドアに見つからないようこっそりやっていたのに、どうやら知られてしまったらしい。


だが、先輩が後輩を鍛えることはよくあることだ。

この件に関しては、俺にお咎めはないはずだ、と自分に言い聞かせる。


カーターは口髭の下で薄く笑い、俺を見下ろすように目を細めた。

冷たく、計算された視線が胸に突き刺さる。


「新人教育は、第七騎士団が受け持っている。君の所属はどこだ?」


「・・・・・・第二騎士団です」

「君は、第二騎士団の仕事を放り出して、わざわざ新人の訓練棟まで行き、稽古をつけていたわけだな」


(くっそ、この嫌味な言い方!)

こいつの気障な口髭を一本ずつ引き抜いてやれたら、どんなに気持ちがすっとするだろうか。

せめて、こいつの慌てふためく顔が見たい。

もう、これは最後の切り札を出すしかないだろう。


「・・・カーター団長。お忘れかもしれませんが、俺の実家は歴史ある伯爵家です」

「それがどうかしたのか?」


そんなことは当然知っているとばかりに、カーターが聞き返す。

トムは軽蔑した視線を向けてきた。

まさかそんな反応が返ってくるとは思わず、俺は呆然とした。


「まさか騎士団で身分の差を持ち出すつもりじゃないだろうな。騎士は完全なる実力主義だと、新人の頃に教わったはずだろう?」


(いや、それは建前じゃないか!)

身分のある者は、それなりの地位について、扱いも当然違う。

俺も新人の頃は、周囲がやたら気を遣って声をかけてきたものだ。


「え、いや、第一騎士団のエリオット団長は侯爵ですし・・・」

「それを言うなら、私は子爵家出身だ。第三騎士団長のオークリーは叙爵されて伯爵だが、元は平民だ。ここにいるトムだって、実家は子爵家だったはずだ。なあ、そうだったな?」

「はい。私はしがない子爵の三男坊です」


「いいか、騎士はひとたび有事に臨めば、命を互いに預け合うのだ。身分で昇進を忖度することなどありえない。ましてや、君みたいな信用ならない人間は不要だ」


(こいつ、自分だって大して偉くもないくせに!)

ぶん殴ってやりたい気持ちを抑え、ぎゅっと拳を握り締める。

腕に自信はあるが、二対一では勝ち目がないことは、目に見えていた。


「処分が決まったら連絡する。今日からお前は謹慎だ」

「そんな勝手に・・・!!!」

「こちらは君の勤務態度や証言など、証拠はいくらでもある。不満があるなら、申し立てをすればいい」


反論を許さない冷たい視線。

カーターの威圧に押され、俺は重い足取りで部屋を後にした。



お読みいただきありがとうございます。

また、ブクマ、評価をしていただき、ありがとうございました。


作中の「トム」は、「12 ホランド伯爵家」に登場しています。

また、「カーター団長」は、「82 理不尽」「114 続 ライアン様」に登場しています。

よかったら、ご覧ください。

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