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13 放牧場


鳥たちの声が聞こえて、ハッと書類から顔をあげれば、もうオレンジ色の光が差し込んできている。


「しまった、もう夕方だわ!」

仕事に熱中しすぎていて、時間が経つのも忘れていた。


机の横には、サンドイッチとポトフが置いてある。

(そう言えば、お昼ですよとクララが持ってきてくれたような気がする)


もうすでにサンドイッチのパンは乾いているし、当然ながらポトフは冷えている。

食べないでおこうかと思ったけど、クララの顔が浮かんで慌てて手に取る。

(いけない、いけない。また食べないと心配される)


とりあえず片手でサンドイッチを頬張りながら、冷めた紅茶で流し込む。

ポトフは、夕食にでも温め直してから食べよう。


「あっ、そうだ!ベス、ベスよ!ベスたちはどうしたかしら?」


随分と長い時間放っておいてしまった。

とりあえずポトフを片手に台所へ飛び込めば、クララが包丁を持って野菜を刻んでいる。


「ごめんね、つい仕事に夢中になっちゃって。ベスたちはどこにいるかしら?」

「ああ、セオドアと馬の餌やりに行ってますよ。・・・あら、お嬢様、ポトフ、お召し上がりにならなかったのですか?サンドイッチだけだと野菜不足でお肌が荒れますよ」


顔を上げたクララが、目敏く私の残したポトフに気付く。

(そっとお鍋に戻すつもりだったのに)


「ごめんなさい。ちゃんと夕食の時に食べるわ。今日の夕食は何かしら?」

「ああ、ソニーがいいお魚が沢山釣れたからお嬢様にって持ってきてくれたんですよ。だからムニエルにしようと思って」

「あら、いいわね。あとでソニーに会ったら、お礼を言っておくわ」


台所に素早く目を走らせる。

買い物に行ったのか、床に置いている野菜箱も満杯だ。


「あら、さつまいもとニンジンがあるじゃない?ベスたちを連れて戻ってきたら、これで私がポタージュを作るから置いといて」

「いいですよ、お嬢様。そんなの手間がかかるでしょう」

「いいの、いいの。ムニエルにするなら小骨も取らないといけないし、面倒でしょう?私がポタージュを作るわ。沢山作れば明日の朝に回せるしね」


クララだって疲れている。

夕食作りを手伝って、少しでも負担を軽くしたい。


「それがお嬢様。うちの息子があるだけ食べてしまうから、ほとんど残ることはないんですよ」


息子の成長が嬉しいのか、食費がかかると困っているのか、微妙な表情だ。

(セオドアの食費を削ろうと考えるほど、お金に困ってないわよ)


うちはそんなにお金がないと心配されているのだろうか。

少し複雑な気分になる。


「あら、さすが成長期ね。セオドアには大きくなってもらえるように、どんどん食べてもらいましょう」


とりあえず、暗に食費の心配はしなくていいと明るく伝えておく。


ただ、どれだけ食べても、セオドアは今のところ縦にも横にも伸びていない。

(クララが小柄だしね。セオドアはクララに似たのかしら)


本人も気にしているようなので、せめてお腹いっぱい食べさせて、身長が伸びるよう陰ながら応援するだけだ。


「ちょっとベスたちの様子を見てくるわね」


馬小屋まで走りだす。

結構な距離にはなるが、小さい頃から走り慣れた道だ。

あっという間に馬小屋が見えてくる。


「ベス?いるのかしら?ねぇ、どこにいるの?」

入口から覗いてみるが、誰も馬小屋にはいないようだ。


馬小屋に入ってみれば、まだ馬も馬房に入っていない。

(放牧場の方かしら?)


放牧場になると、更に遠いし坂道になるので面倒だったが、折角ここまできたので行ってみることにした。


「あ、良かった、いたいた、ベス~」

ふうふうと息を吐きながら坂道を上ると、ベスが放牧柵にのって馬を見ている。

手を振れば、ベスが私に気付いて手を大きく振り返してくれる。


「アンナ~、お仕事終わった?」

いつから外にいたのか、日焼けして顔が赤くなっている。


「おかげで終わったわ。ありがとう。ベスもお馬さんにご飯はあげられたかしら?」

「うん!ニンジンとリンゴをあげたの!私の手から食べてくれたのよ!!」

「まあ、それは良かったわね」


「大きいから、最初はちょっと怖かったけど、目が優しくて。私、すぐに仲良くなれたのよ」

「すごいわ、ベス」

ベスの目が輝いている。

きっとすごく嬉しかったのだろう。

ベスがドキドキしながらも馬にエサをあげる光景が目に浮かぶ。


「ねぇねぇ、アンナはお馬さんのご飯のあげかた、わかる?セオドアに聞いたの。こうやって、手のひらを開いてリンゴをのせないといけないのよ。でないと指を噛まれちゃうんだって。急に手を動かしてもダメなのよ」


実演して見せながら、ベスのおしゃべりが止まらない。

どれだけ楽しかったのかがよくわかる。


セオドアも、私を見つけて駆け寄ってきた。


「あ、いたいた、アンナ。仕事、目途ついたのか」

「ありがとう、セオドア。おかげさまで何とかなりそう。そっちは?」

「ああ、いい感じだ。最初の頃より工事も随分捗ってたよ。明日、視察に行くか?」

「そうね。行かないといけないと思ってたのよ。明日行くわ。・・・ところでアルバート様は?」


周りを見渡すが、いつもベスの隣にいるのに姿が見えない。


「ああ、そろそろここを閉めようと思って、馬小屋に馬を連れて行ってもらってるんだわ。途中で会わなかったか?」


「セオドア・・・一応言っておくけど、アルバート様、多分高位貴族だから」

「別にいいんじゃね?あの人、俺が敬語使わなくても気にしてないみたいだし。それどころか、馬の世話とか一緒にしてくれて大助かりだわ」


仲良くなったのはいいけど、もう少し敬意を持って接してほしい。


「ついでに一発必勝の蹴り技とかも教えてもらったわ」

「もう、何してるのよ。一応怪我人よ?」


「ま、いいじゃん。とりあえず、俺も残りの馬を連れて行ってくるから、ちびちゃんと一緒にここで待ってろよ」

「私、ちびちゃんじゃないわよ」

ベスが少しでも大きく見せようとしたのか、踵を上げてセオドアに抗議する。


「あはは、悪い悪い、じゃあ、ちょっと待っててな、ベス」


放牧場の中に入ると、セオドアは馬に近づいて素早くハルターを装着させる。

馬が暴れることはない。セオドアに大人しく従っている。

いつもながらセオドアの馬の扱いは天下一品だ。


セオドアはそのまま私たちに手を振りながら、馬小屋へと坂を降りていく。


「動物の扱いはさすがねって、あら、ベスったらどうしたの?」

ベスが下を向いてしゃがみこんでいる。

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