116 イザベラ様の提案
イザベラ様の睨みなど意に介さず、ライアン様はすぐにアルバート様に視線を戻した。
「アルバート殿下、そろそろお仕事に戻っていただいてよろしいでしょうか」
「ああ、そうだな」
エリオット団長の使いの者も来ていたようだし、アルバート様は早く王宮へ戻った方がいいだろう。
私も一緒にお暇しようと考えていたところ、アルバート様がとんでもないことを言いだした。
「では、アンナ嬢も一緒に王宮に戻ろう」
「え、あの、王宮はちょっと・・・」
「あら!王宮なんてだめよ。アルバートは、仕事があるんでしょう?アンナ様がいたら、気になって仕事どころじゃないわよ。アンナ様は、うちにいるのが一番いいと思うわ」
「いえ、そういうわけにはいきません。私と一緒に王宮へ・・・」
「あ、大丈夫です。泊まっていた宿屋へ戻るので、お気になさらず」
(悪いけど、一人でゆっくりしたいわ)
さすがに疲れたし、一人になってこれからのことを考えたかった。
だが、私の言葉を聞いた途端、イザベラ様が呆れたように目を細めた。
ライアン様はその視線を避けるようにさっと顔を背け、私に小さく首を振ってみせる。
「アンナ様は、なにを言ってるのかしら?貴女、アルバートと結婚するんでしょう?」
「え、は、はい。そうです」
「だったら、宿屋なんかに泊まるわけにはいかないの。貴女、王族になるのよ。宿屋なんかに泊まって、どうやって警護させる気?」
(・・・・・・考えもしなかったわ)
しかし、私たちの婚約は、まだ正式に発表されたわけではない
私のことなど、気にする者もいないだろう。
「あの、でも、まだ婚約もしていないので、護衛は私には必要ないと思うのですが・・・」
「貴女が判断することじゃないの。貴女に何かあれば、エリオット団長の首が飛ぶわよ」
「姉上。ですからアンナ嬢は、私と一緒に王宮に行きます」
(どっちも嫌なんだけど!?)
王宮に行こうと、公爵邸に残ろうと、くつろげる気はしなかった。
どうやら私が思っていたよりも、王族というものはずっと窮屈らしい。
「だめよ。外聞が悪いわ。まだ婚約を発表していないのに、アンナ様を王宮に連れて行ってどうするのよ。それこそ口さがない重臣たちに、何を言われるかわかったものじゃないわよ」
「客人として扱うので、問題はありません」
「アルバートが王宮に客人を連れて行ったことなんてないでしょう。連絡もなしに連れて行ったら、ハチの巣を突いたような騒ぎになるわよ。うちのほうがいいに決まっているじゃない。それに、ドレスの試着もあるしね」
(ああっ!ドレスの問題を忘れていたわ!!)
イザベラ様がダニエル様に命じたせいで、アスター商会から私にドレスが届く予定だった。
試着なんかしたら、絶対に断れない。
ここは王宮に泊まらせてもらって、イザベラ様から逃げなければならない。
明日ならアルバート様もいるし、断りやすいだろう。
「あの、アスター商会のドレスが届くのは、明日の朝だとお伺いしています。なので、今夜は王宮に・・・」
「何言ってるのよ。ダニエル様が、期日ギリギリに持ってくるわけないでしょう?もうとっくに届いているわよ」
(嘘?そんなに早く準備できたの?)
さすが仕事ができると評判のダニエル様だが、今回ばかりは仕事ができないで欲しかった。
「どれも素晴らしいドレスよ。さすがアスター商会よね。アンナ様に似合うと思うわ」
イザベラ様はにこやかに微笑みかけてくるが、笑い返すことができない。
唸るほどお金を持っているイザベラ様と違い、私は日々慎ましく暮らさざる得ない子爵家の人間なのだ。
(ドレス代、私に捻出できるかしら・・・)
請求される金額を想像して気が遠くなりかけた私に、さらにイザベラ様が追い打ちをかけてきた。
「明日お兄様に会う時には、あのドレスを着ていきましょうね」
『えっ!?』
思わず、アルバート様と同時に声を上げてしまった。
陛下にお会いするなんて、まったく聞いていなかった。
アルバート様も寝耳に水だったらしく、眉を顰めている。
「なによ、二人揃って『えっ!?』って。さっきお兄様から、昼食の誘いが来たのよ。折角だから、アンナ様とみんなで食事をするわよ」
「姉上、そんな勝手に・・・」
「だって、明日なら私もちょうど都合が良かったんだもの。それに、アルバートの予定はライアン様に確認したわよ」
「姉上。お願いですから、私たちの予定を勝手に決めないでください」
「あら。予定なんてないでしょう?」
(いや、私だって予定はあるのよ!?)
イザベラ様は、まるで私には予定がないかのように話を進めているが、明日はヘンリー様の披露宴だ。
ホランド伯爵に呼び出されて、出席すると返事をした以上、欠席はできない。
ため息をつきながら、アルバート様はイザベラ様に苦言を呈している。
「姉上、全ての予定をライアンに伝えているわけではないんですよ。それに、アンナ嬢にも予定があります」
「あら、そうなの?でも、国王であるお兄様の誘いを断って行く用事って何かしら?それ以上に大切なものなんてないでしょう?」
(・・・その言い方!)
確かにそうかもしれないが、相変わらずイザベラ様の考え方は傲慢だ。
私にだって都合はあるのだから、勘弁してほしい。
(・・・・・・またイザベラ様の不興を買うわね)
だが、言うべきことは言わないと仕方がない。
イザベラ様に叱られるのを覚悟で伝える。
「申し訳ありませんが、明日はヘンリー様の披露宴に招待されているのです」
「え?披露宴?披露宴に招待されているの?『ヘンリー様』って、貴女の元婚約者の?」
「はい。ホランド伯爵からも話があると言われているので、どうしても出席をしないといけないのです」
陛下の誘いを優先しない私に腹が立ったのか、イザベラ様が露骨に嫌そうな声を出した。
「それ、どういうことかしら?貴女、ヘンリー様の披露宴に招待されたの?」
「え、ええ」
「ヘンリー様って、貴女という婚約者がいながら浮気をした、あの『ヘンリー』よね!?」
(・・・何に対して怒っているの?)
イザベラ様は、陛下の誘いを断ったことより、ヘンリー様の披露宴に私が招待されたことを怒っているようだ。
「ちょっと、アルバート!全然驚いていないけど、貴方、知ってたの!?」
「ええ。知っていますよ。ですから、明日はアンナ嬢と一緒に披露宴に出席します」
「はぁぁぁあ?なに生ぬるいことを言っているのよ。ヘンリーって、自分が浮気して婚約を破棄したのよね!?」
「え、ええ」
「それなのに、元婚約者のアンナ様を披露宴に呼ぶなんて、ホランド家はどういうつもりよ!?あの狸親父、前から気に入らなかったのよね!アルバート、ホランド伯爵ごとき、家ごと潰してやりなさいよ!一族全て、根絶やしにしてやりなさい!ライアン様、貴方そういう計画練るの、得意よね!?」
(・・・・・・ホント、無茶苦茶言うわね)
烈火のごとく怒りを爆発させたイザベラ様に、ちょっと引いてしまう。
冷静に自分の身を守る判断力はあるのに、他人の私のことに、どうしてこうも熱くなれるのか。
いや、自分に関係がないからこそ、好き放題言えるのかもしれない。
私を案じてくれたのか、それともただホランド伯爵が気に食わないだけなのかはわからないが、ものすごい剣幕だ。
ライアン様は、イザベラ様の言葉を聞いて青ざめている。
法を犯して、一族郎党根絶やし計画なんて、誰だって関わりたくないだろう。
しかも、悪事が発覚すれば、責任を取らされるのは絶対にライアン様だ。
「イザベラ様。お気持ちはありがたいのですが、結構です」
「あら。アンナ様ったら、いい子ちゃんぶる気?『お優しい私』を演出かしら?」
「・・・そうではございません」
(イザベラ様は、言葉に棘を載せすぎじゃない!?)
でも、はっきり物を言うイザベラ様は、毒を含ませて会話してくるルナ様よりずっとマシだ。
曖昧さがない分、こちらも迷わず言い返せる。
「そんなことをしたら、アルバート様の評判が下がります」
「えぇ?」
「だってそうでしょう?家を潰すとおっしゃいましたが、具体的にはどうするおつもりですか?アルバート様が私の溜飲を下げるために、ありもしない罪状をつけて家を潰したら、それこそ王家の信用がなくなります」
国王が絶対的権力をもつドルネイルならまだしも、ロズモンド王国は法治国家だ。
王族の感情で法が左右されたら、誰も国を信用しなくなる。
「でも貴女、コケにされているのよ、それでもいいの?今ならアルバートの権力を使って、何でもできるわよ?」
「・・・よくはありません。悔しい気持ちもあります。仕返しできるものなら、仕返しをしたいと思ったこともあります。でも、私のことよりアルバート様の方が大事です」
アルバート様の足を引っ張るよなうな真似はしたくない。
私が思うままに行動したら、アルバート様の権威を笠に着て、好き放題したエミリー様と同じになってしまう。
「大丈夫よ。少しぐらいなら構わないわよ」
「少しでも、です。イザベラ様にとっては少しのことでも、世間ではどう言われるかわかりません」
「そう?『目には目を、歯には歯を』って言うじゃない?」
「それ、大昔の慣習法ですよね。それにそれって、『やられたらやり返せ』ではなく、本来の意味は、過剰報復を止めるための言葉ですよ」
「あら、知ってるわよ。乙女の心を傷つけたんだから、一族根絶やしくらいでちょうど釣り合いが取れるのよ」
「・・・釣り合いが取れていると思っているのは、この場でイザベラ様だけです」
「そう?」
ライアン様が、思い切り首を縦に振っている。
イザベラ様は、なかなか過激な思想の持ち主だった。
何をしでかしてくるかわからないこの方だけは、絶対に敵に回したくない。
不満そうな顔で私たちをぐるりと見回すと、イザベラ様はしぶしぶと頷いた。
「わかったわ。じゃあ、多少だったらいいのよね?」
「え、いや、イザベラ様、今、私の話を聞いてました?」
「ちゃんと聞いたわよ。まだ耳は遠くないわ。ついでに、理解力も衰えてないわよ。貴女、まあまあ失礼よね」
「そんなことは言っていません。被害妄想が過ぎます」
「そう?でも、そんなニュアンスを含ませたわよね?貴女、態度でわかるのよ。せめて、もう少し隠したら?」
「そんなこと・・・」
「あるわよ。今、私が勝手に暴走し始めたと思ったでしょう?」
「・・・いえ」
「ほら!目線、抑揚、間の取り方!まるでなっちゃいないじゃない!いいこと?嘘をつくときは、相手の目を真っ直ぐ見つめてつくのよ!」
「・・・・・・イザベラ様だって、言うほど上手くないですよね?」
「はぁ?なにを言ってるのよ!」
「イザベラ様、落ち着いてください。論点がズレています」
「ライアン様は関係ないでしょう!口を出さないでくださる!?女性のケンカに男性が口を出して、解決したことが今まで一度でもあって!?波風を立てて、余計にこじらせるだけだから、黙ってなさい!」
「姉上」
「貴方もよ、アルバート!」
「しかし・・・」
「アルバート様。申し訳ありませんが、口を出さないでください」
イザベラ様と私の両方に言われて、アルバート様は目を白黒させている。
ライアン様は私たちの顔を見ながら、やれやれとため息をついた。
「お気持ちはわかりました。今後は慎みます」
「ええ!二度と口を出すんじゃないわよ!首を突っ込んだら最後、その首をそのまま斬り落とすわよ!」
「わかりました。ただ、これだけは言わせてください。私もイザベラ様に賛成ですよ」
『えっ?』
「少しぐらいだったら、いいんじゃないですか?」
(どういうこと!?)
さっきまで青ざめていたくせに、なぜかライアン様はイザベラ様の陣営についた。
銀縁の眼鏡がきらりと光り、その奥の瞳までが妙に輝いている。
「ライアン、待て」
「さすがライアン様だわ。話がわかるじゃない」
ウキウキとライアン様に身を寄せたイザベラ様を見て、アルバート様が大きく目を開いた。
「お待ちください、姉上。私はアンナ嬢の気持ちを尊重したいのです。披露宴では私が側にいるので、アンナ嬢に不快な思いはさせません」
「えっ?まさかアルバートったら、無難にやり過ごすだけのつもりだったの?」
「そうですよ。アンナ嬢が、そう望んでいますからね」
「なに言ってるのよ。披露宴をぶち壊しましょうよ」
「そうですね。終生忘れられない披露宴にしてやりましょう」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
「あら。法は犯さないわよ」
「そうですよ。アンナ様は、法を犯さなければいいと言いましたよね?」
(そんなこと言ってないわよ!)
イザベラ様とライアン様は、悪戯を相談する子どものように目を輝かせている。
頼みの綱であるアルバート様は、額に手を当てたままがっくりと肩を落とした。
感情と勢いで話を進めるイザベラ様に対抗するのに、口の重いアルバート様は極めて不利である。
しかも理性的に見えたライアン様まで、イザベラ様の味方だ。
「まずはアルバートが、披露宴会場でアンナ様を招待客に婚約者だと紹介すればいいでしょう?それだけで花嫁は霞むし、場の注目はアンナ様に集まるわよね」
「いいですね。主役を奪われるのは、花嫁にとっては屈辱でしょうしね」
「で、ヘンリーが浮気して、アンナ様との婚約を破棄したことを暴露したら?契約書まで交わした婚約だったんでしょう?多少大げさなことを言ってもいいわよね。ご婦人方は、浮気男なんて大嫌いだしね」
「ああ、いいですね。確かホランド伯爵の次男は、モイン商会を手伝ってましたからね。モイン商会は、ご婦人方に人気だから嫌われるのは痛手でしょうね」
「姉上」
「ついでに社交界にも噂を流そうかしら?私、顔が利くわよ」
「その前に、ヘンリーと、その婚約者の情報を集めてきてくださいよ。情報次第で、何とでも悪い噂は流せますからね」
「姉上、それにライアンも・・・」
「そうね。叩いてホコリの出ない人なんていないしね。アンナ様、ヘンリーのお相手の名前を教えてくださる?私、今から情報を集めてくるわ」
「姉上、お願いですから・・・」
「お二人共、お願いですからやめてください」
「ああ、そう。わかったわよ。お相手には、手を出してほしくないのね」
(そんなこと言ってるんじゃないし!)
二人が怒涛のように話し続けるせいで、話の輪に入る隙すらない。
イザベラ様はまだしも、常識人に見えたライアン様が楽しそうに計画を練っているのが解せない。
「とりあえず、ヘンリーよね。どうしてくれようかしら」
「ホランド家の息子なら、騎士だったはずですよ。騎士団で、ヘンリーの居場所を失くすくらい朝飯前です」
「ああ、そうなのね。折角だし、ついでに首にしちゃえば?浮気するような奴なら、仕事だってずる賢く手を抜いているに決まってるわよ」
「解雇より、飼い殺しの方がよくないですか?辺境に飛ばして、きつい仕事をさせましょう。第五騎士団なんて、ぴったりだと思いますよ。屈強な騎士だって、あそこの凍るような寒さには勝てませんからね。体力と共に、気力も削がれてボロボロになりますよ」
「そういえば、雪山って死亡率が高いわよね」
「ええ、そうですね。きちんとした装備や経験がないと、簡単に命を落としますね」
「勤務中の事故死って、法律に触れることある?不慮の事故なら問題ないわよね?」
「あ、あの、本当にいいですから!!しかも全然『多少』じゃないし!!」
私の意思を無視して、どんどん話を進めていく二人の間に、無理やり割り込んだ。
イザベラ様は片眉を上げ、まるでコバエを追い払うかのような視線を向けてきた。
お読みいただき、ありがとうございます。
誤字のご指摘をしていただき、ありがとうございました。
「目には目を」という表現は、ハンムラビ法典が由来と言われています。
ハンムラビ法典の石碑は、現在ルーヴル美術館に展示されているそうです。




