112 アンナの決意
(・・・アルバート様には、誰よりもアルバート様のことを考えて、大切にできる人が必要だわ)
そうしないと、この人は、どこまでも人に尽くす。
財産も、命も、誰にも奪われることのないその心さえも、持てるもの全てを人に差し出してしまう。
誰かが、アルバート様の隣にいて止めなければならない。
(・・・・・・私にも、できることがあったじゃない)
この決断が、正しいことかはわからない。
でも、正解なんて誰にも決められない。
その答えを決めるのは自分なのだと思うと、不思議と心が凪いだ。
「・・・アルバート様は、いつもご自分が損するようなことばかりなさいますよね。そんなアルバート様は、もう見ていられません」
大きく深呼吸する。
この言葉を口に出したら、もう後には引けない。
でも、いい。
先のわからない未来に怯えるより、今、この瞬間だけでも私はアルバート様のそばにいたい。
アルバート様の力になりたい。
「アルバート様。どうか、私と結婚してください」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
(・・・・・・・・・『え?』ってなに?)
決死の覚悟で言葉を絞り出したのに、アルバート様は理解できない様子で、瞬きを繰り返している。
まさかこんな反応が返ってくるとは思ってもみなかった。
「『えっ?』て、どういうことですか?私、アルバート様に結婚を申し込んだんですけど」
「あ、ああ」
「先ほどアルバート様は、私に求婚してくださいましたよね?もしかして、もうあの求婚は無効になったんですか?」
「・・・いや」
アルバート様が、言いにくそうに口ごもる様子を見て、不安になってくる。
求婚されて倒れるなどという無様な姿を見て、さすがに幻滅したのかもしれない。
もう私とは結婚したくなくなったのだろうか。
「えっ、だめなんですか?」
「いや、だってさっき、君、断ったよな・・・」
「断ってはないです」
(迷いはしたけど、正式には断ってなかったわよ)
まさか、そんなことを言われるとは思ってもいなかった。
断ったように見えたかもしれないけれど、明言はしていない。
「いや、あれは断っただろう?」
「断ってないです」
「断ったようにしか見えなかったが?」
「・・・・・・そんなことないです」
(アルバート様ったら、しつこい!)
そんなわずかなニュアンスなんて、どうでもいいと思うのは私だけだろうか。
今、この場で私が結婚の申し込みをしたのだから、過去を蒸し返す必要はないだろう。
だが、アルバート様は眉を寄せて真剣に聞いてくる。
何がそんなに気になるのだろうか。
事実を確認するより、今は空気を読んでほしい。
「いや、断ったはずだ」
「・・・違います」
「断ったよな?」
「・・・・・・ええ!そうですね!!自分に自信がなくて、断ろうとしましたよ!!!」
もうやけくそで叫んでしまった。
アルバート様は、逆ギレのように叫ぶ私に戸惑っているようだ。
でも、私だって、自分をどうしていいのか全くわからない。
「だって、私、アルバート様にしてあげれることなんてないんですもの!それに、こう見えて私は不器用なんです。見栄っ張りだから、何でもできるように見せていただけで、人から見えないところで、必死に努力しているんです。上手くできず、みっともない自分をさらして幻滅されるのが嫌だったんです。怖かったんです」
「いや、それは知っているが」
「知ってる!?どういうことですか!?」
「あ、いや、ほら、刺繍の話とか、仕事のやり方を見ていて、なんとなくそう思っていたが」
「!!!」
「・・・・・・少なくとも、要領は良くないよな?」
「!!!!!」
(なによ、それ!)
私は何でもできる女性であろうと必死に振る舞ってきたのに、アルバート様には全然そうは見えていなかったということだろうか。
恥ずかしさで、思わず涙が滲んでくる。
「じゃ、じゃあ、いいんですね!?知りませんよ。私、出来るようになるまで、すっごく時間がかかりますからね!」
「ああ、構わない。私は、君に妃としての資質を見たわけではない。ただ純粋に、君自身が好きで、この想いを伝えたのだ」
(・・・・・・本当に、それだけでいいの?)
嬉しいはずなのに、どうしてか素直に喜べなかった。
そんなふうに想われる価値が、自分にはあるのだろうか。
アルバート様の表情には何も浮かんでいない。
それなのに、それがかえってアルバート様の真実の心を映し出していた。
(もう、私、馬鹿みたい・・・)
アルバート様は、作り物の私ではなく、私自身をちゃんと見てくれていた。
自分をよく見せようと必死になり、幻滅されるのを怖がっていた私は、本当に愚かだった。
少しずつ、少しずつ、胸の奥の固い塊がゆるゆると溶けていく。
気が付けば視界がぼやけ、慌てて拭こうとした瞬間、アルバート様が優しくハンカチを差し出してくれた。
「・・・・・・でも、どうして急に結婚することを承諾したのだ?」
「だ、だ、だって、アルバート様、なんだか不憫なんですもの。わ、私が、アルバート様のそばにないとだめだなって思って・・・」
「いや、不憫って・・・」
「不憫に見えるんです!顔も良くて、頭も良くて、お金も身分もあって!!何でも持ってるアルバート様ですが、私には不憫に見えて仕方がないんです!!!」
「・・・・・・・・・・・アンナ嬢、同情は不要だ」
アルバート様の瞳が、悲し気に揺れた。
けれど、違う。そうじゃない。
どうすればわかってもらえるのだろう。
伝わらないもどかしさと、自分の言葉の拙さが情けなくて、涙がこぼれてきた。
「同情なんかじゃありません。私は、アルバート様が好きなんです。貴方がうちにいた時からずっと好きだったんです。大好きなアルバート様が、悲しそうな顔をしているところを見たくはないんです。アルバート様が悲しい顔をしたら、私の胸が締め付けられるんです。苦しくて涙が出るんです。自分のこと以上に、アルバート様のことが大切なんです」
「アンナ嬢・・・」
「馬鹿みたいでしょう?そんなことあるわけないと思うでしょう?でも、実際そうなんだから、仕方がないじゃないですか。私、アルバート様が笑うと、自分のことみたいに嬉しいんです。アルバート様のそばにいると、全然面白くないのに、楽しいんです。笑えるんです。アルバート様が全然笑わなくても、気の利いたことが言えなくても、貴方のそばにいると心が弾むんです」
「それは・・・」
「・・・・・・・・・・・・・私、アルバート様のそばにずっといたいんです」
「・・・つまり、アンナ嬢は、私のことが好きなのか?」
「さっきから、そう言ってるじゃないですか!?私、アルバート様がうちにいた時から、ずっと好きだったんです!!!」
どうにかしてこの想いをアルバート様に伝えたくて、破れかぶれのまま叫んでしまった。
いつから好きになったのだろう。
八つ当たりした挙句に、リヤカーで運ばれた時だろうか。
それとも補助金のことを教えてもらって、一緒に書類を作った時か。
もしかしたら、自分らしくしている私が好きだと言ってくれた時だったのかもしれない。
恋に落ちた瞬間は、今となってはわからない。
でも、気が付けばアルバート様を愛していた。
一緒にいるのが心地よくて、アルバート様が王都に帰る日は、寂しくて悲しくてたまらなかった。
ずっとそばにいたいと思っていた。
私自身も、気付かないうちに膨れ上がっていたアルバート様への想いを、もう抑えきれなくなっていた。
「だから、私と結婚してくれますか?」
「・・・・・・・・・先に、私が申し込んだのだが」
「私は、アルバート様と結婚したいです」
「ああ」
「・・・・・・アルバート様、それは承諾の返事として受け取っていいんですよね?」
「ああ、そうだな」
「そうだなって、何ですか!?」
「あ、いや、その、私もアンナ嬢と結婚したい」
(・・・・・・なんだか、私が脅して結婚することになってしまったみたいね)
アルバート様の求婚を断ろうとしたくせに、舌の根も乾かぬうちに、自分から求婚してしまった。
アルバート様は喜ぶ様子も見せず、戸惑ったように視線を彷徨わせている。
愛を確かめ合った王子と町娘は頬を染めて幸せそうに抱擁してたが、私たちの間に流れているのは、ぎこちない沈黙だけだった。
(・・・・・・こんな私で良かったのかしら?)
なんせ私たちは、数日間、一緒に過ごしただけだ。
アルバート様が後悔しないで済むよう、自分の欠点を伝えた方がいいのだろうか。
「アルバート様はご存じないと思うので、先に私の欠点を言っておきます。それでも結婚したいと思うなら、結婚してください」
「えっ?」
「だって、後から思っていた私と違うと言われて、サウスビー家に返品されても困りますし」
「あ、ああ、そうか」
アルバート様が「いや、もう結婚することを承諾したし・・・」と小さく呟いているが、無視する。
二度も婚約を破棄されたら、私だって立ち直れない。
今、断られた方が、傷は浅くて済む。
「私、人からは、しっかりしていると言われますが、実際はそうでもありません」
「・・・・・・・・・そうだな」
「普段は冷静なのですが、感情が爆発すると止まりません」
「・・・・・知っている」
「大雑把だし、貧乏性だし、現実的だし、男性の求める可愛らしい女性とは、程遠いと思います」
「・・・・・・・・・・・・いや、可愛いよ」
(今、無理やり『可愛い』と言わせてしまったかしら?)
アルバート様の瞳の奥に、戸惑いが見て取れた。
言わなければ良かったと一瞬後悔したが、後から騙されたと言われるよりいいだろう。
「あと、寝不足もですが、お腹が空いても機嫌が悪くなります」
「・・・・・・そうか」
「それに・・・」
「いや、もういい」
「えっ?やっぱり私との結婚は、嫌になりましたか?」
「そんなことはない。でも、これ以上は聞かなくていい。これからお互いをゆっくり知っていけばいいだろう?」
「・・・それで本当にいいんですか?結婚したら、簡単には後戻りなんてできませんよ?」
「ああ。別に構わない。それに、私にだって欠点はある」
(・・・それは知っているけど)
完全無欠の美貌を誇るアルバート様だが、その中身は意外に不器用なことを知っている。
「まず、私はニンジンが苦手だ」
「・・・そうですね」
「あまり気の利いたことは言えない」
「知っています」
完璧に見えるアルバート様は、欠点が少しくらいあった方が親しみが持てるからいい。
そうでないと、恥ずかしくて隣に立つことなんてできやしない。
「・・・・・・それに、君の前では余裕ぶっているが、まあまあ、嫉妬深い」
「そうなんですか?」
「多分、独占欲も強い」
「そんなことあります?」
そんな素振りは、一切なかった。
私が見えていなかっただけなのか、アルバート様が自分でそう思っているだけなのか。
意外なアルバート様の一面に驚いてしまう。
びっくりしてアルバート様の顔に目を遣ると、恥じるように唇を噛んでいた。
もしかして、そんなに気にするほどのことなのだろうか。
「あの、アルバート様・・・」
「いや、気にしなくていい。君に不都合は生じない」
「はぁ・・・」
(まあ、特に気にしたことはないけどね)
今まで一度もアルバート様に束縛されたことはない。
もしかして、過剰に心配する癖をそう感じているのだろうか。
完璧主義のアルバート様は、自分の欠点を大げさに受け止めてしまうのだろう。
しばらく下を向いて考え込んでいたアルバート様だが、ふと気が付いたように顔を上げた。
「そうだ。今後のことも言っておかねばならないな。私は仕事が忙しいため、あまり君との時間が取れない。勿論、君との時間を取るよう努めるが、難しい場合もある。そこは理解してくれるとありがたい」
「わかりました」
「それに君には、私の妃として、王族として、様々なことを学んでもらう必要が出てくる。大変だとは思うが、頑張ってほしい」
「・・・はい、精一杯頑張ります」
「王族は外交もこなさねばならず、自然と多くの人々と関わることになる。そのぶん人間関係も複雑だ。王宮での生活は窮屈で面倒に感じることもあるだろう。これまでの環境とは違うのだから、戸惑うことも多いと思う」
「・・・・・・・・・覚悟の上です」
「申し訳ないが、苦労をかけることになる」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱり結婚を辞めてもいいですか?」
「!!!!!!!!」
目を大きく開き、私の肩を握りしめたアルバート様が可笑しくて、つい笑ってしまった。
「嘘、嘘ですよ。アルバート様、大丈夫です。私、アルバート様が好きです。大好きです。どんなに大変でも、アルバート様のそばにいます。貴方のそばにいさせてください」
「・・・ああ、ありがとう」
大して表情は変わらなかったが、ほんのりとアルバート様の頬が赤く染まった。
それが妙に可愛くて、嬉しかった。
王族としての生活が大変だということは想像できたけれど、それでもやっぱりアルバート様のそばにいたい。
きっとお互い一緒に過ごすようになったら、今まで見えてこなかった部分が色々と出てくるだろう。
それが嬉しかったり、逆に受け入れることができずに喧嘩をしたりするかもしれない。
結婚を後悔する日が来るかもしれないが、見えない未来のことを考えても仕方がない。
今は、この気持ちを大事にしたかった。
「でも約束してください。アルバート様は、ご自分を大事にすると。私、自分を大事にできない人は嫌いです。アルバート様が自分を大事にしなかったら、私、王宮から逃げ出して家に戻りますよ」
「・・・ああ、わかった。王宮での生活は不安もあるだろうが、必ず君を守る」
(そんなことは心配してないわよ)
過保護なアルバート様のことだから、私のことを全力で守ろうとしてくれるだろう。
「ありがとうございます。でも、私は逞しいので大丈夫ですよ。アルバート様と一緒なら、どこででも生きていけます。だけど、その代わり・・・」
「その代わり?」
「ずっと私のそばにいてください。私もアルバート様のそばにいますので」
「あ、ああ」
「ふつつか者ですが、どうかよろしくお願いします」
アルバート様に深々と頭を下げると、つられるようにアルバート様も頭を下げた。
腹は決まった。
幸せにしてほしいなんて、思わない。
私がアルバート様を幸せにしたいのだ。
ただ一緒にいるだけでいい。
それだけで私は幸せだし、アルバート様もそう思ってくれていると信じたい。
お読みいただきありがとうございました。
ブクマ、評価をしていただきありがとうございました。
明日も更新予定ですので、引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。




