109 アルバート様の提案
(・・・あ、私、アルバート様とほとんど会話をしていないわ)
食事を食べ終えたところで、アルバート様と会話もせずに食べていたことに気が付いた。
あんなにアルバート様と話をしたいと思っていたのに、あまりの美味しさに、つい料理に夢中になってしまった。
何度かアルバート様に声をかけられたが、私は上の空で返事をしていたような気がする。
(あれ?もしかして私、やらかした・・・?)
食い意地が露わになったことに気が付き、恥ずかしさから思わず頬を押さえる。
アルバート様をちらりと窺うと、瞳に諦めの色が浮かんでいて焦ってしまう。
(久しぶりに会っておいて、これはないわよね!?)
会話の糸口を探すためにテーブルを見れば、アルバート様の皿の上に、ニンジンのグラッセだけが残っていた。
ほんのりと甘い照りを纏ったニンジンが、皿の上でつやつやと光っている。
「アルバート様、その付け合わせのニンジンのグラッセ、食べないんですか?やっぱりニンジンは苦手ですか?」
「いや、別にニンジンは食べられる。だが、このグラッセだけは、どうしても苦手なのだ」
「どうしてですか?」
バターの香りも食欲をそそるし、甘くて美味しいと思うのだが、どこが嫌なのだろうか。
アルバート様の口角がわずかに下がった。
「このバターと砂糖で、ニンジンの味を誤魔化している感じが嫌なのだ。それぐらいだったら、生のニンジンを食べた方がいい」
「うふふ、そんなものですか?私は好きですけど」
「ああ、良かったら食べてくれ。残すと姉上がうるさい」
「うるさい?」
「一つ残せば、栄養の大切さについて早口でまくし立ててくる。しかも、いつもの数倍の速さで言ってくるから、さすがにきつい」
(いつもの数倍の速さ!?)
ただでさえ、滝のように途切れなく話すイザベラ様だ。
さすがにそれは、堪え難いだろう。
「じゃあ、私が食べてもいいですか?」
「ああ、そうしてくれると助かる」
アルバート様が可哀想なので食べてあげようと、ニンジンのグラッセをもらうことにした。
お行儀は悪いが、アルバート様のお皿に載っているグラッセをフォークでそのまま突き刺す。
(こんなに美味しそうなのにね)
バターのいい香りがするグラッセを口に運ぼうとしたしたその瞬間、アルバート様が少し切なげに笑った。
「母が好き嫌いをなくそうと頑張ってくれたのに、どうしてもこれだけは苦手だ」
「・・・・・・『母』って、リリー様ですか?」
「ああ、私の好き嫌いをなくそうと、ニンジンを小さく切ったり、他の料理にこっそり混ぜ込んだりしていた」
「・・・そうだったんですね」
「でも、君が言うには、手間がかかるのだろう?母の愛情を無下にしてしまって、本当に申し訳ないよ」
(・・・・・・そこまでありがたく思うの?)
確かに手間はかかるが、リリー様は恩を感じさせようとしてやったのではないだろう。
自分がアルバート様のためにやりたかっただけだと思う。
アルバート様は、人のために自分の労は厭わないのに、人からしてもらうことには、こんなにも感謝する。
育った環境のせいなのか、元からの性格かはわからない。
それでも、そのことが無性に悲しく感じられて、唇を噛んだ。
アルバート様は、もっと人から労われ、大切にされるべきだ。
そして、自分が大事にされることを当然のことだと感じてほしい。
「ん?どうしたのだ?」
急に黙った私を不審に思ったのか、アルバート様に顔を覗き込まれそうになったので慌てて立ち上がる。
アルバート様に涙を見せるわけにはいかない。
急いでアルバート様の前に、グラッセを突き出した。
「じゃあ、食べてください」
「何でそうなるのだ?君が食べると言ったじゃないか」
「前言撤回します。お母様の愛情ですからね、はい、どうぞ」
有無を言わさず、無理やりアルバート様の口に突っ込む。
アルバート様は目を見開いたが吐き出すこともできず、ほとんど噛まずに飲み込んだ。
余程嫌だったのか、水の入ったコップを渡せば、顔を赤くしながら、ごくごくとすごい勢いで飲んだ。
「・・・・・・君は、酷いことをするな」
「ええ、そうですね。私は酷い人間なんですよ。知らなかったんですか?」
「いや・・・」
「さあ、口直しにデザートを食べましょう。私、こんなに綺麗なケーキ、初めてです」
「・・・そうか」
「甘い物は人を幸せにしますからね!」
アルバート様のリリー様への思いを想像すると、胸が潰れそうになる。
けれども、私がアルバート様の心に簡単に踏み込んでいいわけがない。
自分の好奇心で詮索して、アルバート様を傷つけるようなことはできない。
さっきの二の舞だけは、本当にごめんだ。
美味しいケーキと楽しい会話で、少しでもアルバート様の気持ちを明るくしたい。
私にできることはたかが知れているけれど、アルバート様に一瞬でも楽しいと感じて欲しかった。
(・・・気を取り直して、ケーキを食べないとね)
ケーキを口に含むと、ほろ苦さのあるチョコレートの甘みと香りが、口いっぱいにふわりと広がった。
甘さだけではなく、どこか落ち着いた大人の味がした。
(・・・・・・これ、クララたちにも食べさせてあげたい!!)
お土産としてこのケーキを持ち帰ったら、みんなどんな顔をするだろう。
芸術のように美しいケーキを前に、驚きと喜びに満ちたクララたちの顔が、自然と頭に浮かんだ。
王都の菓子屋には、売っていないのだろうか。
もし売っていたら、是非とも買って帰りたい。
あまりの美味しさに感動して、笑顔でアルバート様にお礼を伝える。
「こんなに美味しいケーキを食べたのは初めてです!アルバート様、本当にありがとうございます!」
「いや、いいよ。用意したのは姉上だ」
(・・・・・・しまったわ)
つい目の前にアルバート様がいるからお礼を言ってしまったが、ここはイザベラ様のお屋敷だった。
「す、すみません。あまりにも美味しくて、つい」
「別に構わない。君のことだから、クララたちにお土産として買おうと考えているのだろう?」
「どうしてわかるんですか!?」
「いや、君の考えていることは大体わかる。君はすぐ顔に出るからな」
(・・・・・・私って、そんなに単純?)
何でもお見通しのようなアルバート様の言葉に、びっくりしてしまう。
以前ダニエル様に感情が顔に出やすいと言われたことがあったが、そんなにわかりやすいのだろうか。
「よかったら、お土産に用意しておこう」
「いえ、いいですよ。アルバート様にそんなことをしてもらったら、申し訳ないです」
忙しい中、成分検査を王立研究所に頼んでくれたし、今日もアスター商会にわざわざ足を運んでくれた。
これ以上アルバート様に何かしてもらうわけにはいかない。
だが、アルバート様は眉を顰めている。
「これぐらいのことで、何を言ってるのだ?君たちには世話になったのだから、当たり前のことだ」
「いや、でも、そんなにしてもらうと、ちょっと心苦しいというか・・・」
「そんなことはない。君は自分の善行を過小評価しすぎだ」
「だけど、タイラーたちも、お礼なんて望んでいませんし」
タイラーの名前を出した瞬間、微妙にアルバート様の顔が強張ったような気がした。
アルバート様は、私の顔を確かめるように見つめてから、重く大きなため息をついた。
「・・・・・・王都に来るのに、君はどうして私に連絡をしてこなかったのだ?」
「・・・どうして?」
王都に行くからといって、わざわざアルバート様に連絡をする意味がわからない。
忙しいアルバート様が、私から連絡をもらっても困るだけだろう。
そもそも王族のアルバート様に、私から連絡を取れるわけがない。
うちにいた時に親しくしていたからといって、そんなことくらいは私もわきまえている。
私たちは、住む世界が違うのだ。
だがアルバート様は、いかにも私が悪いと言わんばかりに眉をきつく寄せ、鋭い目でじっと私を見据えてきた。
言葉がなくても、責められていることがわかる。
「タイラーの手紙には、君がヘンリーの披露宴に招待されたと書いてあった」
「ああ、そうですけど。でも、アルバート様には関係ないですよね?」
何故だろう。
端正なアルバート様の顔が、微妙に歪んだような気がした。
「婚約を破棄された相手の披露宴に出席するなんて、君にとっては針の筵にいるようなものだろう?」
「ああ、別に大丈夫ですよ。会場の隅で、二時間ほど大人しくしていればいいだけなので」
「そういう問題ではないだろう。しかもホランド伯爵が、わざわざ君を呼び出しているのだろう?」
「慰謝料を返すよう言われると思っているのでしょう?大丈夫ですよ。法律に詳しいチャーリーに聞いて、対策はしっかりしています」
ヘンリー様の披露宴に出席するために、付け焼き刃ではあるが、法律の知識だって身につけた。
「いや・・・」
「あるとすれば、ホランド伯爵から嫌味を言われるぐらいです。聞き流せばいいだけですし、問題ありません。それに、ヘンリー様のことは、もう何とも思っていないので平気です。ルナ様だって私のことは気にしないだろうし、本当に大丈夫なんですよ」
もうすでにヘンリー様たちとは、アスター商会で会っているのだ。
ダニエル様のおかげで、ルナ様とも多少ではあるが友好的な関係が築けたし、問題はないだろう。
「しかし・・・」
「私の領主としての腕を舐めないでください。これでもお母様が亡くなってから父を補佐をしてきましたし、曲がりなりにも、この半年間領主の仕事に努めてきましたからね。先ほどアルバート様は、私のことをわかりやすいと評しましたが、仕事の時は表情の管理もきちんとできるんですよ」
だがアルバート様は、自信たっぷりに微笑む私の様子に不安を覚えたのか、ため息交じりで、とんでもない提案をしてきた。
「ヘンリーの披露宴には、私がついて行こう」
「あ、無理ですよ。披露宴は身内か、婚約者でないと出席できないので」
「知っている。それでいいじゃないか、私が君の婚約者になろう」
お読みいただきありがとうございます。
ブクマ、評価をしていただきありがとうございました。
作中のケーキは、菓子職人にとって究極の目標のひとつだと言われる「オペラ」です。




