107 イザベラ様の優しさ
「・・・・・・すみません、お母様のこと、イザベラ様から聞きました」
「ああ、いいよ。王都の貴族なら誰でも知っている話だからね。特に隠してはいない」
(それでも普通、こんな話は本人が話したいと思った時に話すものだと思うけどね)
弟想いなのかもしれないが、イザベラ様はやはり無神経だ。
アルバート様は眉を顰めた私を見て、イザベラ様を擁護してきた。
「姉上は、私が自分の気持ちをうまく話せないと思って、つい何でも先回りして言ってしまうんだ」
「それは・・・」
「正直困る時もあるけどね。でも、それは姉上なりの優しさだと思っている。姉上から、私の子どもの時の話を聞いたのだろう?」
「え、ええ」
「私は王宮に引き取られた当初、どうしていいか分からず、ほとんどしゃべらなかったんだ。王宮は自分の居場所ではないような気がして、いつも部屋の隅に隠れていた。父も使用人たちも、そんな私をどう扱っていいかわからなかったのだろう。その内、私に声をかける者もいなくなり、私の周りの空気はいつも冷え込んでいた」
(・・・・・・聞くだけで胸が痛むわ)
不義の子と蔑まれたアルバート様に好意を持つ者はほとんどいなかっただろう。
仮にアルバート様に同情する者がいたとしても、先代王妃ソフィア様の手前、優しくはできまい。
まして、進んで関わろうとする者など皆無に等しかったはずだ。
「だから、兄上は時間を見つけては、いつも私の側にいてくれたのだ。そして、姉上は私の心を察し、代わりに言葉にしてくれたのだ。そのおかげで、少しずつだが自分の気持ちも言えるようになった」
「・・・・・・そうなんですね」
「きっと姉上は、その時の癖が今でも抜けないのだと思う」
(・・・それにしたって、イザベラ様は喋りすぎだと思うけど?)
アルバート様はもう大人なのだから、あそこまで気持ちを代弁する必要などないだろう。
たとえ本人の意思を汲んでいるつもりでも、それが違っていたらどうするつもりなのか。
そもそも他人に知られたくない思いもあるのだ。
何でもかんでも口にすればいいというものではない。
どう考えても、無神経としか言いようがない。
感情を表に出さないように努めたのに、アルバート様は苦笑いを受かべ、再びイザベラ様をかばってきた。
「そんな顔をしないでくれ。姉上は、本当に優しい人なのだ。ほら、ベスが気にしていた図鑑を覚えているかい?」
「ええ、リチャード王子殿下に破られた図鑑ですよね?」
「ああ、あれは姉上との思い出の本でもあるんだ」
「陛下との思い出の本だと聞いていましたが・・・」
ベスの話では、陛下とアルバート様の思い出の図鑑だったはずだ。
「兄上と姉上の、両方の思い出がある図鑑なのだ。王宮に引き取られた当時、私の存在は、あまり歓迎されたものではなかったからね。人目につくといけないから、あまり外に出ることが出来なかったんだよ。だから、窓から見える鳥や部屋の隅にいる昆虫ばかり見ていた。そのことに気がついた姉上が、あの図鑑を私にくれたのだ」
「・・・・・・・」
「当時の姉上は、まだ10歳だった。姉上は、生き物に興味がないからね。今になって思えば、あの図鑑をどうやって手に入れたのだろうと思うよ」
お金に余裕のある王族なら、図鑑なんていくらでも買えるだろう。
でも、10歳の子どもなら、親から与えられたもので日々を過ごすのが普通だ。
誰もがイザベラ様とアルバート様の仲を歓迎していたわけではないだろうから、アルバート様のために図鑑が欲しいと口にすることは、容易ではなかっただろう。
もしかしたら、口に出せず、別の手段で手に入れたのかもしれない。
「そんな思い出のある図鑑だったのですね」
「ああ、そうなのだ。王宮で私の存在が認められるようになっても、これまでの遅れを取り戻さねばならなかったから、遊ぶこともあまり出来なかった。唯一の息抜きだった生き物の観察さえ、使用人たちに白い目で見られてね。でも兄上が、生き物を観察するのは勉強だと使用人たちに言ってくれたのだ。勉強に疲れると、図鑑を片手に、王宮でも目にすることのできる身近な生き物を、兄上と共に観察していた。兄上と共に過ごした日々の思い出が詰まった本だけれど、そこには姉上の優しさも感じられるんだ」
(・・・兄弟3人の思い出の図鑑だったというわけね)
王都の書店で見た図鑑の種類の多さと値段を思い出す。
高価ではあったが、国王陛下が「貴重」というほどの値段ではなかった。
(イザベラ様は、本当はいい人なのかしら・・・?)
でも、身内限定の「いい人」なのかもしれない。
身内には優しくても、他人には冷淡で無関心だという人は結構いる。
優しくされると信じて近寄り、冷たくされたときほど傷つくことはない。
アルバート様には悪いが、私はイザベラ様と距離を置いておくべきだろう。
「もっとも、姉上は表向きは私にきつく当たったけどね。だから未だに、姉上は私を嫌っていると思っている者も多い」
「えっ?きつく当たるってどうしてですか!?」
「姉上の母上のソフィア様に配慮するためだろう。ソフィア様は私の母のことで辛い思いをしたからね。だから、最初に会った日に姉上から『私は貴方と仲良くすることはできない』と宣言された。『私ぐらいお母様の味方をしないと、お母様が可哀そうでしょ』って、目に涙を溜めて言われたよ」
「・・・・・・でも、それはアルバート様には関係ないじゃないですか」
「そうかもしれないが、人の心は、そう簡単に割り切れるものではないだろう?」
「だけど、それでは・・・」
「別に気にしていない。それにソフィア様は、私のことを気にかけてくれた。それが十分かどうかの判断は人それぞれだろうが、ソフィア様は精一杯のことをしてくれたのだと思う。姉上は、そんなソフィア様の複雑な気持ちに沿おうとしたのだろう」
(・・・・・・イザベラ様も、辛い立場だったかもしれないわね)
アルバート様の気持ちばかり考えてしまうが、先代王妃のソフィア様の気持ちを考えると、イザベラ様の言うこともわかる。
ソフィア様は、夫に裏切られたにもかかわらず、その愛人の子であるアルバート様を育てなければならなかったのだ。
アルバート様に罪はないが、誰もソフィア様の気持ちに寄り添ってくれなかったら、それもまた辛すぎる。
自分の子どもたちが、わだかまりなく愛人の子であるアルバート様と仲良くしていたら、ソフィア様は裏切られた気分になっただろう。
イザベラ様は、母と異母弟を想う気持ちの間で板挟みになっていたのかもしれない。
「・・・・・・でも、お二人は仲がいいですよね?」
「ああ、そうだな。他人の目にどう映っているかは分からないが、仲はいいよ。子どもの時の姉上は、人の目がある時はきつい言葉を投げかけてきたが、誰もいないとわかると私の世話を焼いていた。私の心を汲み取り、周囲の者たちに私の思いを伝えようとしてくれた」
「イザベラ様ったら・・・」
「それに、姉上が私にきつく当たれば当たるほど、他の者が私に同情して優しくしてくれた。姉上は私にきつく当たることで、結果的に私を守ってくれていた」
「・・・・・・・・・イザベラ様も、面倒な方ですね」
姉弟揃って、面倒だ。
人のために動いて、自分の評価を下げている。
それに、アルバート様がイザベラ様の気持ちを汲んでくれているからよいものの、もし誤解して仲が拗れていたら、どうするつもりだったのだろう。
こんなにも相手を思いやる優しい気持ちがあるのに、どうしてこれほど表に出すのが下手なのか。
「・・・・・・聞くが、『も』は誰のことを指しているのだ?」
「え?気付いていなかったんですか?アルバート様ですよ。アルバート様って、かなり面倒ですよ?」
「そんなことはないだろう。君は意外と失礼だな」
アルバート様は、自分が面倒な性格だと思っていないのだろうか。
イザベラ様にしろダニエル様にしろ、私の周りには面倒な人ばかりだ。
「あ・・・」
急にイザベラ様が来たせいで、アルバート様にきちんとお礼を言っていないことを思い出した。
「なんだ、どうしたのだ?」
「王立研究所に成分検査をお願いしてくださり、ありがとうございました。それに、アスター商会に検査結果を持ってきてくださったおかげで、本当に助かりました」
「ああ、いいよ。結果が良くて、何よりだったな」
(・・・なんでアルバート様は、私のためにこんなに良くしてくれるかしら)
大変だっただろうに、アルバート様は何でもないことのように言ってくれる。
何も返せない自分が本当に申し訳なくなる。
「それにしても、どうしてダニエル様との取引きの日時がわかっていたんです?私、言ってませんでしたよね?」
「ああ、タイラーの手紙に書いてあったんだ」
「え?タイラーがアルバート様に手紙を出していたのですか?」
「ああ。私も君に連絡を取ろうとしていたのだが、行き違いになったようだ」
「そうなんですか?なにか私に用事がありました?」
「いや、そのことはいいよ」
(一体どうして、タイラーがアルバート様に手紙を書いたのかしら?)
タイラーからアルバート様に手紙を出したことなど、聞かされていなかった。
そしてアルバート様は、私に連絡を取る必要があったのだろうか。
不思議に思って口を開こうとした瞬間、アルバート様が後ろに鋭い視線を投げた。
「お待たせいたしました。お食事の準備が整いましたので、ご案内いたします」
(えっ?そこにいたの?)
いつから私たちの背後にいたのだろう。
まるでそこにいるのが当たり前のように、執事がにこやかに佇んでいた。
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