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106 本当のイザベラ様


「・・・・・・部屋の用意が整うまで、座ろうか」


あっという間に去っていったイザベラ様を見送ると、アルバート様から玄関先にあるソファに座るように促された。


美しいものが好きだと言ったイザベラ様の言葉を体現するように、ソファまでもが絹のビロード張りで大変美しい。

一体いくらするのだろうと考えると恐ろしくて座りたくなかったが、いつまでも立っているわけにいかずに、しぶしぶと腰を下ろす。

座ると同時に、アルバート様が謝ってきた。


「姉上がすまない。馬車では大変だっただろう?」

「・・・いいえ。そんなことはなかったです」


不快でしたとは言えず、無難に伝える。

アルバート様だって、身内の悪口は聞きたくないだろう。

それにイザベラ様の失礼な態度はアルバート様のせいではないのだから、アルバート様が謝る必要はない。


だが、アルバート様がまだ気遣わしげにこちらを見てくるので、言い添えておいた。


「別に何もなかったですよ。アルバート様のことを少しお話しただけです。イザベラ様は、弟想いの優しい方なんですね」


嘘は言っていない。

弟想いであることは確かだ。

大事な弟に変な虫がつかないよう、せっせと追い払っていた。


「そう言ってくれると助かるよ。姉上は、少し誤解を受けやすい方なんだ」

「そうでしょうね」


(誤解かどうかは、わからないけどね)

思わず心の中で突っ込んでしまう。


アルバート様にとっては優しいお姉様かもしれないが、私にとっては不快な人だった。

勘違いで敵視され、随分と失礼なことも言われたうえ、イザベラ様の態度の一貫性のなさに振り回された。

アルバート様には申し訳ないが、イザベラ様と親しい関係を築けるとは思えない。

私の気持ちが態度に出てしまっていたのか、アルバート様は苦笑いだ。


「姉上に悪気はないんだよ。それに、自分を悪く見せようとする癖があってね」

「・・・・・・確かにそうかもしれませんね」


(悪気がなかったら、許されるというわけではないと思うけどね)

ただ、アルバート様の言うことにも一理ある。

イザベラ様は、人の目があるときにほど、ことさら感じの悪い振る舞いをしていた。


(こんなこと、言っていいのかしらね・・・?)

思い当たる節があり、口に出していいかはわからなかったが、思いきって聞いてみる。


「・・・イザベラ様のあのような振る舞いは、わざとなのですか?」

「・・・・・・・・・」


アルバート様は私から目を逸らして、無言で壁にかけてある絵に目を遣った。

ほんの少しだけだが、目に迷いがあるようにも見えた。


(当たり、かしらね)

アスター商会でのイザベラ様は、人を金と権力で黙らす嫌な方に見えた。

高慢で。自分勝手で。身分至上主義で。

本当に陛下やアルバート様と血の繋がりがあるのかと疑ったほどだ。

イザベラ様は、馬車が速度を上げるまでは威圧的な態度を崩さなかった。


馬車の中でも態度は悪かったが、私の顔色の悪さに気付いた時は、本気で心配していた。

本当に高慢な人なら、弱小貴族の私のことなんて気にもしないはずだ。

さりげなく、私に気付かれないように扇子で風を送るなんてことは、絶対にしないだろう。


「イザベラ様の、あのわざとらしいほどの傲慢な振る舞いは、王位継承争いに巻き込まれないようにするためのものですよね?」


「・・・・・・・・・どうしてそう思ったんだ?」


「馬車の中で、陛下が王位を継承される際に問題があったことをお聞きしました。イザベラ様も当事者のはずなのに、ご自身は候補から外れて当然だというような言い方をされたんです。でも、決してそうではありませんよね?」


アルバート様ではなく、イザベラ様が担ぎ出される可能性もあったのだ。

いや、むしろイザベラ様の方が可能性は高かった。


当時結婚していなかったイザベラ様は、王位継承権は第二位だ。

しかも正室であるドルネイル王国ソフィア王女の娘なのだ。

外交上、イザベラ様が王位に就く方がいいに決まっている。


それに、この国では、女性が政治に積極的に参加することはない。

女性であるなら、それを利用して、自分たちの派閥の有力貴族と結婚させるという方法もある。

男性のアルバート様より、簡単に傀儡にできると踏む人たちもいただろう。


「家臣がイザベラ様を選びたくないように、あえて王位に相応しくない振る舞いをしているのではないですか?」

「・・・・・・いや、そんなことはない」


(・・・本当に?)

陛下を廃位させようとする動きを察知したイザベラ様は、自分より理想に燃えた陛下の方がマシだと思わせるために、自分を偽ることにしたのではないだろうか。


「アスター商会で見たイザベラ様と、馬車の中でのイザベラ様の印象が、あまりにも食い違っているんです。それに、ベスから聞いていた『イザベラおば様』のイメージとも全然違いました」

「・・・・・・・・・飛躍しすぎだよ」


(そう?でも、アスター商会での態度は絶対演技でしょう?)

今考えると、わざとらしかった。

尊大で高慢に見えるように振る舞い、周囲に自分勝手な人物像を印象づけようとしていたようにも思える。

もしかすると、散財さえも、すべて意図した振る舞いかもしれない。


「そうですか?でも、イザベラ様は用心深い方ですよね?」

「・・・・・・そうかな」

「あんなに沢山お話しされる方なのに、ご自分のことは語ろうとしませんでした。他人に本心を見せたがらない方だと思ったんですけど」

「・・・そんなことを言うのは、君が初めてじゃないかな」


(だって、不興を買わないように、必死でイザベラ様を観察してたもの)

イザベラ様の態度がどこまで演技なのかはわからないが、あの方が用心深いことだけは確かだ。


話の中心はアルバート様のことだったけれど、イザベラ様も当事者なのに、自分の状況や気持ちについては一言も話さなかった。

あんなにおしゃべりな方なのだから、普通なら、真っ先に自分のことを話すだろう。

それなのに、傍観者のようにアルバート様のことだけを淡々と語っていた。


自分の状況や気持ちを明かせば、他人に利用されたり、思わぬ不利益を被ることもある。

あの方は、ダニエル様を真似て笑顔を作った私を、用心深いことはいいことだと褒めた。

やり方こそ違うが、イザベラ様は、ダニエル様と同じように自分の核を見せない人だと感じた。

あの二人の根底にある考え方は、似ているような気がする。


「だって、姉上はわかりやすいだろう?」

「そうですね。確かに、感情のままに振る舞っているように見えます。でも、実際には自分の気持ちを隠そうとされる方ですよね」


馬車の中で、何度もイザベラ様の気持ちを探ろうとしたが、イザベラ様は扇子で顔を隠していた。

あれはきっと、自分の心を見透かされないようにするためだろう。


「・・・君の考えすぎだよ」

「・・・・・・そうですか」


(私の推測は違ったのかしら?)

アルバート様は困ったような視線を私に目を向けた後、壁にかけられた絵にもう一度目を遣った。


(・・・・・・・どんな絵を見ているの?)

アルバート様の視線の先には、吹雪の中、無数の兵士たちが互いに剣を振るっている絵があった。

私の座っている位置からははっきり見えず、思わず目を細めて凝視してしまう。

価値のある絵なのだろうが、絵の素養がない私には、この絵の良さが十分に理解できない。


しばらく眺めていると、アルバート様がポツリと呟いた。


「・・・・・・・・・・・・・君には、驚かされるな」

「え?」

「そうだな。君の言うように、姉上が偽悪的に振る舞うのは、そういう意味もあると思うよ」


アルバート様の声に、わずかだが悲しげな響きがあった。


(・・・・・・聞くべきじゃなかったのかしら)

アルバート様に関することは、つい知りたくなって、詮索するような真似をしてしまった。


「君が吹聴するような人ではないとわかっているが、他の人には言わないでくれ」

「はい。・・・あの、でも、今は陛下の御代は安定していますよね?イザベラ様は、もうあんな振る舞いをしなくてもいいんじゃないですか?」


「・・・・・・姉上は、怖がりなんだよ」

「『怖がり』、ですか?」

「自分が信頼していた家庭が、一瞬で壊れた経験をしたからだと思う。確実な未来なんて、誰にもわからないからね。いつまで経っても、不安を拭えないんじゃないかな。人を信用しきれていないのかもしれない。だから、少しでも予防線を張っておきたいのだろう」


(・・・悪いのは先代国王で、アルバート様は悪くないのに)

表情は変わらないのに、アルバート様が自分を責めているのが痛いほどわかった。

先代国王とリリー様の「愛」は、まだ子どもだったイザベラ様の心に深い影を落とした。

二人にとっての「真実の愛」は、どれだけ周りの人を傷つけたのだろう。


でも、二人が出会わなければ、アルバート様が生まれることはなかった。

アルバート様の胸の内を思うと心が痛んで慰めたかったが、誰を責めても、アルバート様が傷つくことに変わりはない。


「・・・・・・なんとなく、王家って楽しく暮らしているイメージがありました」

「はは、そうだな。そうだったら、どんなにいいだろうな」


切なそうに笑うアルバート様に胸が締め付けられる。

アルバート様は、今までどれだけ辛い思いをしてきたのだろう。



お読みいただき、ありがとうございます。

誤字のご指摘をしていただき、ありがとうございました。


作中の絵画は、薔薇戦争の中で有名な「タウトンの戦い」を描いています。

当時の英国内の戦闘としては、最も血なまぐさい戦いだったそうです。

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