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104 弟想い


「ああ!そういえば、婚約破棄で思い出したけど、貴女も婚約を破棄されたのよね?」


「・・・・・・・・・・・・えっ?」

「ベスがそう言っていたんだけど、違うの?」


「・・・・・・いえ、そうです」

「それで、お相手は誰だったの?」


本当にイザベラ様は無神経だ。

おかげで目の奥の痛みは引っ込んだが、ようやく傷を塞いだかさぶたを無遠慮に剥がされた気がした。

どれだけ偉いのかは知らないが、イザベラ様は他人にもう少し気を遣ってもいいのではないだろうか。


「ホランド伯爵家のヘンリー様と婚約していました」

「ああ、ホランド家ね。それで、どうして婚約を破棄されたの?」


「・・・・・・ヘンリー様に、好きな方ができたからだそうです」

「あら。見る目のない男だったのね。貴女、素敵な方なのにね」

「え?」


嫌味かと思いきや、イザベラ様の顔には思いがけず同情の色が滲んでいた。


(イザベラ様は私のことが嫌いなのよね・・・?)

だが私が目を細めてイザベラ様を見た瞬間、イザベラ様は扇子で顔を押さえた。

そのせいでイザベラ様の表情がはっきり見えない。


「本心よ。私は貴女のことを好ましく思っているわよ」


「・・・・・・」

「本当に気に入ったのよ。それこそ、アルバートのお嫁さんになって欲しいぐらい」


(・・・絶対に、嘘よね)

先ほどまで結婚に反対すると言い、身分違いの恋の結末をこれでもかと私に話して聞かせたのはイザベラ様だ。

手のひらを返すようなこの態度には、何か裏があるに違いない。

だが怪訝そうに見つめる私を気にすることなく、イザベラ様は楽しそうにすっと身を寄せてきた。


「ねぇ、丁度いい機会だし、聞かせてくれる?アンナ様は、アルバートをどう思って?」


「・・・・・信頼できるお方だと思っております」

「ええ、そうね。あの子は、全ての面で信頼できるわ。でも、そういうことを聞いているんじゃないって、わかってるわよね?」


(イザベラ様は、私に何を言わそうとしているの?)

扇子の奥にあるイザベラ様の目が、獲物を狙った猛禽類に見えてきた。

モズのような小さくて可愛い猛禽類ではなく、そのモズを狩るタカだ。


(ここで、イザベラ様の言葉に引っかかってはだめよ)

アルバート様を好きだとでも言おうものなら、適当な理由をつけて不敬罪を適用し、私を処罰するつもりかもしれない。

場合によっては、私一人で済まないかもしれない。

サウスビー家までもが巻き添えになる恐れがある。

先を見越して返答しないと、サウスビー家に未来はない。


「・・・・・・イザベラ様。私にも、大事に思っている弟がいます。両親の遺してくれた領地を弟と二人で守って、いえ、発展させていくことが私の使命だと思っています」


「・・・つまり、アルバートのことは憎からず思っているけれど、咎めを受けたくないから黙っておきたいってことね?」

「・・・・・・・・・」


(人の話すことを要約して、言質をとるような真似は止めてほしいんだけど!?)

王族であるアルバート様に関わるには、さまざまな制約があるだろう。

私的に関わったり、個人的な感情を示したりすることは、法律で禁じられていた気がする。


ヘンリー様の慰謝料の件があったために法律を学びはしたが、そう詳しいわけではない。

所詮、身についたとは言いがたい付け焼刃の知識だ。

イザベラ様が、どこにどんな落とし穴を仕掛けているのかわからない。


「そんなに心配しなくて大丈夫よ。王族に付きまとったり、変な噂を流したりすれば不敬罪が適用されるけど、恋心を抱いたくらいで処罰されることはないわよ。ねぇ、折角の機会だし、教えてくれる?アルバートのこと、どう思ってるの?」


(どう答えるのが正解なの!?)

「好き」と言っても、「好きではない」と言っても、イザベラ様のとりよう次第でどうとでも捏造されてしまいそうだ。

馬車には、私とイザベラ様だけ。

私の今の状況を証言してくれる人は誰もいない。


「申し訳ありません。お答えを控えさせていただきたいと思います」」

「・・・貴女、なかなかやるわね。私がアンナ様の揚げ足を取って、何か企んでるとでも考えているのかしら?」

「そのようなことはございません」


(その通りだけど、頷く馬鹿はいないわよ)

ダニエル様を手本に、まぶたを下げて口角をわずかに上げ、自分の感情を読ませないように表情を誤魔化す。

うまく誤魔化せていないかもしれないが、少なくともこれ以上追及はされないだろう。


「うふっ、うふふ。アンナ様ったら、ベスたちの身分を詮索せずに世話を焼いていたから、とんでもないお人好しかと思っていたけれど、違うのね。貴女、用心深いじゃない」


「・・・・・・」

「ああ、そんな顔しなくていいわ。気にしなくていいのよ。信用できない相手に隙を見せたら大変だものね」

「いえ、あの・・・」

「咎めているわけじゃないわ。私は貴女を褒めているの。身を守るために、人の言葉の裏を読み取ろうとするのは大切なことだもの。貴女のその慎重な姿勢は、素晴らしいわよ」


「・・・お褒めいただき、ありがとうございます」


何がおかしいのか、イザベラ様は楽しそうに声を上げて笑っている。

声を上げて笑うイザベラ様は、ベスの話から想像していた「イザベラおば様」だった。

明るくて楽しい、ちょっとお茶目な女性。


イザベラ様は馬車に乗り込んだ時とは違い、ふわりと楽し気な空気をまとわせながら外に目を向けた。


(・・・・・・イザベラ様は、よくわからないわね)

どこまでが本当のイザベラ様で、どこからが演技なのだろうか。

この方の本心がどこにあるのか、つかめない。


イザベラ様の人物像に思いを巡らせていいると、車輪が段差に差し掛かったのか、馬車が軽くガタガタと揺れ始めた。


(・・・もうすぐ公爵邸に着くのかしら?)

窓から前方をそっと覗き込むと、高くそびえる壁の向こうに黄色い大きな建物が見えた。

馬車はまだ建物から遠く離れているはずなのに、遠目からでも圧倒されるほど大きいのがわかる。



「・・・・・・・もうすぐ着くわね」


イザベラ様が、私を見ながら不意に真顔になったので、ドキッとしてしまう。

表情豊かな人から表情が消えると、別人のように見えて、どうしても苦手だ。

まるで死者を相手にしているような気分になるのはなぜだろう。


「・・・・・・ねぇ、アンナ様。いろいろと失礼なことを言って、本当にごめんなさいね。でも、私にとって、アルバートは大事な弟なのよ」

「・・・私にも弟がいるので、イザベラ様のお気持ちはわかります」


(一応、私に悪いとは思っているのね?)

イザベラ様のアルバート様を大切に思う気持ちは理解できる。

だが、理解はできても、心まではついていかない。

私だってオリバーの結婚相手にいろいろ望みを抱いたが、どんな相手を選ぼうとも、私は決して同じことはしないだろう。


「わかっていただけてありがたいわ。アルバートも大人だし、私が口を出すことではないとわかっているんだけどね。あの子は本当に大変な思いをしてきたと思うのよ。だから、これ以上あの子の傷付くところは見たくないのよ」


「ええ。そうですよね。私も弟がどんなに大きくなろうとも可愛いですし、弟には、自分の好きな道で幸せになって欲しいと願っています」


イザベラ様とは意見が合わないが、その一点だけは共感できた。

オリバーは、私にとって大切な弟だ。

本人を前にして口に出したことはなかったが、あの子には自分の夢を諦めずに追って欲しい。


だが、イザベラ様は何を勘違いしたのか、大きくため息をついた。


「ねぇ、アンナ様。好きな道に進むのもいいと思うわよ。何が起こるかわからない未知の世界に踏み込むって、ワクワクするしね。でもね、人生は長いのよ。平凡に思えるかもしれないけど、安心して穏やかな日々を送れるのは、幸せなことなのよ」


「ええ、そうですよね」

「自分の感情だけで行動を起こしてはだめよ。周りをよく見て考えて、最も良いと思う選択をしてね。今だけでなく、未来を見据えて行動するの。歴史や先人の知恵から学ぶことも大切よ。それが周り巡って自分のためになるの。大きな決断をする時は、よく考えてから結論を出してね」


「・・・・・・ご忠告、ありがとうございます」

「いいのよ。アンナ様とお話しできて楽しかったわ。さあ、着いたわよ。アルバートが首を長くして待っていることでしょうね」


その言葉通り、アルバート様は外で私たちの帰りを待っていた。



お読みいただきありがとうございます。

誤字のご指摘をしていただき、ありがとうございました。


不敬罪は戦前まで存在していましたが、現代日本では法律上は廃止されています。


明日も更新予定ですので、よかったらお付き合いください。

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