102 アルバート様の過去 2
「だから、そんな兄と王位継承の争いの種になるのが嫌だったんでしょうね。留学後、王都に戻ってこなかったわ」
「・・・・・・・・・え?」
アルバート様は、仕事の責任から逃げたかったと言っていたはずだ。
「あら、知らないのね、いい機会だから教えてあげるわ。婚約破棄の話は知ってるのかしら?」
「え、ええ。アルバート殿下からお聞きしました」
イザベラ様は扇子をゆったりと扇ぐ。
絹地の扇面に描かれた華やかな赤橙色の薔薇から、高貴な香りが漂ってきた。
「そう。ならいいわ。元々ね、アルバートはカイロスの王女と婚約するはずだったのよ。でも婚約話を進めようとした頃に、父が度々体調を崩すようになってね。で、当時18歳だった兄に王位を継がせようとしてたんだけど、一部の貴族が反対したの」
「反対・・・ですか?」
(イザベラ様が女王になるのを反対したくなる気持ちはわかるけど?)
我儘で傲慢なイザベラ様が女王になるのは、家臣としては嫌だろう。
それに、この国には男尊女卑の傾向があるから、跡継ぎは男子を望む声が多い。
でも、陛下は第一子で長男。
王位継承権は一位だし、何より子どもの頃から優秀だったことから、英明な君主になると噂されていたはずだ。
陛下の即位に反対する理由など、どこにも見当たらない。
「そう。兄は優秀なんだけど、理想家なのよ。ほら、近年政策が変わったと思わない?随分国民に優しくなったでしょう?」
「・・・もしかして、王道の整備や災害時に補助金が出るようになったことですか?」
「ええ、そうよ。昔は全て自己責任だったけれど、国が手助けするようになったおかげで、暮らしやすくなったはずよ」
「確かにそうです。うちも助かりました。でも、それのどこが問題になるのですか?」
どこが悪いのだろうか。
暮らしやすくなって、万々歳だ。
「だって原資は全て税金よ。そう簡単に国民の税負担を増やすわけにはいかないでしょう?平民はそんなに豊かな生活じゃないしね。そうなると、どこからお金を持ってくるかはわかるでしょう?」
「・・・・・・生活に余裕のある貴族から税を徴収する、ということですよね」
他国と違い、ロズモンド王国は貴族にも税を課している。
だが、国民に手厚い政策を行うなら、さらに税を課さなければ難しいだろう。
(そういえば、アルバート様と一緒に見つけた通達の中に、税率改定のお知らせがあったわね)
陛下に代替わりしてから、中央の政治は随分と変わったのかもしれない。
「そう。だから兄の即位に反対する貴族は、まだ12歳のアルバートに目をつけたの。アルバートは言い方は悪いけど、愛人の子よ?立場の弱いアルバートなら、自分たちの言うことを聞かせることができるでしょう?」
王族の血があることを理由に、家臣が国王に反旗を翻すことは歴史上よくあることだ。
特に王族の血筋を持つ女性は「権力の駒」として扱われやすい。
「・・・イザベラ様は擁立されなかったんですか?」
「え?ああ。私はその時、継承権は二位だったけど女性だから除外したんでしょうね。そもそも兄と争う気はなかったからね」
「・・・・・・そうですか」
(・・・そんなものなのかしら?)
住む世界が違いすぎて、よくわからない。
「陛下に廃位させて、アルバート殿下を王位に就ける気だったんでしょうか?」
「そうみたいね。でもその動きを事前に察知した父が、急遽アルバートとカートレット家の長女を婚約させることを決めたの。政治的権力のない中堅どころの令嬢だからね、安全だと思ったんでしょうよ」
「エミリー様、ですか?」
確かそんな名前だったような気がする。
「そうよ。・・・貴女、アルバートの元婚約者の名前を知ってたのね」
「アルバート殿下から、少しだけお話を聞いたので・・・」
「あら。そんなことまで話すなんて、よっぽど貴女に心を許してるのね。あの子の口から、エミリー様の名前が出ることなんてないのよ」
アルバート様が、私に心を許しているかどうかはわからない。
あの時は、状況が状況だった。
ヒステリーを起こした私を宥めるために、仕方なく言っただけかもしれない。
私の複雑な表情に気づいたイザベラ様は、軽くため息をついた。
「・・・まあ、それはいいわ。エミリー様の父親は穏健中立派だったし、政治的には何の力もなかったからね。これで無用な争いもなくなると思ったのよ」
有力貴族や他国の王族と婚姻関係を結ぶことで、アルバート様に力がつくことを恐れたのだろう。
アルバート様に有力な姻戚がつけば、余計な口も出される。
たとえアルバート様に反逆の意志がなくても、政争に巻き込まれてしまうことは目に見えている。
リリー様に心を奪われ、国を危機に晒した先代国王だったが、そこまで愚王ではなかったらしい。
「でもこれが、別の意味で大誤算だったのよ!エミリー嬢が、盛大に勘違いしたのよ!!」
イザベラ様は怒りがこみ上げたのか、扇子を畳み、両手でぎりぎりと握りしめていた。
「勘違い・・・?」
「アルバートの婚約者に選ばれたのは、自分が美人で優秀だからだって。なんの根拠もなしにね」
「・・・・・・そうですか」
でも、エミリー様が妃に選ばれたのは12歳だ。
政治なんて、わからないだろう。
いきなり王族の妃に選ばれたら、そう思うかもしれない。
「エミリー様は、政治的な思惑で選ばれたなんて、微塵も思っていなかったんじゃないかしら。妃教育を始めて半年ぐらいは大人しかったのよ。でも周りが、自分に跪くでしょう?今まで誰にも注目されてこなかった地味娘が、急に自分が偉くなったと勘違いして、それはもうやりたい放題よ」
「やりたい放題・・・」
「そう!まさにやりたい放題よ。王家の威光を笠に着て、自分の意のままにならなければ、癇癪を起して言うことを聞かせようとしてたわね。妃教育の最中に、家庭教師を罵倒して逃げ出すのは当たり前。あの方、自分の気に入らない家庭教師を、勝手に何人も首にしたのよ!宮廷の力関係も顧みず、高位貴族の令嬢たちを遠ざけて、自分のお気に入りの令嬢ばかりを優遇するしね。我儘で、自分勝手で、幼稚で!あんな令嬢、見たことないわよ!!」
(エミリー様も酷いけど、イザベラ様にも当てはまることはあるんじゃない・・・?)
だが、私の心の中など知らないイザベラ様は、まだエミリー様に対して文句を言っている。
「宮廷の雰囲気は、エミリー様一人のせいで最悪だったわよ。アルバートはその度にエミリー様を諫めるけど、耳を貸すどころか、アルバートは自分の気持ちをわかっていないと、ぎゃあぎゃあ泣き喚く始末よ。いい年の令嬢が、自分の気持ち一つまともに制御できないで、泣いて喚いて騒ぐのよ?もう見ていられないわ」
「それは、また・・・」
アルバート様がエミリー様をどうしていいかわからなかったと言っていたが、本当にそうだろう。
だが、私もエミリー様と同じことをしたため耳が痛い。
「見事に自分の権利だけ主張して、義務は放り投げてくれたわね。私も何度か諫めたけど、話を聞くどころか、私を怖がって避けるし。しかも怖がるだけならまだしも、私の悪口を言い触らして陥れようとしてくるし。もう最悪よ」
(・・・イザベラ様を怖がるエミリー様の気持ちはわかるけど、確かにイザベラ様の言ってることは正しいわね)
上に立つ者が、義務を放棄して権利だけを主張するなんて言語道断だ。
下の者がどれだけ苦労することか。
「挙句の果てに学院で恋人を作って、駆け落ち。本当に、よくぞここまで王家に泥を塗ってくれたものよね」
憎々し気に言い放つイザベラ様は怖かったし、また機嫌を損ねるかもしれないが、どうしても知りたくて聞かずにはいられなかった。
「・・・エミリー様は、そんなにアルバート様と結婚するのが嫌だったのでしょうか」
気持ちを表すのは不器用だけれど、優しく誠実なアルバート様。
アルバート様のそばにいれば、そのかけがえのない優しさがわかるはずだが、エミリー様はそうは思わなかったのだろうか。
私だったら、ずっとアルバート様のそばにいる。
「いいえ、そんなことはないわよ。アルバートの婚約者に選ばれて、天狗になっていたわ。顔も身分も申し分ないアルバートだもの。手放す気はなかったんじゃない?真面目なアルバートはエミリー様をよく諫めてたから、多少鬱陶しいとは思っていたかもしれないけどね。でも、こんないい条件なんてないからね。そもそもエミリー様が、宮廷で大きな顔ができるのはアルバートのおかげだしね」
「じゃあ、なんで駆け落ちなんてしたんでしょう?よほど相手の方がお好きだったのでしょうか?」
「違うわよ。駆け落ちしたのは、当時も流行ってた『真実の愛』の真似がしたかっただけよ。ほら、あの話、昔の結末は駆け落ちだったからね」
「・・・そうでしたね」
「当時は舞台の影響を受けて、身分の違う者同士で駆け落ちするのが流行したの。結構な数の親たちが、頭を抱えていたわね。あまりにも多くなりすぎて、社会問題にもなったのよ。それで今の結末に変えたの」
(・・・王家が歌劇団に介入して、結末を変えさせたのかしら?)
聞いてみたかったが、イザベラ様はふっと口を噤み、窓の外に目を向けた。
この方は黙ると雰囲気が一変し、別人のように見えてしまって戸惑う。
雲が出てきたのか、日差しが遮られてイザベラ様の顔に影が落ちた。
「・・・・・・どうして若い時って、先も考えずに行動するのかしらね。少し考えれば、駆け落ちした後の生活なんて、わかるものだと思うんだけど。現実が見えた途端、夢から覚めるのよね」
「じゃあ、エミリー様は・・・」
「勿論よ。相手に恋したんじゃなくて、愛する人のために駆け落ちする自分に酔っていただけだもの。エミリー様も、すぐ気持ちが冷めたんじゃない?確か駆け落ちして、半年後には、家に戻って来たんじゃないかしら」
「それはまた・・・」
(『真実の愛』じゃなかったの?)
家を捨て、親兄弟を捨ててまで駆け落ちまでしたのに、そんなに早く冷めるものなのだろうか。
さすがに驚いてしまう。
「アルバートたっての願いもあって、何の処罰もしなかったけどね。あの子、優しすぎるのよ。私だったら、死ぬまで後悔するような罰を与えるけどね。でも、エミリー様の父親は、自主的に爵位を返上して他国の親戚の元で暮らしてるわ。エミリー様本人も、勘当されたし、もうこの国にはいないはずよ。まあ、ここまで王家に泥を塗ったんですもの、家族全員、この国に居られるわけないわよね」
「・・・・・・そうですか」
イザベラ様は、さらりと怖いことを口にしている。
でも、家庭を壊されたイザベラ様にとって、心変わりは決して許されるものではないのだろう。
そして私も、できることなら罰を与えたいと思ってしまった。
お読みいただき、ありがとうございます。
誤字のご指摘をしていただき、ありがとうございました。
貴族は軍事・行政を担うために免税されることが多いですが、作中「ロズモンド王国」は、貴族も当初から課税の対象とされています。
明日も朝7時更新予定です。
引き続きお楽しみいただけたら嬉しいです。




