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101 アルバート様の過去 1


「ああ、そうなのね。ねぇ、この舞台、父と、アルバートのお母様が元になった話なのよ。ご存じだった?」



「・・・・・・・・・・え?」

「その様子だと、やっぱりご存じないのね。王都の貴族の間じゃ、公然の秘密なんだけど」


サウスビー領からほとんど出たことがない私は、そんな話を聞いたことがない。

アルバート様の根幹に関わることなのに、イザベラ様は、まるで何でもないことのように、滔滔と語りだした。


「舞台女優だったアルバートのお母様に、父が一目惚れしたのよ。リリー様って言うんだけどね。それはもう白百合みたいに綺麗な方だったわ。アルバートの美貌は、リリー様譲りよ」


「あの・・・」

「リリー様の住む下町に、父が王宮を抜け出して会いに行ってたみたい。まあ、浮気よね」


国王が、そんなことをして許されるのだろうか。

身分のない者ならいざ知らず、国王が浮気したなんて、国の情勢に関わってくる。


「そんな、だって王家は法律で・・・」


「ええ、そうよ。王が側室が持てるのは、子がいない場合のみよ。跡目争いで国が乱れるのを防ぐために、法律で決まってるからね。でもまあ、母の気持ちは別として、父がリリー様とこっそり二人で愛を育む分には問題はなかったのよ。でも、リリー様がアルバートをお腹に宿したからね」


イザベラ様は、氷のように冷たい視線を私に向けてくる。


わざと舞台の看板に目を向けたわけではないが、イザベラ様にとっては、両親の不仲を当て擦られたようなものだ。

またしてもイザベラ様の不興を買ってしまったとは思ったが、聞かずにはいられなかった。


「じゃあ、アルバート殿下は・・・」

「まあ、言い方は悪いけど、アルバートは、父と愛人の間にできた『不義の子』ってわけ」


イザベラ様は頬に手を当て、いかにも迷惑そうに眉を顰めた。


「本当にねぇ、父も考えなしなんだから。リリー様が妊娠したことを聞いて、母も重臣たちも、みんな困って頭を抱えたらしいわよ。今までのように、リリー様が市井で暮らすわけにはいかないでしょう?でも、だからといって、王宮で暮らすわけにもいかないしね」


(・・・それはそうよね)

アルバート様は、先代国王の子なのだ。

平民としては暮らせない。

だが、だからといって先代王妃のいる王宮でも暮らせない。


「・・・・・・・・・それで、どうしたんですか?」


「仕方がないから、リリー様のために離宮を用意したのよ。アルバートが生まれたら、信頼のおける重臣に養子に出すっていう話も出たみたいなんだけど。でもねぇ、父の血が入ってることを理由に、下手に利用されても困るじゃない?」


「・・・養父になった重臣が、アルバート殿下を王位に就けて実権を握ることを懸念したんですね」


「そう!アンナ様ったら、思いのほか聡いわね。人の心なんて、見えないからね。忠臣だと思っていたのは王だけ、というのもよくある話でしょう?」


よくある話なのかはわからないが、アルバート様の誕生が望まれていなかったということだけはわかった。


「結局結論がでなくて、リリー様がアルバートを産むまで離宮で匿うことにしたの。離宮の使用人も最低限だったけど、リリー様の存在自体が秘密なんだもの。仕方がないわよね。アルバートが産まれたら、最初はお母様が育てるつもりだったんだけど、リリー様がどうしてもそれだけは嫌だと言って、アルバートを手放さなくてね」


それはそうだろう。

愛する子どもと離れたがる母親なんていない。


イザベラ様はそんなリリー様の気持ちがわからないのか、まるでリリー様の我儘だといわんばかりに、ため息をついている。


「結局リリー様は、そのまま離宮でアルバートと暮らしたわ。でも、アルバートが5歳になった頃から、アルバートをどうするべきかと議論が始まったのよ。王族として扱うなら、そろそろ教育を始めないといけない時期だからね。でも王族としての教育を施すなら、王宮で過ごさないといけないしね」


「でも、それではリリー様が・・・」


「そうなの。絶対に嫌だと言って、アルバートを離さなかったわ。重臣は勿論、父の説得も功を為さなかったみたい。でもね、アルバートが6歳の誕生日を迎える直前に亡くなられたの」


「・・・・・・・・・ご病気、ですか?」


邪魔者には死を。

何となくきな臭い匂いがして疑って聞いた私を、目を細めながらイザベラ様が一蹴した。


「暗殺じゃないわよ。王家だって、そこまで酷くないからね。まあ、心労が重なったせいだとは思うけど」

「心労?」


「リリー様は、ずっと前から心の病にかかっていたのよ。それはそうよね、人との交流を絶って暮らしていたら、誰でもそうなるわよね」

「『人との交流を絶って』って、どういうことですか?」


「だってお父様は忙しいし、それにお母様の手前、離宮にはたまにしか顔を出せないでしょう?リリー様だって、今まで付き合いのあった平民の友人たちと会うわけにもいかないしね。手紙のやり取りだって、秘密が漏れたらいけないから検閲が入るから、滅多なことは書けないだろうし。それに、使用人の数も少なかったから、大人と話す機会なんて、ほとんどなかったんじゃないかしら。衰弱するように亡くなったと聞いているわ」


(・・・リリー様は、愛する人と結ばれても、隠れるようにしか生きられなかったのね)

愛する人にもほとんど会えず、人目を避けて過ごす生活はどのようなものだったのだろう。

衣食住は整っていても、誰とも話さない日々を送る中で、リリー様はどんな思いを抱えていたのだろうか。

自分に置き換えて考えると、ぞっとする。


「・・・・・・リリー様も、お辛かったでしょうね」

「でもねぇ、本人が望んで父と結ばれたんだし、仕方がないわよね。自己責任よ。うちの母も、父とリリー様のことで、ずいぶん悩み苦しんだしね」


頬に手を当てながら、感情の読めない目でイザベラ様が私を見つめてくる。

正妻の子であるイザベラ様から見たら、リリー様は突然家庭を壊した邪魔者だ。

リリー様とアルバート様は、憎しみの対象になってもおかしくない。


(・・・・・・でも、アルバート様って、イザベラ様のこと、嫌いじゃないわよね?)

ベスの「お願い」を目にした時のアルバート様は、困ったような顔はしていたものの、イザベラ様に対して嫌悪の気配はなかった。

あの時は、むしろ姉弟仲が良いのだと感じた。


「まあ、母のことはいいわ。夫婦の問題だしね。でもねぇ、父とリリー様のせいで、私たちは身を滅ぼすことになっていたかもしれないのよ。そう考えると、恐ろしいでしょう?」


「身を滅ぼす?」


(浮気で?大げさじゃない?)

嫉妬で悩む先代王妃が、口喧嘩にとどまらず、刃物まで手にしたのだろうか。


「そう。アンナ様は、うちの母の出身地をご存じ?」


「・・・ドルネイル王国の第三王女だったと記憶しています」

「そう。貴女、政治情勢にも詳しいのね。正解。北の大国ドルネイル王国よ」


ドルネイル王国は、ロズモンド王国の北に位置する大国だ。

国土は広いが、凍てつく氷に覆われるドルネイル王国の歴代国王は、南の凍らない地を求めて、周辺諸国に侵略を繰り返す。

法に基づいて統治するうちの国と違い、力の論理で国を動かしている。


北からの侵略を防ぐために、先代国王はドルネイル王国の第三王女であったソフィア様と結婚したはずだ。


「ね?大事な王女を侮辱されたと言って、戦争を仕掛けられてもおかしくなかったのよ。父もリリー様も、その辺のところをわかってなかったのかしらね。呆れるわ」


(リリー様には、無理じゃない・・・?)

馬鹿にしたように言うイザベラ様だが、王族のイザベラ様にとっては常識でも、平民のリリー様に政治情勢の知識を求めるのは酷だろう。

悪いのは先代国王だと思ったが、不敬罪があることを思い出して口には出さなかった。


「王子と町娘が結ばれて幸せになるのは、舞台の中だけよ。父もリリー様がお亡くなりになる頃には、最初の情熱はなかったみたいだしね」


「それは・・・」

「だって野に咲く花って、野に咲いてるから綺麗なのよ。摘んで家に飾った途端、みずぼらしく見えるでしょう?」


「そうでしょうか。うちでは野に咲く花を綺麗だと喜んで飾っています」

「そう。アンナ様のお屋敷は、きっとその程度なのね」


イザベラ様の皮肉めいた言い方を受け流すと、さらに棘のある言葉を返してきた。

私も人のことは言えないが、イザベラ様もなかなかいい根性だ。


「うちでは、ユリをよく飾っていましたよ。華やかで綺麗ですよね」

「あら。でも華やかなユリだって、手折ったらすぐに汚くなって枯れるのよ」


「・・・ええ、そうですね。ただ、手を入れればユリだって長持ちしますよ」


ユリは切ってしまえば、5日ほどしか持たない。

暑ければ3日で萎むこともある。

だが、最初に花粉を取り除き、水替えを毎日することで10日ほどまで長持ちさせることができる。

大事にされなければ、花だって、人だって、すぐに傷む。


「ふぅん、アンナ様って、大人しくみえるのに、なかなかいい根性してるわねぇ」

「おっしゃっている意味が分かりません。私は、ユリについて述べただけです」


(・・・悪いけど、負けないわよ)

イザベラ様は立場上リリー様が憎いのだろうが、アルバート様のお母様のことを悪く言われるのは許せなかった。

アルバート様にとって大事な人は、私にとっても大事な人だ。

リリー様を馬鹿にしないで欲しい。


イザベラ様が威嚇するように目を細めたが、堂々と見返す。

元々私の印象は悪かったのだ。

これ以上、悪くなりようもないだろう。


まさか私からこんな反抗的な態度を取られるとは思ってもみなかったのか、イザベラ様は私から目を逸らして、歌劇団の看板に目を向けた。


看板は、長年風雨に晒されていたのだろう。

昨日は気が付かなかったが、明るい光の下で見ると、看板は所々色が剥げてみすぼらしくなっていた。


(何を言われても、リリー様については譲る気はないわよ)

みずぼらしい看板がリリー様の傷ついた心を象徴しているかのように見え、胸の奥にイザベラ様への反抗心がふつふつと沸き上がってくる。


イザベラ様に表立っては反論はしない。

でも、肯定だってしてやるものか。


背筋を伸ばして視線を逸らさない私に、イザベラ様はちらりと視線を動かしてから、ふぅっと小さく深いため息をついた。


「アンナ様には受け入れ難いかもしれないけど、身分違いの恋って続かないのよ。父も最初はリリー様のことが新鮮で面白かったんでしょうし、リリー様も、国王から愛を囁かれて舞い上がったんでしょうね。障害があった方が、恋は燃え上がるでしょう?刺激的で、癖になって、止められなくて。・・・でも、結果は結果よ。リリー様は、幸せではなかったと思うわよ」


「でも、リリー様の側には、アルバート殿下がいました」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうね」


長い長い沈黙の後に、イザベラ様は、重い重いため息をついた。

イザベラ様は、その重いため息を戻すかのように扇子を顔にあてて、再び歌劇団の看板に目を遣った。


(リリー様の心は、リリー様のものよ)

先代国王の愛が薄れていくのを見て、どれほどの悲しみを感じたことだろう。

怒りを感じたかもしれないし、恨んだかもしれない。

自分を行いを振り返って、後悔したかもしれない。

リリー様が最期に何を感じ、どんな思いを抱いたかはわからない。


でも、アルバート様を産んだことだけは、絶対に後悔していない。


イザベラ様が目を下に向けた瞬間、馬が小さく嘶いて窓の外の風景がようやく動き出した。


馬車の速度が増すとイザベラ様は目線を上げ、向けた視線を外に固定したまま動かさなかった。

イザベラ様は、行き交う人たちを見ているのだろうか。

それとも、葉の色が変わりつつある川沿いのヤナギ並木を見つめているのだろうか。

扇子の陰に隠れたイザベラ様の感情を慮ることはできなかった。


しばらくして、イザベラ様が囁くように呟いた。


「・・・・・・世間にとっては、最高のエンターテイメントでしょうね。なんせ王族と平民の許されざる恋だもの。それこそ『真実の愛』よね」


「・・・・・・・・・・・・」


「だからこそ、舞台になったのよ。私は、あの舞台の脚本を書いたのは、リリー様の友人だと思ってるけどね。リリー様が亡くなって10年経ったから、もう書いてもいいと思ったんじゃないかしら?結末を王子が身分を捨てて駆け落ちすることにしたのは、王家から睨まれたくなかったからでしょうね」


(・・・大衆もリリー様の噂ぐらい聞いたことがあっただろうし、熱狂するはずよね)


事実のみを書いたら、王家からなにか音沙汰があっても、おかしくないだろう。

でも、真実と虚構を織り交ぜた脚本ならば、王家といえども口は出せない。

どんな気持ちでイザベラ様は、いや、先代王妃は、この舞台の流行ぶりを見ていたのだろうか。


「・・・・・・リリー様が亡くなられた後、アルバート様はどうなったんですか?」


「お母様が育てることになったわ。元々認知はしていたからね。法律上は問題なかったのよ。でも、何もわからない赤ん坊の頃から育てるならまだしも、引き取られた時アルバートは6歳よ?すでに自我が出来上がってるでしょう?さすがにねぇ、優しいお母様もどう接していいかわからないわよ」


浮気された自分の母親を憐れんで胸を痛めるイザベラ様の気持ちもわかるが、私はアルバート様のことを思うと、胸が痛くてたまらなかった。

リリー様が亡くなった後、どんな気持ちで過ごしていたのだろう。


いや、それ以前に心を病んだリリー様との暮らしは、どんなものだったのだろう。

アルバート様を気にかけてくれた人はいたのだろうか。

一人寂しく、部屋の隅で膝を抱えているアルバート様が見えるような気がする。


「しかもアルバートは、全然子どもらしくなかったからね。しゃべらないし、無表情だし。綺麗な顔をした人形みたいだったわよ」

「・・・心を病んだリリー様と二人きりで過ごしていたなら、そうなっても不思議ではないと思います」


心を病んだリリー様と、ほぼ二人きりの生活。

子どもは、自分の周りにいる人を真似て成長するのだ。


人と接するも機会も少なく、周りの大人からの声掛けもなければ、自然表情もなくなるだろう。

いや、表情がなくなったのではない。

アルバート様に表情なんて、初めからなかったんだ。


誰もアルバート様に笑いかけてこなかったからこそ、表情の変わらないアルバート様が出来上がったのだ。

幼いアルバート様に、寄り添ってくれる人が誰もいなかったなんて、あまりにも酷すぎる。


「そうね。アルバートには同情するわ。でも、それはお母様や私には関係ないでしょう?」


私からの非難めいた視線を察したのか、イザベラ様はわずかに顎を上げて牽制するようにこちらを見返してきた。


「・・・・・・そうですね。複雑なお気持ちだったでしょうね」

「ええ。でも誤解しないでね。優しい母は自分の気持ちに蓋をして、アルバートの生活環境を私たちと同じ扱いにしたわよ。王族としての教育環境も整えてあげたしね」


酷い扱いを受けることもある妾腹の子にはありがたい話なのだろうが、いくら環境を整えてもらっても、アルバート様の心はどうだったのだろう。

誰でもいいから、アルバート様の側にいて欲しかった。


「・・・アルバート様は、王宮でも、お一人で過ごしていたのですか?」


「そうね。父はアルバートに声をかけてはいたけれど、基本的には家庭教師と使用人に囲まれて育ったわね。あっ、でも兄は違ったわよ。兄は腹違いとか、そういうことは全然気にしないの。明るくて朗らかで、太陽みたいな人だからね。兄はアルバートを気にかけて、時間を見つけては必ずアルバートの側にいたわ。だからアルバートも、兄だけには懐いていたわ。腹違いとは思えない、仲の良い兄弟だったわよ」


アルバート様が、陛下のことを語ったときの優しい瞳を思い出す。


頼れる人のいない心細い環境の中、自分を気にかけ、惜しみなく愛情を注いでくれた人だ。

「愛情、信頼、尊敬、感謝」ーどの言葉で表せばいいのかわからないが、アルバート様にとって陛下は、唯一無二の存在だろう。


「だから、そんな兄と王位継承の争いの種になるのが嫌だったんでしょうね。留学後、王都に戻ってこなかったわ」


「・・・・・・・・・え?」



お読みいただきありがとうございます。

ブクマ、評価をしていただき、ありがとうございました。


白百合の花言葉は、「無垢」「純潔」「清らかな愛」だそうです。


明日も朝7時に更新予定です。

引き続きお楽しみいただけると嬉しいです。

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