100 イザベラ様の詰問
「・・・・・・・・・・・・そうなの?」
「ええ、そうです」
「アンナ様は、本当にアルバートの恋人じゃないの?」
「はい」
「・・・・・・・・・・・・ふぅん。そうなの」
納得がいかないように、またもやイザベラ様が私を探るように見てくる。
どうも私が嘘をついていると疑っているらしい。
(・・・馬車で私と二人きりになろうとしたのは、このためだったのね)
私たちが恋仲になったと勘違いしたイザベラ様が、私にアルバート様を諦めさせようとしたのだろう。
だが残念ながら、私たちは恋人でも何でもない。
「私、アルバートの妃になる人は、賢くて、芯の強い女性じゃないと無理だと思うわ」
「・・・ええ、そうでしょうね」
この勘違い元王族のイザベラ様に、これ以上何を言っても無駄だろう。
否定せずに無難に会話をした方がいいと思ったのだが、私の曖昧な返事の仕方が気に入らなかったのか、イザベラ様の眦がどんどんと吊り上がっていく。
(・・・あ、やらかしたかもしれない)
どうやら、またイザベラ様の機嫌を損ねたらしい。
返答に失敗したことはわかるが、もうどうしようもない。
オリバーのことを空気が読めないと思っていたけれど、私も同じくらい空気が読めない人間だったらしい。
イザベラ様が目を嫌そうに細め、顎まで上げて、私を見下ろすように見てくる。
私にお礼を言った時の、礼儀正しさは欠片も見当たらない。
「・・・・・・そうそう、貴女、ベスに危ない真似をさせたそうね?」
「『危ない真似』とは?」
「ベスをロバに乗せたんでしょう?ベスは一国の王女よ?ベスの身に、何かあったらどうしてくれるのかしら」
(ベスについては、悪かったと思ってるわよ!でも、今その話を持ち出すの!?)
難癖をつけてくるようなイザベラ様の態度には、本当に腹が立つ。
「・・・エリザベス王女殿下に危険なことをさせてしまい、大変申し訳ありませんでした」
でも、そのことに関しては、ひたすら頭を下げなければならない。
乗馬をベスに教えてしまったし、ましてや王女が一人でロバに乗って行方不明になったなんて、サウスビー家全員の首が飛んでもおかしくない事態だ。
「本当にそう思ってるのかしら?貴女のせいで、ベスはお菓子作りや毒草に興味を持ったみたいよ。洗濯のやり方まで侍女に教示したとも聞いたわ。そうそう、それから私に下手くそな『マジック』を披露してきたわね」
「・・・・・・・」
「おまけに兄に、とんでもないお粥まで作って食べさせたわ」
(・・・・・・・ベスったら!!!)
思わず頭を抱えたくなるが、ベスは悪くない。
悪いのは、喜ぶベスの顔が見たくて、寄ってたかって要らない知識と技術を教えた私たちだ。
だけど、ベスが王女とは知らなかったのだから、そこは勘弁してほしい。
王宮で、嬉々として私たちが教えたことを披露するベスの笑顔と、呆れかえる陛下たちの姿を想像すると冷汗が流れ出てくる。
「どうしてベスとアルバートが貴女を気に入ってるのか、わからないわね」
(そうですよね。私もよくわかりません)
どうやらイザベラ様は、全身全霊をかけて私のことが気に入らないと伝えたいらしい。
わざと顔から足先まで、値踏みするようにゆっくりと眺めてくる。
確かにベスの教育上よくなかったかもしれないが、善意でしたことに対して、ここまで酷い態度を取る人も初めてだ。
「悪いけど、アンナ様のことを調べさせてもらったわ。貴女、学院もでていないんですって?」
(・・・知識だけあっても、賢さの足りない学院卒業者を今まで何人も見てきたわよ?)
イザベラ様だって学院を卒業しているのだろうが、この思い込みの激しさといい、謙虚さの欠片もない態度といい、学歴だけが全てじゃないということがよくわかる。
「ええ。うちは弟がいまして。二人揃って学院に通うことは経済的に厳しかったので、嫡男である弟のみが学院に通うことなりました。だから私は学院に入学していません」
「そう。苦労したのね。でも家庭教師は?まさか、家庭教師もつけて貰えなかったのかしら?それぐらいの教育は受けたのよね?」
イザベラ様が身を乗り出して、ぐいぐいと質問してくる。
今度は身上調査だろうか。
「貴族令嬢として必要なことは、全て母が教えてくれました。それに、弟とともに家庭教師の先生から嫡男としての教育を受けました」
母が亡くなるまでは厳しく淑女教育を受けたし、スタンリー先生からは、嫡男として必要な知識を学んだ。
学歴こそないものの、下位貴族の娘としては十分な教育を受けたはずだ。
「そう。じゃあ聞くけど、家庭教師はどんな方だったのかしら?」
「厳しさの中にも、温かさがある素晴らしい先生でした。アルバート殿下と同じく、私もスタンリー先生から教えを受けました」
「え?スタンリー先生って、あのスタンリー先生?」
スタンリー先生の名前を聞くなり、イザベラ様の目が驚いたように大きく開いた。
『あの』が何を指すかはわからないが、アルバート様が断言していたから本当なのだろう。
「ええ、アルバート殿下もそうおっしゃっていたので、間違いはないと思います」
「・・・あの方、お金を積んでも、頭を下げて頼んでも、なかなか人に教えないんだけど、どうやって説得したの?」
(落とし穴を掘って捕まえたとは、口が裂けても言えないわね)
王族のアルバート様を教えるほどの立派な先生なのだろうが、うちにいた時は元気なおじいちゃんという印象しかない。
「・・・・・・まあ、ご縁がありまして。偶然出会った私たち姉弟を気に入ってくださったみたいです」
「うちの息子を教えてもらおうと思って探してたのよ。そう、貴女のとこに居たのね」
「でも、もううちを出て行かれました。申し訳ないのですが、どこに行かれたのか分かりません」
ただ、正確な場所はわからないが、海の近くで暮らしているはずだ。
でもそのことは、この感じの悪いイザベラ様には教えたくないので黙っておく。
「ええ。そうでしょうよ。すぐふらっといなくなるのよ。あの方は優秀だけど、本当に思うようにいかないのよね!」
自分の思い通りにならないスタンリー先生に、イザベラ様は怒っているようだ。
よほどスタンリー先生に教えを請いたかったのだろうが、スタンリー先生にだって選ぶ権利はある。
イザベラ様は怒りを鎮めるように、パタパタと顔を扇子で扇ぎながら、私に詰め寄ってきた。
「で、先生は、いつまで貴女のとこにいたの?」
「4年前までいらっしゃったんですけど、もう教えることはないと言って出て行かれました」
「・・・・・・そう。『もう教えることはない』と言ったのね。スタンリー先生は、貴女にそう言ったの?」
「ええ、そうです。弟にも言っていましたが」
「そうなのね。わかったわ」
勿論セオドアにもそう言ったのだが、ややこしくなるのでセオドアのことは伏せた。
イザベラ様はスタンリー先生のことは諦めたのか、今度は私の服装に注目し始めた。
「まあ、いいわ。うちの事情は。それにしても、さすが伝統あるサウスビー家ね。その素敵なネックレス、どうしたの?」
イザベラ様が、私の胸元をよく見ようと顔を近づけてきたため、心臓が思いっきり跳ねる。
自分の耳を触りながら、出所を探るように私のネックレスを見るイザベラ様の視線が怖い。
「・・・母から譲ってもらったものです」
嘘はついていない。
「そう。そんな大きなタンザナイトなんて、なかなか手に入らないわよね。お母様からいただいたのなら、納得だわ」
これ以上しゃべるとボロがでそうなので、誤魔化すために微笑みながら頷く。
まさか、下賜された壺の飾りとして付いていた宝石とは言えない。
宝石もそうだろうが、私が割った壺だって、相当価値があるものだったに違いない。
自分の頬が強張ってくるのがわかる。
(お願い、早く公爵邸について!)
これ以上ネックレスの宝石について、言及されたくない。
イザベラ様から目を逸らし、再び王都の風景に魅入っているように演技しようとした。
昨日も通った道だから物珍しくはないが、いかにも初めて見たと言わんばかりの態度で窓に張り付く。
だが、順調に走っていた馬車の揺れが急に少なくなり、街のざわめきが耳に入ってきた。
前の方で事故でもあったのか、私たちを載せた馬車は完全に止まってしまった。
「あ・・・」
思わず声が出てしまった。
止まった馬車の窓から見えたのは、昨夜観たローゼル歌劇団の「真実の愛」の舞台看板だった。
これから昼公演が始まるのだろうか。
劇場には、多くの観客が集まってきている。
イザベラ様が私の視線の先にある看板に気付き、片眉を上げた。
全然アルバート様と似ていないのに、片眉の上げ方だけはアルバート様にそっくりだった。
「アンナ様は、この舞台をご覧になりまして?」
「ええ。昨日観ました。とても面白かったです」
内容は全く共感できなかったが、主人公の澄んだ歌声は魅力的だったし、あんなにキレのあるダンスを観たのも初めてだった。
衣装も豪華だったし、役者がせり上がって出てくる舞台装置も面白かった。
「ああ、そうなのね。ねぇ、この舞台、父と、アルバートのお母様が元になった話なのよ。ご存じだった?」
「・・・・・・・・・・え?」
「その様子だと、やっぱりご存じないのね。王都の貴族の間じゃ、公然の秘密なんだけど」
お読みいただき、ありがとうございます。
誤字のご指摘をしていただき、ありがとうございました。
舞台装置【セリ】は、昔は人力で操作されていましたが、重さや安全性の問題から、現代では電動や油圧で持ち上げているそうです。
明日も朝7時更新予定です。
よかったらお付き合いください。




