95: Known
「少し話そう。A-1」
その呼び方に、胸の奥がざらついた。
「俺はA-1なんて名前じゃない」
「じゃあ何と名乗る? まさか“柊木慶彦”なんて言わないだろ?」
自分の名を口にして否定する──意味がわからない。
混乱する俺を見て、慶彦はあっさりと言った。
「まあ、名前なんてどうでもいいさ。話に入ろう」
彼の軽さに、薄い違和感が走る。
「この世界──ゲームの世界は、私ともう一人の男で作った。なぜ作ったと思う?」
「知らねえよ。話したいなら勝手に話せ」
「そうだな」
苦笑しつつ、彼は続けた。
「君は、このゲームの“集大成”なんだ」
意味が取れない。だが、どこか懐かしさだけは心の端に残る。
「私たちの世界は、進化をやめた。人は成長せず、ぬるま湯の中で腐っていく。他の生物は弱さを克服するために形を変えるのに、だ」
慶彦の拳が震える。激情と悔悟の入り混じった声。
「だから、弱い立場を人工的に作った。極限状況なら、人は変わると信じた。ここはその実験場だ」
俺には理解できない“熱”だった。
だが、ウソを言っている熱さではないとだけはわかった。
「ゲーム依存症……その病がきっかけで進化を遂げた者たちもいた。だが、その“進化した人間”に、私の相棒は殺された」
彼の目に涙が浮かんだ瞬間、少しだけ見直しそうになった。
──だが、次の言葉で凍りつく。
「嬉しかったよ。私より先に進んでくれた。だから私は、自作のバグを他人に踏ませた。現実で、そいつは進化して、相棒を殺してくれた」
「……ふざけるな!」
胸の奥が爆ぜたように熱くなる。
「人の死を笑うな! “殺してくれた”ってなんだよ。人の人生を玩具みたいに扱うんじゃない!」
「お前も同じだろうが!」
一瞬だけ怒鳴り返し、彼はすぐに冷たい表情へ戻る。その落差が不気味だった。
「さて、話を戻す。“彼”がいたせいで止まっていた計画を再始動した。“全知全能計画”。君を神に仕立てる計画だ」
「……はずだった?」
「ああ。君は──あまりにも“人間的”すぎた。神は人であってはならない」
その瞬間、身体が石に変わるように動かなくなる。
「全部、偶然じゃない。君は最初から、私の敷いたレールを歩くだけの存在だった」
「人間が人間で何が悪い! なら“神になるレール”を敷けよ!」
「それができないから言っている」
視界が固定され、呼吸すら浅くなる。
慶彦が近づき、静かに囁いた。
「君は私の“ゴミ箱”だ。蓋が閉まるまで、話を聞いてくれてありがとう」
次の瞬間、彼は消えた。
──静寂だけが残り、世界が終わった音がした。
要するに、俺は封印されたのだ。




