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買い出しは戦場だ!

土曜の午後。薄曇りの空。都心のスーパーは混み始め、冷房の効きも甘くなりつつあった。


「えーっと、牛乳と、えっと……あれ?」


スーパーの入口で、ミナトは立ち止まった。カゴは持っている。財布もある。リュックもある。だが、最も肝心な『買うものリスト』が、ない。


「……え?」


リュックをひっくり返し、ポケットというポケットを漁り、スマホのメモ帳を開く。が、どこにもない。心の中が徐々に焦げていく。


「やば、メモどっかいった……」


そのとき、背後から早足の誰かがぶつかりかけた。


「って、ミナト?」


「ん? おお、ツバサ!」


「なにしてんのよ、こんなとこで」


ツバサはいつもより少し息を荒くしていた。黒髪が軽く揺れ、眼鏡の代わりにコンタクトで鋭い目がミナトを射抜く。


「買い出しー。会社の人たちが明日鍋したいってさ。俺、今日アシスタント業務休みだから、パシリ担当!」


「……で、入口で突っ立ってるのは?」


「メモなくした!」


「……」


ツバサの眉間にうっすら皺が寄る。だが、それ以上は何も言わず、深いため息を一つつく。


「……あー、もう。私、今トラブル対応でデータセンター行く途中なの。話してる時間ないけど、冷蔵庫系のものと鍋の具材買えば間違いないでしょ。肉、白菜、しめじ、豆腐、あとポン酢。最低限これ。覚えて」


「かっけぇ……ツバサ女神……!」


「神は時間の無駄遣いを嫌うの。じゃ、あとよろしく」


手をひらひら振って、ツバサは改札方向へと駆けていった。


「……ツバサ、昔から忙しそうだったけど、社会人になってからさらに秒単位で動いてるな……」


ミナトは軽く笑いながら、カゴを握り直した。


「よし、まずは……あれ、肉ってどの種類? 豚? 牛? 鶏? しゃぶしゃぶ用? 焼肉用? ミンチじゃないよね?」


その瞬間、ミナトの脳内に警報が鳴った。


(まて。俺、ツバサのアドバイスを今しがた聞いたのに……ほぼ覚えてない!?)



ーーーー

一方その頃、カフェ『Mocha Breeze』


「で、ツバサちゃんは今どこに?」


サクラはカフェラテをストローでちゅーっと吸いながら、首を傾げた。彼女のピンク色の髪がふわりと揺れる。


「急遽、データセンターに向かったらしいよ。トラブルが発生したって」


そう答えたのはカナデ。セミロングの髪にきちんとしたスーツ、ノートパソコンを開いていて、画面にはグラフとスプレッドシートが並んでいる。


「トラブルってまた? 最近多いねぇ」


「まあね。システムってのは生き物だから。使用環境、アクセス数、ヒューマンエラー……どれも完璧にはできない」


「ふふーん。私の作品はいつも完璧だけどね〜」


「それはトラブルというより解釈不能という意味で完璧なんじゃ……」


冷静なツッコミを入れたのはミコト。黒のジャケットにセミロングの髪。コンタクト越しの視線はどこか鋭い。


「ミナトの方はどうしたの?」


「さっき偶然ツバサに会ったらしいよ。買い出ししてたとか」


「買い出しぃ? うふふ、ミナトくんって、メモとかすぐ失くしそうだよね〜」


「その通り。すでにメモ紛失したらしいわ」


「……全然成長してない」


「けど、そこがまた、ね?」


「ね?」


「……『ね』ってなに」


サクラとカナデが意味深な笑みを交わす。ミコトは少しだけ、口元を引き結んだ。


「じゃあ、ちょっと様子見てくる」


「え?」


「動物園の子パンダじゃないんだから……」



ーーーー

「うおおお、肉コーナー多すぎだろ!」


ミナトは冷蔵ケースの前で、3種類の肉パックを手に固まっていた。


「ツバサ、何肉って言ってたっけ……あれ? 牛? 鶏? 豚? 全部?」


パックを眺めながら、心の声が叫ぶ。


(全部買ったら金額爆発する。が、間違えたら怒られる。いや、怒られはしないけど、責任重大……!)


そこに、背後から肩をトンと叩く手。


「ミナトさん、いつまで肉とにらめっこしてるんですか?」


「わあっ!? ミコト!?」


冷静な目線でミコトがカゴを覗く。


「まだ豆腐とポン酢しか入ってないってどういうこと」


「肉が決められなかった……」


「予想はしてたけど、これは予想以上ね」


「みんな助けてくれるのありがたいなぁ……!」


「呆れてるんだけど」


「いやいや、それも愛情の裏返しってやつでしょ?」


「……ミナトさん、昔から脳天気すぎる」


少し視線を逸らしたミコトの耳が、ほんのり赤かった。


「はい、牛しゃぶと豚しゃぶと鶏もも。量はこのくらいで妥当」


「あ、さすが! じゃあ、次は……白菜としめじ?」


「ついてきなさい。迷子にならないようにね」


買い出しの買い物も終わり、一旦職場に置きにいくミナト。


ミコトに感謝するも、ニヤリと笑うミコト。


60分後――カフェ再集合


「おかえりー!」


「お疲れ様、迷子にならなかった?」


「ミコトに保護されました!」


「もはや幼稚園児」


テーブルに戻ってきたミナトとミコト。買い出し袋を誇らしげに見せるミナトに、カナデが冷静な視線を向ける。


「……こっち買いすぎじゃない?」


「え、愛と勇気は多めにって言うじゃん?」


「誰も言ってない」


「でもまあ、これで鍋はできそうだねー!」


「具材だけで10人分くらいあるけどね」


「……いや、まあ、いけるいける!」


「……ほんと、変わんないわね、ミナト」


ミコトがぽつりと呟いたその言葉に、少しだけ沈黙が落ちた。


「うん?」


「……なんでもない」


「えー? 気になるー」


「ツバサが戻ってきたら、みんなで鍋しよう。ついでに、ミナトの記憶力トレーニングメニューでも考えるか」


「え、それ拷問系?」


「愛の指導、よ」


「愛が重いっ!」


笑い声が飛び交う中、テーブルの上のスマホが振動する。


『From:ツバサ 「今終わった。向かう」』


再び全員が揃ったとき、カオスな鍋パーティーが始まるのだった。


(そして、翌日。誰かが鍋の中にマシュマロを落とす事件が起こるとは、このとき誰も知らない)


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